君に映る景色

(side 英二)

なななななな・・・・なに?

今のは何だったの?

キッチンに辿りついた俺は、壁に背中をつけてしゃがみこむと頭を抱えた。

嘘だろ?

なんで大石が・・・・

だってあれキスだよな?キスしようとしたんだよな?

大石が・・・俺に・・・そんなのどうして・・・?

っていうか俺、もうちょっとで同じ様に目を瞑ってこたえるとこだったじゃん!

何してんだよ俺も!

あーーーーー訳わかんないっ!

大石めちゃくちゃ自然なんだもん!

あんな熱を帯びた目で俺を見てさ、だから俺もその気になって・・・

ってやっぱおかしいじゃん!

俺、誰とでもそんな事する奴なの?

それとも大石ともそんな関係?

いやいやいやいや・・・絶対にそんなのありえない!

だって大石だよ?あのクソ真面目で・・・決められたことからは絶対はみ出さない

そんな優等生の大石が男の俺とキスなんて・・・俺・・と・・・・?

やばい・・・何?

何なのこの気持ち?

何で俺こんなにドキドキしてんの?

顔が熱くて、耳まで痛い・・・俺きっと今、顔真っ赤だよな?

こんなんじゃ部屋に戻れないじゃん。

って・・だからー・・・それも問題だけど・・・

何でこんな照れてるんだよ!

俺しっかりしろ!

さっき竹本にキスされそうになった時にだってこんなにドキドキは・・・・

ドキドキは・・・・そうだ。そうだよな・・・俺、竹本と付き合ってんのに・・・

こんな事でドキドキなんてしてちゃいけないんだよな?

だって竹本・・・・アイツ・・・さっき・・・



「早く来てくれよな」


竹本に家まで送って貰って、そのまま帰せなかった俺は竹本を部屋へあげた。

でもそれが怖くて・・またキスを迫られるんじゃないかって・・・

そんな事になったら嫌だなって・・・

不安で仕方なくて・・・でもだからって、部屋にあげた竹本を放置するわけにもいかなくて

俺は不安な心を抱えたまま、部屋へ戻ったんだ。


「英二遅かったじゃないか?」


部屋に戻ると竹本は俺の机のイスに座っていた。


「ああごめん。ジュースがあればと思って探したんだけどなくてさ・・麦茶になっちゃった」


俺は曖昧に微笑んで、トレーごと麦茶の入ったコップを机の上に置いた。


「飲み物なんて何でもよかったのに」


竹本は俺を見上げて微笑むと


「でもサンキューな」


そう言って、麦茶を一口飲んだ。

本当はジュースなんて探していないのに、竹本と2人になるのが怖かっただけなのに竹本は俺が言った事をそのまま信じている。

俺はまた曖昧な頬笑みをかえした。


「うん」

「それにしてもこの部屋変わってないな・・?」


竹本はそんな俺の曖昧な頬笑みも気にせず、部屋の中をぐるっと見回した。


「昔のままだ。机も2段ベッドも・・クマもまだあるんだな」


目を細めて大五郎を見ている。


「俺の部屋・・・久しぶりなの?」


いつも一緒なら最近だって来ててもいいはずなのに・・・?


「え?あぁ・・・」


竹本は一瞬驚いた顔をして、でもすぐ俺を見上げるとおもむろに俺の左手首を掴んだ。


「付き合う様になってからは、俺の部屋ばかりだからな。 英二の部屋は1年ぶりぐらいだ」

「そう・・なんだ・・」


その時しまった。と思った。

避けたい話題だったはずなのに・・・

竹本があまりにも目を細めて大五郎を見るから、つい不思議に思って聞いてしまった。

竹本に握られた左手首がジンジンする。


「英二」


竹本が握る手に力を入れたのがわかった。

ゆっくりとイスから立ち上がる。

そしてそのまま俺を引き寄せた。


「好きだよ」


耳元で竹本の声が響いた。

俺は金縛りにあったように、動けなくなった。


好き・・・?

昨日付き合っている話を聞いたけど、直接的な言葉を聞くのはこれが初めてだった。

こういう時どうすればいいんだろう?

記憶がなくて・・でもいつもなら俺も好きだよって言い返してたのかな?

