君に映る景色

                                     (side大石)



「なぁ不二。こんなにあっさり英二と別れて良かったのかな・・?

 俺としてはもう少し英二と話をして信頼回復に努めたかったんだが・・」


十字路で英二達と別れて俺は不二へと顔を向けた。


「別にいいんじゃない?」


不二は俺の腕を離すと、まっすぐ前を向いたままそっけなく答える。

俺は後ろを振り向いた。

ちょうど英二達が道を横切っている。

竹本が被って見えにくいが、英二がこちらを見ている様子はない。

そのまま2人の姿は見えなくなった。

また明日・・・そう言ったのは俺だけど、今の英二は俺の事を気にもとめないのか・・・

俺は小さくため息をついた。

記憶がなくなる前の英二なら、今頃あの十字路でブンブン俺に手を振っているだろう。

いつまでも別れるのが名残惜しくて、俺もそんな英二に手を振って・・・

いやそれ以前に竹本のあの場所は、本当は俺の場所なんだ。

英二と一緒に歩くのは俺で、英二は俺の英二で・・・俺の・・・


「大石。しっかりしなよ」


不二が肘で俺の横腹をつく。


「うおっ!」

俺はその衝撃で我に返った。


「ふっ不二?」

「そんな思い詰めた顔しなくても大丈夫だよ」

「だ大丈夫って何が・・・?」

「何がって・・・この場合英二以外の何かがあるの?」

「そっそれは・・・」


ないのだろうけど・・・でも今のこの状況で大丈夫という程不釣り合いな言葉もない。

英二の記憶はまったく戻らず、今も竹本と並んで帰っているんだ。

何も解決などしていない。

だが・・大丈夫だよ。という不二の言葉はきっと俺を心配してかけてくれた言葉で・・


「そうだな・・・。今日のところは英二と買い物に行く事が出来ただけでも良しとしよう。

明日また距離を縮める努力をすればいいんだもんな。

よし!今は不二のグリップテープの事を考えよう。どんな感じがいいとかあるのか?」


俺は横腹を擦りながら、気持ちを不二へと切り替えた。

今日付き合わせたお礼じゃないが、不二のグリップテープもしっかり見ないとな。

不二がゆっくり俺を見上げる。


「ないよ」

「そうか。確かラケットはPrinceだったよな。家に置いてあるのもPrinceなのか?」

「ん〜〜。愛用のラケットは確かにPrinceだけど、家に置いてあるのは今は使っていないラケットしかないかな」


不二がにこっと微笑む。


「えっと・・・」


どういう事だ?

俺は顔を前へと向けて道路を見た。

どう見てもまっすぐ不二の家へと向かって歩いている。

このペースだとあと5分もかからない距離の筈だ。

しかし今の話の流れで行くと・・・


「グリップテープを見て欲しいんだよな?だから不二の家に向かっているんだろう?」


家には見てほしいラケットなんてない事になる。


「まぁいいじゃない」

「いや良くはないだろう。ちゃんと説明してくれよ」


俺は不二の前を塞ぐように出た。

不二の足が止まる。


「不二。見てほしいラケットなんて本当にあるのか?」


家にあるのは、今は使っていないラケットだと言いきった。それをまた使うというのは今のこの時期に考えにくい・・・

なら他に不二の家に行く理由があるのか?


「大石そんな険しい顔しないでよ。ちゃんと家に着けば説明するから」

「いやだから俺は、そもそも不二の家に行く理由があるのかって事を・・・」

「もうそこを曲がればすぐ僕の家だから・・行くよ」


不二が俺を押しのける様に歩き出す。


「いやだから不二っ・・・」


不二は何も答えず、俺は黙って付いて行くしかなかった。





「お邪魔します・・・・」

「適当に座って」


不二の部屋に通されて、俺は辺りを見回した。

綺麗に片づけられた部屋。窓際に飾られたサボテン。

以前に英二と一緒に来た時と変わらないようだけど・・・決定的に違う事が1つある。

それは今日は俺1人という事だ。改めてそう考えると緊張する。

適当にと言われてもどこに座っていいのか、俺は鞄を下ろして立ちつくしたままでいた。


「何?まだ座ってないの?」


俺を部屋に通してすぐに部屋を出た不二が、コップをのせたトレーを片手に戻って来た。


「じゃあその辺りに座って」


ロッキングチェアを横にずらして不二がスペースを作る。

俺は言われるがままそこへ腰を下ろした。


「それで・・不二。さっきの話なんだが・・」


不二がずらしたロッキングチェアに腰を下ろす。俺は自然と不二を見上げる形になった。

しかし・・何というかこの態勢。下僕感がするのは俺だけか?

