「しっかしさっきの乾さぁ。ホント凄かったよな〜灰だよ!灰!」
「英二・・あんまり言ってやるなよ。乾が気の毒じゃないか」
「何言ってんの!大石だってそう言いながら顔が笑ってるじゃんっ!」
「えっ?いやっ!これは・・・」
「隠さないの!海堂だって元にもどったんだしさ。ネタにしたっていいじゃん」
「でも英二・・あの乾の顔を思い出したら・・・・・・」
「ほらほら大石っ。今ニヤッとしただろう」
今日の部活で大変な騒動が起きた。
桃と英二がラリーをしていて、それた球が越前に向かって飛んで行ったんだ。
それを咄嗟に庇った海堂の記憶が一時的に失われた。
嘘のような本当の出来事に、その場にいた者はもちろん乾は激しく動揺したんだ。
「だっだからこれは・・・・」
そして海堂の記憶を取り戻すべく、俺達は海堂にいろんな事を試した。
ビデオを見せたり、河原に行ったり・・その前には乾汁もあったかな・・・
兎に角色々試してはみたがことごとく失敗して、そのたびに傷ついた乾は灰と化していた。
海堂が乾の事を覚えていない。
正確にはその他の誰の事も自分の事さえも覚えていないのだが、その事実は大きく
普段冷静なデータマンの姿はそこにはなかった。
ただただ動揺し、打ちのめされる。
その姿は気の毒を通り越して、哀れというか・・・
最終的にコートに戻ってきた海堂は試合をして、自分のフォームの中に自分を見つけて無事に記憶が戻ったんだが・・・
「何々?だからなんなの?まだ抵抗する気大石?」
英二が歩きながら屈んで俺を下から見上げる。
俺の心を覗きこむような大きな目と目が合った。
確かに英二の言う通りなんだよな。
無事に大騒動が解決して乾と海堂の熱い抱擁で幕が閉じると、どうもあの時のリアクションが頭を過るんだ。
流石に灰ってないだろ乾・・・・って感じで笑いが込み上げる。
だから英二が言いたいのもわかるんだ。
落ちついた今だからこそ、素直に笑える話。
「ごめん降参。確かに今思いだすとあの姿は笑えるけど・・
だけどそれは今日で終わりにしよう。明日ネタにするのは無しだぞ」
「何でだよー!明日乾に会ったらジョーって呼んでやろうと思ったのに!」
「ジョー?」
「明日のジョーだよ。あれも最後灰になってただろ?」
「あーなるほど・・・って英二。ジョーと乾じゃ根本的に違うだろ
満足して力尽きて灰になるのと、絶望で灰になるのじゃ全く意味が違うじゃないか」
「もうっ!大石は真面目すぎんだよ。こんなのジョークなんだからさ
同じ灰になるって事でジョーでいいんだよ」
英二は頬っぺたをこれでもかと大きく膨らませて、体全体で不満を表している。
あ〜英二の奴すっかり拗ねちゃったな。
でもここで折れて乾をジョーなんて呼ぶ事になったら、今日の事が学校中広まって大変な事になるだろうし・・・
それに・・やはりどんなに灰化が面白いとはいえ、それは騒動が治まって部外者だから笑える話で、当の本人の乾は笑える話じゃない。
一時でも恋人が自分の事を忘れたんだ。今でも何処かで傷は残っている筈だし、忘れた方の海堂だって事実を知れば複雑だと思う。
ここはやっぱり折れずに諭すしか道はないな。
俺は英二の頭に手を置いた。
「なぁ英二。もし俺が乾の立場でも英二は俺の事をジョーって呼ぶのか?」
一番わかりやすいだろうと思った例え話で英二は思った以上の反応をみせた。
俺の手を勢いよく振りほどくと俺を見上げる。
「それってどういう事だよ?」
「だから英二が記憶を無くして、俺が灰に・・・」
英二の目が怒っている。
それがわかった瞬間、完全に英二の勢いに押されてしまった。
「なる訳ないだろ!俺を誰だと思ってんだよ!俺は海堂みたいにへまはしないし
てか仮に同じ事があっても大石を忘れる訳ないじゃん!!」
「いやだから例え話として・・・」
「例え話でもしていい話と悪い話があるだろ?
