The Coasters / The Robins

1955年10月・カリフォルニア州・ロサンゼルス
Carl Gardner(tenor・27.04.29~)・Leon Huges(tenor・38.~)・Billy Guy(baritone・36.07.20~)・Bobby Nunn(bass・25~86.11.05)・Abolph Jacobs

The Robins
■Riot in cell block # 9・Wrap it up (Spark-103)54.06
■Loop de loop mambo・Framed(Spark-107)54.10
■If teardrops were kisses・Whadaya want ?(Spark-110)55.02
■One kiss・I love Paris(Spark-113)55.04
■I must be dreamin'・The hatchet man(Spark-116)55.06
■Smokey Joe's cafe・Just like a fool(Spark-122)55.09
■Smokey Joe's cafe・Just like a fool(再発盤・Atco-6059)55.10
The Coasters
■Down in the Mexco・Trutle dovin'(Atco-6064)56.02
■One kiss led to another・Brazill(Atco-6073)56.07
■Young blood・Searchin'(Atco-6087)57.03
■Idol with the golden head・(When she wants good lovin') my baby comes to me(Atco-6098)57.08
■Sweet Georgia Brown・What is the sweet of your success ?(Atco-6105)57.11
■Gee, golly・Dance !(Atco-6111)58.01
■Yakety yak・Zing went the strings of my heart(Atco-6116)58.04
■The shadow knows・Sorry but I'm gonna have to pass(Atco-6126)58.09
■Cherlie Brown・Three cool cats(Atco-6132)59.01
■Along came Jones・That is rock' n roll(Atco-6141)59.05
■Poison Ivy・I'm a hog for you(Atco-6146)59.08
■What about us・Run red run(Atco-6153)59.11
■Besame mucho part 1・Besame mucho part 2(Atco-6163)60.03
■Wake me, shake me・Stewball(Atco-6168)60.06
■Shoppin' for clothes・The snake & the bookworm(Atco-6178)60.09
■Wait a minute・Thumbin' a ride(Atco-6186)61.01
■Little egypt (ying-yang)・Keep on rolling(Atco-6192)61.04
■Girls girls girls part 1・Girls girls girls part 2(Atco-6204)61.08
■(Ain't that) just like me・Bad blood(Atco-6210)61.11
■Ridin' hood・Teach me how to shimmy(Atco-6219)62.02
■The climb・The climb (instrumental)(Atco-6234)62.09
■The P.T.A. ・Bull tick waltz(Atco-6251)63.01
■T'ain't nothin' to me・Speedo's back in town(Atco-6287)64.02
■Bad detective・Lovey dovey(Atco-6300)64.05
■Wild one・I must be dreaming(Atco-6321)64.10
■Lady like・Hongry(Atco-6341)65.02
■Let's go get stoned・Money honey(Atco-6356)65.05
■Crazy baby・Bell bottom slacks and a chinese kimono (she's my little spodee-O)(Atco-6379)65.09
■She's a yum yum・Saturday night fish fry(Atco-6407)66.03
■Soul pad・Down home girl(Date-1552)67.03
■She can・Everybody's woman(Date-1607)68.05
■D.W. washburn・Everybody's woman(Date-1617)68.07
■Act right・The world is changing(Turntable-504)69
■Love potion number nine・D.W. washburn(King-6385)71.11
■Cool jerk・Talkin' 'bout a woman(King-6389)72.04
■Soul pad・D.W. washburn(King-6404)73
■Hush don't talk about it・The world keeps on turning(Wicked-)76
The Coasters
■Searchin' 75・Young blood(Chelan-2000)75
■Ain't no greens in Harlem・Jumbo Bwana(Polydor-G 2040273)77
■Yakety yak・Searchin'(King-GT4 2057)78
Billy Guy and The Coasters
■You move me・Take it easy greazy(Sal/WA-1001)75
"World Famous" Coasters
■If I had a hammer part 1・If I had a hammer part 2(AI-1122)76
LP
■The Coasters(Atco-33 101)57
■Charlie Brown(MR. R&B-CD 102)58
■The Coasters Greatest Hits(Atco-33 111)59
■One by One(Atco-SD 33 123)60
■Coast Along With The Coasters(Atco-SD 33 135)62
■That Is Rock & Roll(Clarion-LP 605)65
■The Coasters Featuring Cornell Gunther(New Rose-)69
■Their Greatest Recordings(Atco-SD 33 371)71
■The Coasters On Broadway(King-1146 498)73
■16 Greatest Hits(Trip-TOP 16 7)75
■20 Great Originals(Atlantic-780269)78
■The Drifters Meet The Coasters(TVP-1002 KO)79
■What Is The Secret Of Your Success ?(Mr R&B-LP 102)80
■All About The Coasters(Warner Pioneer-P 13013)82
■Young Blood(Atlantic-AD 2 4003)82
■Thumbin' A Ride(Edsel-ED 156)84
■The Ultimate Coasters(Warner Special Products-27604 2 H)86

