真夏の夜の夢

(side 大石)




水田さんと中瀬さんと別れた後、俺は小走りで来た道を戻った。


人の流れに逆らって色んな人にぶつかったけど、それでも英二を見逃さないようにと集中力だけは切らさないようにと注意深く走った。



「何処だ・・英二?」



自分の記憶を頼りに、英二を最後に見た場所を思い出す。


確かこの辺りで横を向いた時は隣にちゃんと英二はいた。

俯いてかなり暗い顔はしていたけど、それでもちゃんと一緒に歩いていたんだ。

それなのに・・・なぜ・・・?

やはり俺が約束を破った事を怒って帰ってしまったんだろうか・・・?

英二・・・

出てくれるかどうかはわからないが・・・一度携帯を鳴らしてみよう。


俺はポケットから携帯を取り出した。

そして英二の番号を押す。


英二・・・出てくれ・・・・・・・・・・よしっかかった!!

1回・・・2回・・・3回・・・やっぱり駄目か・・・

コール音はするが電話には出てくれない。


英二怒ってるんだな・・・


俺は耳から携帯を外し画面を見て・・・小さく溜息をついた。

仕方ない・・・もう少し探していなかったら、一度家まで行ってみよう。

ちゃんと会って話さなきゃ・・・


自分の不甲斐無さを悔やみながらコール音だけ続く携帯を切ろうとした時、俺はある事に気付いた。


ん?アレ・・・この曲・・・?


たくさん行きかう人々・・ざわめく声・・・

その中に微かだが聞き覚えのある音楽が流れている。


英二の携帯の着信音と同じだ。

英二・・・いるのか?


もしかしたら偶然同じ曲を使っている人がいるのかも知れない・・・

何処かでそう思いながらも、俺は小走りに音楽が聞こえる方へと近寄った。

どんどん大きくなる着信音。

俺は携帯を鳴らし続けた。

ここだ・・・・



「英二っ!」



道を少しそれた露店の裏・・・確信を持って覗いた先には英二ではなく、携帯だけが転がっていた。



「これは・・・・・」



お揃いで買った携帯・・・クマのストラップ・・・

間違いない英二のだ。

俺は携帯を拾い上げた。


でも・・・何故こんな所に落ちているんだ?


いつもポケットに携帯を入れている英二。

暴れたりしたのならともかく、普通に歩いていて携帯を落とすなんて考えられない。


って事は・・・・・・・ここで何かあったという事か?


俺は携帯が落ちていた場所を改めて見た。

露店からこぼれる光を頼りに目を凝らす。


あっ!!!


よく見ると何か引きずられたような後が、地面にくっきりついている。

俺の心臓が早鐘を打ち出した。


まさか・・・喧嘩?

いや・・・何か事件に巻き込まれた・・・?


状況だけ見ると、携帯が落ちる程の何かがあって・・・誰かが引きずられているのは間違いない。

もちろんきっと引きずられているのは・・・

全身の毛が逆立つ気がした。

手が微かに震える。

俺は立ち上がると暗がりの中を引きずられた後にそって走り出した。

英二・・無事でいてくれ!!















もっと注意すべきだった・・・

もっと意識するべきだった・・・

いつだってどんな時だって、英二から目を離すんじゃなかっかった。

そんな事わかっていた筈なのに・・・

もし英二に何かあったら・・・


後悔と焦りそして不安

色んな思いを抱えながら俺は走った。

英二の姿を早く見つけたい。

英二・・・











だが俺は意外にも早く英二の無事を確認する事ができた。



「大石っ!!助けてーー!!!」



英二の声・・・英二の姿・・・

ただその様子は、俺の血を逆流させるぐらいの許せない姿だった。

知らない男が、英二の腕を掴み木に押し付けている。

下半身を密着させ、今まさに英二の唇を奪おうとしていた。

英二っ!!!!

何も考えられなかった。

余裕なんて全くなかった。

もし手をあげた事で、学校や親や後輩達に迷惑をかけるんじゃないか?

