(side不二)
遠くに聞こえる波音
木々の間を通りぬける風
目をつむって指でそっと唇をなぞれば、あの時の熱が蘇って吐息がもれる。
「油断せずに行こう」
体育館の中に凛とした声が響くと、ゆっくりと彼が壇上を下りてくる。
僕はその様子をそっと目で追った。
長い夏休みが終わって、今日から2学期が始まった。
いつもと変わらない初日
でも、全く違う初日
中学3年間をテニスに捧げた僕は、最後の夏休みに最高の思い出を作った。
全国大会優勝
だけど長年の夢を果たした僕は、中学での役割も果たしてしまった。
これからは部活のない日々を送る。
その第一日目が今日
ホントは少しその事実に戸惑っていて・・・
手塚。君と一緒に登校すればよかったって思ったけど・・・
でも僕はあえてそれをしなかった。
何故だかわかる?
「不二・・・」
「手塚・・・」
あの日、僕達は初めてお互いの想いを告げてキスを交わした。
僕の長い片思いが終わった瞬間だった。
だけどそれと同時に、戸惑いも生まれたんだ。
あの後、僕達は少しだけ抱き合ってゆっくり離れたよね。
何だかとても恥ずかしくて・・・お互いまともに顔も見れなくて・・・
何を話せばいいかわからなくなってしまった。
愛しているのに・・・お互いの想いが通じ合った筈なのに、急に普段のように接する事が出来なくなってしまった。
ぎこちない会話、ぎくしゃくした態度、僕達はそのまま別れたよね。
自分でも意外だったよ。
こんな風に意識してしまうなんて。
片思いが長かった分。
君のその僕を全て受け止めてくれるような眼差しが、否応なしに僕の熱をあげるんだ。
ホントに・・・調子が狂うよ。
でもね手塚。
あれから数日、僕も考えたんだ。
こんなの僕らしくないよね。
両想いになれたのなら、もっとその事を楽しまなきゃいけない。
だから・・・
『また明日学校で』
昨日の電話で君にそう伝えた。
手塚。
仕切り直しをしよう。
今日から始まる新しい生活を、君と過ごすために・・・
まずは学校内で君を見つけて話かけるよ。
いつも通りの僕で・・・
そうだ。
君をみつけたら一緒に帰る約束をして・・・まずは手を繋いでもらおうかな?
フフ・・・君がどんな反応をするのか、ホントに楽しみだな。
「ん〜〜やっぱ何か変」
始業式が終わって教室に戻ってくると、英二が僕の席の前を陣取って僕の顔をマジマジと見る。
「別に何処も変じゃないよ」
「ん〜にゃ違うね。何て言うかさ・・・こう雰囲気が艶っぽいっていうかさ・・・
絶対何かあったっしょ?」
こういう時の英二は、ホントにいつも驚かされる。
動物的感とでもいうのかな?
僕の異変にいち早く気付いたみたいだ。
でも・・どうしようかな?
手塚との話。
「不二。誤魔化すなよ。いい話ならいえるだろ?」
「・・・」
へ〜驚いた。
異変に気付いただけじゃなく・・・英二の中では、僕にいい事が起きたと思っているんだ。
動物的感もここまで来るとホントに侮れないな。
「不二?」
英二の大きな目が僕を覗き見る。
仕方ない・・・次の休み時間には、手塚のクラスに行きたかったけど
「わかった。じゃあ次の休み時間に屋上に行こうか?」
「マジ?うん!絶対行くっ!」
英二が少し驚いて、はにかんだ笑顔を向けた。
ひょっとして聞き出せない・・と思っていたのかな?
確かに今まで素直に自分の事を誰かに話すなんて事・・してこなかったけど
心外だな。
あの時英二が僕に話してくれたように、僕も英二には僕達の関係が上手く行き始めた事をちゃんと報告したいって思っていたんだよ。
屋上はいつ来ても気持ちがいい。
優しく吹く風が髪を揺らして、暖かい光が屋上を照らしている。
僕達は何人かいた生徒を避けて、屋上の一番奥の金網にもたれた。
「気持ちいいね」
「ホントだね〜」
僕が髪をかき上げながら英二を見ると、英二は両手をぐっと空に上げて、背伸びをした。
僕はそんな英二を見てクスッと笑った。
ちゃんと僕が話しだすのを、待っていてくれているんだ。
英二は唯一僕がずっと手塚を好きだった事を知っている人物。
僕の想いを手塚に伝えた事も、手塚がどんな反応をしたかという事も・・
その結果がどうだったかも・・・
成り行き上だったけど、英二には伝えた。
あれからずっと気になっていた筈なのに、英二はその事について僕に聞こうとはしない。
僕と手塚の微妙な関係を知りながらも、そっと見守ってくれていた。
普段の英二からは想像つかないけど、昔から英二はそういうところがあるよね。
ちゃんと人の持つ領域をわかってる。
だからかな・・・やっぱり英二といると凄く気が楽だよ。
僕は一度目を瞑ると、ゆっくりと目を開けた。
「英二。夏休みに僕と手塚に会った事覚えてる?」
「夏休み?」
英二は首を傾げて、『ん〜』と考えたあと、僕に視線を戻した。