The Coasters
LP The Coasters
Atco-33 101
1957年

LP Greatest Hits
Atco-33 111
1959年

LP One by One
Atco-SD 33 123
1960年

LP Coast Along
With The Coasters
Atco-SD 33 135
1962年

LP That Is Rock & Roll
Clarion-LP 605
1965年

LP What Is The Secret 
Of Your Success ?
Mr R&B-LP 102
1980年 彼らのアルバムはたくさんありますが、やはり人気はAtco時代です。デビュー盤もオークションには多数登場しますが初版とそうでない盤とはずいぶん値が違います。

The Coastersは50年代の後半にロックンロールのプリンスとして登場した。54年にJerry Leiber・Mike Stollerの書いたHound dogがBig Mama Thorntonによって大ヒットする。この成功で二人は自身のSparkを設立し、当時RCAに在籍していたThe Robinsを迎える。Jerry Leiber・Mike Stollerの二人はすでにグループに多数の曲を書いていたこともあり親交は深かった。55年11月にリリースしたSmokey Joe's cafeがAtlanticの注意を引き、56年Sparkは、The RobinsのマスターをAtlanticの新しい子会社Atcoに売却、The Robinsの新しいレコードは以降Atcoからリリースされることとなる。Carl Gardner・Bobby Nunn以外のメンバーは移籍に反対し、その後もThe Robbinsとして活動を続けた。移籍したCarl Gardner・Bobby Nunnは、Leon Hughes(50年にThe Hollywood Four Flames、53年にThe Lamplightersに在籍していた)・Billy Guy(55年にBip and Bobに在籍・Alladin)を加え、当時、ウエストコーストに住んでいた事からThe Coastersと命名した。Jerry Leiber・Mike Stollerはこうして自分達の歌を最大限にひきだせるグループを獲得、The RobinsのRiot in cell block #9のように、The CoastersはYakety yakといった、若者の日々を歌って次々とヒットを生む事となる。グループ最初のシングルDown in Mexicoは、薄汚れたバーの片隅でレコーディングされたという。2月25日付のビルボード誌で「ここに新しい、そして見事にスイングするシングルが登場した。彼らのDown in Mexicoの魅力もさることながら、もう一方のサイドSmokey Joe's cafeも大いに称賛に値する」と熱狂的にレビューした。また3月17日付の同誌のベストバイリストでも「このシングルは、ピッツバーグ・バルチモア・バッファロー・クリーブランド・シカゴ・ナッシュビル・アトランタ・セントルイスなど広範囲にわたる地域のR&Bとポップスの両チャートで優秀な反応を得ている」と書かれた。Down in Mexicoは4月までにビルボードのR&Bベストセラー・ディスクジョッキーチャート第9位・ジュークボックスチャート第8位となった。続くBrazilが56年9月にポップチャート第72位・R&Bチャート第11位を記録し、ポップチャートに初めてThe Coastersの名前が載った。 グループはロサンジェルスを拠点として活動していたが、この時期から長期間のツアーを開始し、この年はニューヨークでのレコーディングを行っていない。 57年2月12日にスタジオに戻ったグループは、彼等のキャリアの中でも最も素晴らしい2つの歌をレコーディングする。ポップチャート第8位・R&Bチャート第2位となったYoung bloodとその裏面のSearchin'(ポップチャート第3位・R&Bチャート第11位)である。黒人グループがシングル両面でポップチャートにランクインするのは、The Miles Brothersが49年にI love you so much it hurts(第8位・B面はI've got my love to keep me warrn・第9位)で4つのミリオンセラーを獲得して以来のことであった。同時期、グループはLaVern BakerのJim dandy got marriedにバッキングコーラスとしても参加している。この曲はR&Bチャートで第7位を記録し、Jim dandy got marriedとSearchinは同じ日(57年5月13日)にチャートを争った。The Coastersはいろいろな点でユニークであった。当時のほとんどのグループがラブソングを歌っていたのに対し、The CoastersはCharlie Brownのように、ティーンエージャーの日常をコミカルに、そして皮肉を込めて歌った。 