真夏の夜の夢

(side 大石)





「お願い!助けて!!」


例えばさ・・・こんな声をかけられたら・・・

俺はやっぱり咄嗟に『どうした?』『何かあったのか?』とそちらに顔を向けると思うんだ。

そして手を貸せるなら、手を貸す。

それが知ってる者でも、知らない者でも・・・

助けを求められて、拒否するなんて事出来ないよ。

そうだろ・・・英二?



俺は横に並んで歩く英二を見ながら、心の中で訴えてみた。

だがとうの英二は、すっかり拗ねてしまって俺の方を見ようともしない。


まぁ・・・心の中でどれだけ訴えても、英二には届くはずもないんだけれど・・・


俺は小さく溜息をついて、前に並んで歩く浴衣姿の女子を見た。

1人は同じクラスの水田さん。

もう一人は英二と同じクラスの中瀬さん。

何故彼女達が一緒なのか・・・

それを説明するには、一時間ほど前まで遡らなければならない。















「少し早く出すぎたかな・・・」



今日俺は、英二と隣町の祭りに行く約束をしていた。

待ち合わせは祭りが開かれる神社の鳥居の下に18時

英二の話によると今年は花火も上がるらしいその祭りは、今年最後の一番大きな祭りという事だった。



『ねぇ大石っ!俺、絶対に行きたい!

早めに行って腹ごしらえして花火スポットを探しに行こうよ!

今度こそ誰にも邪魔されずに、2人っきりでさっ!ねっ!』



目を輝かせながら俺に説明をする英二。


そういえば・・こないだのお泊り会では、伊織くんの登場で英二に辛い思いをさせた。

ここは英二の言うとおり、二人だけで・・・名誉挽回のチャンスだ

最後の夏休みにいい思い出で締めくくれるようにしよう・・・



『あぁ。今度こそ2人きりでな』



俺は2つ返事で答えて、そっと英二を抱きしめた。












そして俺はその言葉を実行に移すべく、家を早めに出たんだ。

急な誘いを受けないように、早めに出て英二を待つために・・・今度こそはそんな思いで・・

だけどそれが間違いだったのか・・・

いや人助けをしたという事実だけを取り上げれば、間違いではなかったのだろうけれど・・・

もうすぐ神社に着くというところで、俺は声をかけられてしまった。



「お願い!助けて!!」



その切羽詰まった声に、俺は声の主へと顔を向けた。

えっ?助けて?

何事だ?と振り向いて目に飛び込んできたのが彼女・・・同じクラスの水田さんだった。

水田さんは俺の顔を見ると一瞬驚いた顔をしたが、そのまま飛び込むように俺の背中にしがみついた。



「大石くん!お願い・・助けて」



水田さんの訴えかけるような目に、俺はすぐに身構えて彼女を自分の後ろに隠した。

そこへ駆け込むように軽薄そうな男が現れたんだ。

年は俺達より上だろうか?

高校生らしきその男はヘラヘラ笑いながら、水田さんに声をかけた。



「彼女っ!逃げることないじゃん!」



水田さんは俺の背中に隠れながら、怯えるようにソイツを見ている。



「ねっ!一緒に祭りに行こうよ」



俺がいるのに無視して、水田さんに顔を近づける男。

俺は再び彼女を自分の後ろに隠すと、ソイツの前に立ちはだかった。



「嫌がってるじゃないか」

「はっ?何お前?」



屈めていた体を起こしながら、睨みつける男。

俺はソイツにもう一度同じ事を言った。



「彼女。嫌がっているじゃないか」

「ヘェ〜・・・何?ナイト気取り?」



するとソイツは、少し口元に笑みを浮かべて俺の肩を掴もうとした。

俺は肩を下げて、その手を払いのけた。



「そういう訳じゃない。だけど・・見過すこともできない」



ジッと相手の目を見据えて、凛とした態度を変えずにいるとその男はチッと舌打ちをした。

そして頭をかきながらまたヘラヘラ笑うと



「つまんねぇなぁ・・・ホントつまんねぇ・・・他をあたるか・・・」



俺達に背中を向けた。


諦めた・・のか?

