君に映る景色

                                                                            (side 英二)






英二・・後でな・・・

優しくて、暖かくて・・・とても安心する声。

この声は・・・

一体・・・誰?






薄らと開けた目に、光が飛び込んだ。


眩しい・・・


俺は目をパチパチさせてゆっくり周りを見た。


車の・・イス?


そう思うと、動いてる音も聞こえる気がする。


俺、何処かに移動しているの?

っていうかこの温かさ・・・俺、誰かに膝枕して貰ってる?


顔に伝わる温もりに目線を下げると、学生ズボンが見えた。


な・・何で!?


驚いて急いで頭を浮かして、体を起こした。



「わっ!急に体起こすなよ。大丈夫か英二?」



英二って・・・?


呼ばれた方に顔を向ける。

至近距離で誰かと目が合った。


えっと・・・確かコイツ・・・



「・・・竹本?」

「そうだよ。今頃何言ってんだよ・・寝ぼけてるのか?」

「ね・寝ぼけてなんか・・」



いないって言おうとして途中で止めた。

やっぱ寝ぼけてんのかな?

何で俺、竹本と一緒にいるのかわかんない。

どういう流れで俺、膝枕して貰ってんの?

俺・・・確か・・・

頭の隅っこがモヤモヤする。

大事な約束をしていたような・・・

それを想いだそうとしたら、頭に激痛が走った。



「つっっ・・!!」



何なんだよ!この痛み!



「おい!大丈夫か英二!」



額を抑えると、すぐに竹本が俺の頭を覆う様に自分の方へ引き寄せた。

俺の頭が竹本の胸の中に納まる。



えっ?



「急に体を起こしたからじゃないのか?取り敢えず着くまで寝とけよ」



心配する竹本の声が胸から直接振動となって頭に響く。

俺は少し頭を動かして、上目遣いに竹本を見た。

竹本も俺を見下ろしていて、また至近距離で目が会った。



「俺が傍にいるから、大丈夫だから」



・・・竹本・・・?


竹本はそのまま俺の頭を自分の膝の上にのせた。



「その子本当に大丈夫?」



運転席の方から俺達の様子を窺っていたのか誰かが竹本に声をかけた。



「はい。でも、もう少し急いで貰えますか」



竹本は俺の頭を優しく撫でながら答えている。


嘘・・何コレ?

この感覚・・嬉しい・・?

ううん・・違うな・・嬉しいっていうか・・・凄くドキドキしてる。

胸がギュッってして、顔が熱いっていうか・・なんかめちゃくちゃ意識してしまう。

俺、こんなに竹本と仲良かったっけ?

だって竹本とは・・・

1年の時同じクラスで、同じクラブで・・そうだよくつるんでたよな。

一緒にテニスもいっぱいした。

俺達は仲が良かったんだ。



「英二。目を瞑れよ。病院に着いたらちゃんと起こしてやるから」

「う・うん」



そっか・・俺、病院に向かってるんだ。

きっと怪我したんだな。

だって頭だってこんなに痛いし・・・ああ・・意識したら、ズキズキしてきた。

やっぱ竹本の言う通りに今はちょっと眠ろう。

きっとこんな痛み、目が覚めらた治まってる。

傍に竹本がいるんだし・・安心だよな。
















「英二。着いたよ」



肩を叩かれて目を覚ました。


一体ここは・・・


ぼんやりとした目の先に車のイスが見えた。


そうだ。竹本と一緒に車に乗ってたんだ。


俺は自分の状況を思い出して体を起こした。



「ごめん。マジで熟睡してた」

「そんなのいいって、それより歩けるか?」

「うん。寝たから頭もスッキリしたみたい」

「そっか。でも油断すんなよ。ふらつきそうなら俺の肩を貸してやるから」

「えっ?ああ・・サンキュ!その時は頼むよ」



何だろう。竹本がめちゃくちゃ頼もしく感じる。

俺の事を心配してくれる仕草や言葉がくすぐったい。

でもこの感覚・・・


車を降りると運転していた男の人が、俺達の前に歩いて来た。



「俺が先に病院に入って事情を説明するから君達は後からついて来てくれ」

「はい。わかりました」



竹本が答えると、運転手の人は足早に病院へ入って行った。



「じゃあ俺達も行こうか」



竹本はそう言うと、俺の腰に手を回した。



「う・うん」



この感覚・・・初めてじゃないよな。

いつも傍で誰かがこうやって俺を気遣ってくれていた。

そんな気がする。

それって・・・


俺は竹本を見上げた。



「ん?どうした?」

「な・・何でも無い」



竹本の優しい眼差しに俺は目線を外した。


た・・竹本なのかな?

だって入学して一番つるんでるのって竹本だもんな。

今だってこんな風に腰に手を回して・・・さっきは膝枕だし・・・


俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。


でもこれって友達にするには、親密すぎないかな?

