君に映る景色
(side大石)
「じゃあ次は向こうのコートでレギュラーは、乾に指示された特別メニューをしてくれ」
「ほいほーい!」
英二の元気な声が、かえって来る。
その姿だけを見れば、何もかも元通りに見えるのだが・・・
コートに移動して、乾が指示を出すと
「菊丸は大石と一緒にオーストラリアンフォーメーションの練習に入ってもおうか」
「へっ!!?大石と!?あぁ・・うん。そうだな・・・俺達ダブルスだもんなっ大石!」
「・・英二」
俺と微妙な距離を置きながら、俺の名前に過剰に反応する。
それは誰の目から見ても明らかで・・・
「大石・・・」
それを見過ごして貰えるほど、俺の周りには甘い奴はいなかった。
「な・・なんだ不二?」
「英二に、何をしたの?」
顔はにこやかなまま、声は鋭利な刃物のようにした不二がぴったりと俺の横につく。
「ななな・・何も・・・」
「あきらかにおかしいよね?」
目で英二を指す。
英二はコートの中へ入り、あーだこーだとひとり言を言いながら落ちつきなくネット前をウロウロしている。
「そ・・そうか?昨日に比べて練習も積極的に参加してくれているし・・
いい傾向だとは思うんだが?」
「いい傾向?本気で言ってるの?」
「いや・・それは・・」
「まぁまぁ不二・・・いいじゃないか・・」
口元をノートで隠した、乾も俺の横に立った。
「何をどうしたのか、菊丸が大石を過剰に意識しているのはいい傾向だと俺も思う。
これをきっかけに記憶が戻る可能性も出てくるからな」
「でも練習にはならないよね」
乾のフォローを、不二の一言がバッサリと切る。
3人の間に沈黙が流れた。
確かに・・そうなんだ。
今日の英二は朝練に参加した時からおかしかった。
積極的にみんなに接して、練習にも参加して・・・それは凄く嬉しい事なのだが
その反面俺と目を合わせず、話しかけると驚いた様に過剰に反応する。
でもだからといって、避ける訳でもなく。
離れず・・近づかず・・微妙な距離をとっていた。
もちろんそんな状態で以心伝心がもっとも必要とされるダブルスの練習が上手く行く筈もなく朝練は終わり・・今のこの状態へと続いている。
「まぁ取り敢えず、大石もコートに入って練習をしてみよう。
今日は竹本も静かに見学しているしな、このチャンスを逃す手もない。
それにここから何か変わるかもしれないしな」
乾が見下ろす様に俺達をみる。
不二が小さくため息をついた。
「今はそれしかない・・か・・」
俺は二人の言葉を受けてコートに入った。
「じゃあ行って来る」
「英二っ!もっと屈んで!」
「うっうん・・」
「英二そっちじゃない!右だっ!」
コートの中で俺の声が響く。
英二はボールには上手く反応しているが、俺との呼吸は合わないのか連携が上手くいかない。
やはり駄目か・・・
英二がミスをするたびに俺をチラッと窺う様に見る。
まるで叱られるのを怯える子犬の様な目だ。
「英二・・・」
「だ大丈夫っ!そんな顔すんなよ大石。つっ次は上手くやるからさ」
ニャハハハっとカラ笑いした英二はクルッと回したラケットを落とした。
「あっあれ?おかしいな・・ハハ・・」
「英二少し休憩を・・・・」
このままじゃ怪我をするかもしれない。
そう思ってラケットを拾い上げようとしている英二に近付いて、肩に手を置こうとした。
が、英二は俺の動きに敏感に反応してサッと肩を引いた。
その動きはとても自然で遠目からはわからないかもしれないが、あきらかに俺を避けた行動だった。
「英二・・・」
「えっと・・ホントに大丈夫だから・・・」
二人の間に微妙な空気が流れた。
それを察したのか、乾の声が響いた。
「菊丸!ちょっと休憩をしようか!代わりに不二が入る!」
英二が乾の方を見る。
「えっでも俺まだ・・・」
戸惑う英二に不二が近づいた。
「英二。見るのも練習だよ」
「う・・ん。わかった」
有無を言わせない空気。本能でそれを察したのか、英二は素直にコートからでた。
それを見届けた不二が俺に近付く。
「ホントに君達って、世話が焼けるよね」
「すまない・・・」
「まぁ今回は英二の記憶を取り戻す為だから、僕も最大限力を貸すけど・・・
早く大石が解決してくれなきゃ・・・僕の堪忍袋もそう長くは持たないから」
不二がラケットでさり気なく、英二が戻った先を指す。
そこにはフェンスに持たれて練習を見ていた竹本とコートを出た英二が立っていた。
