乙女会議





その日の海堂は深い溜息とともに、部室のドアの前へと現れた。


フシュ〜〜・・・・


いつもと変わらない練習

いつもと変わらない練習後の自主練

本来ならこの後は、木陰で待っている乾のもとへとクールダウンをしながら向かうのだが

今日は足取りも重く、部室へと戻って来たのだ。


それというのも遡ること、半日前・・・

朝練に来た時に、ロッカーに入れられていた1枚の紙が原因だった。



「何だコレ・・・?」



小さく呟いて手に取り、顔を近づける。




乙女会議開催のお知らせ

内容:乙女による乙女の為の会議

時間:本日練習後1時間後開始

場所:部室


尚、欠席は認められません。

なので必ず出席するように。


議長:菊丸英二

書記:不二周助



その後に、手書きで、乾に相談しても無駄だぞ。と書かれていた。



「ハァ?」



どういう意味だ?

っていうか・・・コレが入ってるって事は、俺は乙女という事なのか?

だいたい・・・乙女による乙女の会議って何なんだよ?


海堂は周りを見回した。

ツッコミたい事は、山ほどある。

だが朝がまだ早い為、自分以外は後ろで部誌に何かを書き込んでいる大石しかいない。

海堂は、もう一度紙に目を落とした。


乾に相談しても無駄だぞ。


・・・っていう事は、あの人にも何か既に手が回っているのか・・・


海堂は後ろを振り向いた。

大石の側には、自分が手にしている紙はなさそうだったが、やはり菊丸が議長という事はこの人にも確実に何か手が回っているのだろうと、大きく溜息をついた。


ハァ・・・俺以外に貰っている奴はいるんだろうか?


海堂は、他の部員のロッカーを開けて確認したい気分だった。

だが出来なかった。

彼は人並み以上の常識と理性を持ち合わせた人だった。

それに『書記:不二周助』この名前を見た時に、既に諦めに近いものも感じていた。

同じ3年の先輩でも、菊丸だけなら海堂もまたイタズラか何かだと流しただろう。

だが、不二周助の名前が入っているからには、これはイタズラでも何でもないのだ。

というよりも、イタズラだろうが本気だろうが、この名前が入った時点で決定事項なのだ。

不二周助という名前は、それだけ青学部員の中では絶対だった。


仕方ねぇ・・いつまでもこうしてる訳にもいかねぇ・・入るか・・・


海堂は意を決して、ドアを開けた。



「お疲れっス・・・」

俯き加減で中に声をかけると、元気な声が返ってきた。



「お疲れー海堂!早く着替えてこっち座れよ」



声の方へ顔を向けると、そこには声の主、菊丸英二とその横で、にこやかに手を振る不二周助がいた。

机の上には、お菓子とジュースそしてコップが4つ置かれている。


4つ・・・?


海堂はそれを見て声をかけた。



「あと1人誰か来るんっスか?」

「うん。おチビがね、来るはずなんだけど・・・遅いな?

 ひょっとして逃げたとか?」



何・・・越前も?

そうか・・アイツも誘われていたんだな、練習中はそんな素振り全く見せていなかったが・・

って、逃げた?

クソッ!まさかそんな選択もあったとは・・・・

俺も勇気を出して、逃げればよかったか・・・


海堂がバンダナを取りながら、素直に来てしまった自分の行動に後悔し始めると、それを見透かしたように不二が微笑んだ。



「大丈夫。手は打ってあるから。必ず来るよ。

っていうか・・・僕から逃げようなんて、10年早いよ」



極上の笑みとは、こういう微笑をいうのか?というぐらいの微笑を顔に浮かべながら

不二はコップにジュースを入れ始めた。

それをチラッと見てしまった海堂は凍りついた。


こっ・・怖ぇぇぇぇぇぇ・・・・・

ちゃんと来てよかった・・・


海堂は、先程の後悔をすぐに撤回したのであった。
















そして自転車置き場

ここで先程から揉めているカップルがいた。

桃城と越前だ。



「行きたくない」

「でもよ。行かなきゃ後が不味いって!英二先輩だけじゃないんだぜ?

