The Chargers

1958年・カリフォルニア州・ロサンゼルス
Benny Louis Easley(lead・tenor)・Dunbar John White(tenor)・Johnny 'Junior' White(baritone)・Jimmy Norman Scott(tenor)・Mitchell Alexander(bass)

■Old MacDonald・Dandylion(RCA-47 7301)58.07
■The counterfeiter・Here in my heart(RCA-47 7417)58.12

The Chargers
45s Old McDonald
RCA-47 7301
1958年

短命のグループであったが、West Coastシンガーが在籍し、RCAでレコーディングしたアーティストである。Bobby Dayの家はCornell Gunter(The Coastersのメンバー)と同じように歌う事の好きな若者が集まる場所でもあった。同じくJesse Belvinの家にも若者が集まるようになる。集まった若者達はハーモニーを練習し、彼等に聞かせていた。58年にJesse Belvinはその若者達にグループ結成を促した。そうして結成されたのがThe Chargersであった。メンバーは、Benny Louis Easley・Dunbar John White・Johnny 'Junior' White(Dunbar John Whiteの兄弟)・Jimmy Norman Scott・Mitchell Alexanderの5人である。White兄弟は Jesse Belvinの隣人で、Mitchell AlexanderはThe Feathersに在籍していた。Mitchell Alexanderはナッシュビル(テネシー州)出身で、ティーンエージャーの頃にデトロイト・セントルイスと移ったが、57年にロサンゼルスに移り住んだ。Jesse Belvinは彼らをリハーサルし、やがてRCAレコードへ売り込む。このころに彼はグループの正式なマネージャーとなった。彼はグループをShorty Rogers(RCAのA&R担当・ジャズのフリューゲル奏者)に紹介し、契約した。58年5月18日、RCAのVine Streetスタジオで、Old MacDonald・Dandilyon(Jesse Belvinと彼の妻JoAnnの共作・The Chargers のほとんどが二人の作品である)・Rock and roll cowboy・I need your loveをレコーディング、Jesse Belvinもテナーで参加している。この中からOld MacDonald(B面はDandilyon)が7月にリリースされたがレビューには取り上げられなかった。この当時のヒットは、Double or nothing(The Five Royales)・If I had my life to live over(Guitar Slim)・Why Do I(Lee Andrews and Hearts)・Pretty Little Things Called Girls(The Del Vikings)・Tears on my pillow(The Imperials)・Money(The Miracles)・Blabber mouth(The Five Stars)・Trickle, trickle(The Videos)・I'm sorry(The Royal Holidays)などがある。Old MacDonaldは、イーストコーストでポップチャート第95位となり、The Chargersはメタリックグレーの衣装で舞台に立つようになる。公演の多くはロザンゼルスで行われ、Hunter Hancock showにはJesse Belvinとともに舞台に上がり、Oasisや5-4 Ballroomsなどにも出演した。その後もサンフランシスコ・オークランド・サンディエゴへとツアーに向かっている。10月1日、The counterfeiter・Shotgun wedding・Wonderingのレコーディングセッションを、同月28日にも Country boy・The counterfeiter・Here in my heart・Who baby whoをレコーディングした。12月、RCAからは The counterfeiter(10月28日のセッションから)が2枚目のシングルとしてリリースされた。The counterfeiterは James Jesse(The FlairsのObie Jessie のペンネームのひとつ・この作品はYoung Jessieという名前で書かれた)の作品である。このシングルは12月15日にレビューされ、goodの評価を得た。この週には他にThe real thing(The Five Royales)・Elephant walk(The Kings)・Wedding bells(Tiny Tim and Hits)・Jealous heart(Ivory Joe Hunter)が取り上げられている。これから間もなくThe Chargersのメンバーは些細なことで言い争うようになり、間もなく解散してしまう。この時点で、Jimmy NormanはH.B. Barnum(ロサンゼルスで活躍したプロデューサ)とチームを組み、数多くのデモレコーディング(Peanut Butterなど)にソングライターとして参加した。彼はまた、The Dyna-Soars(H.B. Barnum・Ty Terrell、共にThe Robinsのメンバー)・The Viceroys・The O'Jaysのメンバーとしても活動し、ソロでもレコーディングを行っている。Jimmy NormanはNorman Meade(Jerry Ragavoy)とともにlrma ThomasのTime is on my sideを共作した。この曲をプロデュースしたのはH.B. Barnumである。残念なことにThe Rolling Stonesがこの曲をカバーした時にはJimmy Normanは作家として認められなかった。しかし Jimmy Normanは60~70年代にかけてI don't love you no more (I don't care about you)(チャート第21位)を含めソロとして成功し、80年代には、Ronnie Bright(The Valentinesのベース)・Curley Palmer(ギタリスト)とともに、Carl GardnerのThe Coastersに参加していた。