真夏の夜の夢

(side 英二)





「愛してる」


大石はそう告げると、俺の肩に顔を埋めた。



嘘?何?

ホントにここでするの?



いつもなら絶対に考えられない大石の行動に驚きながら、それでもこんな風に求められるのも嬉しくて俺は大石に体を預けた。

暗闇の中俺の吐息が漏れる。


ヤバイ・・・誰もいないだろうけど・・・あまり大きな声は不味いよな・・・・


少しだけ残った理性で声を抑えた。


それなのに・・・・



「助けて」



微かに聞こえた声


へっ?

今誰か・・・何か言った?


大石にも聞こえたのか、動きを止めて後ろを振り返った。

そこには小学校低学年ぐらいの男の子。

大石のTシャツを握っている。



「お兄ちゃん助けて・・・」



マジで・・・・?

今凄〜〜〜くいいとこだったんだけど・・・

こんな大胆な大石、ツチノコより見つけるの大変なんだけど!

次なんて・・・きっと無いんだぞ!

ったく・・・・何だよ!

いつも・・いつも・・いいとこで邪魔が入ってさ・・・

誰か俺達の行動見てんのか?


心の中でツッコンで、俺は肌蹴た甚平の裾を手で直した。

目の前の大石はすっかり動揺している。



「お・・お兄ちゃん達は別に、い・・いやらしい事をしていた訳じゃないんだよ」



・・・何を言ってんだか。


俺は大石を押しのけると、小さな男の子の前にしゃがんだ。


仕方ないな・・・・



「どうしたの?こんなとこで、お母さんは?」

「・・・・はぐれちゃった」



俯く男の子。

俺は男の子の頭に手を置いて、顔を覗き込んだ。



「そっか・・やっぱ迷子か・・・で名前は?」

「・・・あゆむ」

「歩ね。それじゃあ歩っ!早くお母さんを探さなきゃな」



歩の顔が明るくなる。

うん・・・そうだな・・・

結局は俺も大石の事を言えるほど薄情にはなれないんだよな・・・

それにきっと大石も・・・


俺は立ち上がって大石へと体をむけた。



「ほっとけない・・・だろ?」

「ああ」



そこにはいつもの大石がいた。
















遠くに聞こえる祭りの音をたよりに雑木林を抜けた俺達は、再び人通りの多い道へと戻って来た。


もし・・・アイツとまた出会ったら・・・


そんな事を考えると少し怖かったけど、繋いだ小さな手の感覚やその先にいる大石の姿が俺の不安を拭い去ってくれていた。


今は歩の母親を早く探してあげなきゃな・・・



「ねぇ歩。どの辺りではぐれたか覚えてる?」

「ん〜〜・・・」



首を傾げる歩。


まぁ・・・あんな人気のないとこに迷い込むぐらいだから聞いても無駄か・・・

取り敢えずメインの通りを歩いて、探すしかないかな・・?


そう思った時ポツリと呟いた。



「・・・花火・・」



花火?って・・・そうか・・・!?



「見に来たの?」



頷く歩。


そうだった・・・忘れてたけど、今日は花火が上がるんだった。

だから俺達も祭りに来てたのに・・・



「大石」



顔を向けると、大石が頷く。

俺達は花火大会のメイン広場へと歩き出した。
















「人が増えてきたな・・・」



大石が呟く。

メイン広場に近づくにつれどんどん増える人

俺達は身動きすらままならなくなってきていた。



「歩。大丈夫?苦しくない?」



俺と大石の間にいる歩。

何とか2人で、歩が押しつぶされないようにと庇ってはいるけれども

小さな歩は大人の壁で、殆ど周りが見えない状態だ。

それに・・・こんな大勢の人の中から歩の母親を探すのは至難の業

最初は簡単に見つかると思ったけど・・・

この人の多さじゃ・・・・

歩の手前弱気になっちゃいけないって事はわかってるけど・・・



不安が過ぎって大石を見た。



「大丈夫だ。英二」

「うん」



目が合った大石は力強く応えてくれた。

大石・・・こんな時ホント頼りになるなって思うよ。

俺が挫けそうになっても、必ず大石が側で励ましてくれる。



「英二っ!!」



大石の凛とした顔に少し見惚れて、俺も頑張って歩のお母さん探さなきゃって

再認識した時、何処からか聞き覚えのある声が聞こえた。

えっ?

この声・・・



聞こえた方へ顔を向けると、人混みを避けるように道の端に立っている人。



「不二っ!」



やっぱ不二だ!

