それは遠い昔の記憶
閃光・轟音・地響き・・・雷
「英二。もう少し急がないか?」
「えぇ?大丈夫だろ?家に着くまで降らないって」
部活が終わった帰り道、空が真っ暗になり始めて今にも雨が降り出しそうな雰囲気に
俺の気持ちも少しソワソワとしてきた。
「降られたらどうするんだよ?傘持って来てるのか?」
「んにゃ。持って来てない。けどさ、降れば大石がその鞄の中から傘出してくれるんだろ?」
「えっ?そりゃあもちろん出すけどさ・・・って人を当てにするなよ」
「まぁいいじゃん!降れば堂々と相合傘が出きるんだしさ」
「あっ・・・相合傘って・・・・」
ったく・・・英二の奴・・・しょうがないな・・・・
ニシシと笑う英二に結局折れて、俺は英二の歩調に合わせて歩く事にした。
空を気にしながら、英二の話に耳を傾ける。
「あっ!そうだ!」
「どうしたんだ?英二」
「今日さ。いつも買ってる雑誌の発売日だった」
「それで?」
「お願い。大石の家に行く前にさ。本屋寄っていい?」
あっ!って言った時点で嫌な予感はしたんだけど・・・
「駄目。もう雨が降るかもって時に・・・また明日にしろよ」
「え〜!いいじゃん!頼むよ大石!」
「駄目なものは駄目」
「そこを何とか!だって思い出したら気になるじゃん!」
訴えかける様な英二の目にいつもなら折れて英二に付き合ってしまうんだけど・・・
俺はチラッと空を見た。
さっきよりまた暗くなってるな・・・
急がなければ・・・ホントに降られるぞ・・・
傘も一本しかないのに、本格的な雨が降れば必ずどちらも濡れてしまう。
そんな事になって、この時期に体調なんて崩すような事になれば・・・
チームに迷惑をかける事になる。
だから英二には悪いけど・・・
「気になっても駄目。我慢しろよ英二」
それにいつも甘やかす訳にもいかないしな
「むぅ〜!大石のケチンボ!」
英二は俺の言葉に、頬っぺたを膨らませた。
「ケチンボで結構。大体英二はさ。我慢っていうのも覚えなきゃ・・・」
言いかけた時に、遠くの空が光った気がした。
今のは・・・雷?
「大石の隙みっけ!」
俺が雷に気を取られていると、英二が俺から鞄をもぎ取った。
「強制的について来てもらうもんね」
そう言うと、そのまま走り出す。
「なっ!英二っ!!」
呼び止めた英二はもう既に10m先まで走っている。
「大石っ!ついて来ないと、雨が降りだしたらびしょ濡れだぞ!」
びしょ濡れって・・・洒落にならないじゃないか・・・
「コラ!英二っ!返せよ!」
「大石が俺を掴まえられたらね!返してやるよん!」
そしてまた英二は走り出した。
返してやるって・・・
「待てよ!英二っ!」
俺も仕方なく英二を追いかけて走り出した。
数分後・・・結局、俺は本屋まで英二に追いつく事は出来なかった。
英二は今、レジでお目当ての雑誌を片手に並んでいる。
俺は店先でそんな英二を待っていた。
英二の奴・・・・ったく・・・普段もすばしっこいけど・・・
こういう時は、ホントいつも以上にすばしっこいよな・・・
英二から取り返した鞄を、見つめて小さく溜息をついた。
「大石っ!お待たへっ!」
へへへと笑いながら、英二が戻って来た。
「お待たへ・・・じゃないだろ英二?」
「ごめん・・・でもどうしても欲しくてさ・・・」
「それでも・・・鞄を人質にとるなんて、酷いじゃないか」
「だからホントにごめん!今回だけだから、もう絶対しないからさ許してよ大石」
両手を合わせて、深く頭を下げる英二
もう絶対しないって・・・
前にも似たような事があった気がするけど・・・?