 不二先輩も関わってんのに・・ここで無視したら・・」

「じゃあ、桃先輩が行って来てよ」

「あの紙はお前のとこに入っていただろ?俺じゃあ駄目なんだって!」

「逃げるんスか?」

「そういう訳じゃなくてよ・・・ここでちゃんと待っててやるからな?」



この2人が揉めている原因

それもやはり半日前・・・朝練の時に目にしたあの紙が原因だった。







「アレ・・・何か入ってる・・・」

「ん?どうした?」



朝練が始まるギリギリに到着した2人は、越前のロッカーで見つけた紙を広げた。




乙女会議開催のお知らせ


内容:乙女による乙女の為の会議

時間:本日練習後1時間後

場所:部室


尚、欠席は認められません。

なので必ず出席するように。


議長:菊丸英二

書記:不二周助



その後に、桃、もしおチビが欠席したら、お前も同罪だからな。

と、明らかに最後は桃城宛に書かれたメッセージが手書きで加えられていた。



「何スかコレ?」

「何って・・・乙女会議のお知らせだろ?」

「乙女会議って、何なんスか?」

「そりゃあ・・・清らかっていうか純真っていうか、可愛い子の集まりじゃねーの?

 ほら、英二先輩に不二先輩にお前・・だろ?」

「それって桃先輩・・言ってて恥ずかしくないっスか?」

「恥ずかしいってお前・・・んじゃ聞くなよ!」

「っていうか・・俺行きませんよ。だいたい乙女じゃないし」

「おい。それは不味いって。乙女はまぁ無視しても、一応会議だし・・

それにココに書いてあるだろ。お前が行かなきゃ、俺まで同罪なんだぜ」

「何?怖いの?」

「えっ?いや・・そういう訳じゃねぇけどよ・・・・」



そんなやり取りを、ずっと彼らは朝から繰り返していたのだ。



「わかった!そんなに行きたくねぇなら、俺も腹くくるしかねぇな。

 2人で罰を受けるんだ。まっ怖いもんなんてねぇよな!

だからお前も後悔すんじゃねーぞ」

「・・・桃先輩」



長い間言い合っていた乙女会議について、ようやく答えが出た二人が自転車にまたがろうとした時、珍しく校内に放送が入った。



「あーあーテスト・・テスト・・」



何処かで聞いた事がある声・・・その声に2人の動きが止まった。



「テニス部からのお知らせです。テニス部レギュラー1年越前リョーマ

 至急部室まで来るように。大切な会議だ。必ず参加しろ。わかったな。

もし、欠席したらグランド100周!

以上、テニス部 部長 手塚国光

ん・・?これも読むのか?

