真夏の夜の夢

(side 英二)






「えっ?花火?」


それは不二からの突然の電話だった。



「いつ?四日後?」



隣町で開かれる夏休み最後の夏祭り

それに今年は花火も上がるらしい。



「何々?それのお誘い?みんなで行こうって話でてんの?」



部活は卒業しても仲のいい俺達レギュラー陣

最後にみんなで花火を見に行こうって話なのかと思ったら



「大石と・・・2人で?」



不二の電話は『大石と2人で行ってきなよ』というものだった。



「で、不二は?ふ〜ん・・」



そっか・・・きっとこれはあの日の埋め合わせをしてきたら?って事なんだ。



「うん。わかった。ありがとう」



あの日・・・伊織が現れた日

ホントはゆっくり大石と過ごす予定だった。

だけど伊織の出現で揉めて喧嘩して・・・最後は仲直りしてお泊り会も楽しいものになったけど、それでも当初の予定とはかなり違う物になって

何処かに納得出来ていない俺もいた。

そんな事は口にだして誰にも言わなかったけど・・・

流石不二・・・相変わらず何でもお見通しだな。

何だかんだで面倒見のいい親友に感謝しながら、次の日俺はすぐにこの話を大石にした。



『ねぇ大石っ!俺、絶対に行きたい!

早めに行って腹ごしらえして花火スポットを探しに行こうよ!

今度こそ誰にも邪魔されずに、2人っきりでさっ!ねっ!』



今度こそは!に力を入れて、真っ直ぐ大石を見つめると、大石も俺の気持ちを察してくれたようだった。



『あぁ。今度こそ2人きりでな』



そう言ってそっと抱きしめてくれた。
















「どれにしよっかな〜?」



祭り当日、ウズウズと逸る気持ちを隠しきれない俺は、昼過ぎから部屋でその日着て行く服を選んでいた。



「このピンクのTシャツに・・・チェックのハーフパンツ・・・ん〜〜〜〜」



普段からよく会ってて、大石の知らない俺の服なんてないんだけど・・せっかくのお祭り

というよりもデート。

気合を入れて行きたいってやっぱ思うじゃん。

大石に可愛いとこ見せたいっていうかさ・・・


そんな事を考えながら頭を悩ませていると、そこへチイ兄が現れた。



「英二。今日大石と祭りに行くんだって?」

「ん〜?・・・うん」



Tシャツからは目を離さず、上の空状態でチイ兄に返事するとチイ兄が俺の横に座った。



「何?着て行く服、悩んでるの?」

「まぁね・・・」



今度は赤いTシャツをハーフパンツに合わせた。


あぁ・・・だんだんわからなくなってきた。


更に腕を組んで悩んでいると、目の前に紺色の服が差し出された。



「これやるよ」

「えっ?」



差し出された服に暫く目を落として、俺はやっとチイ兄の方へ顔を向けた。

チイ兄は『ん』と言いながら、俺に押し付けるように服を渡す。



「何?コレ?」

「甚平」

「甚・・平?」



手渡された服を広げると、確かに甚平だ。



「俺にはちょっと小さいからさ、お前にやるよ」

「へ?いいの?」

「あぁ。それに祭りって言えば甚平だろ?

 悩むぐらいならソレ着ていけよ」



甚平か・・・そうだな・・・

紺色のいたって普通の甚平だけど、祭りに着て行ったら大石驚くかな?

『英二?どうしたんだ。その格好?』とか言っちゃってさ・・・

そんでもって『可愛いな。似合ってるよ』って、褒めてくれるだろうか?

俺は大石の顔を思い浮かべて甚平を抱きしめた。



「サンキュー チイ兄。そうするよ」



ヘヘッと笑うと、『そうか』と言ったチイ兄が立ち上がってベッドにゴロンと寝転がった。



「じゃあ俺はしばらく寝るからさ、部屋にいるなら静かにしてろよ」

「あぁ。うん。わかった」



俺は緩んだ顔をチイ兄に気付かれないように立ち上がると、そっと部屋を出た。

よしっ!服は決まった!後は髪型だな。

バッチシ決めて、大石の奴を驚かしてやんなきゃな!

ニシシと含み笑いしながら、その後俺は念入りに髪型をセットした。

そしていつも俺より先に来て待っていてくれる大石より、先に待ち合わせ場所に着けるようにと・・・・

早めに家を出たんだ。
















「大石・・驚くかな?」


予定通り早く着いた俺は、ワクワクしながら大石を待った。

たくさんの人混みの中を、目を凝らして大石を探す。


甚平に気付いて何か言ってくれるかな?

想像してたとおりの事を、言ってくれるだろうか?


襟元を直しながら色んな事を考えて・・・緩む顔を抑えられずにいた。

そんな時・・・


あっ・・・来た!