俺達は人混みを掻き分けながら、横に移動して不二の元へと向かった。



「来たんだ!」

「まぁね」



微笑む不二。隣には手塚。

最初にくれた電話の時は、手塚に用事があるから祭りに行くかどうかは微妙って言っていたのに・・・

そっか・・・手塚の奴・・・



「たまにはやるじゃん!」



嬉しくなって肘で手塚の胸を押すと、手塚の眉間にシワがよった。



「何をだ?」

「何を、ってわかってるくせに」



『またまたぁ』と笑うと、大石に止められた。



「英二いい加減にしろ。すまないな手塚。英二の言う事は気にしないでくれ」



ちぇっ何だよ。別にいいじゃん。

唇を尖らして、前を見ると不二と目があった。


あっ・・・目が明いてる・・・



「そっそれより・・よく俺達がわかったね」



身の危険を少し感じて話題を変えると、不二の目もいつも通りになった。


意外と手塚の事になると不二ってわかりやすいのかも・・・



「メイン会場に行くには必ずここを通るからね。待ち伏せ。

少し待ってみて、無理だったら仕方が無いとは思っていたんだけど・・・

上手い具合に今、君達が通りかかったという訳・・」

「そうなんだ。で、待ち伏せするからには何かあるんだろ?」

「うん。実はこの奥に花火を見るのにいい場所をみつけたんだ。

だから・・・英二達に教えてあげようと思って・・・」



不二が後ろに伸びる小道を指差す。


そっか・・・それでわざわざ待っててくれたんだ。



「マジっ!サンキュー不二!あっ・・でも今は・・・・」

「どうしたの?」

「人探しをしてるんだ。なっ大石」

「あぁ。実は迷子のお母さんを探していて・・・」



大石が不二と手塚に歩の説明をしようとした時に、ずっと黙って俺達の間で手を繋いでいた歩が俺達の手を振りほどいた。



「お母さんの声がする・・・」



そう言うと来た道を戻り始めた。



「あっ!ちょっ!歩っ!」



俺は慌てて大石へと顔を向ける。



「大石っ!」

「ああ。追いかけよう」



頷く大石に俺達も歩の後を追いかけた。



「英二っ!大石っ!」



いきなりの事に俺達を呼び止める不二。

俺は振り返って叫んだ。



「ごめん!すぐ戻るから先に行ってて!」



そして今にも見失いそうな歩の背中を追いかけた。
















「ちょっと待てって!」



小さいのに走るの速い。

俺と大石が歩に追いついたのは、来た道を少し戻って横道にそれた雑木林の中だった。



「ホントにこっちから聞こえたのか?」



周りに人気なんて全くない。

それでも歩は自信満々に答えた。



「うん!」



う〜〜ん・・・そっか・・・

あの場所からここまでかなりの距離があったと思うんだけど・・・

歩がそう言うなら・・・


俺と大石は顔を見合わせて、歩の横に並んだ。



「わかった。じゃあ一緒に行こう」



歩と手を繋ぐと、歩の言う通りに歩き出す。

俺達は更に雑木林の中を進んだ。


あれ・・・?

この場所・・・



暫く歩くと、小さなお堂の前に出た。

月明かりが差すその場所は、歩と出会ったあのお堂の前と似ている。



「大石・・ここ・・・」

「ああ。よく似ているな」



違う場所の筈なのに・・・

雑木林で囲まれた小さな空き地

お堂

同じ場所に戻って来たんじゃないかと、錯覚するぐらいによく似ている。



「ホントに・・違うよな?」

「・・・その筈だけどな」



大石も同じ気持ちなのか、何度も辺りを見回している。


こんな似た場所があるなんて・・・だから歩も間違えて・・・?