いや・・まだ・・・気を抜いちゃいけない。


あまりにも早い引きように俺はいっそう警戒心を強め、水田さんを庇いながら男の背中を睨みつけた。

だけど・・・



「じゃあな。ナイト気取り」



俺の警戒心をよそに男は、振り向いてそう言うとゆっくり歩き出した。

俺はその姿が見えなくなるまで、体勢を崩さなかった。



「大丈夫?水田さん」



男の姿が見えなくなって、ホッと一息つくと俺はまだ後ろに隠れている水田さんに声をかけた。

水田さんは俺の顔を見上げると、胸を撫で下ろして微笑んだ。



「ありがとう。大石くんがいて助かったわ」

「いや俺は何も・・でも何事もなくて良かったよ」



彼女の笑顔にホッとしたのも束の間


あっ・・・不味い・・・


俺は落ち着きだした頭で、今の状況の悪さに改めて焦った。

助けてと言われて、咄嗟に助けたものの・・・よく見ると彼女は浴衣を着ている。

そういえば先程の男も祭りって言っていた。

この流れ・・・頭の中で黄色信号が点滅しだしている。



「あの・・じゃあ俺はこれで・・・」



あんな事があってすぐに、冷たい男と思われるかもしれないが・・・

そうも言ってられない。

彼女が切り出す前に・・・早く彼女と別れなければ・・・

俺は背中を向けて歩き出そうとした。

今回こそは英二と2人っきりで祭りに行くと、約束しているんだ。



「あっ待って!大石くん。ひょっとして今からお祭りに行く?」



背中を向けた途端に話しかけられ、俺はビクッと肩で反応した。

・・・・あぁヤバイ・・・



「えっ!あぁ・・・うん。実は英二と待ち合わせをしてて・・」



シマッタ・・・焦って正直に答えてしまった。


このままでは・・・



「私も・・私も今からお祭りに行くの。向こうで友達と待ち合わせしてるんだけど・・・

あのもし良かったら一緒に行かない?」



・・・・赤信号

完全にアウトじゃないか・・・



「まだ私少し怖くて・・・」



俺は心の中でうな垂れた。


俺は一体何をやってるんだか・・・

でも・・・突き放すことなんて・・・



「ごめん。そうだよな。もうさっきの男はいないとはいえ・・・今のすぐじゃ怖いよな。

方向も同じだし・・・一緒に行こう」

「ありがとう。大石くん」



俯く彼女を突き放すことなんてやっぱり出来なかった。

このままでは英二を怒らせてしまうんじゃないかと、容易に想像は出来たけど・・・

完全にアウトだってわかっていても・・・
















それから俺は祭りの場所に着くまで、自分の性格を恨みながらもこの状況を良くする為に、英二と合流した後

すぐに水田さんと別れて英二にこの事の顛末を説明しようと、そればかり考えていた。


早く解決すれば・・・そうすれば大丈夫なんじゃないか?

英二が楽しみにしていた祭りも台無しにならない。

きっといい思い出になるんじゃないかと・・・


まるで暗示をかけるように自分に言い聞かせていた。

だけど・・・・甘かった。



「大石っ!」



俺の姿を見つけて手を上げた英二が、俺の横に水田さんがいるのを確認するとみるみる顔から笑顔を消した。

早く英二に説明しなきゃ・・・

そして2人で・・・



そんな俺の気持ちとは裏腹にタイミング悪く現れた水田さんの友達待ち・・・中瀬さん。

彼女の登場ですぐに別れて、英二と2人で行動しようと思っていた俺の目論みは簡単に崩れ、あれよあれよと思っているうちに、

祭りの中を一緒に歩く嵌めに・・・




どうしてこんな事になるんだろう?

何処かで俺の行動を見ている奴がいるのだろうか?

英二と2人きりでと思うと・・・いつも何かが起こる。

そして俺は巻き込まれ・・・また同じ事を繰り返して・・・・

って・・・結局全て俺が悪いという事になるのだが・・・


一時間前・・・彼女を助けてほおって置けず祭りに一緒に来てしまった事も

ここについて、女子が進める話を止める事が出来なかったのも・・・

俺がまいた種で、俺が何とかしなければいけなかった事だものな。


『今度こそ誰にも邪魔されずに、2人っきりで』


英二・・・

心の中で言い訳している場合じゃなかった。

早くどうにかしなければ・・・

そしてあの笑顔を取り戻さなければ・・・

きっと俺の為に着てきてくれたであろう甚平姿も、まだ褒める事だって出来ていないじゃないか。


俺は遅すぎた思いを、前を歩く女子2人にぶつけた。



「ごめん!水田さん中瀬さん。俺達ここからは二人で・・・」



そう言いながら、横にいる筈の恋人に目を向けるとそこにはいる筈の姿なかった。


えっ?英二・・・?



「あれ?菊ちゃんは?何処に行ったの?」

「はぐれたのかしら?」



俺の言葉に立ち止った2人が、振り向いて英二を心配している。


シマッタ・・・この状況に焦って考え込んで、注意力が疎かになっていた。

英二がいなくなったのに気付かないなんて・・・

クソッ・・・俺は何をやっているんだ。



俺は逸る思いを抑えながら、冷静を装って彼女達に声をかけた。



「ごめん。俺は英二を探すから・・・ここからは2人で祭りを楽しんでくれる?」

「えっ?私達も一緒に探すよ?」



心配する2人が来た道を戻ろうとしたが、俺は手を広げてその行く手を止めた。


気持ちは嬉しいけど・・・これ以上は駄目だ。

これは俺の問題・・・俺が英二を見つけなきゃ・・・



「いや・・・俺一人で十分だから。

それより変な男には気をつけて、人の多い所を選んで必ず2人で行動しろよ。じゃあ・・」

「大石くんっ!」



そして結局逸る思いを止められず、人混みの中を走り出した。



英二・・すぐに行くから遠くに行くなよ。






久々の大菊おまたせしました!


今回は・・というか今回も・・・同じ様なお話ですが・・・

楽しんで貰えると嬉しいですvvv

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