若干の違和感を感じつつも、俺は不二を見上げたまま話を続けた。


「グリップテープの話は、本当はどうなんだ?」

「そうだね。この家に君に見て貰う様なラケットはないよ。あるとしたらそのラケットバックの中かな」


不二がベッドの横に置いたラケットバッグを指す。


「それって今の今まで持ち歩いていたバッグだよな?」

「そうだよ。付け加えるならあの中に入っているラケットも今すぐに見て貰う必要はないけどね」


不二がロッキングチェアにもたれて微笑む。


「それじゃあやっぱり・・・」


この話は俺を不二の家に連れてくる口実って事になるのか?

俺は改めて不二を見上げた。


「今度こそちゃんと説明してくれよ」


不二は頷くと、俺の目を真っ直ぐ見返した。


「大石が積極的になるなら、それに乗るのも悪くないって僕が言ったのは覚えてる?」

「それはもちろん・・・」


先程のスポーツショップでの話だ。忘れるわけがない。


「あの話をしていた時にね。英二がずっと僕達を見ていたんだ」

「え?英二が・・?」

「眉間にいっぱい皺を作ってね。僕の事をおもいっきり睨んでたよ」


不二が肩を上げてクスッと笑う。


「あの時に英二が俺の後ろにいたのか?いやでも・・・何で英二が不二を睨むんだ?」

「それは・・本能じゃない?」

「本能?」

「僕もね。あの顔を見るまではもう少し様子を見ようと思っていたんだけど・・

 あそこまであからさまに敵意を出されると様子を見る必要もないかな?って思ったんだ」


・・・・・えっと・・英二が不二を睨むと様子を見る必要がなくなる・・本能?