そんな事を考えているうちに、竹本が俺の体をゆっくりと離した。

俺の目をじっと見つめる。

これって・・・

思った時に竹本が目を瞑った。部室での光景が広がる。

俺は右手で咄嗟に口を押さえた。

竹本の唇が俺の右手に当たった。


「・・・・英二・・」


竹本は目を開けると、呆れた様な非難する様なそんな声で俺の名前を呼んだ。

俺は手で口を押さえたまま竹本を見上げた。


「だって・・・いつチイ兄が入ってくるかわかんないし・・・」

「今はいないだろ?」

「でも・・」


言いかけた時に俺の携帯が鳴った。


「でも・・なに?」


だけど竹本は俺の左手を離さず、じっと俺を見ている。


「だって俺まだ色々わかんなくて・・・だからこんなの・・・」

「できない?」

「・・・う・・ん」


沈黙が部屋を包んで、俺の携帯だけがポケットの中で鳴り続けている。

俺は竹本を見れなくて俯いた。


「携帯・・でろよ」

「え?」

「まだ鳴ってるだろ?」


竹本は小さくため息をつくと、ずっと握り続けていた俺の左手首を離した。

俺は慌てて左手をポケットに突っ込んだ。


「あっ・・うん!」


だけどポケットの中で携帯を握った瞬間、携帯は止まった。


「きれちゃった・・・」


上目遣いで竹本を見ると、竹本は頭をかいてイスに座った。


「悪かったな」

「え?」

「携帯」


竹本はポケットに突っ込んだままの俺の左手を指差した。


「出れなかったな・・」

「あっ・・いいよ。そんなの後でかけ直すから・・・」

「あと・・・無理強いして悪かった」

「え・・?」


竹本は麦茶に手を伸ばすと、それを一気に飲み干した。

俺はその姿をじっと見ていた。

竹本は麦茶を飲み干すと、タンと音を立ててコップを置いて俺を見上げた。


「英二」

「ん?」

「好きだよ」


竹本は真っ直ぐ俺の目を見て行った。

揺るがないその眼を、今度は逸らす事が出来なかった。


「・・うん」


今日2回目の好きって言葉だった。

俺は小さく頷く事しかできなかった。


「よし!帰るか!」


竹本は頷いた俺を見て、いきなり立ちあがった。

そのまま机の横に置いてあった鞄を肩にかけるとドアの方へと歩いた。


「あっ待って、俺も下に行くから」


俺が慌てて竹本を引きとめると、竹本はそれを手で制した。


「いいよ。ここで、お前お茶も飲んでないだろ?今日はこのままゆっくりしてろよ」

「でも・・」

「いいって。じゃあまた明日な」


竹本が微笑んでドアの方へ体を向けた。


「待って!」


俺は竹本に声をかけると、一気に麦茶を飲み干した。


「ほら。これでいいだろ?」


カラになったコップを竹本に差しだした。

竹本は俺の姿を目を丸くして見た後、爆笑した。

ひとしきり笑った竹本は顔を上げて俺を見た。


「お前ってホント面白い奴だよな」


そう言うと俺を引き寄せた。


「ホント可愛いよ。英二は・・・」


竹本の声がまた耳元で囁くように聞こえる。


「記憶・・無理に思い出さなくていいよ。ゆっくり行こう。俺がついてるから」

「うん」


優しい声だった。

だから油断して力を抜いてしまった。


「英二」


竹本は俺の名前を呼ぶと、軽く頬っぺにキスをした。

驚いてキスされた頬っぺたを手で押さえると、竹本は机の上のトレーを手に取った。


「コップは俺が下げといてやるよ」


俺が手に持っていたコップを取ると,今度はそのままドアを開けた。


「じゃあまた明日、迎えに来るから」


パタンと閉まるドア

階段を下りる音、下で聞こえる竹本の声

玄関が閉まる音

俺はそれを聞いて、ようやく動く事が出来た。

竹本にキスされてしまった・・・

頬っぺただけど・・・男に・・・竹本に・・・

頭の中がグルグルして、俺はその場でしゃがみこんだ。

良かったんだよな?

俺達付き合ってるんだし・・・いつもなら唇に・・・

でもなんだろう?

