君の瞳に恋してる




遠征の帰り道


ふと見た店先で、俺はあの子と目が合った。


可愛い甘えた瞳

忘れられない瞳


それ以来俺は、時間をみつけてはその店に通っていた。

あの子に会うために






「ねぇ大石?俺に何か隠し事してない?」



ここ数日何かを嗅ぎつけたように・・・英二が同じ事を聞いてくる。

俺はその度に



「何も隠し事なんてしてないよ」



と、答えていた。


実際は・・・隠しているんだけど・・・

あの日見た・・あの子

あの子の事が気になって・・・あの店に通っている。

その事を英二に内緒にしていた。



「ほらっ!今も何か考えてたじゃん!」

「えっ?いっ今のは・・・この後の練習メニューをだな・・」

「怪しいっ!!」

「だから・・・」

「もういいっ!!」

「英二っ!」



まだ練習の途中だというのに『フン!』と英二は顔をそむけると、怒ってコートから出ていってしまった。

そして出た先にいた、桃を捕まえて何処かへ引っ張って行っている。

俺はそんな2人の姿を目で追って、小さく溜息をついた。


やれやれ・・・また怒らせてしまったな。

こんな些細なこと、正直に言ってしまえば言い合いはなくなるだろうに

そう自覚はあるのに・・・どうしても正直に言えない。

英二に言ってしまって、英二がどんな反応するのか?

そう思うと、どうしても言えないでいた。



「もう言っちゃえば?」

「えっ!?」



心の声を見透かしたように、背後から話しかけられた。



「・・・不二」



驚いて振り向くと、そこには不二が立っていた。



「どうせたいした事じゃないんでしょ?」

「なっ・・何の事だ?」



まるで俺が悩んでいる事を知っているかのように話をする不二。

俺は戸惑いながらも誤魔化した。



「俺は何も・・・」



だけど不二は、更ににこやかに微笑んだ。



「まさかそのいい訳・・・僕に通用すると思ってるの?」

「えっ?いや・・その・・」



俺は否定も肯定も出来ずに、苦笑いだけを返す。


不二ってホントに何処までわかってて話をしているんだろうか?

その何もかもお見通しと言わんばかりの目が怖いよな・・


不二は俺を見上げて溜息をついた。



「あのね大石・・・大石が思っている以上に英二気にしてるよ?

 2人の間で隠し事は、無しだったんじゃないの?」



不二が俺を見据える。


確かに・・そうなんだけど・・・

だけどこんな話を英二にして・・・英二は大丈夫だろうか?

ちゃんと受け止めてくれるだろうか?

俺を軽蔑しないだろうか?



「・・大石?」

「あぁ・・スマン」



考え込んでいると、不二に呼び戻された。




「兎に角・・早くちゃんと話してよね。青学のD1がこんな事じゃ困るよ」

「・・・あぁ。わかった」



そうだな・・・もうすぐ関東大会が始まる。


その前にもう一度あの店に行って・・・


俺は2つ向こうのコートで打ち合う英二を見つめた。


いつまでもこんな喧嘩をしている場合じゃないよな・・・














「よし。これで終わり」



部活が終わった後、俺は一人部誌を書く為に残った。

一通り書き終えて、戸締りをする。

いつもと変わらない光景。

ただ・・1つを覗いては・・・

俺は部室を見回した。

そこにはいつもいる人物がいない。

俺の大切な可愛い恋人


英二の機嫌の悪さは部活が終わっても直らなかった。

部室に戻った英二は、早々と着替えると不二と一緒に帰ってしまったんだ。

俺はそんな英二を追いかける事無く。

いつも通り部室に残った。

・・・・英二


帰り際の英二の目を思い出すと、今すぐに追いかけたい衝動に駆られる。

怒っている様な寂しそうな・・・俺の反応を窺うような・・・


俺は両手で両頬を叩いた。



「しっかりしろ!秀一郎っ!」



まずは悩みの根源を何とかしなければ駄目だろ?

その為には今はあの店に急がなくては・・・そうじゃなきゃ何も解決しないじゃないか。


俺はラケットバッグを肩にかけると、意を決意して部室を後にした。
















今日もあの子はいるだろうか?