PS.手塚ありがとう。終わったらすぐ行くから、図書室で待っててね。不二」

「てっ手塚っ!そこは読まなくても・・・って、あっ!まだ声が入ってるから、早く切って!」

「ん?あぁ。そうか、わかった」



急にブチッと切られた放送に、桃城と越前は顔を見合わせた。



「・・・おもいっきり部長と副部長も巻き込まれてるじゃねぇか・・・」

「・・・ったく不二先輩・・・行けばいいんでしょ・・行けば・・・」



越前は、舌打ちして走りだした。
















「おっ来た!来た!遅いぞおチビ!」



越前は部室のドアを開けると、そのまま少し息を整えた。



「何スか・・あの放送?」



放送を聴いて駆けつけた越前は、放送で名だしをされた事に憤りを感じていた。

わざわざ放送で呼び出すなんて・・・酷いっスよ。

と、上目遣いにイスに座る3人の先輩を睨む。

だが睨まれた3人の先輩達は、三人三様の態度だ。

菊丸は、越前の登場にただ喜び、早く着替えるように促し

海堂は、気の毒に・・と声には出さずに目で哀れみを送っていた。

ただ不二だけは「素直に来ないのが悪い」と、笑顔の奥に黒いオーラを纏っていた。



「よし!じゃあ4人揃ったし始めるか」



越前が不二の笑顔に、すんなりと着替えを済ませて、海堂の横に座ると菊丸が声をかけた。

目の前にはジュースとお菓子

ちゃんと紙皿と、紙コップに入っている。

その用意周到さに、事前にこの企画が練られていたのか?と想像はできるが、今となってはそんな事はどうでもいい。

ただ早く済ませて帰りたい。心の中でそう思う後輩達なのであった。



「えっと、今日この4人で会議をする事になったのは、普段からこんな会があればいいのになっていうのが、発端なんだけど・・・」



不二の方をチラッと見ると、『ねっ』と菊丸は何かを確認するように頷いて話を続ける。



「よく休み時間とかに、女子達が『彼氏がさ〜』とか、彼氏談義に花を咲かせるじゃん。

だけどさ、俺達はやっぱそういうの教室とか公に出来ないだろ?