またリードボーカルの後ろで「ウー」とか「アー」といった単純なコーラスを付けていたのに対し、ユニゾンコーラスや、コールアンドレスポンスなどを多用し、よりワイルドなサウンドがトレードマークのひとつとなった。なによりも若者を虜にする優れた歌詞の助けを借り、グループは新しいロックンロールのスタイルを確立していった。57年8月リリースのIdol with the golden headは、Bo Diddleyのリズムを取り入れた作品だったが、ポップチャート第64位と前作を大きく下回り、その年を終える。裏面のMy baby comes to meは、The Way You Do the Things You Do(The Temptations・62年)・I'll try something new(The Miracles・64年)といったタイプの作品で、のちの叙情的なスタイルとなっていくグループを彷佛とさせる。58年1月のSweet Georgia Brownは、ブルース色を押し出したファンキーな作品で、グループの最初の変化をみせた。この頃、Bobby Nunn・Leon Hughesがグループを去り、Cornell Gunter(元The Platters・Federal・The Flairs・38.11.14~90.02.)・Will 'Dub' Jones(元The Cadets・Modem・39.05.14~00.02.02)が加入している。新生The Coastersの最初のレコーディング・セッションが、58年3月17日に行われ、さらに2つの不滅の名作を生み出すこととなった。「take out the papers and the trash, or you dorft get no spending cash」の歌詞(この一節は、ほとんどのポップスファンなら知っている)をもったYakety yakとZing went the strings of my heartである。8月にはイギリスでもポップチャート第1位・R&Bチャート第12位を獲得した。Yakety yakの裏面は、Doo-Wopからの離脱を意識して作られた曲で、Judy Garlandが43年に第22位のヒットのリメイクである。Yakety yakの成功の以来、この曲はグループの代表曲となっている。57年にGeorgia Brownでグループはブレイクしたが、59年3月、彼の兄弟Charlie Brownがリリースされた。ポップチャート第2位(第1位はFrankie AvalonのVenus・3週間トップにいた)・R&Bチャート第2位、イギリスにおいても第6位という世界的なヒットになり、ティーンエージャーにとっての国歌となった。 グループは、親子の関係や10代の不安といったものを歌い続けたが、当時流行していたTV西部劇に取り組むことに決める。この番組は59年度の番組トップテンで第7位に選出されている。 挿入歌のAlong came Jonesは、陽気で、同じリズムのくり返し・サックスソロ・冗談のような歌詞と、グループのすべてが詰まっていた。ポップチャート第9位・R&Bチャート第14位を獲得している。Charlie Brownを歌っていたティーンエージャーは、夏にはAlong came Jonesを歌っていた。Along came Jonesを書いたJerry Leiber・Mike Stollerのコンビは、58年夏にヒットしたThe OlympicsのWestern movies(第8位)をヒントにこの曲を書いたといわれたが、The Olympicsは、グループの崇拝者でもあったことから、このコンビの作品を黙認したといわれている。 59年7月16日のセッションで、名作Poison ivyをレコーディングし、またもイギリスにおいてポップチャート第7位・R&Bチャート第1位を獲得した。この年の年末にWhat about usをリリース。歌詞には「奴はプール付きのガラスの家を手に入れた。俺達は、線路の枕木を積んだバラックに住んでるというのに。それがどうしたって言うんだ。俺達のすることに大騒ぎしなくてもいいじゃないか」と歌われ、それまでのスタイルとは全く違ったにもかかわらず、白人向けのラジオでもさかんに流された。裏面のRun red runでも、トランプでイカサマをするボスを銃で撃とうとする猿を歌い、描写の対象がティーンエージャーから人種差別へと向かっていった。Run red runが第36位(R&B第29位)のヒットとなり、What about us(第47位・R&B第17位)のオンエアーのチャンスをのがしてしまった。60年5月Be-same Mucho(Jimmy Dorseyのカバー)が第70位にランクイン。続くWake me shake me(Billy Guy作)がポップチャート第51位・R&Bチャート第14位となり、メンバーにペンよる最初のチャートインナンバーとなった。