学校からあの店まで歩いて20分。

会えるまでドキドキして・・・会えるとホッとする。

ここ数日通うたびに思う事だ。


だけど・・今日はいつも以上に緊張している。

意を決したからだ。

いつもは店先から覗くように見て、確認だけして家に帰っていたが今日は違う。

店に入って、あの子に会って・・・


俺は逸る想いを歩調にのせた。






「見えてきた」



視界にあの店を捉えると、逸る想いが一層強くなる。


もうすぐだ・・


そう思うと更に歩調が速くなる。

そんな時、店から青学の制服を着た女子が出てきた。

長いポニーテールを揺らして、何かを持つ彼女。

俺はその姿に足を止めた。



「あっ・・あの子は・・!?」



まさか・・・


戸惑う暇も無く、彼女は俺とは反対の方へと歩きだす。

俺は急いで追いかけた。



「ちょっと待ってくれないか!!」



右手を上げて彼女を呼び止めたが、彼女は自分が呼ばれている事に気付かないのかどんどん歩いていってしまう。


クソッ・・気付いてないのか・・


スピードを上げて追いかけると、店から出て数メートルの所でようやく彼女に追いついた。



「君っ!待ってくれないかっ!」



片手で彼女の肩を捕まえる。



「キャッ!」



彼女はその反動で驚きながら振り向いた。

そして構える様に、俺を見る。



「あっ・・お・・大石くん?」



彼女は俺の事を知っていたのか、俺だと気づくと表情を緩めた。



「ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど・・呼び止めても気付いてくれなかったから・・」



息を整えながら、そう告げると彼女は笑顔を見せた。



「そう・・だったんだ・・それで私に何かようだったの?」

「あぁ・・その手に持ってる物を見せて欲しかったんだけど・・」

「これ?」

「あぁ・・うん。その・・・」



・・・違う・・・違った・・・あの子じゃない・・

俺の早とちりだ。


彼女の手元を見て、ホッと胸を撫で下ろす。


良かった。


あの子はまだ店にいる。


そうとなれば・・早く戻らなければ・・


俺は彼女に見せてもらった礼を言おうと、目線を上げた。



「ありが・・・」



とう・・言いかけて彼女の肩越し、数メートル後ろに立っていた英二と目が合った。

英二は眉間にシワを寄せて、今にも泣き出しそうな顔で俺を睨んでいる。


・・・え・・いじ・・・?

どうしてここに・・?

帰った筈じゃ・・・?

今日の出来事を思い出すように目線を合わせたまま戸惑っていると、英二は不意に俯きそのまま俺に背中を向けた。


あっ・・



「英二!」



遅かった。

俺の戸惑いを感じ取ったように、英二が走り出す。

俺は英二に向けて手を出した。



「待てよっ!」



待ってくれ英二!


