『明日帰る』
携帯を切る間際に言った君の一言が、一日経った今もずっと耳の奥で木霊する。
いよいよ帰って来るんだね・・・
左腕を痛めた君が治療の為に九州に行ってから、どれぐらいたっただろう。
あれから僕達青学は君抜きで関東大会を勝ち上がって来た。
君との約束・・・青学を大石を全国に導く・・・僕の使命は果たした。
次は君の番だよね・・・手塚・・・ちゃんと覚えてくれてる?
僕との約束・・・
『九州から帰ってきたら、一番に僕に会いに来て・・・』
あの日以来僕達は、その約束の事で言葉を交わした事はない。
いつも通りに接してきた。
携帯で話したり、メールしたり・・・・
試合があった日は試合の結果報告。
練習で問題が起これば、相談したりもしたよね。
だけどあの日の約束の事は、お互いに最後まで触れなかった。
なのに『明日帰る』この言葉は、君が始めてあの約束に触れた言葉と思っていいのかな?
電話を切る間際の事で、僕も『うん。気をつけて』としか言えなかったけど・・・
いつも通りの君に、いつも通りの僕。
その言葉のもつ意味を確かめないまま・・・今日を迎えてしまった。
何だか怖いよ・・・
僕達はようやく向き合ったばかりで、あの日の約束も交わした言葉もずっと昔に思えてしまって、君が約束通り1番に僕に会いに来てくれるのか・・・
君の中の僕がどうなっているのか・・・?
大石の存在は・・・?
その事を考えると胸が苦しくなって結局眠れないまま、朝を迎えてしまった。
手塚・・・今何処にいるの?空港?それとも空の上かな?
ホントはメールを入れて、君が帰って来る時間を聞けば良かったんだろうけど・・・
僕の中の意地とプライドが邪魔をして聞けなかった。
高鳴る胸を・・・早く会いたいという想いを・・・抑えてしまう
手塚・・・
僕は何度目かの紅茶を入れなおして机に置くと、部屋の空気を入れ替える為に窓を開けた。
外は快晴、朝の光が眩しくて目を細めると、同時に心地よい風が部屋の中に入ってくる。
僕は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
僕だけ早く会いたいって想っている・・・なんて悔しいから・・・
だから絶対にこの想いは悟らせないよ。
そう心の中に誓った時に、家のチャイムが鳴った。
えっ・・・?
まさか・・・手塚じゃないよね?
時計を見ると、まだ9時過ぎ・・・早過ぎるよね?
そう思いながらも、静めたばかりの気持ちが高鳴り始めている。
どうしよう・・・もし手塚なら・・・どんな顔をすればいいんだろう?
改めて思えば、手塚が僕の為だけに会いに来るなんて初めてじゃないのかな・・・
心の準備が・・・
二の足を踏んでいると、階段下から姉さんの声が飛んできた。
「周助―!手塚君が来たわよ!!」
「!!!」
やっぱり・・・手塚っ?!
