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自分が誰かに想われている・・・そんな事は想像すらした事がなかった。


隠すこと・・・守ること・・・

いつも自分の気持ちだけで精一杯で・・・

気付く事すら出来なかった。

不二・・・

お前が俺を見ていてくれたなんて・・・

そんな事も知らずに、あの日も不用意な相談を持ちかけてしまった。

そしてお前を傷つけて、俺は自分がどんなに傲慢な男だったかとゆう事を思い知らされた。




「手塚。あそこのベンチでどうかな?」

「あぁ。そうだな」



小さな公園の片隅に置かれたベンチをみつけて、二人で腰を下ろす。

俺の左腕が予想以上に悪い事がわかり、戦線を離れて九州に治療に行く事が決まって、 少し経った頃。俺は不二に『不二に話したい事がある』と誘った。

改まって『不二に話したい事』こんな風に誘うのは初めてだな・・・

言った後に気付いたが、言った後ではもうどうしようもない。


不二が変に勘ぐってなければいいが・・・


アイツは人より洞察力に優れている。

だから言いたい事の1を言えば、頭の中で先読みして全体が見えるようだ。

口下手な俺は、そんな不二の先読みに助けられる事も多いが、知られたくない事まで 読まれてる様な気がして困る事も多い。


不二は何処まで理解しているのだろうか・・・?


そう思う事もしばしばある。

今回も聡い不二の事だ。俺の『不二に話たい事』と言う言葉から、色々と予想を立ててるだろう。

だが・・・今回は・・・

本当に伝えたいことは、伝えるつもりはない。

流石の不二も俺の本当に言いたい事は気付かないだろう。

それでいい。

ただ結果がついて来れば、俺が戻った時の居場所があれば・・・後は俺の問題だ。

そして俺達は約束通り二人で帰り、途中で見付けたこの公園で話をする事にした。



「・・・で僕に改まって話したい事って何なんだい?」

「・・・・・・・」



俺が話を持ちかけてから、ずっと気になっていたのだろう。

ここに着くまでは、他愛の無い話をしていた不二が早々に話を切り出した。

俺は不二の方を見ないまま、真っ直ぐに前を見つめる。



「不二・・・まだ勝敗に執着する事は出来ないか・・・?」

「えっ・・?」



不二が言葉を詰まらせた。

予想していた話が外れたと言う事なのだろう。

だがもう不二は俺の言葉に対しての先読みを始めているようだ。

あの時の・・・あの練習試合の事を思い出し、答えを弾き出そうとしている。

越前が入部して暫く経った頃の練習試合。

不二と越前が戦った試合は、誰もが注目する一戦だったが、その内容は俺に疑問を持たせる様な内容だった。

雨がふり、結果が出る事無く中止された試合。

俺は試合後の不二に声をかけ、試合を見て思った疑問をそのままぶつけた。



『今の越前との試合・・・何故本気で勝ちに行かなかった?

乾が言ってた・・・不二・・・お前のデータは取らせて貰えないと・・


本当のお前は何処にある!?』



不二は小さく笑って答えた。



『うん・・・手塚・・・どうやらボクは勝敗に執着出来ないみたいなんだ・・』



不二の答えは、自分が試合を観て疑問に思った事の・・・まさに答えだった。

不二は強い。

だが本当の強さとは違う・・・ずっとそう感じていた。

本当の不二は・・・


不二は少し間を置いて、今度は俺に質問をしてきた。


『キミこそどうなの?』


まっすぐ・・俺の目を見つめる不二。



『何の事だ?何としても勝つだけだ!今は全国制覇する事しか頭にない!!』



だから俺は、正直に自分の思いを告げた。

全国制覇。

1年の時からずっと思い続けている・・・全国へ

不二は一旦俯くと、哀しげな顔を俺に見せたが、はっきりとした口調で言った。



『支障が出るのならボクを・・・団体戦のメンバーから外してくれ』



あの言葉がずっと引っ掛かっていた。

試合に執着出来ない・・・支障が出るなら・・・メンバーから外してくれ

不二の目は哀しげだったが、あの言葉は本気だと気付いた。


外す・・・?不二を・・・?