そんな時、俺達にもハッキリ聞こえる声で歩が呼ばれた。



「歩っ!」



声がした方に一斉に振り向く。



「お母さんっ!」



歩は俺達の手を振りほどくと、まっすぐと声の主へと走りだした。

月明かりが差すお堂の横・・・いつの間にか女性が立っている。

俺達も歩に続くように走り出した。



「お母さん」

「歩」



抱き合う親子

俺と大石はその姿を、ただ微笑んで見守っていた。
















「ありがとうございます」

「いえいえ。無事会える事が出来て良かったです」



大石とお母さんが話してる横で俺はしゃがんで歩に話しかけた。



「良かったな」

「ありがとう。お兄ちゃん」



頭をよしよしと撫ぜると、歩がくすぐったそうに微笑む。

俺もつられる様に、微笑んだ。


ホント無事に会える事が出来て良かった。



「あっ!」



和やかムードで話していると、歩が指を差して叫んだ。

見ると雑木林の隙間に花火が上がるのが見えた。

続くように・・・音が鳴る。

その後は、次から次へと花火が上がりだした。


綺麗・・・



「じゃあ俺達もそろそろ行こうか英二」

「そうだね。不二も待ってるし」



立ち上がると、俺はもう一度歩の頭に手を置いた。



「じゃあな歩。もうはぐれんなよ」

「うん」

「では、僕達はこれで・・・」

「ありがとうございました」



頭を下げる母親とブンブン手を振る歩に別れを告げて、俺達は不二と手塚の待つ場所へと歩き出した。















「ねぇ大石。無事会えて良かったね」

「そうだな」

「こんなにたくさん人がいるのにさ。ちゃんと会えるんだよ。凄いと思わない?」

「確かにな・・親子の絆がなせる業じゃないか?」

「親子かぁ。やっぱ大切な人とは、ちゃんとはぐれても会えるようになってるんだな」

「俺達みたいに・・・だろ?」

「へ?」

「俺も、ちゃんと英二を見つけただろ?」



メイン通りに戻って、少しずつ不二と別れた場所に近づく。

俺達は幸福感に満たされながら話をしていた。



「あっ!何その顔。今凄く上手く言った!って顔しなかった?」

「してないよ」

「あれは迷子じゃないかんな。ほぼさらわれた。だかんな」

「でもちゃんと見つけただろ?」

「ギリギリじゃん」



大石の横腹を突くと大石が俯いた。



「悪かった・・・ごめん」



あっ・・・落ち込んだ。



「うそうそ。ほら!不二が言ってた小道に着いたぞ」



俺は大石の腕を引きながら、雑木林の小道を進む。

大石はあの出来事を思い出したのかすっかり凹んだままだ。


あぁ・・余計な事を言ってしまった。

せっかく幸せな気分だったのに。

仕方ない・・・奥の手だすか・・・



「大石」

「ん?」

「後でさ。さっきの続きする?」

「続き?」

「お堂の横で」

「ばっ!何言ってんだよ!そんなの出来るわけ・・・」

「でも歩と会わなかったら、するつもりだったんだろ?」

「それは・・・」



大石が赤い顔で立ち止まる。



「なんならここでする?」



落ち込んだ大石を少しでも復活させたくて・・・

少し挑発するように、大石を見上げた。



大石の目が開く。

驚いて・・・でも・・・その眼が艶を含みだした。



「英二」



俺を呼ぶ声も・・・

どうしよう・・・やりすぎたかな?

っていうか、今の声で俺の方もドキドキしてきた。

大石が変に落ち込むから・・・元に戻そうと思っただけなのに・・・

俺を見つめる大石から、俺も目が離せない。

それどころか自然と目を瞑ってしまった。



「ちょっとそこの2人!」

「「えっ?」」



このまま2人の世界へ・・・と思ったら、突然の声

弾かれるように目を明けると、腕を前で組んだ青学No.1とNo.2が俺達の横に立っている。



「遅いと思ったら、こんなとこで何してんの?」



「いやっ・・これは・・・」



焦る大石。

なんていうか・・・一瞬にして2人の存在を忘れていた自分が怖い。



「ちょうどそっちに向かう途中だったんだって!なぁ大石!」

「ああ。そっ・・そうなんだ」



笑って誤魔化してみたが、不二は不敵な笑顔で俺達を見据える。



「へ〜・・こんな所で立ち止って、いつになったら着くんだろうね?