あっでも、今は俺が怪我してるから・・いやでも・・・違う。

俺やっぱこういうの初めてじゃない。

きっと何度もこういう事あったんだ。

俺はまた竹本を盗み見た。

竹本は真っ直ぐ前を見ていた。


俺・・またドキドキしている。
















バンッ!!


けたたましい音と共に、母ちゃんが診察室に入って来た。

後ろにはチイ姉もチイ兄もいる。

俺は、片手を上げて家族を迎えた。



「よっ!」

「よっ!じゃないでしょ英二っ!!」



詰め寄る母親に、俺んちって圧倒的に女が強いよなぁ。

つうか・・落ちつきのないところは絶対俺母ちゃん似なんだと思う。


なんて思いながらも、俺の事心配して飛んできただろう家族を見ると嬉しくなった。



「まぁまぁ。俺、全然大丈夫だからさっ!」

「大丈夫って、本当なんですか先生!?」



母ちゃんが俺を押しのける様にして、先生と向き合う。

先生は頭の外傷は思ったより浅い事を説明した後、念の為脳の検査をする事を伝えている。

俺は椅子を取られて、必然的に立ち上がった。

ドアの方を見ると、チイ姉が俺をここまで連れて来てくれた人と竹本と3人で話している。

どうやら母ちゃんの代わりに先に礼を言ってるようだ。

俺もその会話に加わろうとして、肩を掴まれた。



「ホントに大丈夫なのか英二?」



振り向くとチイ兄が立っていた。


そうだ。チイ兄も来てくれてたんだ。

忘れるとこだった。危ない。危ない。


どうしても母ちゃんとチイ姉の存在に隠れがちなチイ兄に俺は満面の笑みを浮かべた。



「うん!大丈夫っ!」



チイ兄は安心したように俺の頭に手を置くと大袈裟に脱力してみせた。



「そっか・・大石から電話貰った時は、ホントどうなるかと思ったけどな」



おおいし・・??



「大石って、誰だよ?」







それからは質問攻めだった。

一瞬固まったチイ兄と俺の方へ飛んできたチイ姉・・そこに母ちゃんが加わって次から次へと色んな事を聞かれた。

俺は必死に答えながらもどんどん怖くなってきた。

みんなの表情が、見るからに曇って来てたからだ。


俺、何か変な事言ってるのかな?

みんな怖いよ・・・


一歩後ずさった時に、俺の横に誰かがグイッと割り込んだ。



「みなさん少し落ちついて下さい」



竹本だった。

竹本が俺の横からみんなの輪に割って入ってきた。



「英二が怯えていますから」



竹本・・・



みんな一瞬シンと黙った。



「そうね」

「ごめんね英二・・ちょっと気が動転しちゃって」



チイ姉と母ちゃんがお互いの顔を見合わせる。

チイ兄だけは、竹本を見据えた。



「お前、誰?」



その言い方が、チイ兄にしてはちょっと冷たい感じで俺は竹本をかばう様に手を広げた。



「何言ってんの!同じクラスの竹本じゃん!チイ兄だって知ってるだろ?」

「はぁ・・?あー1年時の・・・」



チイ兄は少し考えて、何か思い出したように頭をかいた。



「最初の頃、よくつるんでた奴か」

「だからぁ!今もだろ!」



俺が叫んだところで、先生が止めに入った。



「お母さんと英二くん以外は一度出てもらえますか?」



他のみんなは看護婦さんに促されて診察室を出て行く。

俺は急いで竹本の腕を掴んだ。



「竹本。まだ帰らないよな?」



竹本は掴まれた腕を見た後、俺へと視線を向けた。



「ああ。外で待ってる」

「良かった。じゃあ後でな」



笑顔で頷く竹本の腕を離して、看護婦さんが出してきたイスに座った。


ん?アレ?後でって・・・俺・・・

また頭の奥がモヤモヤする。

何だろう今凄く大切な事を思い出しそうな気がした。

俺、前にも誰かに後でって・・約束したような・・?

気のせいかな?

だって俺、竹本と一緒にいたんだもんな。

他に約束なんて・・・・


『英二が怯えていますから』


そうだよ。俺の事を・・今の俺の不安をわかってくれているのは竹本だけなんだ。

アイツが外で待ってるんだから、早く話をすませて帰ろう。

アイツと一緒に・・・
















「退院したらフワフワのオムレツ食べるでしょ!」



必要以上に声がでかくなるのは、予想以上の事を言われたからだ。



「外傷性の部分健忘?」



母ちゃんが先生に聞き直す。



「はい。英二くんの場合は中学1年初期の記憶まではしっかりしていて、それ以降の今までの記憶がないのでこの部類に入ります」

「それって記憶喪失って事ですよね?元にはもどるんですか?」

「そですね。原因が外傷性ですから、何かキッカケがあれば今日にでも思い出すかも知れませんし、長く時間がかかるかも知れません」



何かドラマのワンシーンを見る様な会話だった。



俺が記憶喪失・・?