そんな事を思いつく暇も無く、俺の右拳は固く握られていた。


コイツ・・絶対に許せない!!!


駆け寄った俺は英二に叫んだ。



「英二っ!!しゃがんで!!」



俺の声に驚いて、男に一瞬隙が出来た。

その瞬間まるでコートの中にいる時のように、あうんの呼吸で英二がしゃがむ。

俺の右ストレートは綺麗にソイツの頬を捉えた。

勢いよく吹っ飛ぶ男

ズサササーと土の上を滑って、呻き声を上げている。

俺は肩で息をしながら男に近づくと、胸倉を掴んで引き寄せた。

そして改めて男の顔を見て、愕然とした。


この男は・・・・あの時の・・・・

じゃあ英二が襲われたのは・・・偶然?

いや・・・必然なのか・・・・?

俺は歯軋りするほど、ソイツを睨んで吊るし上げると



「二度と俺達に関わるな・・・

次手を出すような事をしたら、これだけじゃ済ませない・・・」



穿き捨てるように告げた。

男は手で頬を押さえたまま何も言わない。

俺は掴んでいた胸倉を無造作に手放すと、呆然と座ったままの英二の腕を握った。



「英二。行こう」
















クソッ・・・

繰り返している・・・自覚はあるんだ。

あるのに、また同じ事を繰り返している。

俺のせいで・・・俺の性格のせいで・・・

英二を悲しませて、そして今度はこんな危険な目に合わせてしまった。

何が一番大切かなんてもうとっくにわかっているのに・・・

英二の腕を引いたまま、黙々と歩いていると黙ってついて来ていた英二が口を開いた。



「大石。何処まで歩く気?」



えっ!?

俺は英二の声でようやく立ち止った。

周りを見渡す。


ここは・・・?


気付けば祭りの音が微かに聞こえる雑木林の中の小さなお堂の前にいた。


何処まで歩いたんだろう?


少しでもあの男から離れたくて歩き始めたつもりが、いつの間にかこんな所に・・・

俺は英二の腕を離して、体を英二へと向けるとそのまま引き寄せるように抱きしめた。



「・・・ごめん」

「何に対してのごめん?」



連れ出した時は呆然としていた英二が、静かに俺の腕の中で答える。



「水田さんと一緒に祭りに来た事と・・・

 待ち合わせの場所で水田さん達とすぐに別れなかった事と・・・

英二から目を離した事と・・・

英二を危険な目に遭わせた事・・・・全部・・・ごめん・・・」



英二の首筋に顔を埋めるように告げると、英二が俺の後頭部をコツンと叩いて



「多すぎだろ?」



クスクス笑う。

俺は英二から体を少し離して、真面目な顔で英二を見下ろした。



「本当に今度という今度は反省しているんだ。

 あんな危険な目にまで合わせてしまって・・・全部俺の責任だ。

 だから英二・・・俺を殴ってくれないか?」



英二の肩の上に乗せた手に力が入る。


あんな姿・・・


思い出しただけで血が逆流するのがわかる。


俺の英二を・・・あんな奴に・・・



「大石・・・本気で言ってんの?」

「ああ。当たり前だ」



戸惑いの色を浮かべる英二に言い切ると、溜息をついた英二が俺の頬をペチッと軽く叩いた。



「英二これじゃあ・・・」



意味が無いじゃないか・・・真剣に殴ってくれなきゃ俺の気が治まらない。

そう言おうとして、英二に遮られた。



「大石。俺さ・・嫉妬してた・・・」

「えっ?」



英二はそのまま俺の頬を触ったまま話続ける。



「水田さんと現れて・・・こんな日に何やってんの?って・・

 でもさ・・それ以上に、水田さんの浴衣に女の子は可愛いからいいなって・・・」

「英二・・・?」

「そんでもって中瀬まで現れて・・中瀬まで浴衣で・・いいなって・・・

 俺はこんな普通の甚平で・・・それが嫌で・・・惨めで・・・」

「英二、お前そんな事・・・」



俺の横で黙って歩きながら・・・そんな事を考えていたのか?