駄目だ。全然話が見えない。

「不二・・悪いがもう少しわかりやすく説明してくれるか?」

「だからね。英二が大石を意識しているって事」

「英二が・・?いやでもそれは俺が昨日英二にキスをしかけて・・・」


昨日の事を思い出してあたふたしてしまう。

あの出来事のせいで英二の記憶を取り戻すどころか、更に関係を複雑にしてしまった。


「たぶんそれもあるだろうけど・・・きっとそれだけじゃないよ」

「えっ?」


それだけじゃないって・・・じゃあ・・・

不二の言葉に期待が広がる。


「それって・・・」

「うん。たぶんきっと大石の事を好きだって自覚していると思う」

「思い出したのかっ?!」


俺は思わず体を乗り出した。


「ちょっと落ち着きなよ。思い出したのなら今この場に大石と僕が2人でいる訳ないでしょ?」

「そう・・だな」


俺は乗り出した体を元に戻した。

もし記憶が戻っていたのなら、英二が竹本と2人で帰る訳が無い。

さっき別れた英二を思い出す。

俺達の方を向くことなく、十字路へ消えて行った英二。


「不二。記憶が戻っていないならそれはないよ。さっきだって英二は俺達の方を見ることなく帰って行ったんだから」


俺はうなだれる様に俯いた。

俺の事を好きだと自覚しているという話は素直に嬉しいが、その話をそのまま鵜呑みに出来るほど楽観的にもなれない。

それほど今の英二は俺から遠く離れてしまっている。


「じゃあ賭けない?もし英二が僕の家に来たなら大石が英二に告白する」

「はっ?!あっいや・・・なっ何でそんな話になるんだ?」


不二の急な話に声が上ずる。

告白って今でさえ微妙な関係なのに、そんな事をしたら益々おかしくなるじゃないか。


「大石は僕が言う事が信じられないんでしょ?」

「それは信じるとか信じないとかそういう問題以前に英二の記憶が戻ってないから・・・」

「だから信じられないんでしょ?それとも自信が無い?」


不二の目が鋭く俺を射る。

不二のこういう目は苦手だ。普段の見た目とは裏腹に有無を言わせない力を持っている。

俺は大きくため息をついた。


「わかった。じゃあもし本当に英二が不二の家に来たのなら不二の言う通りにするよ」

「賭け成立だね」


不二が微笑む。何だか掌で転がされている気分だ。


「不二。ひょっとしてこの賭けの為に俺を連れて来たのか?」


俺は脱力しながら不二を見上げた。


「僕はね大石。もう待つ事をやめる事にしたんだ。英二の為にも動く決断した」

「不二・・?」

「英二が記憶をなくして丸2日。本当はね海堂の時の様に英二の記憶もすぐに戻るとどこかで思っていたんだ。だけどそうじゃなかった・・・」


確かに俺もどこかでそう思っていた。海堂のように数時間で元に戻ると・・


「みんなと接しても、テニスを通しても英二の記憶は戻らない。だけど今日僕は確信したんだ。英二の記憶を戻す可能性。やっぱり君だよ・・大石」

「俺・・?」

「英二の場合。今傍に竹本というイレギュラーな存在がいるから複雑になっているけど、本来あの場所は大石の場所だと思わない?」

「それは・・・」


この2日か何度も思った事だ。


「ならやっぱり強引にでもいるべきなんだ。英二だって本当はそれを望んでいる」

「いやその考えは乱暴じゃないか?現に今俺と英二は微妙な関係で・・・


それもそもそも俺の所為だが・・・」


「それでいいんだよ。君のその行動が英二の心を揺り動かしているじゃないか。

じゃなきゃあんな目を僕に向けたりしないよ」


あんな目か・・・一体英二はどんな目で不二を睨んだんだか・・・


「兎に角賭けたんだからね。もし英二が来たなら覚悟を決めなよ」

「そうだな・・賭けには乗るよ」


英二が来るなんて自信はないけど、不二がそこまで言ってくれるなら覚悟は決める。


「僕もいつまでも竹本に寛大でいられないし・・ね」

「おい・・それが本音じゃないのか?」


不二の付け加えた言葉に思わず突っ込む。不二はふふっと微笑んだ。

ホントに・・・不二の本音は何処にあるのか・・

俺は窓の外の空を見上げた。

しかし英二は本当に来るんだろうか・・・?