そう思いつつも一生懸命頭を下げる英二の姿に、俺は結局許してしまうんだよな・・・
「わかった。ホントに今回だけだからな」
「うん!絶対に大石の鞄を人質にとったりしないから」
英二は胸にしっかり買った雑誌を握り締めて、満面の笑顔を俺に向けた。
ホントは・・・鞄を人質にとる以前の問題なんだけどな・・・
ハァ・・・
俺は英二の頭をポンポンと叩いて苦笑した。
「じゃあ行こうか」
「うん」
店先を一歩出ると空はまた一段と暗さを増し、腕にポツリと雨の雫が当った。
よく見るとアスファルトにポツポツと雨の跡がついては消えている。
「間に合わなかったか・・・」
「ごめん大石。俺のせいだ。俺が本屋に寄ったから・・・」
英二は眉間にシワを寄せて、アスファルトに落ちる雨粒を見ている。
「気にする事はないよ」
俺は鞄の中から、折り畳みの傘を取り出した。
「酷くなる前に、帰ろう」
そして英二に傘を差し出した。
「大石・・・うん」
英二は俺の顔を見上げたあと、差し出した傘にピョンと飛び込んだ。
「走るぞ英二」
「OKっ!」
小雨が降り出す中、俺達は相合傘で走り出した。
折り畳みの小さい傘だから、二人で入るにはかなり小さいけど、それでも頭だけは濡れないようにしっかりカバーして全速力で俺の家を目指す。
少し走ると英二が、傘を持つ俺の手を掴んだ。
「大石っ!こっちの方が近道だから」
「えっ?こんな所から行けるのか?」
英二がこっちと言った道は、こんな所に道なんてあったかな?
と思うぐらいの路地裏で、俺は使った事のない道だった。
「うん!信じてよ!絶対近いから!」
英二がそう言ったと同時ぐらいに、俺達の頭上の空が明るく光った。
そして遅れて、ゴロゴロと音が続く。
「急いで大石っ!」
「あぁ。わかった」
雷の光と音に後押しされる様に、俺達はその細い路地裏を走り出した。
「よくこんな道知ってたな」
「まぁねん。って威張れないんだけどさ。あの本屋に行って大石ん家に行くのに
近道ないかなぁ?って最近偶然見つけただけだから」
ニャハハと笑いながら、英二が更に続ける。
「このまま行くとさ、古い団地と空き地があってそこを越えた三叉路を右に行くと
いつもの大石の家に行く道と繋がってるんだぜ」
「へぇ〜〜」
俺もたまにあの本屋に行くけど、こんな道・・・使った事もなかったな。
いつも普段使う確実な道ばかりで、冒険して新しい道を探そうなんて考えもなくて・・・
意外とあるんだな・・・近道
そう思った時にまた空が光った。
ピカッ!バリバリバリ!
今度は先程よりも、光と音の間隔が短くなっている。
「うわっ!」
俺は思わず叫び声を上げて、立ち止ってしまった。
「おわっと!大石?大丈夫?」
英二は俺が急に立ち止ったから、傘から少しはみ出して急いで戻って来た。
「あぁスマン大丈夫だ」
ハハハとカラ笑いを浮かべながら、額には汗が滲み出してきている。
不味いな・・・こんな時に・・・
俺は手の甲でそっと汗を拭った。
実は・・・・昔から俺は雷が苦手だ。
何故苦手になったのか・・・今はもう覚えていないんだけど・・・
どうしてもあの光と音を目の当りにすると、体が萎縮してしまう。
こんな姿・・・英二には見せたくないんだけど・・・
「大石。急ごう」
英二が俺の腕を掴んで走り出した時、小降りだった雨が急に滝の様に降り出した。
「ハァハァハァ・・・びしょ濡れだな」
「ごめん。俺のせいだね」
滝の様に降り出した雨に、折り畳み傘じゃカバーしきれなくなって、俺達は古い団地の横に立てられた自転車置き場に逃げ込んだ。
「英二。もうそれは気にしてないって言っただろ」
俺は落ち込む英二に鞄の中から出したタオルをかけてやった。
「ほら。しっかり拭いて。風邪ひくといけないから」
「うん・・・そうだね。サンキュー大石。だけどさ大石もちゃんと拭いてよね。その肩」
英二が俺の肩を指でトントンと叩く。
「あぁ。わかってるよ」
俺達は顔を合わせて、微笑みあった。
その時また閃光とともに轟音が鳴り響いた。
ピカッ!バリバリバリ!
