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大石の家の前まで来て、10分が経とうとしている。


ここまで来て・・・戸惑ってどうする・・・


そう思うのに、未だにインターホンを押せずにいた。

今日は休み時間や部活の時間を利用して、俺が九州に行ってる間の連絡事項を伝えたり、大石の提案で後輩達を奮い立たせたり・・・

何かと大石と一緒に行動していた。

その時に、今日の大石の予定は確認している。

だからインターホンを押しさえすれば、大石に会う事が出来るのだ。


それなのに俺は・・・


だがこのままずっと戸惑っている訳にはいかない・・・明日は九州だ。

俺は覚悟を決めてインターホンを押した。



「はい」



一度押しただけで、すぐに返ってきた声・・・やはりいた。



「俺だ。手塚だ」

「手塚?どうしたんだ?すぐ開けるから待っててくれ」



少し驚いた声を出した大石は、言葉通りすぐに玄関に現れた。



「手塚。何かあったのか?」

「あぁ少しな」

「そうか。じゃあこんな所で話さずにあがってくれ」

「すまないな」



俺は大石に通されるまま、玄関をくぐった。



「手塚が俺の家に来るのは久しぶりだよな。今お茶でも入れるから、俺の部屋で待っててくれないか。覚えてるよな?」

「あぁ」



大石は2階へ上がる階段へ俺を案内して、キッチンへ向かった。

俺は1人階段を上がる。



大石の部屋を訪れるのは、いつ以来だろう・・・

1年の頃は頻繁ではないが、それでもよく訪れていた。

2年に上がった時も最初のうちは来ていたか・・・

しかし・・・大石が菊丸と付き合い始めた頃から、俺は少しずつ大石の家を訪れなくなった。

気軽によれた場所は、いつの間にか立ち寄り難い場所になっていた。

俺は大石の机の横に鞄を置いて、部屋の中を見回した。

整えられた本棚に、綺麗に掃除されたアクアリウム、いつも片付けられた部屋。

以前と変わらない風景に懐かしさを感じながら、俺は以前来た時には無かった物を見つけた。

部屋の片隅に当たり前のように置かれた箱。

その中にはゲーム、雑誌、食べかけのお菓子なんて物まで入っている。それはこの部屋の住人には似つかわしくない物で、暗に別の人物の存在を主張していた。


菊丸か・・・


そう思った時、今度は机の上に置かれたフォトスタンドに目が止まった。

肩を組み満面の笑みを向ける二人。

ここは大石の部屋の筈なのに、菊丸の存在を感じる。


大石はいつも菊丸と一緒と言う訳か・・・・


わかっていた事とはいえ、改めてそれを知るのはいたたまれない思いもあったが、今日はその想いを断ち切る為に来たんだ。

俺はもう一度自分の気持ちを確認して、今度はアクアリウムに目を移した。

色とりどりの熱帯魚達が、ゆったりと泳いでいる。

俺はこのアクアリウムを見るのが好きだった。

1年の頃。釣りが趣味だと大石に言った事があった。

大石はそれを聞いて『俺も魚が好きなんだ』と俺を大石の家に呼び、このアクアリウムを見せてくれた。

俺の趣味はあくまで釣る方なのだが、一生懸命アクアリウムの説明をする大石を見ていると飼うのも悪くないと思えた程だ。

俺はそれから大石の家に行くたびにアクアリウムを眺めた。水槽の中の水草や石の配置、そして熱帯魚は小さな空間の中で1つの世界を作り出していて

それはまさに大石の世界だった。


几帳面で優しい大石の世界。


アクアリウムを覗く事によって、その世界に少しだけ近づけた気がしていた。


しかし今はその世界も・・・


一際目立つ真っ赤な熱帯魚に目を奪われていると、大石がトレーの上にお茶の入ったコップを乗せて部屋に入って来た。



「お待たせ手塚。んっ?何だ・・・アクアリウム見ていたのか」



俺は振り向いて『あぁ』とだけ相槌をうち、またアクアリウムに視線を戻す。

大石はトレーを机の上に置くと、俺の横に並んだ。



「そういえば、手塚は来るたびにアクアリウム見てたよな」

「そう・・・だな」

「気に入っているなら、手塚もやってみればいいのに。やり方なら教えるぞ」



大石がアクアリウムを覗きながら話しかけてくる。

アクアリウム・・・大石の世界・・・

1年の時は本気でやってみようか・・・と思った事もあったが・・・



「いや・・・遠慮しておく。左腕がこんな状態だしな・・・それにやらなければならない事もたくさんあるのでな」

「そうか・・・そうだよな。すまなかったな手塚。まずはちゃんと左腕を治す事が先決だよな」



大石は小さく笑って、俺を見据える。



「それで今日はどうしたんだ?明日の九州行きの事で何か問題でも起きたのか?」

「問題と言う程のものでもない・・・只九州に行く前に、俺の話をお前に聞いてもらいたいと思って来た」

「手塚の話?」

「あぁそうだ」

「わかった。じゃあ座ろう。それでゆっくり聞くよ」



大石は小さなガラスのテーブルを出し、その上に先程のお茶を並べて俺に座るように促した。

俺は大石の向かい側に胡坐をかいて座る。そしてお茶を一口飲んだ。



「大石・・・」

「なんだ?」



大石は俺の前で同じように胡坐をかいて座り、ジッと俺が話し出すのを待っている。

俺は大石の名を呼んでから、次の言葉をどう発すればいいか悩んだ。


今まで溜めてきた想いをどう伝えるか・・・

大石はまさか俺がずっと大石を想っていたなんて事は気づいてないだろう。

だから想いを伝えた時の大石を考えるとやはり躊躇してしまう。


自分の気持ちにケジメをつける為とはいえ、大石を巻き込んでいいものか?