それとも何?大石は俺の記憶が無くなって大石を忘れてもいいって言うの?」
「馬鹿言うなよ!そんな事あるわけ無いだろ!」
反射的に答えて英二の腕を握った。
英二が記憶を無くすなんて・・・俺を忘れるなんて・・・
そんなの灰化どころの話じゃない。
消えてこの世から無くなるかも知れない。
英二は驚いたのか、一度目を大きく見開いてでもまたすぐに口を尖らせた。
「大石も・・・大石も俺の事忘れない?」
「ああ。俺が海堂の立場でも英二の事は絶対に忘れない」
「ホントに?」
「ホントだ」
「絶対だよ?」
「約束する」
英二の目を見つめて言うと、英二は俺の胸におでこをつけた。
「俺達は天下の黄金ペアだもんな。どんな事があってもお互いを忘れる事なんてないよな」
「ああその通りだよ。英二」
へへへと照れ笑いする英二に、思わず背中に手を回しかけてすんでのとこで止めた。
俺達の横を青学の生徒が通ったのを目の端で捉えたんだ。
俺は慌てて英二の肩に手を置いた。
「まぁ・・そういう事だから英二」
「うん!」
さり気なく英二を離して微笑むと、ゆっくりと歩き出した。
英二も上機嫌で歩く。
あー思いがけず話が逸れてしまった。
乾すまない。フォローしきれなかったかも・・・
乾に心の中で詫びて、鼻歌交じりに歩く英二を横目に周りを見渡した。
まだ校門を出てそれほど歩いていないので、青学の生徒が同じように帰路についている。
それよりも今の姿ばっちり見られているよな・・・不味かったかな?
いや抱きしめていないからギリギリセーフか?
最近は青学の黄金ペアという事で俺達が多少触れ合っていても黄金ペアはそういうものと認識はされているようなのだが
公衆の面前で抱き合うとなると流石に弁明の余地はない。
い・今のはセーフという事にしておこう。
無理やり自分の気持ちに納得させて、ご機嫌な英二から目線を前に戻した瞬間だった。
英二が大きな声で叫んだ。
「ネコ!!!」
えっ?
と、英二の方を振り向いた時には英二は道路に飛び出していた。
「英二っ!!」
声をかけ咄嗟に手を出したが間に合わない。
英二は道路の中央へダッシュしていた。
その先にいるのは、真っ黒なネコだった。
そのネコは、前方から走り寄る車に驚いて身動きが取れないようだった。
英二は迷わずその子めがけて走っている。
俺はもう一度叫んだ。
「英二っ!!飛んでっ!!」
車がもの凄い勢いで走り寄っていた。
このままでは間に合わない。
黒ネコも・・英二も・・・
走り出した英二を止める事はもう出来ない。
俺の手は届かない。
そう認識した一瞬の判断だった。
英二は俺の声に呼応するように飛び、黒ネコを抱えて転がった。
車をギリギリで交わしたんだ。
俺は急いで英二の許へと走った。
「英二っ!!」
うずくまる英二を抱き起こすと、頭を打ったのか額から血が出ていた。
「大丈夫か?」
「う〜ん・・華麗にとはいかなかったな・・・これじゃあ海堂の事言えないよ」
弱々しい声で言うと、ニッと笑う。
「悪い。俺が飛べって言ったから・・」
「何言ってんの?あそこで大石が叫んでくれなかったらアウトだったろ?」
少しムキになって英二が言うとイタタタ・・と頭を押さえた。
「あまり触るなよ。血が出てる」
「あーそうみたいだな。これじゃあ益々海堂と一緒じゃん」
そばにいた青学の生徒と英二をギリギリ引かずに済んだ運転手も走り寄る。
「英二大丈夫か?」
「キミ!怪我は無いか?」
おのおの心配顔で英二を見下ろすと英二が『大丈夫。大丈夫』と手をひらひらさせた。
その時英二に抱かれていた黒ネコがピョンと英二の胸から飛び出した。
「あっ・・」
飛んだ方を英二が目で追う。
俺も黒ネコへと目線を向けた。
しかし駆けよってきた運転手と青学の生徒は英二の事が気になっているらしく飛び出た黒ネコには気もくれない。
「何を言ってるんだ。キミ頭から血が出ているじゃないか。病院に行かなきゃ!」
「そうだよ英二。お前ちゃんと調べて貰った方がいいぞ!」
口々に言葉にする。
英二はお構いなしに俺を見上げた。
「大石あのネコ掴まえて道路に出ないようにして。俺は大丈夫だから」
俺は英二の目を見つめた。
英二の目は力強く俺を見返した。
仕方ないか・・・
英二が身を呈して助けた黒ネコをまた同じ目に合わせる訳にはいかないものな。
今は英二の気持ちを優先させよう。
「わかった」