これからの激戦区、不二無しでは到底勝ってはいけない。

全国制覇を目指すなら、必ず必要になる不二の力。

だから・・・執着して貰わなくては困る。

必ず勝つと言う気持ちを持って貰わなければならない。

俺はそんな思いでいっぱいだった。



「不二・・・これからの試合、勝ち続けるには必ずお前の力が必要になる。

だが勝つ為には、勝敗に執着する事が・・・必ず勝つという気持ちが必要だ。

だから・・・お前の本音を聞きたい。まだ勝敗に執着する事は出来ないか?」



不二の目をまっすぐ見つめて、不二の返事を待つ。

不二は目線を逸らして、呟くように答えた。



「・・・わからない」

「不二・・・?」

「ごめん。本当にわからないんだ。だから前にも話したけど、支障が出るのなら僕を・・・団体戦のメンバーから外してくれて構わないよ」



わからない・・・

不二の心の中に変化が出て来ているのか・・・

そう思ったのも束の間、不二は前に答えた事と同じ事をまた言った。


それでは困る・・・どんな事があったとしても・・・



「いや・・お前を外したりはしない。先程も言ったが、勝ち続ける為にはお前の力が必要だ。俺が抜けた後のS1をお前に頼みたい」



S1・・・いつも俺が勤めていた場所を不二に・・・

不二なら出来る筈だ。

そう思って伝えたつもりだったが、不二は迷った目をしていた。



「手塚・・・でも僕は・・・それにS1なら乾でも越前でもいいじゃないか」

「俺はお前に・・・不二に頼んでいる」

「手塚・・・」



不二は逸らしていた目線を俺に戻した。



「どうしても・・・僕なの?」

「どうしても、お前だ」

「何故?」



何故?そう問われて、俺は不二の目を見れなくなった。

S1は不二に・・・そう思っているのは確かだ。

勝ち続ける為には不二の力が必要でその為には勝ちに執着して貰わなければならない。

だが俺が勝ちに拘るのは、全国へ・・・大石との約束の為

そして不二に今日もう一度、『勝敗に執着出来ないか』と問う気になったのは・・・

大石と今後の・・・俺が抜けた後の話をしたからだった。



『手塚が抜けた後は、不二にS1を任せようって思っている』



そう大石が言っていた。


しかし・・・大石は知らない。

不二が勝敗に執着出来ないとゆう事を・・・

S1は最後の砦だ・・・だから今のままの不二では駄目だ・・・そう思った。

だから呼び出した。

それを不二に言ってもいいのだろうか・・・

聡い不二に・・・

しかし何故と聞かれれば、答えは決まっていた。

俺は不二から目線を外し、両手を組んで前屈みに地面を見つめる。

そして呟いた。



「大石が・・・そう望んでいる」



しかし伝えた言葉は、不二の逆鱗に触れ・・・怒りをかったようだった。

その証拠に、それは声に表れていた。



「なら・・・君に言われる筋合いはないよね。大石が直接僕に言えばいい」



ポーカーフェイスの不二が、あからさまに怒りを顔に出している。



「不二・・・」

「わざわざ呼び出して、大石がって・・・何それ?僕はてっきり君がそう望んで・・・」



そう言った不二の手が震えている。

俺はどうすればいいかわからなかった。

何がそんなに不二を傷つけ怒らせたのか・・・わからないまま精一杯フォローしたつもりだった。



「もちろん俺も、そう思っている。S1は不二だと・・・お前が1番適していると・・」

「もう。遅いよ・・・今更そんな付け足したような言葉・・・聞きたくない」



しかし不二の怒りは収まらず・・・そして聡い不二は何かに気付いたようだった。

真っ直ぐ静かに俺の目を見る不二。

前にも何度も感じた・・・その目は何処までも人の心を見透かしてるようだと。

今も、まさにそうだ。

不二はもうわかっている。

俺が本当に不二に伝えたかった事・・・伝えずにいるつもりだった事・・・

不二は落ち着いた口調で話した。



「もう回りくどい説明はいいよ。本当の事を話して。君が僕に頼みたい事。

君がわざわざ僕を呼び出した本当の理由を」