驚いてすぐに部屋を出ようと、ドアを開けて飛び出すと誰かの胸にぶつかった。
勢いよくぶつかった顔を片手で押さえると、聞き慣れた声がした。
「大丈夫か?」
「えっ?」
この声・・・手塚・・・
肩に置かれた手に目を落とした後に、顔をあげるとそこには変わらない手塚・・君がいた。
「あっ・・・手塚・・・」
「大丈夫か?不二」
久々に直接僕の名前を呼ぶ君の声に、早鐘を打ち出した僕の心臓
悟られないように返事をした。
「どうして・・・?」
「すぐに帰るから・・・と言ったんだが、お姉さんに上がるように言われてな」
「そう・・・なんだ・・・あっ!じゃあ僕の部屋に入って少しだけ待ってて」
手塚を僕の部屋に押し込んで、ドアを閉める。
僕はそのままキッチンへと向かった。
びっくりした・・・
まさか上がって来るなんて・・・
心の準備が出来ないまま手塚と会ってしまって、動揺が隠せない。
こんな僕を手塚に見せたくないのに・・・
いつもの僕でいたいのに・・・
手塚に出す紅茶を入れながら、僕は僕を少ずつ取り戻す努力をする。
駄目だな・・・僕は・・・
まだ手塚にお帰りも言ってないじゃないか・・・
気持ちを落ち着けて、トレーにティーポットとカップを乗せて部屋へと戻った。
そしてそっとドアを開けると、手塚は窓際に立っていた。
手塚が僕の部屋にいるなんて・・・何だか少し不思議な感じだ。
僕は苦笑して、窓の外を眺める手塚に声をかけた。
「手塚。お待たせ・・・それと・・・お帰り」
手塚はゆっくり僕の方へ体を向けて、僕を見つめた。
「ただいま・・・不二」
「!!!!!」
僕に向けられた優しい手塚の笑顔に、不意打ちを食らって僕は目線を外す。
ずるいじゃないか・・・手塚・・・急にそんな顔見せないでよ。
僕は机の上にトレーを乗せて、紅茶をカップに注いだ。
ドキドキが止まらない。
手塚の視線を感じているのに、目を合わせられない・・・
「手塚・・・長居は出来ないんだよね?この後何処かに行くの?」
「あぁ抽選会場に・・・全国大会の抽選会場に行くつもりだ」
全国大会の抽選会場・・・?
それって・・・・
カップに紅茶を注ぐ手を止めて、手塚の方へ顔を向けた。
「今日大石が行ってる、全国大会の抽選会場だよね?確かそれ10時からじゃないの?」
そうだ・・・昨日英二が言っていた。
『大石の奴一人で大丈夫かな〜?帰りは迎えに行ってやるか!』って・・・
「あぁそうらしいな」
「そうらしいなって・・もう9時半だよ・・・急がなきゃ・・・」
そう言いながら、急速に自分の心が冷えるのを感じた。
そうだよね・・・僕の為だけにこんなに早く帰って来た訳じゃないんだ・・・
抽選会があったから・・・本来部長が出席する抽選会に大石が一人で出席するから・・・
だから早く戻って来たんだね・・・
勘違いするとこだったよ・・・君も早く僕に逢いたいって思ってくれてるのだと・・・
奥歯を噛締めながら、手塚の鞄を手に取った。
「ごめん。僕が変な約束させたから・・・」
手塚に鞄を差し出すと、手塚は差し出した僕の手を握った。
「変な約束とはなんだ・・・?」
真っ直ぐ見据える手塚に、少し動揺しながら答えた。
「えっ?あぁ・・僕に一番に会いに来てって・・・
あんな約束律儀に守らなくても良かったのに・・急がなきゃ遅刻するよ」
僕が無理矢理微笑むと、手塚は眉間にシワを寄せた。
「・・・・・」
「手塚?」
いつまでも手を離さない手塚に戸惑って声をかけると握られた手がゆっくりと離れて行く。
「不二にとってあの約束はその程度のものだったのか・・・?」
「えっ?」
「俺にとっては・・・いや何でも無い・・・休みの日に早く来てしまって悪かった」
そう言って、手塚は鞄に手をかけた。
その程度だって・・・? 冗談じゃないよ・・・
そんな訳ないじゃないか・・・
僕がどんな想いで君を待っていたか・・・
どんなに早く逢いたいと思っていたか・・・
でも手塚・・・君も少しは僕に早く逢いたいと思ってくれていたの・・・?
僕との約束を大切に思ってくれていた・・・?