ひょっとしてこのまま言わずに、自分の中で昇華した方がいいのではないか?

いろんな想いが駆け巡る。


だがその時不二の言葉を思い出した。


『君は一度大石にちゃんとふられた方がいいよ』


そうだ・・・そうだった・・・

1人で思い悩んでいても何も前に進まない・・・

やはり俺には、キチンとした事実が必要なんだ。

俺は一度目を瞑り、そして真っ直ぐ大石を見つめた。



「大石・・・俺はお前にずっと黙ってきた事がある」

「俺に黙ってきた事?」

「あぁ。そうだ。1年の頃からずっと想い続けてきた・・・お前の事を」

「えっ?なんだって・・・?」



大石は俺の言ってる意味がわからない・・・と言うような顔をしている。

だから俺はもう一度声に出して告げた。



「俺は、お前の事が好きだ」

「てっ・・・づか・・・・・」



大石の目が一気に戸惑いの色を映し出している。

言葉を失い・・・それでも何か言葉を探している様な姿。

俺は一呼吸置いて話す。



「大石。お前の答えは聞かなくてもわかっている。わかっていて伝えた。

伝えた事がお前の重荷になってしまう事も考えたが、それでも・・・

明日九州に発ち、この先前に進んで行く為にも、出きればちゃんと返事を貰いたい」



俺は真っ直ぐに大石を見つめる。

大石は俺の気持ちを察したのか、泳いでいた目線を俺に向け、掌を握り締め 重い口を開いた。



「手塚・・・俺は英二が好きだ。英二以外は考えられない」

「わかった」



ハッキリとした力強い答え。

今まで側で見てきて、嫌と言うほど思い知らされてきた大石の想い。

改めて聞くと胸が締め付けられる気もしたが、中途半端な同情をかけられるよりいい。



「・・・手塚」

「すまないな。こんな事を申し出てお前の気持ちを動揺させるような事をした。

しかしこれで心置きなく九州で治療が出来る。ありがとう大石」



そう伝えて俺は立ち上がった。

伝える事は出来た・・答えも貰った・・もうここに居る理由は無くなった・・・

再び言葉を失っている大石を横目に俺は、机の横に置いた鞄を肩にかけた。

そしてドアへ一歩踏み出した時に、大石に右腕を掴まれた。



「ちょっと待ってくれ!」



勢いよく引かれた手に、バランスを崩した俺は大石にぶつかり、大石は机にぶつかった。

ガシャンという音と共に、机の上にあったフォトスタンドが落ちる。

しかし大石はフォトスタンドには目もくれず、俺を見ていた。



「手塚。上手く言えないけど、俺達は仲間だよな」

「当たり前だ」



大石の問いにすぐに答えた。

仲間・・・それは出会った時から変わらない。

今までも・・・これからも・・・



「約束・・・覚えてるか?」

「約束?」

「全国へ・・俺達の代で全国へ行こうって約束」

「覚えている」

「あの約束、必ず守るから、しっかり左腕を治して帰ってきてくれ・・待ってるから・・・

手塚の戦う場所を用意して待ってるから」

「あぁ。わかった。必ず治して戻る・・・それまで青学を頼む」

「わかった」



大石は哀しい眼差しを俺に向けながら握っていた俺の腕を離した。

俺はもう一度鞄を肩にかけなおして、今度は本当に大石の部屋を出た。

大石は何も言わず俺の後をついて来る。

そして玄関まで来た時に、大石が声をかけてきた。



「明日はみんなで見送りに行くから」

「あぁ」

「手塚・・・その明日も言うと思うけど・・・気をつけて九州に行って来いよ」

「あぁ。わかっている。大石、今日はすまなかったな。じゃあまた明日会おう」

「あぁ。また明日・・・」



俺は大石の目を見ながら頷いてみせて、そのまま玄関を出た。

戸が閉まった後、振り向かずに前だけを見つめて歩いて行く。


来る前は・・・大石に自分の想いを告げるまでは・・・

いつも張り詰めた想いが心を重くしていたが、大石に自分の想いを告げた今は心が軽い。

自分でも想像していなかった事に驚いた。


こんなに気持ちが楽になるなんて・・・

不二はわかっていたのだろうか・・・?


急に、不二の顔が浮かんだ。

あの何処までも人の心を見透かしたような目を持つ不二。

不二が俺に助言をくれなければ、俺はまだ大石への想いを引きずり、重くなってしまった想いをどうしていいかわからないでいただろう。


不二・・・

不二の存在が、不二の想いが俺を前へと押し出してくれる。

不二・・・

お前が側にいてくれたら、俺はもっと強くなれる気がする。


大石に振られた直後だと言うのに、不二の顔ばかり浮かんでくる。

笑った顔の不二、機嫌の悪い不二、そして綺麗な泣き顔の不二・・・


不二に逢いたい。


こんな日に会いに行くのは不謹慎かも知れないが、気付いた時には自然と足は不二の家の方角に向いていた。





とうとう手塚告白です・・・ そして次は不二の家へ・・・(残り1ページ)