チラッと見えた、見慣れた頭。

待ちに待った、大石が現れた。

俺はココにいるよ!って言わんばかりに手を上げて振った。



「大石っ!」



だけど・・・


えっ・・・誰?


大石の横には、何処かで見た事のある女子がいる。

俺は上げた手をゆっくり下ろした。


アレってやっぱ一緒に並んで歩いてるよな?


一瞬見間違いかな?って・・・偶然横に並んでいるだけなのかと思ったけど、大石は隣に並ぶ女子を気にしているし、横にいるその女子も・・・

どんどん近づく二人に、みるみる自分のテンションが落ちるのがわかった。


大石の奴・・・今度こそ2人きりって言ったのに・・・


怒りに震える手を、グッと握り締めて俺は2人が俺の前に着くのを待った。


きっと大石の事だから、また何かに巻き込まれたんだろうけど・・・

それぐらいの事は、大石の言い訳を聞かなくったって俺にもわかるけどさ・・・

でも・・・なんで今日なの?

今日は今年最後の夏祭りなんだよ。

特別な日なんだよ。

2人で花火を見るんだろ?

このままじゃ2人で花火見れないじゃん。

それなのに・・

大石・・・お前・・・俺にどんな言い訳する気?



大石達が俺の前に立つまでの数メートル・・・俺の頭の中はゴチャゴチャになってた。



「英二。お待たせ、ひょっとして・・かなり待った?」

「ううん。俺も今来たとこ・・」



いつもより少し離れた距離で俺の前に立つ大石が、申し訳なさそうに俺を見る。

微妙な距離・・・きっと彼女がいるからだな。



「それでさ・・・英二。彼女・・・」

「知ってる。大石のクラスの水田さんだろ?」



大石が一緒にいる彼女の説明をしようとした。

もしかしたら、ここからなんで一緒にいるのか?って言い訳が始まるのかとも思ったけど・・・

俺は大石から彼女の名前を紹介されたくなかった。

だってさ・・・何この位置?

大石の隣に彼女がいて・・・その前に俺がいて・・

これじゃまるで・・・水田さんが大石の彼女みたいじゃん。



「よく俺のクラスに来るよな?確か・・・中瀬と仲いいんだっけ?」



記憶をフル回転させて思い出す。

わりと俺と仲のいいクラスの女子・・・中瀬

元気で竹を割ったような性格で、運動部女子代表みたいなアイツの周りは、必然的に似たような運動部の女子が集まっていた。

その中に1人・・・文科系の彼女

大人しそうに見えるその姿は中瀬とは対照的で、記憶力の悪い俺でも目に付いた。

しかも大石と同じクラス

何度か見かけるうちに、名前も覚えた。



「うん。そう・・・菊丸くん。覚えててくれたんだ」



ポニーテールを揺らして、フワリと笑う水田さん



「ま・・まあ・・ねん・・・」



そんな彼女を改めて見て、俺はその姿に釘付けになった。


クソッ・・・大石の奴が、2人きりになるの言い出さなかったら・・・

俺が言おうと思ってたのに・・・

彼女の格好・・・浴衣・・・

紺色に綺麗な花柄があって・・・黄色の帯

同じ紺でも俺の甚平とは大違いだ。

華やかで、凛としてて・・・可愛い・・・



呆然と彼女の浴衣に目を落としていると、大石が俺の横に並んだ。

よりにもよって・・・浴衣だなんて・・・



「じゃああの・・水田さん・・」



大石が何かを言いかけたけど、俺の意識は浴衣から離れない。

そこへ中瀬が現れた。



「おまたせっ!」



少し小走りで飛び込むように現れた中瀬に、大石は言いかけた言葉を止めた。



「あれ?菊ちゃんに大石くん?一緒にどうしたの?

 もしかして、一緒にお祭り回るとか?」



俺達の存在に驚きながも、もう順応している。

えっ!?そんな訳ないじゃん!!

俺は驚いて中瀬を見たけど、中瀬の姿にまた言葉を失った。


あっ・・・

やっぱ・・・・・・浴衣なんだ・・・


中瀬の浴衣はピンクに蝶の柄・・そして赤い帯

いつもは俺に似て騒がしい中瀬だけど、今日は何だか女の子らしい。

ショートカットの髪型にもよく似合っている。

俺は自分の姿を隠したい衝動に駆られた。


こんな地味な甚平で、大石に可愛いなんて言ってもらおうなんて・・・

・・・・俺は馬鹿だ。
















フゥー・・・

深く溜息をついて足元を見る。

気が付いたら、いつの間にか前に女子2人・・・横には俺を気にしながら歩く大石。

どうやら俺が呆然としている間に、4人で回る事になったらしい。


どんな成り行きで回る事になったのか、俺もちゃんと聞いてなかったけど・・・

大石・・・何も言わなかったんだ・・・


チクリと痛む胸


逃げ出したい・・・


女子達の浴衣姿が眩し過ぎて・・・自分の甚平姿が惨めで・・・

これ以上一緒にいて、大石に比較されるのが怖かった。


お腹痛いって言って・・・先に帰ろうかな・・・


ずっとそんな事を考えて自分のつま先ばかり見ていた。

だから・・・次の一瞬の出来事に反応できなかった。


人混みを縫うように歩いていた俺の後に近づき、誰かが腕を掴んだ。

その反動で急ブレーキをかけるように止まる俺

驚いて声が出そうになったのを、その誰かの手が俺の口を塞いで声も出せない。

横の大石に目を向けたけど、大石は何か考え事をしているみたいで、そんな俺には全く気づかなかった。


大石っ!!