凄く複雑な気分だ。

モヤモヤして・・・泣きたくなるような気分

だけど・・・

目の先に大五郎が映った。

俺は大五郎に近付くと、ギュっと抱きしめた。

竹本・・・優しいんだよな。

俺の事ちゃんと考えてくれてる。

俺、家に着くまでずっとアイツの事怖いって警戒してたのに・・・

キスされるんじゃないかって・・

でもアイツ・・・「無理強いして悪かった」そう言ってくれた。

付き合ってるのに、いつもなら普通にしてた事だったかもしれないのに・・・

頬っぺたのキスだって、俺が引きとめなきゃしてなかったよな。


「好きだよ」


竹本の声がまだ耳に残ってる。

竹本・・・俺もっとお前とも向き合わなきゃいけないのかもな






・・・・そうなんだ。

そう思っていたはずなのに、


「英二。入るぞ!」


大石が部屋に一歩入って


「英二・・・大丈夫か?」


大石の心配顔を見た途端に、色んなものが飛んでしまった。

大石が来てくれた。それだけで気持ちがハイになって・・・

俺・・何やってんだろ?

大石はダブルスのパートナーでとても大切な存在なんだろうけど

竹本だって、俺の恋人で大切な人の筈なのに・・・

記憶を取り戻すためにもしっかりしなきゃな。

俺は立ちあがると、流しを見た。

そこにはさっき竹本が使ったコップが置かれている。

俺は顔をバチンと両手で叩いた。

よしっ!

心に気合を入れて、新しいコップを取り出すと麦茶を入れた。

それをトレーに乗せて、階段を上がる。

その間もさっきの大石のキスは、きっと何かの間違いなんだと言い聞かせた。

きっと目にゴミが入っていたとか・・・そんな事だったんだ。

ホントはそれはちょっと強引で、大石は確実に目を瞑ってたんだけど・・

だけどあの大石がキスをするなんて事もやっぱりピンとこないし・・・竹本の事もあるし・・・

だから・・こんな事でドキドキしてちゃいけないよな。

俺がしっかりしてなきゃ。

階段を上がりきって、ドアの前で深呼吸して俺は平常心を装ってドアノブに手をかけた。


「わっ!」


その時だった。中から同じタイミングでドアが開けられた。

俺は引っ張られる様に部屋の中へ入った。


「あっ!」


ドアを引いたのはもちろん中にいた大石で、大石もドアを開けた途端に俺が飛び込んできたから驚いたようだったけど


「大丈夫か?英二?」


大石は俺の体も、持っていたトレーもバランスを崩すことなく受け止めていた。


「ご・・ごめん」

「いや・・俺の方こそごめん。急に開けたから英二びっくりしただろ?」


大石は左手でトレーのバランスを取りながら、右手で俺の背中しっかりと押さえていた。

俺は大石の胸の中で同じ様に右手でトレーのバランスを取りながら左手は俺の背中を支える腕を握っていた。


「なかなか上がって来ないから、心配になって見に行こうと思ったんだ」


大石の手の温もりが背中に伝わる。


「そ・・そうなんだ。ごめん。ちょっと下で用事をしててさ・・・」


駄目だ・・・


「それならいいんだけど」


ドキドキしちゃ駄目だ・・・

今さっき自分に言い聞かせたじゃないか・・・俺には竹本がいるんだ。

大石は大切なパートナーだけど、恋人じゃない。

ちゃんとしなきゃ・・・記憶を取り戻すためにも・・・いつも通りしなきゃいけない・・

わかってんのに、なんでこんなに大石を意識してんの?

さっきのキスみたいのがあったから?

ホントに・・・それだけ?

いや・・・違う。

そういえば俺、昨日から大石の事はずっと気になってた。

ダブルスのパートナーだから大切な相方だからだと思ってたけど・・・そうじゃない。

家に帰る途中も竹本の事を考えて、大石に助けてほしいって思った。

これってどういう事なの?