俺は頷くと運転手と青学の生徒を見上げた。
改めて見ると駆け寄ってきた青学の生徒は一年の時に英二といつも一緒だった竹本だった。
俺は二人を交互に見ながら頼んだ。
「英二を青学総合病院に連れて行って貰えますか?俺も後から必ず行きますから」
「わかった。じゃあ俺の車に乗せて」
「よし。じゃあ俺が付き添ってやるよ」
「悪い竹本。頼むよ」
俺はゆっくり英二を抱き起こすと、そのまま道路脇に止められた車に英二を運んだ。
「なんか姫抱っこって照れるな」
英二が耳元で呟くとからかう様に笑う。
「こんな時に何言ってるんだよ」
俺は少し真顔で答えて、英二を車に乗せた。
運転手も竹本も既に車に乗り込んでいる。
「英二のお母さんにも連絡しておくから」
「そんな大げさにしなくていいって」
英二は少し口を尖らせたが、すぐに顔を戻した。
「大石。あのネコ頼むね」
「わかってる。じゃあ後でな」
「うん。また後で」
英二と言葉を交わして俺は運転手の方へ顔を向けた。
「すみません。お願いします」
「よし。じゃあ行こう」
ドアを閉めると、車はゆっくり走り出した。
俺はその後ろ姿を少し見送って、黒ネコが飛び出した方向へと顔を向けた。
黒ネコは英二の腕から飛び出たものの、今あった出来事に驚いて動けないのか毛を逆立てて固まっている。
俺は黒ネコを刺激しないように後ろからそっと近づいた。
「そのままじっとしててくれよ」
手を伸ばしてタイミングをとって両手でガッチリ抱きしめた。
驚いた黒ネコは俺の腕の中でもがいたが、飛び出ないように更に胸に抱え込むと静かになった。
「よし。いい子だ」
俺はそのまま黒ネコを安全な場所へと移動させた。
首輪もしていないし・・野良ネコかな?
だとすると、縄張りとかあるのかな?
勝手に連れてきた事に多少の心配をしながらも、道路から離れて比較的近くの公園をみつけると俺は黒ネコをそっと下ろした。
ネコはじっと俺を見上げている。
その姿に思わず話しかけた。
「いいか。今日は英二がいたから助かったんだぞ。
他の誰かじゃこうはいかなかったんだからな」
黒ネコは俺の言っている事がわかっているのか『ニャー』と返事をする。
「だからもう絶対に道路の中へ入るんじゃないぞ」
黒ネコはまた「ニャー」と返事をした。
俺の言葉本当にわかっているのかな?
俺は半信半疑で言葉を続けた。
「じゃあ俺は英二の所へ行くから、お前もお前の家族の許へちゃんと帰れよ」
手を伸ばして頭をなぜると、黒ネコは目を瞑って喉を鳴らした。
「じゃあな」
手を放すと俺は小走りに公園の出口へ向かった。
数歩走ったところで、ふと黒ネコが気になって振り向いた。
まさかついて来ていないよな?
だが俺の心配をよそに、黒ネコはまるで俺を見送る様に別れた場所でじっとしている。
金色の目と目が合った気がした。
やっぱりアイツ俺の言っている事がわかっているのかな?
俺は黒ネコに背中を向けると、今度は全力疾走した。
黒ネコと別れてバス停に着くと、俺はすぐに英二の家に電話をした。
その日は運よく英二のお母さんが家にいてすぐに病院に向かうと言ってくれた。
これで一先ず安心だな。
落ちついて考えると竹本が一緒に行ったとはいえ、英二を病院へ運んでくれた運転手の名前も聞いていない。
その場に居合わせた人に英二を任せてしまって、今考えると浅はかだったんじゃないのか?
バス停に向かいながらそんな気分に襲われ始めていたので、英二のお母さんがすぐに病院へ向かってくれるという事実は有りがたかった。
「くそっバス遅いな・・」
バスのダイヤを見ながら、俺の心は病院へと飛んでいた。
病院に着いたのは、英二のお母さんに連絡を入れてから1時間後の事だった。
思ったより時間がかかってしまった。
英二はまだ検査中かな?
病院の中では英二の携帯に連絡をする事も出来ない。
俺は病院のロビーに入ると、俺は迷わず受付へと向かった。
身内じゃないから教えて貰えないかと思ったが『少々お待ち下さい』と何やら後ろで話した受付の人はすぐに英二の居所を教えてくれた。
どうやら俺が来る事は、受付に伝えられていたらしい。
「菊丸英二さんなら先程5階の502号室に移動されました」
「5階ですか?」
「はい」
笑顔で頷く受付の人に頭を下げて、俺の頭の中は混乱し始めていた。
502号室ってどういう事だ?何か検査で引っかかったのか?