不二は話の流れからも自信があるように見えるけど、もう家についているという事も考えられる。

だとしたら英二が来ない可能性だってあるんだ。

もしそうだったとしたら俺は・・・


「大石。英二がテニスに打ち込むようになった原因覚えてる?」

「え?」

「1年の時の試合で君に負けてからだよね。あの時から英二は大きく変わった。

 テニスも君に対する想いも・・今の英二があるのも大石の存在が大きいんだよ。

 だからね。もう少し自信持ちなよ」

「不二・・・・」


不二のロッキングチェアが窓の方へ向けられると、不二はゆっくり立ち上がった。

窓の外を覗き込むと、手で俺を呼ぶ。

俺は窓から外を覗き込んだ。


「賭けは僕の勝ちだね」





「英二っ!」


俺が勢いよく玄関から出ると、英二は驚いたように俺を見た。


「おっ大石・・アレ?俺まだインターホン押してないんだけど・・・」


英二がインターホンと俺を交互に見る。


「えっと・・・ちょうど窓を覗いたら英二の姿が見えたから・・・」


というのは少し誤りがあって実際は不二に言われて外を見て、そこで玄関の前を行ったり来たりしている英二の姿を見たんだが・・・


「そっそうなんだ・・えっえ〜〜っとその・・・もう不二の用事は済んだの?」

「え?あーそれは・・・」

「済んだよ」


不二が俺の後ろから顔をだす。英二が驚いたように不二を見た。


「ふ・・不二っ」

「嫌だな。そんな驚かないでよ。ここは僕の家の前だよ?」


不二がくすくす笑う。


「そっ・・そんなのわかってるよ!驚いてなんかないもんね!」


英二が胸を張る。それが虚勢だという事は誰が見てもわかることなんだけどな。


「そうなんだ。じゃあ英二は僕の家に何しに来たの?」


不二がいきなり確信に触れた。英二の体がピタッと止まる。

沈黙が流れた後、英二が俺を見上げた。


「大石に話があるんだ」

「俺に・・・?」


英二が頷く。

英二が俺に・・・?来てくれた事を喜んでいたが、よく考えればそうだよな。

英二だって何かが無ければ、不二の家に来る必要なんてない筈だ。

英二が来たら告白する。

これはあくまで不二と俺との間の話で英二は知らない話なんだからな。


「何かあったのか?」

「えっと・・・ここじゃあ・・・」


改めて英二に向き直ると、英二は困った様に目をそらした。

その瞬間不二が勢いよく俺の背中を押す。


「ちょうど良かったんじゃない?大石も帰るとこだったし・・それに大石も英二に話があるんだよね?」


英二にぶつかりそうになるのを、何とか足に力を入れて距離を保った。

俺は不二の方を見て、英二を見る。


「あぁ。そうなんだ。今から一緒に帰りながら何処かで話をしようか?」

「ホント?」


英二の顔が明るくなる。俺はその顔に頷いた。


「じゃあ僕は家に入るね。2人ともまた明日」


俺達の話がまとまると、不二はクルッと後ろを向いた。

俺の右肩に手を置き耳打ちするように声をかける。


「頼んだよ」


一瞬の出来事にそのまま不二を見ていたが、不二は振り向くことなく家に入って行った。

取り残される形になった俺達は顔を見合わせた。


「帰ろうか?」

「・・うん」






英二と2人で並んで歩く。当たり前だった事が今はとても貴重な事でこの機会に色んな話をしたいと思うのだが・・

不二が家に入ってからまた英二の様子がおかしい。

俯いたまま話しかけても、何処か上の空だ。だから・・


「英二・・俺に話があるって言ってたよな?」


困り果てた俺は、世間話を飛ばして本題に入る事にした。

先ずは英二の話を聞く。俺の話は歩きながら出来る様な話じゃないしな。

英二は俺の顔を見てまた俯いたが、ぽつりと話出した。


「あのさ大石・・」

「ああ。なんだ?」

「大石は・・・不二と仲がいいの?」

「え?不二・・・?」


思いがけない名前に俺は英二を見下ろした。


「俺が?英二じゃなくて?」

「はぁ?何で俺だよ!」


不本意な回答だったのか、英二がキッと睨みながら俺を見上げる。


「いやだって・・クラスだってずっと一緒だし。困った事は何でも不二に相談して・・

2人は友達というか・・・親友じゃないか」

「俺と不二が?」


英二は余程驚いたのか目を丸くしている。

そして小さな声で何度も俺と不二が・・を繰り返した。


「でっでも・・大石も仲いいんだろ不二と!今日だって家に行くぐらいで

 その親友とか友達とかじゃなくて・・もっとこう別の仲の良さというか・・」


英二がモゴモゴ言いにくそうに言葉を繋ぐ。


「何を言っているんだ英二?意味がよくわからないんだけど・・」


英二の言いたい事が掴めなくて、俺は首を傾げた。


「だーかーらー!」


そんな俺に痺れを切らしたのか、英二の声が大きくなった。


「ん?あれ・・?」


その時に目の端に黒い物体が入った。


「なんだよ大石?」

「いや・・あの黒ネコ」


俺が指を指すと、英二も差された方へ顔を向ける。


「えっ・・黒ネコ・・・?」


英二も思い当たる節があるのか、ジッと見入っている。

あの時の黒ネコと同じかはわからない。

でもこちらを見ている黒ネコの目をみていると同じネコなんじゃないかと思った。

だから少しの期待を乗せて聞いてみた。