「昨日みたいに練習には口を出してこないけど、竹本の態度が変わった訳じゃないからね。
休み時間の度に教室に顔を出すし、お弁当だって竹本と食べてるし・・・
今だってべったり張り付いている」
「それは・・わかってるよ」
昨日約束した通り英二は練習には積極的に参加してくれている。
だけどだからと言って、竹本の存在が英二の横からきえた訳じゃない。
昨日と変わらず、英二にべったりでそれを不二が快く思っていないのも知っている。
その証拠に今日のお昼休みにまた不二が弁当をもって俺の元に現れた。
「3年6組の風紀が乱れているんだろ?」
不二が昼休みに言った言葉だ。
竹本の存在がクラスの輪を微妙におかしくしている。
というのも本当だろうけど・・・
実際は不二のプレッシャーにも負けず、毎回現れる竹本の存在が不二と英二の関係をもおかしくしている。
不二は不二で親友の存在が竹本のせいで遠くなっているのが許せないんだ。
「わかってくれているならいいよ。じゃあ・・・はじめようか」
「ああ」
不二がネット前へと移動する。
センターラインをまたぎ低い姿勢をとった。
相手は桃城と海堂
練習試合が始まった。
右・・・左・・・
面白いぐらい連携が決まる。
流石だな・・・・
不二と公式戦でダブルスを組んだ事はない。
だが今、後ろから不二を見ていて思う。
やはり不二は天才だ。
俺と英二の練習を見ていただけで、もうオーストラリアンフォーメーションをモノにしている。
これだけのセンスがあるならこの先不二にはシングルスだけではなく、積極的にダブルスの練習にも参加してもらった方がいいかもな。
不二の背中を見つめてそんな事を思いながら、ふっとコートの外にいる英二を見た。
英二は真っ直ぐ俺を見ていた。
眉間に皺をよせて、唇を噛みしめている。
英二・・・?
その顔に驚いて一瞬目を奪われた時に、ドッと歓声が沸いた。
我に返って前を見ると、不二がツバメ返しを決めてゲームを取ったところだった。
「大石。練習中によそ見をするなんていい度胸しているよね」
不二がサラサラの髪をなびかせて、俺に近寄る。
「あっいや・・ちょっと・・・」
俺は不二への言い訳を考えながら、もう一度英二を見た。
英二はもう何事もなかったように、竹本と笑顔で話をしている。
俺の気のせいかな・・・?
英二が切なそうな・・辛そうな顔をしているように見えたけど・・・
「だから・・大石。英二が気になるのもわかるけど練習の時は前を向いてないと危ないよ」
英二を見る俺に不二が苦笑する。
俺も不二の方へ顔を向けて同じ様に苦笑した。
「そうだな・・ありがとう不二。次からは気をつけるよ」
考えすぎか・・英二があんな顔をする理由がないものな・・・
それよりも今は英二とのこの距離を何とかする方法を考えよう。
英二が過剰に俺に反応する理由は、やはり・・・昨日のアレだよな・・・・
無意識に・・ついキスしようとしてしまった事
誤魔化しきれてないよな。
あの後から英二の態度がおかしくなったし、今日のこの態度を見れば一目瞭然。
まず誤解をといて・・
「大石。コートをでるよ」
「あっあぁ・・」
俺と不二はそろってコートを出た。
英二と少し距離をとって立つ。
誤解・・か・・なんだか複雑だよな。
キスをしようとしてぎこちなくなるなんて・・・
今更ながら思い知らされるよ。
俺達が付き合っているという事実が消えてしまっている事。
英二が俺を好きだと言ってくれたあの日の思い出は今の英二の中にはない事。
俺達が男同士だという事。
このまま英二の記憶が戻らなかったら・・俺達の関係はどうなってしまうんだろう?
ダブルスのパートナーとして復活は出来たとしても、恋人には戻れないんじゃないか?
いや・・英二が今のような態度をとるって事は、俺のした行動を引いているって事だから・・
大石って気持ち悪い奴
なんて思われていてこのまま俺を避ける様になって、ダブルスとしても成り立たなくなるかもしれない。
そうなれば記憶を取り戻すどころの話じゃなくなる。
それだけは絶対にさけなくてはいけない。
だから今は何としても友好的な関係を作る事を考えなきゃいけないよな。
俺という人間が英二にとって、危険な存在じゃないって・・知ってもらわなきゃ・・・・
って、危険ってなんだよ?俺ってどういう奴だよ?
・・・・・って、引き寄せてキスしようとした俺がいう言葉じゃないな。
ハァ・・もうホント・・俺、何やってんだろ?
