愛しい君へ





「これ、何だと思う?」


いつもと変わらない休み時間

俺は得意満面に不二の前にあるものを差し出した。

不二の顔の前で揺れる銀色の物体。

不二はそれをじっと見つめて答えた。



「鍵・・・だよね?」



そう・・・鍵。

どこからどうみても、正真正銘、何の変哲も無い鍵

だけど俺にとっては、とても大切な宝物のような鍵



「ピンポーン!正解っ!」



へへへと笑う俺に呆れたように不二が聞いてくる。



「何?気持ち悪いよ・・英二。

 正解って見たまんまじゃないか・・・何かあるならちゃんと説明してよ」

「きっ・・気持ち悪いは、余計だろ?

そりゃあ・・ちょっとニヤニヤしてただろうけどさ」

「だからわかっているなら、早く説明してよね」



不二が机に肘をつきながら、冷ややかな目線を俺に向ける。


ホントに・・不二の奴

ちょっと話をじらしたぐらいで、これだもんな・・・

少しはもったいぶって話してもいいじゃんかっ!ったく・・・不二のケチ!



「英二?」

「わかったよ。ちゃんと説明するから。えっとね・・・

 実はさ・・これ大石の家の鍵なんだ」



鍵をぶらつかせて気を取り直して、少し威張り気味に不二に言うと不二は流石に驚いたのか肘から顔を離した。



「へ〜〜大石の家の鍵なんだ。

 っていうか英二・・・それ無断で作ったんじゃないよね?

 そういうのは犯罪なんだよ」



は・・・犯罪って・・・



「ちっ・・違うもん!ちゃんと大石にお願いして作って貰ったんだもん」



俺は口を尖らせて答えた。


確かに・・・大石にTVドラマで観た話をして『俺もああいうのやりたいなぁ』って

ちょっと強引におねだりしたけど・・



「そう?ならいいけど・・・一人暮らしでもないのに、よく大石も鍵を作って渡したもんだね」



不二は呆れたように、また肘をついた手に顔を乗せた。


何だよ。確かに大石だけに作らせたのなら、俺のわがままみたいだけどさ・・・



「大石だけじゃないもん。俺ん家の鍵も大石に渡したもん」



そうだよ。だからお互い様で、これは別に犯罪でもわがままでもない。

ちゃんとした交換なんだ。


胸を張る俺に不二は更に呆れたような声で言った。



「何それ?何かの儀式?」



そして目を細めて、からかう様に笑っている。



「違うったら!何かあった時のお守りじゃん!愛ゆえのトレードだろ?」

「トレードの意味わかって使ってるの英二?」



うぅぅぅぅ・・・・不二の奴・・・



「それは・・・雰囲気だけど・・・

 とっ・・兎に角っ!鍵を忘れちゃったり、なくしちゃったり・・

 そんな時にお互いが持ってれば、安心じゃんか!」



「ふ〜ん。英二は兎も角・・大石が鍵を忘れたり無くしたりなんて考えられないけどね

それに、そもそもそんな時は家族がいるし」



フフフと笑う不二に流石の俺も我慢の限界だ。


不二は俺をからかってるだけなのかも知れないけど・・・それってさ・・・



「何だよ!不二の意地悪っ!