心の中で叫んだけど、女子も大石もそのまま人混みの中に消えていった。

俺は後ろから口を塞がれたまま、羽交い絞めされるように人混みの中から外れ露店の裏へと引きずられた。

あっと言う間の出来事に何も抵抗できなかった。

気付けば更に人気の無い場所。

俺は思い出したようにバタバタと暴れてやっと解放された。



「なっ・・何すんだよっ!!」



振り向いて睨みつけると



「つまらなそうに歩いていたからさ。連れ出してやったんじゃん」



そこにはヘラヘラ笑う軽薄そうな男がいた。

しかも自分のした事に全く悪びれる素振りもない。



「ハァ?何言ってんの?そんなのお前に関係ないじゃん!

 何なんだよ一体・・・じゃあな・・・・」



怪しい奴め・・・

チッと舌打ちしてその場を離れようとしたら、また腕をつかまれた。



「待てよ。関係あるんだよ。お前、あのナイト気取りのダチだろ?」



はっ?ナイト気取りのダチって・・・もしかして大石の事言ってんの?



「何だよソレ・・?」



大石とコイツ何かあったのか?


腕を掴まれたまま気になって振り向くと、その男に引き寄せられた。



「さっきは譲ってやったんだ・・・1人ぐらい俺が貰ってもいいだろ?」



譲るってまさか・・・だから水田さんと・・・?


意識が大石へと向いた瞬間、男が空いた手で俺の頬を触る。

寒気がした。



「ちょっ!触んなよ!それよりも譲るとか、貰うとか訳わかんねぇ・・・

 ちゃんと説明しろよ!お前大石に何かしたのか?」

「ふ〜ん・・アイツ大石っていうんだ」



不敵に笑う知らない男

何だよ・・・コイツ・・・



「まぁどうでもいいじゃん。お前だってつまんなさそうな顔してただろ?

 俺と一緒に楽しもうよ。なっ・・・」



そう言って顔を近づける。

なっ・・・何しようとしてんの?



「ちょっ!やめろよ!放せよ!」



片手でソイツの顔を押して暴れたけど、片手を取られていてジリジリと迫ってくるのを止められない。

俺は後ずさりするように形になって、木に背中を押し付けられた。


大石とコイツの間に何かあったのか?って気になったけど・・・

今はもうそんな事を言ってらんない・・・早く逃げ出さなきゃ!



「放せって!大声で誰か呼ぶぞ!」

「無理。無理。ここって案外死角なんだよ。

 それにみんな祭りで俺達の事なんて気付かないって」



ニヤニヤしながら、ますます俺に迫ってくる。



「さっきの子も良かったけど・・・俺さ、お前の方がタイプだな・・・」



それなのに、もう体が動かない。

逃げたいのに・・・逃げ出せない・・・どうしょう・・・

いっ嫌だ・・怖い・・・



「大石っ!!助けてーー!!!」



目を瞑って、咄嗟に大声で叫んだ。

大石がこんなとこにいる筈がないのはわかっていたけど・・

それでも俺の頭の中に浮かんだのは、大石の名前だけだった。

大石・・・


だけど・・・



「英二っ!!しゃがんで!!」



驚くほどすぐに大石の声が返ってきた。


えっ?大石・・・!?


条件反射でしゃがむと、何処からか現れた大石の右ストレートがソイツの左頬に見事に入った。

勢いよく吹っ飛ぶ男

ズサササーと土の上を滑って、呻き声を上げている。

大石はそんな男に近づくと、胸倉を掴んで引き寄せた。

そして聞いた事も無いような、冷たい低い声で



「二度と俺達に関わるな・・・

次手を出すような事をしたら、これだけじゃ済ませない・・・」



穿き捨てるように告げると、掴んでいた胸倉を無造作に手放した。


大石・・・


いつもと違う大石の雰囲気に言葉が出ない。

助けて貰って嬉しいのに、俺は呆然と座ったまま動けないでいた。



「英二。行こう」



大石はゆっくり俺に近づくと腕を掴んだ。





ホントにこの2人が何か行動を起こすと、邪魔が入るんですよね。


それはもう・・・名探偵コナンの事件並の遭遇率!

なんちゃって・・・☆

まだまだ続きます。

(残り2ページ)