だがその手は空をきり、俺の体は目の前の彼女阻まれた。



「きゃ・・」

「ああ。ごめん。それ・・見せてくれてありがとう」



俺は咄嗟に距離を取って、早口に彼女に礼を言うと英二を追いかけて走り出した。
















英二を追いかけて数分、英二が公園に逃げ込んだところでしっかりと左手首を捕まえた。



「待てって!」

「放せよっ!」



急に引き止められた英二が、俺の手を振りほどこうとする。



「どうして逃げるんだ!?逃げる必要はないだろ英二!?」



振りほどかれないようにしっかり英二の手首を握ったまま叫ぶと英二が立ち止って振り向いた。



「何だよ・・・シマッタって顔したくせに・・・俺に見られたの予想外だったんだろ!?」



英二が唇を噛んで俺を睨む。


確かに・・・確かに予想外だった・・・・

それにあんな場面を見て、英二が誤解するのもわかる。

だけど・・・



「だからって・・逃げる必要はないじゃないか?」



俺は弱々しく英二に反論した。

英二は今にも零れそうなほど涙を溜めて俺を見上げる。



「そんな事言って、もし俺があのままいたら大石困ってたくせに」

「・・・困らないよ」

「嘘ばっかり!どうしてそんな嘘つくんだよ!」

「嘘じゃないって!」

「嘘じゃないか!俺に隠し事してたくせに・・・

 俺知ってんだかんな・・最近大石があの店に寄ってんの」

「えっ・・?」

「あの子が目当てだったんだろ!!」



叫んだ拍子に英二の目から涙が零れた。

俺は呆然とその姿を見つめた。

彼女の事を誤解しただけじゃなかったんだ・・


英二・・知ってたのか・・・

俺があの店に寄ってた事

知ってて聞いてたんだ・・・・


『俺に何か隠し事してない?』


それなのに・・・俺・・・・



「何だよ。反論があるなら言ってみろよ!」

「・・英二・・・」



だけど違う・・さっきの彼女じゃない・・・

俺のあの子は・・・


手の甲で涙を拭いた英二が俺をまた睨む。



「ちょっとついてきてくれないか・・・」



俺はそれだけ言うと、英二の手首を離さないように更に強く握って歩き始めた。
















嫌がる英二を引きずるように引っ張って俺はあの店へと向かった。



「何処に行くんだよ?放せよ大石!」

「いいから黙ってついて来てくれ英二。着いたらちゃんと説明するから」



前をみたままそう告げると急に引きずる手が軽くなった。

驚いて振り向くとそっぽを向きながらも、英二がちゃんと歩いてくれている。



「英二・・」

「ちゃんと納得行く説明聞かせてもらうかんな・・・大石・・」

「あぁ」



俺は頷くと歩幅を速めた。






生成りのテントに温かみのある木のドア。

大きなショーウィンドウ。

外から見える棚には、女の子が喜びそうなものがたくさん並んでいる。



「ここ・・あの店じゃんか・・」



店の前まで来ると、黙ってついて来ていた英二が口を開いた。



「そうだよ」

「入るのか?」

「あぁ」



俺はショーウィンドウへと目を向けた。


きっとこんな事がなければ・・・あの子を見なければ・・

入る事もなかっただろうな。



「英二。ここで待っててくれないか?」

「ここで?ヤダよ。俺も入る。じゃなきゃついて来た意味ないじゃん」



英二が俺を見据える。


それもそうだな・・・説明すると言ってここまで連れて来て、店の外で待たすのは

英二だって納得いかないだろう。

それに見せた方が、話が早いのも確かだ。

ただ・・・英二があの子を見て・・・

いや、もうそんな事を言ってる場合じゃないな。



「英二・・・引くなよ」

「えっ?」



俺はドアの前で、大きく深呼吸すると勢いをつけて中に入った。

あの子のいる場所

外から良く見える棚の上

俺は真っ直ぐにあの子の許へ英二を連れて行った。


・・・いた。

真っ白な可愛い甘えた眼をしたテディベア

俺は手を伸ばし、その子を棚の上から下ろすと英二に見せた。



「この子なんだ」

「へっ?その子が・・・何?」



英二が首を捻る。


確かに・・急にこの子と言われても、わからないよな・・・

でもここで、この子の話をする訳にもいかないし・・



「兎に角・・レジについて来てくれ」



俺はその子を抱えて、レジへと向かった。



「ありがとうございました」



女性店員さんに笑顔で見送られ、俺達は店を出てきた。

大きな袋に入れられた真っ白なテディベア

袋から耳が少し見えている。



「ねぇ。大石。それで説明は?」

「ここじゃなんだから・・コンテナへ移動しないか?」



ここからコンテナまでは、そう遠くない。

目で方向をさすと、英二は両手を頭に回した。



「しゃーねぇーなぁ。ここまできたら最後まで付き合ってやるよ。

 だからコンテナに着いたら絶対話してよ。ホントの事」

「あぁ。わかってる」






歩きながら英二の横顔を盗み見る。

店まで行くのと違い、店を出てからの英二は素直に俺の横を歩いている。

何を話す訳ではないが、それでもいつもと変わりなくつかず離れず

店に着くまではあんなに眉間にシワをよせていたのに・・・

これはもう気付いているな。

俺の隠していた事・・いや・・気付かないほうがおかしいか?

白いテディベア

この子なんだと見せたんだ。

この子が関係している事ぐらい誰だってわかるよな。


英二・・・どんな風に思っただろうか?

少なくとも引いてはいないかな・・・?