「何か思い出せそうか・・?」

「え?あーごめん。違うんだ。さっきも黒ネコ見てさ・・同じ奴かなって・・」

「そうか・・・」


俺の期待は一瞬で消えた。

そうだよな・・同じ黒ネコがタイミングよく俺達の前に現れる筈もない。

それに黒ネコを見ただけで記憶が戻るなら、こんなに苦労はしないよな。

俺は自嘲気味に笑うと、英二に話しかけた。


「さっきって、どこで見たんだ?」

「しっ!待って!」


話を戻した俺に人差し指を口の前で立てて英二が制止する。


「あの黒ネコ俺達を誘ってない?」


英二に言われて改めて黒ネコを見ると、少し歩いては俺達の方を振り向いてを繰り返している。


「そう言われてみれば・・・そうかな?」

「ついて行ってみようよ!」


言うが早いか、英二が俺の腕を取って走り出した。

右に左に道路をどんどん走って行く。

どこか目的があるのか?と思うぐらいの迷いのない走りだ。


「何処まで行くんだろうね?」


英二の目が好奇心に充ち溢れて輝いている。

久しぶりに見たその目が何だか嬉しくて、俺も大きく頷いた。


「そうだな」


どれだけ走り続けたのか、一定の距離を保ちながら走っていた黒ネコが急にスピードを上げて角を曲がった。

俺達も慌てて後に続く。


「アレ?」


英二の足が止まった。キョロキョロと辺りを見る。


「黒ネコがいない」


俺も英二と同じ様に黒ネコを探した。

縁石の陰に隠れているんじゃないか?塀の上?植え込みの中・・・

ざっと確認したが、黒ネコの姿はない。

この場所が目的地とは思えないが・・・消えた黒ネコを思いながら考える。

いや・・そもそも勝手に目的があると思ってついて来たが黒ネコにすれば俺達からただ必死に逃げていただけなのかもしれない。

動物の心理を考えれば、人間が追いかけてくれば逃げるのは当たり前だしな。

そう結論をだそうとして、俺の腕を掴む英二の手を取ろうとすると英二が何かに気付いた。


「ねぇ大石。ここってさ・・・このまま真っ直ぐ行けばコンテナに行くんじゃない?」


そう言われれば、走りながらどんどん坂を登る感覚はあった。


「行ってみようよ!」


英二の声が弾む。

俺は英二の手を取るのをやめて、英二に引かれるまま走りだした。


「やっぱりだ!」


少し走って住宅街を抜けると、辺りが急に開けた。その先には見慣れたコンテナがある。


「行こう」


英二に言われて俺達はコンテナに向かって歩きだした。傍まで行ってコンテナに触る。

前に来たのはいつだったろう?・・・とても懐かしい気がする。


「英二。登ろうか?」


鞄をコンテナの上に上げてよじ登った。手を出すと英二も登って来る。


「眺めいいね」


そう言って英二が腰を下ろす。辺りはオレンジ色に染まりだしていた。

英二・・・

英二の横顔を見て、俺の頭にふと疑問が浮かんだ。


「そういえば。コンテナの事を思い出したのか?」


記憶は確か1年の初めの頃で、俺と試合をしてダブルスを組む事になった話は覚えていなかったような・・・

英二は俺の顔を見ると、ゆっくり顔を横に振った。


「ごめん・・・わからない。でもここにコンテナがあるのはハッキリわかったんだ」

「そうか・・」


俺は今日何度目かの小さな溜息をついた。

期待して、落ち込んで・・あと何回繰り返せば、英二との仲が元通りになるんだろう?

俺の落胆が見えたのか、英二が慌てて言葉を繋いだ。


「でっでもさ!ここがとても大切な場所だって事は感覚でわかるよ!

 きっとここに何度も一緒に来たんだろう?大石話してよ。俺思い出すからさ!」


英二の俺を覗き込む様な目に俺は頷いた。


「英二が俺に試合を申し込んできて試合をした話はしただろ?俺が勝って・・・

 その後に英二とここであったんだ。そしてダブルスを組む事になった」

「うん」


英二は真剣に俺の話を聞いている。


「それからは試合で負ける度にここに来て、反省会をして絆を深めて・・・」

「やっぱり何度も来たんだな」

「あぁ。何度も一緒に来たよ。反省会以外も衝突するたびにここに来て仲直りしたりな」


苦笑すると、英二もつられた様に笑う。


「そうなんだ。それ以外は普段は来なかったの?」

「そうだな・・・それ以外にもあったよ。たとえば英二がここで俺にこく・・・」

「こく・・?」

「こっこく・・国語の宿題を見て欲しいって言うから見た事もあったな!」


ハハハッとカラ笑いして、横を向く。

ふーーーー危なかった!危うく告白されたって言うとこだった。って今の誤魔化せたかな?

かなり苦しい答えになってしまったけど。

恐る恐る英二を見ると、英二はうんうん頷きながら


「勉強も見てもらってたんだな!」


と、嬉しそうにしている。

気付かれていないか・・・良かった。

本当に良かった・・・がしかし・・代わりに大事な事を思い出した。

不二との約束。英二への告白。

英二が来たらという話で賭けには負けた訳だけど、今のこの状態でどう話を切り出していいかわからない。


頼んだよ。


不二のあの言葉を裏切ったとなると後が怖いよな・・・

でもここへきてようやく2人で穏やかな時間を過ごせているのも確かで、もし俺が英二に告白をしてこの雰囲気を壊すような事になれば・・

それはそれで怖い。

どうすればいいんだ?