「英二?」


ずっと黙っていた俺を心配したのか、大石が俺を呼んだ。

俺はその声に反応するように顔を上げた。

至近距離に大石の顔

俺は思わず恥ずかしくて、顔を横に振って目線を外した。


「な・・何?」

「あっ・・えーっと・・・トレーを机に置こうか?」


大石は何かを察したように俺の手からトレーを取ると、ゆっくりと俺を支えていた手を離した。

俺に背中を向けて、机にトレーを置く。

大石はそのまま数秒間じっと何かを考えてるようだった。


「英二。やっぱり今日はこのまま帰るよ」

「・・・え?」


大石の背中を見ていた俺は、不意に言われた言葉に顔をあげることしかできなかった。


「せっかく麦茶をいれてくれたのに、ごめん」

「そ・・そんなの全然いいよ!それよりもホントに帰るの?」

「ああ。今日は英二に謝りたかっただけだし・・・それに・・」

「それに・・何?」

「いや・・何でも無い。それよりも明日も練習に出るだろ?」

「うん。それはもちろん絶対に出る!」

「そうか。それが聞けて良かった」


大石はそう言うと、ラケットバックを肩にかけた。


「おっと・・・」


その時傍にいた大五郎を蹴飛ばしそうになった。


「あぶない。あぶない。もう少しで英二の大切な大五郎を蹴るとこだったな」


大石はそう言うと、大五郎を抱きあげた。


「はい。英二」

「あ・りがとう・・」

「じゃあまた明日。朝は・・1人?」

「竹本と・・・一緒に行く事になってる」

「・・そうか。じゃあ明日部活で」

「うん」


大石は大五郎を俺に渡すと、俺の横をすり抜けてドアノブに手をかけた。

俺は大五郎を抱いたまま大石の方へ体を向けた。


「大石」


呼びとめてどうしていいかわかんなかったけど、気付いたら大石の名前を呼んでいた。

大石は振り向いて俺の顔を見ると、そっと手を伸ばして俺の頭をポンポンと叩いた。


「明日、練習がんばろうな」


大石が優しく微笑んだ。

俺は胸が苦しくなった。


「うん」


なんとか笑顔を作って、返事をしたけどそれが精一杯だった。

大石はそのまま手を引くと、俺に背中を向けて部屋を出て行った。

階段を下りる音が聞こえて、下で誰かに挨拶をする声が聞こえた。

俺は玄関まで見送りに行く事もなく、大五郎を抱えたまま座りこんだ。


大石・・無理に笑顔作ってたよな?

俺があからさまに顔を横に向けたから・・俺に気を使って・・ホントに何やってんだろ?

もし今ので大石に嫌われたらどうするんだ?

そんな事になったら俺・・・俺・・・嫌だ。

なんだろうこの気持ち?

やっぱり大石の事を考えると、胸が熱くなる。

ダブルスのパートナーだから相方だから・・・それだけでこんな気持ちになるのか?

竹本と付き合ってるって事は・・俺、男でも好きになるんだよな?

まさか俺・・・大石を・・・?

いやでもそれじゃあ・・竹本はどうなるんだよ?

俺竹本と付き合ってるのに・・・大石の事も意識してたって事になるの?

記憶を無くす前、俺はそんな複雑な想いをかかえてたの?


「あーー本当にわかんない!」


俺は竹本の気持ちを裏切ってたのかな?

今だってあんなに俺の事、想って考えてくれているのに・・・


俺はゴロンと横になった。

天井を見上げると、ポケットに違和感を感じた。


「あっ・・そういえば・・・」


足に携帯が当たって思い出した。


あの時の電話誰だったんだろう?


俺はポケットから携帯を取り出した。

着信履歴を見る。

そこには大石の名前が出ていた。


・・・おおいし・・・・だったんだ・・・くそっ・・・


「なんでだよ・・・なんで大石なんだよ・・・・」


タイミング良すぎるよ・・・


俺は携帯をたたむと、両手で顔を押さえた。


もう俺・・ホントに駄目だ。


竹本にキスされた頬っぺたより・・・

最後に大石が叩いた頭の感覚の方がずっと強く残っている。

竹本の好きって言葉よりも・・・・

練習をがんばろうなって言った大石の言葉の方がドキドキしている。

この気持ちパートナーだからってだけじゃないよな。

胸が締め付けられる様に痛い。

この気持ち・・・もう間違いない。



俺・・・竹本より・・・・・・大石が好きなんだ。





英二お誕生日おめでとう!!

もう何度目のお誕生日か・・・っていうのも言いすぎてアレなんですが・・・

やはりこの日だけは、外せないですよね!

今年も無事に祝えてよかったですvvvv

と、言っても大誕に引き続き・・・続きものなんですが・・・・楽しんで頂けたら嬉しいです。

2012.11.28