「うわっ!」
また光った。どんどん間隔が短くなっている。
あ〜頼むよ・・・雷だけは止めてくれ・・・
「大石。大丈夫?雷苦手なんだろ?」
「えっ?・・・・どうして?」
「わかりやすすぎ」
そう言うと英二は俺の両手を指でチョンチョンと突いた。
「あっ・・・」
俺は無意識に両手を耳に当てていたみたいだ。
「それに前から、雷の時は部屋から出たがらないし・・・
部活の時だって雷が鳴り始めたら上がるの早いじゃん」
確かにそうなんだけど・・・
上手く隠せていたと思ったんだけどな・・・
やはりバレていたのか・・・
「そうなんだ・・・雷・・・苦手なんだ。カッコ悪いだろ?」
俺は自嘲気味に微笑んだ。
「なんでだよ?別に雷が苦手でもいいじゃんか」
「でもこんな姿あまり人に見せられないよ」
「俺にならいいじゃん。俺は全然気にしないからさ」
胸を張る英二に俺は少し嬉しくなった。
英二なら・・・確かにそうなんだけど・・・
だけど・・・やっぱり恋人の前ではホントは凛とした態度でいたいというのも本音なんだよな
だから・・・
「俺は気にするよ」
「何だよそれ!俺に弱み見せたくないっていうのか?
俺なんか夜のトイレが苦手なんだぞ!」
「それは知ってるよ」
英二に何度も夜中に起こされて、トイレにつきあった事がある。
だから当然英二が苦手にしているって事はわかっていたけど・・・
ひょっとして今言うって事は・・・内緒にしていたつもりなのかな・・・?
「何だよ!それじゃあ俺にも弱み見せてよ!じゃなきゃ不公平じゃんか!」
英二が頬っぺたを膨らませて拗ねている。
「まぁまぁ。そんなに拗ねるなよ英二。気にするって言ったけど・・・」
言いかけてまた雷が光った。
今度は音と光がほぼ同じだった。
「うわっ!」
「おっ・・・大石っ!大丈夫?」
俺はまた無意識に両手で耳を塞いだ。
光を見つめ雷の音が止むのをまって、ゆっくりと英二の方へ顔を向ける。
「ハハハハ・・・まぁこの通り・・・隠したくても・・・もう隠せないから・・・」
そして苦笑した。
英二は心配そうに俺を見つめる。
「大石・・・なぁ・・・そんなに雷が苦手って何か原因があるの?」
原因か・・・・
自分でも何度か思い出そうとした事がある。
それを克服したら、こんなに雷に反応してしまう体をどうにか出来るんじゃないかって・・
だけど結局思い出せなかった。
「それが自分でもよくわからないんだ・・・何かあったとは思うんだけど・・・
気付いた頃にはこんな風になってたから・・・」
「そうなんだ・・・」
英二はそのまましゃべらなくなった。
何かを考えているのか・・・気まずい雰囲気が二人の間を包む。
「英二・・・?」
段々不安になって、俺は英二を窺うように声をかけた。
すると英二はゆっくりと顔を上げて、満面の笑みを俺に見せた。
「大石。上手く言えないけどさ・・・
俺、雷が苦手な大石も好きだよ。だからそんなに気にするな」
「英二・・・」
ポンポンと俺の肩を叩く英二。
俺は嬉しさのあまり、今いる場所が自転車置き場だという事も忘れて英二を引き寄せて抱きしめた。
「ありがとう。英二」
英二は俺の腕の中でへへへと照れた笑いを浮かべている。
「礼なんていいよ。それよりさ、夜中のトイレが苦手な俺も好きでいてよね」
「そんな事言われなくても好きだよ」
「んじゃ・・・おあいこだな」
真っ赤な顔して、ニッと笑う英二に俺は抱きしめる腕の力を強めた。
英二・・・
いつも・・・いつも・・・本当に英二の言葉に笑顔に救われているよ。
「ありがとう・・・・」
もう一度耳の傍で囁くように告げて、俺はゆっくり英二を離した。
その時だった。
真っ暗だった空が閃光とともに明るくなり、凄まじい轟音とともに少し離れた空き地に雷が落ちた。
バリバリバリ・・・ドーン!!
その衝撃は離れた場所にいる俺達にも地響きとなり伝わる。
俺は一瞬のうちに頭が真っ白になった。
滝口くんお誕生日おめでとうvvv
何とか間に合ったかな・・・・☆
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