頭を抱えていると、英二が心配したのか俺の顔を覗き込んだ。


「どうしたの大石?頭痛いの?」

「えっ?あーいや・・そういう訳じゃあ・・・」

「顔も赤い気がするけど?」

「え?」


至近距離で目があって、俺は思わず仰け反った。


「わっ!」

「あっ!ごっごめん。顔近付けすぎた!」


何故か英二も顔を赤くしてアタフタしている。

俺はその姿を見てもう1度よく考えた。

今の英二はまるで記憶がなくなる前の英二みたいで・・・

だからこの雰囲気を壊したくないと思うけど・・でもそれじゃ駄目なんだ。

ちゃんと記憶を取り戻して、いつもの俺達で笑ったり、怒ったり、じゃれ合ったりしたい。

その為にも・・・腹をくくるか。


「英二・・?」

「なっ何?」


アタフタしていた英二が俺を見る。


「英二に話があるんだけど・・・」

「あっ!そういえば不二もそんな事言ってたよな!」


英二は思い出した!と、話を聞く態勢をとった。


「で、何?」

「あーーえっーっ・・と・・・」


改めて構えられると、こんなに話にくい事はない。

不二の言葉を信じて、告白するのはいいが・・何て言えばいいんだ?

俺は頭をフル回転させた。

自慢じゃないが今までに何度か女子に告白された事もある。

その時の言葉を参考にしようと思ったが、その時は断る事に必死でどう言われたのか

まったく思い出せない。

参ったな・・・・


「どうしたの大石?話にくい事なの?」

「いや・・その・・・」


そうなんだよ。とっても話にくい事なんだよ英二・・・

思わず声に出して答えそうになって、はたと気付いた。

この感じ・・英二が告白してくれた時に似ていないか?

英二を見ると、不思議そうに目をパチパチしている。

そうだ。あの時もここで英二が話にくそうにしていて、俺はそれに気付かなくて・・・

えっと・・それからどうだった?

英二が俺に好きだと言ってくれて、でも俺は最初それは友達としてだと思って・・

だから俺もだって答えて・・だけどその後急に英二が俺にキスをしてきて・・・・

俺の好きはこういう好きなんだって・・・そう英二は言った。

とても勇気がいる事だったんだな。今ならそれが手に取るようにわかる。

相手がどう思ってくれているかわからない状態で、ましてや俺達は男同士だ。

そんな状態で告白すなんて、どれだけ怖かっただろう。

でも英二はそれを乗り越えて、俺へと告げてくれた。

今度は俺の番だよな。


「英二。笑わないで聞いてくれる?」

「ん?何?面白い話なの?」


英二が俺を見る。俺はその目を真っ直ぐ見返した。

英二も俺の真剣さが伝わったのか、笑みを消した。


「絶対に笑わない」


俺は英二の言葉を受けて、大きく深呼吸する。

告白してどうなるかはわからないけど、俺も逃げない。


「英二・・・俺はお前が好きだ」

「えっ?」


英二の目が一瞬大きく開かれて、目が泳ぎ始める。


「あっ・・あれだろ?友達ってことだろ?そっ・・そんなの俺も大石が好きだよ!

記憶がなくてもそこんとこは変わんないって!」


友達・・やはりそうなるよな。俺もあの時そうだった。

動揺して、信じられなくて・・・まさかな?という想いが強くて・・・

でも・・・


「英二・・俺の好きはこういう好きなんだ」


俺は英二の肩を掴むと、自分の方へ引き寄せた。


おとぎ話でもなんでもいい。

このキスで英二が俺を思い出してくれたら嬉しい。


英二愛しているよ。

俺のところに戻ってこい。


たくさんの想いを乗せて、深く長く唇を重ねた。

そしてゆっくり離れる。


「俺の気持ち・・わかってくれた?」




大石お誕生日おめでとうvvvvvvvv

今日で7回目?8回目?もう何度なのかもわからないけど・・・今回も無事に間に合いましたvvv

そしてやっとここまで来たね。残りあと1回。大石の想いは英二に届くのか・・・・

最後まで見届けて貰えたら嬉しいです。

2014.4.30