頭から血を流していた英二を思い出す。
流血とまではいないが、額から血がにじみ出ていた。
実はああいう場合の方が悪かったのか?
英二の言葉と見た目で判断した自分に後悔の念が強くなる。
英二・・・無事でいてくれ。
何度も心の中で呟いて俺は502号室の前に立った。
だが意外にも病室は開かれており中から元気な英二の声が聞こえた。
「それでさー!」
拍子抜けするぐらい明るい声に俺は胸をなで下ろした。
なんだ英二。元気そうじゃないか・・・
中を覗くとどうやら4人部屋のようで、カーテンで仕切られた場所の一角
窓際の仕切りカーテンがあいていて英二の2番目のお兄さんが見えた。
俺は迷わずそこに足を向けた。
念の為に検査入院する事になったのかな?
そんな事を思いながら一歩一歩近づくと、俺に気付いたお兄さんと目が合った。
俺はお兄さんに頭を下げて、一気に英二のベッドに近付いた。
「遅くなってスミマセン。どうですか英二くんは?」
言葉をかけながら、英二の足元のパイプベットに手を置いた。
英二はベッドの上に座り、それを囲むように英二の家族と竹本が立っている。
しかし誰も俺の問いには答えてくれなかった。
俺は英二へと目線を向けた。
「英二。大丈夫か?」
英二はじっと俺を見ている。
「ちょっと待って!みんな言わないでよ」
英二は手でみんなを制して、目を瞑った。
「えっ〜と・・・・」
「どうしたんだ?英二?」
その姿に驚いて、パイプベッドに寄りかかると英二がパッと目を開けた。
「そうだっ!お前は大石っ!」
英二はそう言いながら俺を指差した。
「えっ?」
「どうだ?当たってるだろ?」
「あっまぁ・・それは当たっているけど・・・何の冗談なんだ?
俺の名前を知っているのは当然だろ?」
英二の言葉の意味がわからなくて、英二に聞きながら周りを見渡す。
英二の家族はみんな複雑そうな顔をしていた。
「何言ってんの!入学して1カ月やそこらで俺が名前覚えてんのって珍しいんだぞ!
って・・・アレ?なんでお前来てんの?俺、お前とそんなに親しかったっけ?」
アイタタタ・・と英二が頭を押さえる。
俺はその姿を呆然と見ていた。
何だって・・・入学してから1カ月・・・?
そんなに親しかったって・・・?
「英二・・お前・・・」
俺はそのまま言葉を失った。
目の前の英二は頭に包帯を巻いているとはいえ、それ以外は何処も変わった様子はない。
それなのに・・・この違和感は何なんだ?
英二は俺に何を言っているんだ?
「大石ちょっと来い」
何も言えないでただただ英二を見ている俺の腕を英二のお兄さんが引いて、そのまま病室の外へと連れ出した。
「お兄さん英二はいったい・・・」
「大石落ちついて聞け。英二は今記憶が混乱している」
廊下に出ると向かいあう様に立った俺は居ても立っても居られずお兄さんに縋る様に聞いた。
「混乱って・・どういう意味なんですか?それとさっきの言葉と何か関係が・・・」
「平たく言えば記憶喪失」
「えっ?」
記憶・・喪失・・・?
「どうやら英二の記憶は中学入学して暫くで止まっているらしい」
「そんな・・でも車で病院に向かう時は意識もしっかりしていてそんな様子は・・」
「その後気を失ったらしい。ここについて検査をしている時にはもう今の状態だった」
「そんな・・・」
そんな馬鹿な・・・嘘だろ?英二が記憶喪失だなんて・・・そんな・・・
『俺達は天下無敵の黄金ぺアだもんな。どんな事があってもお互いを忘れる事なんてないよな』
俺が飛べなんて指示をだしたから・・・英二は・・
目の前の景色がゆっくり歪んでいく。
俺のせいだ・・俺はなんて事をしてしまったんだ・・・・・
「おいっ!大石っ!しっかりしろ!!大石っ!!」
海堂の知らない世界ってしってますか?
まさかの公式で海堂が記憶喪失になるという
アニプリで乾海が神がかっていた回なのですが・・・
あの回を観てから一度は大菊でも書いてみたいなと思っていたんですよね☆
祝☆50000HIT!という事で、今回それをおもいきって書いてみました☆
連載という形になっちゃいましたが、楽しんで頂けたら嬉しいです!
そしてついて来て下さると、めちゃくちゃ嬉しいです!
これからもこんなサイトですが宜しくお願い致します。