俺は節目がちに話す英二を食い入るように見つめた。



「ちょっと投げ遣りになって油断してたんだ。

普段ならあんな奴に捕まんないし。反対に蹴りつけてやんだけどさ・・・

だからさ・・・そんなに自分責めんなよ」



最後は見上げて少しはにかんでそう言った英二に、俺は熱いものが込み上げるのがわかった。



「英二・・・」



きっと酷く傷ついただろうに・・・


俺は俺の頬を触る英二の手の上に自分の手を重ねた。



「甚平似合ってるよ。凄く可愛い」

「な・・なんだよ急に・・・」



英二が照れながら睨む。

俺は暴れてはだけたのであろう甚平姿の英二を見た。

英二の綺麗な鎖骨が露になっている。


辛い思いを・・・怖い思いをさせただろうに・・・

それでも俺を気遣って・・・



「待ち合わせ場所で目にした時から、ずっとそう思ってた。

 水田さんや中瀬さんの浴衣より英二の方が可愛いって・・・」



英二の優しさが心に沁みる。

愛おしくて堪らない。



「ばっバカ!そんなお世辞はいいって!

 浴衣の方が可愛いって事は俺もわかってんだから!」

「お世辞じなんかじゃない。英二の方が可愛いよ。

最初に目にした時からそう思ってた」



ホントだよ・・・英二・・・

俺は空いた手で英二の腰を引き寄せると、そのまま英二に唇を重ねた。



「英二が一番可愛い・・・」



何度も何度も短いキスを繰り返す。



「ンンッ・・・おおいし・・・」



英二の甘い声が耳を掠めた。


駄目だ・・・外だってわかっているのに・・・止められない。


俺は英二の露になっている鎖骨の裾から手を差し入れた。

英二が驚いて目を明ける。



「ちょっ・・大石・・・?」



俺を見上げる大きな目

俺は動きを止めて、もう一度軽く英二の唇にキスをすると



「愛してる」



一言だけ告げて、英二の露になった肩に顔を埋めた。


幸いどこをどう歩いたのかわからないが・・・

ここは全く人気が無い。

薄く月明かりが差すだけの場所

俺達の姿を誰かに見られる心配なんてないだろう。

そんな変な安心感が一度ついた火を更に大きくして、俺は自分自身を止める事ができなかった。

暗闇に英二の吐息が漏れる。

あぁ・・・もうホントに引き返せない・・・



そう思ったのに・・・



「助けて」



微かに聞こえた声。

何かの間違いじゃないか?と思ったが、後ろからTシャツの裾を下に引っ張られる感覚。

流石の俺も動きを止めた。

英二の肩から顔を上げて、後ろを振り向く。


あっ!?


そこには小学校低学年ぐらいの男の子がいた。



「お兄ちゃん助けて・・・」



か細い声で、俺を見上げる男の子。

目を2,3度瞬きさせてみたが・・・やはりいる。

サーーっと血の気が引くのがわかった。



えぇぇぇぇ!!!!

みみみみみみみみみみ・・・・・・・・・・見られた!?

しっしかもこんな小さな子に・・・・教育上問題じゃないか!?

フォローしなくては・・・!!!



「お・・お兄ちゃんは別にい・・いやらしい事をしていた訳じゃないんだよ」



・・・・って何言ってんだ俺!?

これじゃあ・・・ますます・・・・怪しいじゃないか!


男の子が不思議そうな顔で、俺を見上げている。



あぁ・・・なんてタイミング悪いんだ・・・・

ホントに誰か何処かで俺達の行動をみている奴がいるんじゃないだろうか?






ホントに誰かに見られてんじゃないだろうか?


って思うぐらい・・・

上手く行かない時は・・・上手く行きませんよね。

まぁ・・・この2人の場合は・・私のせいですが(笑)

(残り1ページ)