コンテナに着いて、俺達はいつもと同じ様にコンテナの上へと上がった。

夕日が空一面オレンジに染めている。



「それで・・・大石。もう話してくれるんだろ?」



英二は胡坐をかいて座ると、俺へと体を向けた。

俺も同じ様に座り、袋からテディベアを出すともう一度英二に見せた。

「この子をよく見てくれないか?」

「うん」



英二の顔真正面にテディベアを掲げる。



「似てるだろ?」

「誰に?」

「英二に」

「はぁ?何・・ちょっと待って、よくわかんない」

「だから・・この子の眼をみてくれよ。英二に似てるだろ?」



俺はグイグイと英二に、テディベアを押しつけた。

英二はテディベアの頭を押さえて防ぐ。



「えっ?どういう事?それが説明?」

「そうだよ。英二も俺があの店でこのテディベアを買った時に気付いてたんじゃないのか?」

「し・・・知らないよ。大石がこのテディベアが欲しくて通ってたのかな?ってのは

 何となくわかったけど・・・俺に似てるなんて・・そんな・・だいたい熊だし・・」

「じゃあ・・気付いてなかったのか?こんなに似てるのに・・」



こんな甘えた眼をしているのに・・?



「だから知らないって・・つうかなんで隠すんだよ!

 俺に似てるなら、すぐにそう言えばいいじゃんか!」

「そんな・・・英二に似たヌイグルミが欲しいなんて、恥ずかしくていえないよ」

「隠れてコソコソ見に行けんだから、恥ずかしくないだろ?」

「それとこれとは別問題だよ。通っていたのは・・この子が誰かに買われてないか心配で・・

 様子を伺う為で店には入ってないし・・」

「でも今日は店に入ったじゃん!」

「だから今日は買おうと決意してだな・・・・」



言い合いながら、白いテディベアが俺達の間で押しつぶされそおうになってるのに気付いた。


あっ・・・俺の英二が・・・


「何だよ」

「いや・・テディベアが苦しそうにしてたから・・・」

「ハァ?もう何・・?」



英二は後ろ手にコンテナに手をついて、あからさまに呆れた顔をした。



「だから・・・悪かったって・・・次からは絶対隠し事なんてしないよ。

 恥ずかしい事もちゃんと言う」

「ホントに?」

「あぁホントだ。」

「じゃあ・・もういいよ。今回の事は水に流してやる。でも次はないかんな」



英二は体を起こして、俺からテディベアを取ると俺の胸に背中をもたれさせた。

膝の上にテディベアを抱いて、深く溜息をついたあと俺を見上げる。



「なぁ・・そんなに俺に似てる?」

「似てるよ」

「ふ〜ん・・・」



英二はテディベアの目をじっと見て、俺を見上げて照れた様に微笑んだ。



「そっか・・へへ」



その眼だよ英二。

その俺を見つめる眼が似てるんだ。


可愛い甘えた瞳

忘れられない瞳

俺の大好きな瞳



あの時この子と眼が会って、呼ばれた気がしたんだ。

『お〜いし』って

その瞬間、この子はただのテディベアじゃなくなった。

俺の大切な人と同じ瞳を持ったテディベア

気になって仕方がなかった。

誰にも渡したくないと思った。

ヌイグルミに入れ込むなんて、俺らしくないかな?

英二に似てるというだけで、男の俺が買うのはどうなんだろう?

少しだけ悩んだけど・・・

結局は駄目なんだ。

一度似てると思った時点で・・・俺の中でこの子はもう英二なんだ。


譲れない瞳


俺はテディベアごと、後ろから英二を抱きしめた。



「好きだよ・・英二」




俺はいつだって・・・・君の瞳に恋してる。




                                                                 END





英二お誕生日おめでとうvvvv


今年で4回目のお祝い!

とうとう誕生日話ではなくなりましたが・・・白熊物語☆

近藤くんのいつぞやの日記に白いテディベアを購入したっていうのがあって

いつかそのネタ使いたいなぁ・・と思っていたのですが、どうだったでしょうか?

大石もきっと近藤くんと同じ様に、夜な夜な白熊をなでなでしてるんじゃないかと・・・

思ったりしてます☆

2009.11.28