 そんな風に言わなくてもいいだろ?羨ましいなら羨ましいって言えよ!」



プゥと頬っぺたを膨らませると、不二がおもむろにイスにもたれた。



「へぇ・・・羨ましい?僕が?」



上目遣いに俺を見て、腕はしっかりと胸の前で組まれている。



「本気で言ってるの?そんな事?」

「あっ・・いや・・その・・」



うわぁ〜やっちゃった・・・だけど今更だしな・・・


俺は引っ込みがつかなくなって、精一杯の虚勢を張った。



「そっ・そうだよ」

「ふ〜ん・・英二・・・くれぐれもその鍵を大石の了解なしに使わないでよ」

「つ・・使わないよ。これはただのお守りなんだから」

「勝手に使って家に入ったら、不法侵入だからね?」

「だから・・絶対っ!使わないっ!!!」
















・ ・・・・あんなに不二に言い切ったのに・・

俺の手の中には大石の家の鍵

それを使って今まさに無断で大石の家に入ろうとしていた。






「えっ?明日の約束は無理って・・・」

「ごめ・・ゴホッ・・英二が楽しみにして・・いたのは・・・ゴホッ

わかっているんだけど・・ゴホッゴホッ・・体調が思ったより悪くて・・・」

「そっか・・仕方ないよね。それより大丈夫かよ大石そんなに咳き込んで?」

「うん。ゴホッ・・明日一日安静にゴホッしていれば・・大丈夫」

「あっ!でも明日は家に誰も居ないって・・言ってなかった?」

「あぁ・・ゴホッうん。それは・・・でも大丈夫だからゴホッゴホッ」

「ホントかよ?そんなに調子悪いのに・・・何なら俺看病しに行こうか?」

「それは駄目だよ英二!ゴホッゴホッ・・うつるとゴホッいけないから・・・

絶対にゴホッ・・それは駄目だゴホッゴホッ」

「でも・・・」

「頼むから・・・ゴホッゴホッ・・英・二・・」

「・・・・わかった」

「じゃあゴホッ・・月曜日ゴホッゴホッ・・・」

「うん。お大事に・・大石」






昨日の夜の電話。

大石の体調の悪さは携帯越しでもよくわかった。

咳き込んで、声はかすれて本当に苦しそうで・・



「大石は駄目だって言ったけどさ・・・」



俺はもう一度掌の鍵を見た。

大石・・・

本来なら今日は遊ぶ約束をしていた。

大石の家族が親戚の家に行くとかで、大石だけが家に残る予定だったんだ。

そこへ俺が遊びに行って・・・・

だけど今は具合の悪い大石一人



「大丈夫かな・・?」



そもそも大石が風邪をひいたのだって、俺の責任で・・・



『英二っ!いいからコレを着て!』

『いいよ。大丈夫だから』



大石が早く冬服に衣替えをしろっていうのを、あんまりしつこく言うから

俺、意地になって夏服で通してて・・・そんであの日雨が降って・・・



『駄目だ。そんな薄いシャツ・・兎に角俺の学ランを着て・・

絶対家に着くまで脱ぐんじゃないぞ』



大石の気迫に押されて、大石の学ランを借りて帰ったんだけど・・・

結局それがもとで大石は風邪をひいた。

それなのに・・・何もしないなんて・・・やっぱ無理だよ大石

俺・・大石の事・・放っておけない。

ここまで来て、大石の顔見ないで帰るなんてできない。

だって今頃お前・・・苦しんでるかもしんないじゃん。

そうだよ。迷ってる暇なんて無い。

俺がなんとかしなきゃ・・・

だから・・・



「帰れって言っても、絶対帰んないかんな!」



大石の家の玄関先で俺は拳を握って力強く誓った。
















カチッ!