やはりな・・・

不二は気付いている・・・もうわかっている・・・

俺はどう答えるべきか悩んだ。

気付いている不二に欺くような答えを出すのか・・・

それとも自分の想いをそのまま伝えるのか・・・

しかし不二のような男に嘘は通用しない。

不二は答えのわかっている解答を待っている。

俺は本当の話を伝える決意を決めて、顔を上げ不二を見つめた。

不二と目線が絡む。



「青学を・・・大石を頼む。全国へ導いてくれ」



不二の目が揺れた。

怒りというより哀しみに満ちた目で、俺の目をみつめる。

俺は今度は不二から目が離せなくなった。

色素の薄い髪をそっとかき上げて、僅かに震えた声で話す不二を・・・



「君は・・・馬鹿だよ。それも大がつくぐらいの馬鹿だよね」



俺は黙ったまま不二を見つめ続ける。



「大石の為にどうしてそこまで君が動かなきゃいけないんだ?

どうして犠牲になるんだよ?君だってわかっている筈だ。大石は英二のものだよ。

君がどんなに望んでも手に入る事なんてないんだ。それなのに・・・大石・・・大石って・・・」

「不二・・・お前は・・・俺の気持ちを・・・」



不二は俺の大石への想いに気付いているんじゃないか・・・?

そう思う事が何度もあった。

しかしそれは俺の推測で、本当の所はどうかわからない・・・そう思っていたが・・・

不二は気付いていた。

的確に俺の想いを・・・その行動までも見抜いていた。



「そんな事今更だよ!僕が気付いていないとでも思ったわけ?馬鹿にしないでよ。

どれだけ僕が君を見ていたと思うんだ!?」

「不二・・・」

「君は一度大石にちゃんとふられた方がいいよ!いつまでも女々しく想っているから 大切な左腕を犠牲にする羽目になるんだ!君のテニスは君の為のものであって、大石の為の テニスじゃない筈だろ?君は大石との約束に縛られ過ぎてる!!」

「不二・・・」



俺は激しく意見する不二の名前を呼ぶ事しか出来なかった。

不二の言う事は正しい。

何も反論出来ないほどに・・・

しかし・・・さらに続いた言葉は俺の心を貫いて揺さぶった。



「・・そんな君をずっと想い続けている僕は、君以上に大馬鹿だけどね・・・」



呟くように告げた不二の頬に、涙が流れた。

初めて見る不二の涙。

余りにも綺麗で言葉をかけるタイミングを逃す程だった。

不二はベンチから立ち上がり、手の甲で涙を拭くと、精一杯の笑顔を作って見せる。



「ごめん。言い過ぎた・・・今の忘れて。君の気持ちは、わかったから・・・

僕に何処まで出来るかは、わからないけど、君がいない間。

青学を・・・大石を・・・全国へ導くよ」

「・・・・不二」

「だから安心して九州に行って、治療に専念してきなよ」



もう本当に何も言えなかった。

不二の涙を見てタイミングを逃しただけじゃない・・・

俺は不二を傷つけただけではなく、こんな無理な笑顔を作らすまで追い詰めた。

そんな俺が不二に話しかけられる言葉はあるのか・・・?

そう思うと、別れの言葉を告げて公園を出て行く不二を止める事も出来なかった。




それから数日・・・不二は見事に今までの不二だった。

まるで俺との話し合いは無かった事のように振る舞い。

明るく穏やかで・・・だが返ってそれが、俺の中にある決意を芽生えさせた。

不二・・・

思えば大事な場面や、節目に必ずお前がいてくれた気がする。

俺は自分の想いで精一杯でそれに今まで気付けなかったが・・・

今からでも間に合うだろうか?

俺は自分の気持ちにケジメをつけて、お前と向き合いたい。



不二・・・



俺は今日大石に俺の想いを告げに行く。





手塚・・・なんかね暗いと言うか・・・重いというか・・・そんな感じになってしまいましたが・・・


本当はもっと爽やかに(無理か・・・)軽快に(無理か・・・)いつかきっとなるんじゃないかと・・・たぶんね☆

そんな感じで・・・取り敢えず今回は大石の家にGO!

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