それってホントの事だよな?


みんなが出て行った後、先生と母ちゃんと色んな話をしてわかった事は、俺の記憶は生まれてから中一の初めの頃までしか無いって事。

でも俺には母ちゃんもチイ姉もチイ兄も竹本もわかるから、言われてもあまりピンとこない。

流石に鏡を覗いた時は、絆創膏の位置が違うっ!

つうか・・俺デカッ!

なんて・・ホントに中3なんだ・・って実感して焦ったけど・・・だけどさ・・

それ以上にいつも明るい母ちゃんが今にも泣き出しそうな顔をしてたのがショックだった。

俺、しっかりしなきゃって・・・早く思い出して母ちゃん安心させなきゃって・・・

だから落ち込んじゃいられないって・・・

カラ元気でもなんでもいいんだ。俺は絶対暗い顔なんてしない。

いつも通り明るい俺でいるんだ。

竹本だって一緒にいてくれるし・・・記憶喪失なんてきっとすぐに治る。

だから母ちゃん・・そんな顔すんな。

俺頑張るからさ


俺は大きな声で話続けた。



「それでさー!」

「遅くなってスミマセン。どうですか英二くんは?」



そこへ誰かが入って来た。


えっ?誰?


俺の足元のパイプベットに手を置いて俺を見る。



「英二。大丈夫か?」



英二って・・俺の事名前で呼ぶって事は、俺と仲がいいって事だよな?

確か・・・



「ちょっと待って!みんな言わないでよ」



俺は手でみんなを制して、目を瞑った。



「えっ〜と・・・・」

「どうしたんだ?英二?」



たまご型の顔に触覚・・・優しい眼差し・・・ん〜〜〜



「そうだっ!お前は大石っ!」



目を開けて大石を指差す。



「えっ?」

「どうだ?当たってるだろ?」

「あっまぁ・・それは当たっているけど・・・何の冗談なんだ?

 俺の名前を知っているのは当然だろ?」



大石は困惑顔で、周りを見ている。

俺は胸を張って大石に告げた。



「何言ってんの!入学して1カ月やそこらで俺が名前覚えてんのって珍しいんだぞ!

 って・・・アレ?なんでお前来てんの?俺、お前とそんなに親しかったっけ?」



ん?・・いやいやちょっと待て、俺ホントは中1じゃなくて中3だったんだよな。

ならこの言い方は可笑しいのか?

だって大石がここに来るって事は・・きっとテニス部に入った後大石とも仲良くなって・・・

大石と・・・?

おおいし・・・?



「アイタタタ・・」



まただ!また何か凄く引っかかった。

凄く大切な事・・・約束・・・・・・・・・くそっ!!

引っかかったのに、思い出そうとすると頭が割れる様に痛い。

俺は頭を両手で抱えた。



「英二・・お前・・・」



大石の呟く声が、悲しみを帯びている。


あ〜〜どうしよう。俺・・・



「大石ちょっと来い」



えっ?

チイ兄の声に顔を上げると、チイ兄が大石を引いて病室の外へ連れ出しているとこだった。

その後ろ姿をチイ姉も母ちゃんも見ている。


大石・・・


俺も同じように罪悪感に苛まれながら見ていた。


きっと俺、今・・大石を傷つけた。

俺が記憶を無くしたせいで・・・



「英二。無理に思い出さなくていいよ」



いつの間にか竹本が俺の耳元まで顔を近づけていた。

目だけ竹本を見ると、竹本は小さい声で囁くように言った。



「俺が傍にいるから大丈夫だろ?」

「竹本・・」



そうだ。竹本の事は覚えている。一番大切な人の事は覚えているんだ。

って・・・一番大切な人・・・?

それって・・・・あーーーーわかんないっ!

俺、何を考えているんだろ?

兎に角・・思い出さなきゃ!空白の2年間を・・・

母ちゃんの為にも、大石の為にも・・・

そうじゃなきゃ、また誰かを傷つけてしまう。

こんなの俺も嫌だ。

こんなの・・・



「ねぇみんな。悪いけどさ。竹本だけ置いて帰ってくんない?」



そうだよ。仲がいい竹本なら知っている筈。

中1から今までの俺を・・・

この頭の中のモヤモヤが何なのかを・・知ってる筈なんだ。




                                                      (side大石へ続く)





英二っ!!何故すぐに思い出さない!?


なんて疑問に思っては駄目ですよ!

そこはあの・・その・・すぐに思い出してしまうと話がすぐ終わっちゃうんでね☆

という訳で・・・大誕なのに大石が不運なんて感じになっちゃいましたが・・・

大石っ!お誕生日おめでとうvvvvvvvv

そして・・足を運んで下さったみなさん!ありがとうございますvvvv

今年も無事にお祝いが出来て良かったです!

2011.04.30