グループは、The Cadilacsとともに熱狂的なステージを繰り広げさらに多くのファンを獲得していった頃、ツアー中にCarl Gardnerが一時グループを離れ、Lou Rawlsが代わりをつとめている。彼はゴスペルボーカリスト(57~59年にThe Pilgrim Travellersに在籍)として活動しており、Love is a hurtin thing(66年・第13位)のソロヒットから5年たっていた。グループの次の4枚のシングル、Shoppin' for clothes(第83位)・Wait a minute(第37位)・Little Egypt(第231位)・Girls, girls, girls Part 11(第96位)ではR&Bチャートよりもポップスチャートでチャートインした。Little EgyptのみR&Bチャートの方が上だったが、60~61年にかけてのグループのシングルは最も想像力が豊かで、なおかつコミカルであったことは偶然の一致ではなさそうだ。61年にCornell Gunterが正式に脱退し、Earl Carroll(The Cadillacsに在籍・37.11.07~)が加入している。 しかし、62~66年に発表されたシングルは、Tain't nothin' to me(第64位・64年)がチャートインしただけで、グループは低迷する。A面のSpeedo's back in townはEarl Carrollの加入からおよそ2年後の、アポロ劇場でのライブレコーディングだった。64年にWild oneをリリース、またThe BeatlesとI saw her standing thereを歌っている。次にグループはカバーソングを手掛けた。The CloversのLovey DoveyとThe DriftersのMoney honeyだったが、60年代の聴衆には訴える事ができなかった。65年、Will Jonesがグループを去る。グループのメンバーは、Earl Carroll・Billy Guy・Carl Gardner・Ronnie Bright(元The Valentines・ベース)となった。 4人は66年にAtcoからTurntable(Lloyd Price設立)へ移籍したがかつての栄光は戻らなかった。69年にはDateへ移籍し、3枚のシングルを残している。71年、Jerry Leiber・Mike StollerはKingへ入社とともにグループのレコーディングを開始、The Cloversの最大のポップスヒットLove potion #9(第23位・59年)を再録し、グループは7年ぶりチャートイン(第76位)をはたした。さらに2枚のシングルリリースののち、76年にグループ最後のシングルIf I had a hammer(Peter Paul and Mary・62年のヒット)のリメイクをリリースして活動の幕を閉じた。一方、Cornell Gunterは63年に彼自身のCoastersを結成する。メンバーは、Randolph Jones・Dexter Tisby・Teddy Harper・Cornell Shirley(Cornell Gunterの妹・元The Flairs)で、ほとんどが元The Penguinsメンバーであった。64年にChallengeからWishful thinking(B面はKey to your heart)をCor-nell Gunter名義でリリースした。彼のグループは、カルテットからトリオへと移行しつつもおよそ25年間も活動を続けたが、81年2月26日にラスベガスの北部で起こった自動車事故によるCornell Gunterの死とともに悲劇的な終焉をむかえた。その夜はLady Luck Hotelでの公演が予定されていた。その後、クラブやコンサートでは、過去のヒット曲を歌う数多くのThe Coastersを見る事ができた。一つはBobby Nunnのグループだったが、86年に心臓発作で死去している。Dub JonesとBilly GuyもThe Coastersを、そしてLeon Hughesも自身のThe Coastersを持っていた。80年代の初めにEarl CarrollはThe Cadillacsに復帰している。Carl Gardner・Ronnie Bright・Jimmy Norman・Curley PalmerらもまたThe Coastersを演じた。The Coastersは次の世代にもしばしばカバーされた。ElvisはGirls, girls, girls・Little Egyptを、The BeatlesはThree cool cats・SearchinでDeccaのオーディションを受けている。The Rolling StonesもPoison ivyをレコーディングした。クレジットの多くがLeiber and Stollerであったが、The CoastersはLeiber and Stollerにとって最良のそして重要なグループであった。