玄関の鍵を捻ると、ロックが外れた音が大きく響く。

普段なら全く気にならない音なのに、静まり返っている今は家中に響き渡ってるんじゃないかと思うぐらいだ。



「よし。開いた・・」



俺はドアノブを押してゆっくりとドアを開けた。

大石の家族はいない筈だけど・・・それは昨日までの話。

もしかしたら大石の具合が悪い事を理由に、大石の家族がいるかも知れない・・・

そう思うとこの玄関のドアを開けて入る1歩が凄く緊張する。

もしここで大石の家族に出会ってしまったら、言い訳のしようがない。

ホントならその事を確認してから、行動を起こすべきなんだろうけど大石の性格を考えると確認できなかった。

一か八かの賭け。


どうか・・誰もいませんように・・・


静かに玄関に入り込むと、おばさんと妹ちゃんの靴がないかを調べた。

もしいるのなら・・・玄関に綺麗に並べてある筈

だけどそこには大石の靴しか置いてなかった。


良かった・・・いるのは大石一人だ・・


俺はその事に胸を撫で下ろして、改めて玄関の鍵を閉めた。



「・・・お邪魔します」



小さな声で告げて、2階へ続く階段を眺める。


大石・・今から行くかんな・・・


靴を脱いで家に上がると、階段へと足を運んだ。

そんな時、不意に不二の言葉を思い出した。



『勝手に入ったら、不法侵入だからね?』



ふ・・不法侵入・・・・今まさに・・・不法侵入だよな・・・


そう思うと、階段を上る足が止まる。


いやいや・・・迷ってる暇なんて無い。

早く大石の部屋へ急ごう。


首を振って思い出した不二の顔を掻き消して、俺は一歩また一歩と階段を踏みしめた。


















「・・・大石?」



殆ど聞こえないくらいの小さな声で大石を呼びながら、部屋の戸を開けた。

静まり返った部屋。ひんやりとした空気に包まれている。


いる・・よな?


あまりにも人の気配が無さ過ぎて、一瞬ドキリとしたが大石のベッドには俺が心配してやまない人物が静かに眠っていた。


「大石」



ホッと胸を撫で下ろした俺は、ベッドへ近づきながらある事に気付いた。


大石の部屋・・・寒いな・・


大石は普段健康管理に凄く煩い。

だから俺が大石の家に遊びに来た時は、室内温度1つにしても気を配ってくれているのに・・

一人の時はエアコン使ってないのかな?

俺は大石のベッドの横まで来て、大石の顔を覗き込んだ。


大石・・寒くないのか?



「えっ・・・」



大石の顔・・赤い・・・額に汗かいて・・・

俺は驚いて大石の額に手を乗せて、片方の手で自分の額を触った。



「めちゃくちゃ熱いじゃんか・・・」



よく見ると静かに寝息を立てていると思った大石は、酷く苦しそうに息をしている。

俺は大石の額から手を離すと、急いでリビングへ向かった。






アイスノンにタオルに・・・加湿器ってあったかな?

無ければタオルを濡らして代用すればいいか・・・


俺は誰もいない大石の家で、手際よく大石の部屋に持って上がる物を用意した。


あと何か飲み物・・・あっ!アクエリあるじゃん。

これ持って・・・コップと・・・よし。


俺は急いで大石の部屋へと戻った。

エアコンをつけて、濡れタオルを干すと大石に声をかけた。



「大石・・起きて」



体を少し揺らして、もう一度大石を呼ぶ。



「大石」



大石はゆっくりと目を明けた。



「え・・いじ?」



そして朦朧とした目で、俺を見る。



「大石・・起きれる?」

「えっ・・英二!?ゴホッゴホッ・・・」



大石は俺を夢か何かだと思っていたのか、ホントにいると気付くと凄い勢いで体を起こした。



「バカ!そんな勢いよく起きるなよ!もっとゆっくり起きなきゃ危ないだろ?」

「どうして・・ゴホッ・・なんで英二がここにいるんだ?」

「そんなの大石が心配だからに決まってんじゃん!

 それより服脱いで?」

「えっ?」

「服だよ!服っ!変な事しないから、早く脱いでコレ着て」

「へ・・変な事って・・・」



大石は熱で朦朧としてるのか・・弱々しくツッコむとゆっくりとTシャツを脱いだ。



「これでいいか・・・?」



わぁ・・・大石の裸・・・

って、照れてる場合じゃなかった!