 でもたまにこう誰かに話たい!って思う時もあるじゃん。でも出来ない・・・

 そこでさ、そんならそんな場を作ればいいじゃんってね」



菊丸のテンションの高さに、海堂はテンション低く答える。



「ハァ・・・・」



俺は別に何も話したい事はねぇけどな・・・


元々あまりしゃべらない海堂は、特に乾との関係を誰かに話たいと思った事はない。

というよりも、そんな事は人に言うべき事じゃないと思っていた。

が、一見クールで海堂と同じタイプに見えた越前はまんざらでもないのか、コップを片手に持つと菊丸へと目線を向けた。



「で、どんな話をするんスか?」

「おっ!おチビ乗ってきたね〜」



『え?』とそんな後輩の態度に海堂が少し驚きながら視線を送ると、菊丸がニコニコ微笑む。

そんな姿を黙って見ていた、不二がコップを片手に首を傾げた。



「じゃあ・・まずは乾杯でもしてから始めようか?」


そして、乙女会議が始まった。
















「んじゃあここからは、議題を出すからそれを基に話そうか?」

「英二先輩。そんな風にしてると、議長ぽいですよね」

「何言ってんのおチビ。だから俺が、議長なんだって」

「そんなの知ってますけど、書いてあったから・・・

でもあんまそんなキャラじゃないから、ぽいって言ったんですよ。

 で、不二先輩が書記なんでしょ?でも何も書くもの用意してないですよね?」

「あぁ。書く必要は無いからね。必要な事は全部ココに入るから」



不二は自分の頭を指した。



「へぇ〜〜」



あっそう・・・

越前は返す言葉が無かった。






「じゃあ本題に戻すけど、今日の議題は、彼氏への不満。

 よく女子がさ『聞いてよ〜私の彼ったら・・』ってやってるじゃん。

アレをやりたいと思います。

 みんな色々あるだろ?じゃんじゃんしゃべってよ」

「はい!」

「はい。おチビ」

「順番決めましょうよ。さっきから海堂先輩黙ったままだしさ」

「あぁ」



菊丸は越前に言われて海堂を見た。

海堂はコップを握った手元をじっと見つめている。



「海堂?」

「・・・」



海堂は菊丸の呼びかけに答えず、まだ手元を見ている。



「海堂っ!」

「あ?あぁ・・・はい!」



業を煮やした菊丸が大きな声で呼びかけると、海堂は顔を上げた。



「しっかりしろよ!始まったばっかなんだかんな」

「は・・はぁ・・・」

「まぁまぁ英二。海堂だって、ただぼーっとしてた訳じゃないんだよ。

 ちゃんと考えていたんだよね?」

「は?」




海堂は不二のフォローに固まった。


いやいやいや・・・別に考えてた訳じゃねぇよ。

ただこのノリについていけなかっただけで・・・



「そうだよね。海堂」

いやだから・・・その・・・フシュ〜・・・・


そう海堂は反論したかった・・・

だけどそんな事は出来なかった、不二の目が明いていたからだ。




「・・・はい」



海堂は仕方なく返事をするしかなかった。



「じゃあどうする?誰から行く?」



海堂が返事をした事によって、再び乙女会議に話が戻った。

菊丸がみんなの顔を覗き込むように聞く。



「ここは英二からで、いいんじゃない?議長だし」

「えっ?俺?」



菊丸が自分に指をさして、不二に聞く。

不二は『うん』と小さく頷いた。



「あぁ。いいっスね。無難で」



越前もジュースを一口飲むと、前のめりに菊丸の顔を覗き込んだ。



「無難ってなんだよ。おチビっ!」



プーと頬っぺたを膨らませながらも、菊丸はもう話す態勢に入っていた。




議題:彼氏への不満

ケース1.大石




「えっとね・・・」



菊丸はポテチを食べながら、大石への不満はこれしかないとばかりに話だした。



「大石への不満は、やっぱアレだよ。八方美人!

 誰かれ無しに親切にしちゃってさ。

こないだも廊下で見かけたら、女子が運ぶ予定だったプリントを重くて大変だろうとか

言っちゃってさ、代わりに運んでやって、数日後にその女子に告られてやんの!

 ホント学習しないっていうかさぁ。バカって言うかさぁ」



バリバリと音を立てながらポテチを頬張り、愚痴る菊丸に不二が頬杖をついて同意する。



「あぁ。ホント学習しないよね。大石は」



その姿に『うんうん』と頷いていた越前が口を開いた。



「そういえば副部長。こないだ飼育小屋のにわとりが逃げたとかで、

1年の女子が騒いでるとこに通りかかって、助けてたっスよ。

その後女子達が、大石先輩素敵とか言ってたから、アレも後で告られてるんスかね?」

「えっ?大石そんな事もしてたの?」

「俺、この目で見てましたから」



間違い無いっスと、自信を持って答える越前に菊丸が喰いつく。



「んじゃおチビが、その1年の女子を助けてやれよ」

「嫌っスよ。めんどくさい」

「そんな事言うなよ。同じ1年だろ!」

「関係ないっス」



平然と言い放つ越前に、菊丸はう〜と唸るしかなかった。



「まぁまぁ英二。そういうのは人それぞれだし・・・それにもし越前が手伝っていたとしても、

そこに大石が通りかかったらきっと手伝ってるよ」



結局、結果は同じだよ。という不二に、菊丸もう〜んそっか・・・だな・・と納得した。



「しかし大石のアレは、一日一膳じゃ済まないよな」



菊丸は、大石のロッカーのネームプレートを見ながら、溜息を漏らした。



「一日三膳ぐらいは、やってますよね?」



それを見て、越前がポテチに手を伸ばしながら答える。



「いや・・・僕が知る限りは、5膳はいってるね」



不二が自分専用のハバネロを開けながら更に答えた。



「ハァ・・ったくアイツは、ホント何処の慈善事業家だよ」



菊丸が吐き捨てるように言うと、越前が



「英二先輩、上手い事言いますね」と笑った。



和やかに弾む会話

大石の愚痴をみんなで話しているだけで、何も解決はしていないが

そもそもこの会の目的が女子のように『他愛の無い話で盛り上がる』がメインなので

誰もそこは気にしていない。

それどころか予想を上回って、楽しい雰囲気だ。


ただ全く話に入らなかった1人を除いては・・・


クソッ・・・人の話なんて聞いてられねぇ・・・

俺は何番目に話すんだ?

何を話せばいいんだ?

乾先輩の愚痴って・・・あげればキリもない気もするが

俺はあの人を尊敬しているし・・・



3人の盛り上がりをよそに、1人悶々とする海堂なのであった。









他愛の無い会話を・・視点なしで書いてみようと思ったのですが・・・


何だかどっちつかずな感じになっちゃいまして・・

しかも前ふりも長くなりすぎて・・・

かなりの見切り発車になっちゃいましたが、楽しんで貰えると嬉しいですvv

そして・・今回は英二でしたが、次は残る3人の誰かを・・と思ってます☆

2009.7.9



と、いうのを・・web拍手に入れていたのですが今のweb拍手には続きが入っているので、

いきなりアレだとわからないかな?と思い1をここに入れる事にしました。

初めての方も、もう一度の方も楽しんで頂けたら・・と思いますvv

2009.10.10