 そもそも花火見る気あるの?」



ひぇ〜めちゃくちゃ怖い。

不二って笑顔で人を殺すタイプだよな・・・ホント・・・



「ある。ある。だからさっ!早くその良く見えるとこに行こうよ!ねっ!」



俺は不二にだけ見えるようにウインクした。

不二はやれやれと溜息をつくと、指をさす。



「ここをもう少し歩いたら、開けた場所に出るから。二人で行ってきなよ」

「えっ?不二達は?」

「僕達はもう見たから」

「最後まで見ないの?」

「野暮用があるからね」

「ホントに?」

「ホントに」

「そうなんだ・・・」



せっかく来れたのに・・・もう帰るなんて・・・

でもその野暮用は、手塚と2人で・・かもしれないし・・・



少し複雑な気分で手塚を見ると、手塚は大石に黙ったまま首を横に振っている。

大石はそんな手塚にまだ言い訳をしていた。



「2人を忘れていた訳じゃないんだ・・・ただその・・・」



何なんだこの2人・・・

つうか大石・・・言えば言うほど墓穴掘ってるから・・・


ハァ・・と溜息をつくと、不二が笑った。



「何だよ?」

「ううん。何にも・・」



そう言ってあからさまに笑いを堪えている。


ったく・・・今日は何ていう日なんだ・・・

2人っきりの祭りを楽しむつもりが、最初は女子だろ・・・

それにあのスケベ男に・・・

歩に・・・まぁ歩は仕方ないとして・・・不二と手塚。

ことごとくいいところで邪魔が入って・・・厄日かな?

いや・・でも今からは2人・・・



「それより英二。さっきの迷子の話はどうなったの?」

「えっ?あぁうん。無事にお母さんに会えて。ハッピーエンド!

 歩めゃくちゃ喜んでたよ」



親子再開のシーン・・・思い出すと顔が綻ぶ。

ホント会えて良かった。

心からそう思ってるのに・・・



「あぁそうそう。歩って叫んでたよね。どんな男の子だったの?」



不二が耳を疑うような事を言い出した。



「えっ?どんなって・・・さっきいたじゃん。不二も見ただろ?」



何言ってんの?って不二の顔を見れば、不二はホントに知らないと言わんばかりに首を傾げる。



「えっ?いつ?」

「ほら。不二が俺達を呼んでくれて・・・なぁ大石」



大石に話をふれば、大石もやっといつもの大石に戻って話の輪に加わった。



「あぁ。俺達の間に小さな男の子がいただろ?」

「う〜〜ん・・・手塚・・・気付いた?」

「いや・・・」



手塚も話しに加わって首を傾げる。



「・・・・・・・」



マジで・・・?


俺と大石は顔を合わせて、言葉を失った。


あんなにはっきり存在していたのに・・・手の温もりだってまだ思い出せるのに・・・

不二達には見えなかったの?



「英二達・・・キツネにでも化かされたんじゃないの?」

「そんな・・」



そんな事ってあんの・・・?


肩を竦める不二に、俺は戸惑いを隠せない。

冗談だろ?


言葉にして不二にもう一度確かめようとしたが、不二は腕時計に目を落として手塚の腕を掴んだ。



「あっ・・僕達そろそろ行かなきゃ・・・

英二達も早く行かなきゃ花火終わっちゃうよ。じゃあ・・・またね」

「えっ・・不二!?」

「またな・・・」

「ちょっと待ってよ・・手塚!?」



こんなあやふやなままで・・・俺達を置いていくのか?

もう少し話を・・・


呆然とした俺達を残して、二人は俺達が歩いて来た小道をメイン通りへと戻っていった。



「どうする大石?」

「追いかけても・・・無駄だろう」



小さく溜息をついて、大石が俺を見下ろした。


腑に落ちないけど・・・全くもってスッキリしないけど・・・


仕方なく俺達は、不二に言われた場所へと向かった。



「ねぇ大石・・・?」

「なんだ?」

「ホントは・・・どう思う?」

「そうだな・・・英二はどう思うんだ?」

「俺?」



今日は色んな事があった・・・

落ち込んだり・・・ムカついたり・・・寒気がするような事があったり・・・

だけどさ・・・


俺は歩と繋いでいた手を見つめた。


やっぱりココにはまだ、あの温もりが残っている。

歩・・・

それでも・・・アレは夢か幻だったんだろうか・・・?



「そうだな・・・俺は・・・」



言いかけて、ハッとした。

開けた場所。

目の前には大輪の花火が上がっている。



「・・・綺麗」



そうだ・・そうだよ。あの時も確かに同じ花火が上がっていた。



「大石。俺さ・・」



横にいる大石を見上げると、大石も花火を見つめていた。



「英二。俺は信じてるよ。今2人は一緒に花火を見ているんだって」



大石・・・


俺の腰を引き寄せる大石に寄り添って、俺も花火を見つめた。



「そうだね。俺も信じてる」



あれはホントの出来事だったんだって・・・




                



 


                                                               END





最後まで読んで下さってありがとうございますvv


歩は・・・結局・・キツネなのかお化けなのか人なのか・・・?

英二が襲われる話は必要だったのか・・・?

そもそもあのオリキャラ達は・・・?

久々に書くと、どうしても長くなってしまうのですが・・・楽しんで頂けていたら嬉しいです!

2009.9.17