「はい。じゃあコレ」



俺は大石の首にTシャツをかけてやった。



「ありがとう」



大石がTシャツに袖を通している間に、俺は枕の上にタオルで巻いたアイスノンを置いた。


うん。これでよし・・後は・・・



「はい。あとアクエリ。飲んだら熱計って」

「あぁ。わかった」



コップを渡すと、アクエリを飲み終わるのを待って体温計を渡す。



「38.5度か・・・薬は飲んでるんだよな?」

「えっ・・?あぁ・・昨日の夜から・・朝も飲んでる」

「そう。じゃあ横になって寝て、お昼になったら起こしてやるからさ」

「えっでも・・」

「ほらほら・・早く」



戸惑う大石の肩を押して、無理矢理寝かしつけた。

俺はそんな大石の顔が見えるように、ベッドサイドにもたれる様に座る。

また部屋に静けさが戻った。



「英二・・」

「ん?」

「どうやって・・・家に入ったんだ?」

「えっ?あ・・それは・・・」



すっかり忘れていた・・・不法侵入・・・

大石怒る・・・よな・・

どれだけ心配だったって言っても、大石だけの家じゃないし・・

それに大石には来ちゃ駄目って言われてたし・・

でも・・怒られてもいいって覚悟を決めて家に入ったんだ。

正直に言わなきゃな・・



「ごめん・・・あの鍵・・使った」

「・・・そうか」



大石の方へ顔を向けると、大石は目を瞑っていた。

俺はベッドサイドに手を置いて、大石の顔を覗き込んだ。



「ホントにごめん・・でも俺・・」

「いいよ」

「大石・・?」



大石が俺の方へ顔を向ける。



「英二にも・・家族にも・・大丈夫だって言ったけど・・ホントはキツかったんだ。

だから英二が来てくれてホントに助かったよ」

「そんな・・言ってくれれば、いつだって飛んで来るのに・・」

「そう・・なんだけどな・・」



大石が力なく苦笑する。


まだまだ熱も高いし・・本調子じゃないんだ・・



「大石・・もう寝なよ。お昼になったら俺がタマゴ粥作ってやるからさ」

「あぁ・・そうだな・・」



大石が熱っぽい目で俺を見る。


これも熱が高いせいなんだろうけど・・・

あぁ・・もう・・何だよ・・何でドキドキしてんだよ。

大石は病人なのに・・・



「なっ・・何なら寝付くまで、俺が手を握っててやろうか?」



ドキドキしだしたのを悟られたくなくて、大石の左手に手を添えると

大石は素直に俺の手を握った。


えっ・?

あっ・・いや・・その・・・大石?


大石はそのまま、まだ俺を見つめている。


うわぁ・・・こんな大石初めてかも・・・

めちゃくちゃ素直っ!めちゃくちゃ可愛いっっ!!!!



「英・・二・・?」

「ん?あぁ・・ごめん・・何?大石」



少し興奮していた自分を落ち着けて大石に顔を近づけると、後頭部をそっと手で包み込まれた。

そしてそのまま俺にキスをすると、ゆっくり俺の後頭部から手を離した。


えっ・・・何・・キス・・

いつもなら・・絶対こんな事しないのに・・・

うつるから駄目だっていうのに・・・



「風邪・・うつしてたらゴメン・・・」



これも・・熱のせい?

ホントに、こんな大石初めてだ。



「そんなっ!いいよ!もっとうつしてもらっても、俺全然大丈夫だから!」



俺は動揺を隠せないまま、大石の手をギュッと握った。

大石はそんな俺を見て目を細めて微笑む。



「英二・・おやすみ・・」

「おっおやすみ・・大石」



おやすみ・・・


目を瞑った大石を見つめながら、俺は頭をベッドの上へ乗せた。



鍵があってもなくても・・・そんなの関係ない・・・

俺はいつだって大石の側にいるよ。





                                                                   END





祝☆3周年vvvv


3年前に始めてから・・せめて3年は続けようと心に誓っていたのですが・・

無事3年目が迎えられて良かったですvv

これも本当に覗きに来て下さるみなさんのお陰ですよ!

ありがとうございますvvv

次は4年・・5年と続けられるように頑張ります!

これからもこんなサイトですが・・・変わらず覗きに来て頂けたら嬉しいですvvv

2009.11.17