俺にとっては・・・その続きの言葉聞かせてくれないかな。
僕は差し出した手塚の鞄を離さずに、手塚を見上げた。
「手塚・・・」
「何だ・・・不二?」
「逢いたかった・・・」
そう告げると手塚は少し固まった後、鞄から手を離し再び僕の手を握った。
「不二・・・俺も逢いたいと思っていた。早く逢いたいと・・・
リハビリ中もあの約束を糧に・・・早く治して不二に1番に逢える様にと・・」
真っ直ぐに注がれる手塚の目線が、僕を熱くする。
早く逢いたい・・・君からそんな言葉が聞けるなんて・・・
「手塚・・・ありがとう・・・嬉しいよ」
僕は一歩手塚に近づいて、そっと額を手塚の胸につけた。
好きだと言われた訳じゃない・・・愛していると言われた訳じゃない・・・
だけど今は・・・僕の事を思い考えてくれていた・・・それだけで十分嬉しいよ。
手塚の速く刻む鼓動を聞きながら目を瞑ると、手塚の手が僕の肩に乗せられた。
「不二・・・」
「何・・・?」
顔を上げずに答えると、手塚が少し戸惑った様に話す。
「その・・・頭は大丈夫か?」
「・・・・・・・頭?」
それって・・・酷くない?と少し非難を入れて、頭の語尾を強く言って顔を上げると
珍しく顔を赤く染めた手塚と目が合った。
「いや・・・その・・・大石から決勝で不二が切原にボールを頭に当てられて、
一時的に視力を失ったと聞いていたからな・・・大丈夫かと心配していた・・・・」
手塚・・・ひょっとして・・・照れてるの・・・?
手塚のたどたどしい説明に、僕まで顔が赤くなる。
「そんなの・・・大丈夫だよ」
「本当に大丈夫なのか?病院には行ったのか?」
「うん。一応、検査してもらったから・・・本当に大丈夫」
「そうか・・・」
そう言いながらホッと一息つく手塚の姿が嬉しくて、ついからかう様に質問してしまった。
「そんなに僕の事・・・心配だった?」
「当然だ!」
間髪いれずに力強く答えた手塚に、僕の熱が更に上がる。
・・・馬鹿・・・恥ずかしいじゃないか・・・
それにそんな嬉しい事ばかり言われたら、行かせたくなくなるよ・・・抽選会場・・・
だけど・・・
僕は手塚から目線を外して、時計を確認した。
9時43分・・・・もう限界だよね。
「手塚・・・本当にありがとう。今日1番に逢いに来てくれた事も、僕を心配してくれていた事も・・・
だけど・・・もう行かなきゃ抽選会場。ホントに間に合わなくなるよ」
僕の言葉に手塚も腕時計を確認する。
「そうだな・・・そろそろ行かなくては間に合わないな・・・」
「うん。大切な抽選だもの・・・頑張っていい対戦カード引き当てておいでよ」
僕は手塚に鞄を手渡した。
「あぁ。そうだな。ちゃんとケジメはつける」
「ケジメって・・・律儀だね・・・」
僕が苦笑すると、手塚が真面目な顔で僕を見据えた。
「律儀などではない。本意だ」
「・・・・・・」
真っ直ぐ注がれた視線に、僕は息を詰まらせた。
手塚・・・君って人は・・・・
僕はまたそっと近づいて、手塚の背中に腕を回した。
手塚の体が少し強張ったのが伝わったけど、僕は構わず手塚の胸に顔を埋める。
「・・・馬鹿だな・・・」
「不二?」
真面目で律儀で・・・
ホントに負けたよ・・・君には・・・
あの日交わした約束
動き出した時間
あの日から君は真っ直ぐに僕に向かって歩いて来てくれているんだね。
それなら僕も少しだけ素直になるよ。
「手塚・・・もう少しだけこのままでいい?」
「・・・あぁ」
完全にこれで君は遅刻するだろうけど・・・
でも今はもう少しこのままで・・・
君の時間を・・・
僕に委ねて・・・
END
最後まで読んで頂いてありがとうございますvv
本当はせっかくの閏年なので、不二の誕生日話を・・・って思ったんですが・・・
手塚が中学卒業後にドイツに行くのか、それとも決勝の無理がたたって延期になるのか・・・
その辺りで二人の誕生日の過ごし方って変わるだろうな・・・と思って今回はやめました☆
なので短いですが・・・ちょっと戻って、手塚が九州から戻って来た日の話にしました。
でもいつかは、不二の閏年誕生日書きたいと思いますvv
しかし・・・白不二は難しい・・・やっぱりどうしても黒い部分が(笑)
兎に角・・・不二お誕生日おめでとう!!
2008.2.29