赤い水中花

                                                 (side 大石)


その花は水の底でユラユラと揺れていて、とても綺麗なのに見ていると不安な気持ちにさせられた。

だからなのか・・・俺は、何故か一生懸命にその花に手を伸ばしていた。

赤い・・・赤い綺麗な水中花

「アチ〜〜!!アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!もう〜なんでこんなに暑いんだよ!」


炎天下の練習中に大きな声で叫んで、ネットの前でうな垂れている英二

確かに連日の異常な猛暑は、俺達の体力を奪い、気力を奪い、集中力まで奪っていた。

だけどあまり暑いを連発されると・・・

「英二。あまり暑いを連発するなよ。こっちまで暑くなるだろ?」



そうじゃなくても暑いのに、聞くと余計に暑さが増す気がする。

俺はベースラインの位置から、英二の横に移動して肩に手を置いた。

ベッタリ・・・

英二のユニフォームは汗でびっしょり濡れていて、肩に置いた手も汗で濡れてしまった。

ついでに俺が手を置いたせいで、ユニフォームは肩にしっかり張り付いてしまい、不快感を丸出しにした英二の目が俺を睨む。

「暑いだろ。手を置くなよ!」

「あっ・・ごめん」

急いで手を離したが、ユニフォームはしっかりと肩に張り付いたままで・・・

「う〜〜気持ち悪い・・・」

「だから、ごめんって」

気休めだけど、手をうちわみたいにして英二の顔を扇いだ。



「ホントこんなに暑いのにさ、大石って結構涼しい顔してるよな?」



目を瞑りながら、扇がれてる英二はそういうけど・・・

実際は俺もかなり汗を掻いている。



「そんな事ないだろ?俺だって暑いし、汗だって掻いてるよ」

「そう・・・?」



目は瞑ったままで、気の無い返事を返す英二。

流石に少し心配になってきた。

いつもなら仕返しとまではいかなくても、騒ぐ英二がおとなしい。

これは相当バテてるな・・・



「英二・・・大丈夫か?ちょっと休もうか?」

「う・・・ん。そうする・・・」



俯き加減で歩く英二の腰に手を添えてコートを出る時、以前言っていた乾の言葉がふっと過ぎった。



『菊丸の当面の課題は、テンションの維持と持久力だな』



そんな事は、乾に言われなくてもわかっている。

英二だって持久力については、自分なりに色々考えてるみたいだし・・・

それに英二のペース配分を考えて、十分にアクロバティックを発揮出来るようにしてやるのは俺の役目だ・・・・

木陰に英二を座らせてスポーツドリンクを手渡し、タオルを濡らして来る事を伝えて英二の傍を離れた。

少し歩いて英二を振り返る。英二は、寝転がっていた。


やっぱりコレは、俺の責任だな・・・


俺はタオルを握り締めて、水飲み場へ早足で歩き始めた。











グラウンドの片隅にある水飲み場に着いて、タオルを濡らそうと屈んだ時に声をかけられた。



「大石」



顔を上げるとそこには不二が立っていた。



「不二か・・・」

「英二、だいぶバテてるみたいだね」

「あぁ・・そうだな。不二は大丈夫か?」



この暑さだ。天才と言われる不二も堪えてる筈だろう・・・と思ったが、相変わらずの涼しい顔。

思わず心の中で、涼しい顔って言うのは、不二みたいな顔を言うんだぞ英二。なんて思ってしまった。



「程々にね・・・バテてる」



首を傾げて微笑む姿は、バテてるように到底見えないんだが・・・



「珍しいな。不二がそんな事を言うなんて」

「大石・・・聞いといて、それはないんじゃない?」

「ハハ・・・すまないな」



つい本音が・・・

笑って誤魔化しながら、タオルを濡らして絞る。



「しかし・・・この暑さだと、昼からの練習はもっと厳しいだろうね」



確かに・・・最近の暑さは異常だよな・・・

英二のタオルを濡らす為にココまで来たが、来る途中に見回したコートの中は、見ただけでも疲労困憊って感じで

英二だけじゃなくかなりの人数がこの暑さに参っているようだった・・・



「一度竜崎先生に相談してみるか・・・」



ふと思った事が口をついて出たんだが・・・その言葉に不二は微笑んでいた。



「それがいいんじゃない」






不二と別れた後、急いで英二の下に戻った俺は不思議な光景を目にしてしまった。

英二が寝転がりながら両腕を空に伸ばして、ユラユラ揺らしている。

その姿に何か思い出しそうになった。

アレは・・・・?

思い出しそうで、思い出せない・・・一体何だったんだろう・・・?

本当はもう少し見ていたら思い出すような気もしたんだが、空に向けて手を揺らす英二が心配になって傍に行って覗き込んだ。



「何やってるんだ?」

「わっ!!」



不意をつかれた英二が凄く驚いてる。

そんなに驚かなくても・・・・



「何でもないよ!」

「ホントか・・・?」



空に向けて手を揺らす姿が何でもないって事はないだろ?って思ったが、英二があまりその事に触れて欲しくないみたいだったから・・・

追求するのは止めた。



「じゃあ英二。暫くこのままジッとしてろよ」



タオルを顔の上にのせてやって竜崎先生を探しに行こうと立ち上がろうとした時に、英二に腕を掴まれた。



「何処行くの?」

「竜崎先生に昼からの練習の事で、相談に行ってくる」



顔にのせてやったタオルを取って、寂しげな顔を向ける英二。



「すぐ行かなきゃ駄目?」

「そうだな。みんな相当バテてるみたいだからな・・・午後練を今日は休みにして貰えないかって相談だし・・・」



英二は、話してる最中も腕を離そうとしない。

どうしたんだろうか・・・?

何かあったんだろうか・・・?



「じゃあ・・・あと1分でいい。傍にいて」

「あぁ。わかった」



英二の目があまりにも不安な色をして見つめるから、1分って約束は・・・5分位まで伸びた。







水中花って知ってます?タイトルに使っておいてアレですが・・・最近見かけないですよね☆


ではでは、視点交互(大石→英二)で話が進みます。(残り3ページ)