記憶喪失の英二に手を出しそうになるなんて・・・
取り敢えず昨日のアレは、誤解って事で誤魔化す方法を本気で考えなきゃな・・・
「で、これ?」
「しー!しー!声がでかいよ不二っ」
スポーツショップの片隅で、棚に隠れながら不二を制する。
不二は上目遣いに俺を見た。
「そんな目で見るなよ・・俺にはこれぐらいしか思いつかなかったんだから・・・」
不二が深いため息をついた。
「それにしても英二の様子が変だから何かあるとは思ったけど・・・
棚にあるリストバンドを見ながら、不二が話を続ける。
「そこまでしたなら、いっそのことキスしてしまえば良かったのに」
「ななな何言ってんだよ。そんな事をしたら今でさえ不信がられているのに、避けられるどころの話じゃなくなるだろ?」
「そう?案外それで記憶が戻ったかもしれないじゃない」
「そんなおとぎ話みたいな事、有る訳ないじゃないか?それよりも頼むよ不二・・」
「僕はあまり気が進まないけどね・・・」
不二は俺と目を合わそうとしない。
俺は不二の前へ回った。
俺があれから考えた結果はこうだ。
今の英二と接していくには、まずは俺をもっと知ってもらわなきゃいけない。
その為にも出来る限り、英二と話すキッカケを作る必要がある。
しかしその場合俺1人が英二に接していくと、また英二に不信がられる可能性がある。
それを避ける為には、クッションになってもらえる存在が欲しい。
俺はその相手を不二にと考えた。
クラスも一緒で、不二に会いに行くという前提があれば俺がクラスに行っても不自然じゃない。
それに竹本に対しても不二がいてくれると何かと心強いしな。
ここからさり気なく英二にアプローチしていく。
先ずは友達から作戦。
英二が俺に過剰に反応しなくなるまで距離を縮める為の作戦だ。
だが不二にこの話をゆっくり話す時間がなかった。
だから俺は強引に帰り支度をする不二を巻き込んだ。
まず英二に話しかけ・・・
「英二。帰りにグリップテープを買いに行かないか?
そろそろ変えた方がいいと思うんだ」
英二は急に俺に誘われた事を、凄く驚いていたようだが・・・
「そうだな。俺も握りにくいなって思ってたとこだし・・」
すぐに俺の話にのってくれた。
それを聞いていた竹本が口を出す。
「それなら俺と一緒に行こう。俺が見てやるよ」
英二が竹本を見る。だが竹本が口を出すであろう事は俺も考えていた。
だから・・
「いや。グリップテープは、いつも俺がみているんだ。
巻き方も英二に合わせて巻いているし、俺が行かなきゃ駄目なんだ」
多少強引な言い方だと思ったが、俺は早口で言いきった。
そして・・・
「もちろん竹本も一緒でかまわないよ。不二も一緒だしな」
たたみかける様に話をまとめて、俺は後ろで着替えていた不二の二の腕を掴むと、強引に英二と竹本の前に引き寄せた。
不二は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを察したのか話を合わせてくれた。
もちろんスポーツショップに着くまでに、嫌みという嫌みをいやという程聞くはめになったが、それでもここまで来て事の経緯を説明する事が出来た。
「そう言わずに少しの間だけから・・・な、不二・・」
「英二に恨まれたくないんだけどな・・」
「今の英二は、俺の事をそんな風には見ていないから大丈夫だよ。
それよりも今は俺が普通の男だって英二に信用してもらう事が先決なんだよ。
そうじゃなきゃ、今日みたいに練習も上手くいかないし・・兎に角不二・・頼む」
不二の前で手を合わせて頭を下げた。
不二は少し考えていたが、何かを思いついたように俺の肩に手を置いた。
「わかった。気は進まないけど・・・少しの間だけ君に合わせてあげる」
「ホントか?」
「ここで嘘をついても仕方ないでしょ?僕も早く英二に記憶を取り戻してもらいたいし・・
大石が積極的になるなら、それに乗るのも悪くないかな?って・・」
「ありがとう不二。恩に着るよ」
「別に君の為に、動く訳じゃないから」
そう言いながら不二は俺の腕を取ると、英二達がいる方へと歩き出した。
「じゃあ早速、積極的に行こうか」
俺にだけ聞こえる様に言うと、俺を英二の前に突き出した。
「英二。大石がグリップテープを選んでくれるって」
「そんなのわかってるよ。その為に来たんだろ?」
英二は不二を見た後、俺を見上げた。
その目は俺を睨んでるようで・・・唇もとがってて・・
あれ・・・?英二拗ねてる・・・?
英二の表情に戸惑っていると、不二が俺の腕に絡みついてきた。
「早く選んであげたら?」
妖艶な微笑みで俺を見上げる。
俺は不二の表情に一瞬ドキリとした。
「えっ?あぁ・・そうだな。じゃあ向こうのコーナーに移動しようか」
不二に促されるうに、移動しようと英二を見た。
英二は眉間に皺を寄せて、更に不機嫌になっているようだ。
やっぱり何か・・怒ってる?
見慣れた英二の、見慣れた変化に不安が広がる。
俺は頭を傾げながら、歩き出した。
強引にここまで連れて来てしまったからな・・・
先頭で歩きながら窺う様に後ろを見た。
俺のすぐ後ろには上機嫌の不二。
その後ろを不機嫌な顔をした英二がついてきていて・・・
その英二の背中をじっと見つめている竹本がついて来ていた。
この雰囲気・・・
俺、ちゃんと英二の誤解をとく事が出来るのかな?
大石お誕生日おめでとうvvvvvv
今回も結局また続きものになってしまいましたが・・・・
お祝いをする気持ちは120%ありますよ!
この日に叫ぶ事が出来る幸せ、黄金愛は不滅です!
2013.4.30