「図書館に行くって言ってたやつ?」
「うん。あの日、結局僕達は、海に行ったんだ」
全国大会が終わっても、何かと忙しかった手塚。
そんな手塚にようやく休みらしい休みが出来て、僕達は図書館に行く事になった。
だけど・・その途中で英二にあって、英二の言葉で急遽行き先を変更したんだ・・海へ
きっとあそこで英二に会わなければ、起らなかっただろう出来事
僕はその時の事を思い出しながら、英二に話して聞かせた。
英二は目を丸くしたり、驚いたり・・・最後は僕に抱きついて喜んだ。
僕は愛する人の話をする事が、こんなに楽しいという事を初めて知った。
会いたい・・・
手塚、君に早く会いたいよ。
結局英二に報告した後は、手塚のクラスに行くタイミングを逃してしまった僕は、HRが終わると、逸る気持ちを抑えきれず早足に教室を出た。。
「ああ。何だか俺の方が緊張しちゃうよ」
頭の後ろで両手を組んで、英二が僕を見る。
「何で英二が緊張するのさ」
「だってさ。あの手塚がさ・・・」
英二はそう言いながら、目は僕の唇を見ているのがわかった。
英二ったら・・・
僕はスッと英二に顔を近づけた。
「何?」
「いや・・まぁ・・兎に角緊張すんのっ!」
英二が少し頬を染めて目線を逸らす。
僕はふっと笑った。
分かりやすいな。
あの話を聞いて英二が意識するのもわかるけど、でも僕だって緊張しているんだよ。
普通に・・そう心がけてはいるけど・・・
手塚を見かけた時に上手く声をかける事が出来るのかって・・
手に汗をかくくらいには緊張している。
僕は掌を見て、手を握りこんだ。
「まっ・・こういう緊張も、なんかいいけどな」
英二はそんな僕に気付いたのか、二ィと白い歯を見せて笑った。
うん。そうだね。
僕もそう思っている。
ただ・・恋愛って奥が深いなって、少し思い知らされているのも事実だけどね。
僕達はまっすぐ3年1組に向かって歩いた。
3年2組の教室を通り越して、1組の教室の前まで来ると2組の教室から大石が慌てて出てきた。
「英二っ!」
英二は僕と一緒に1組のドアの前にいて、首だけ大石に向けて『よっ!』と返事を返している。
「俺を迎えに来てくれたんじゃないのか?」
「そうだよ。でもその前に手塚に用事があってさ」
「手塚?」
大石は英二を見た後に、僕を見た。
「手塚ならさっき竜崎先生に会いに行くって職員室に向かったぞ」
「えっマジ?」
英二が1組の教室を覗いた。
「ホントだ。手塚の奴いないや」
「・・そうなんだ」
竜崎先生に・・・何かあったのだろうか?
「それよりさ、何で大石が手塚の行き先知ってんだよ?」
「廊下を歩くのが見えたから声をかけたんだよ」
二人が言い合っている横で、僕は体を反転させた。
「じゃあ僕は行くよ」
悪いけど、いないとわかった以上ここに永いはできない。
早く手塚を追いかけなきゃ・・このまますれ違ってしまう。
「あっ不二っ!」
「じゃあね。二人とも」
呼びとめる英二を残して、僕は早足で職員室に向かった。
手塚が竜崎先生に話・・・今までだってよくあった事なのに何故だか胸騒ぎがする。
漠然とした不安が自然と湧き上がってくる。
こんな事なら無理にでも、休み時間に手塚のクラスに行っておけば良かったかな?
仕切り直し・・・失敗?
いや・・・失敗なんてさせない。
必ず手塚を捕まえてみせる。
僕の足は更に職員室へと加速した。
職員室の前まで行くとドアは開かれていた。
僕は一度足を止めて中を覗いた。
窓際に近い席に竜崎先生が座っていて、その横に手塚が立っていた。
良かった・・・まだいた。
取り敢えずこれですれ違いだけは免れた。
手塚の姿に先程の不安も忘れて、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間
竜崎先生の声が職員室に響いた。
「そうかドイツ行き。決めたんじゃな!」
「・・はい」
えっ・・・ドイツ・・?
決めたって・・・何?
突然の言葉に、目の前の景色がグラッと歪む。
「この事はもうみんな知っているのか?」
「いえ。大石だけです」
大石には・・話てたって・・・?
いつから君はそんな大事な事を決めていたの?
「そうか・・・まぁ引退したとはいえ、お前の存在は大きい。
タイミングを見てみんなには話した方がいいな」
「はい」
「じゃあ手続きの事とかは、また進み次第報告するよ」
「はい。宜しくお願いします」
手塚が竜崎先生に頭を下げてこちらに向かってくる。
僕はドアの横の壁に背中をつけて、胸の辺りのシャツをぐっと握った。
どういう事なの・・・?
ホントにドイツへ行くの・・・?
それを何故僕には黙っていたの・・・?
手塚の足音が近づいて来る。
先程まで幸せだったのに・・・その幸せが不安になって・・・
今、絶望に変わろうとしている。
何故?
そればかりが、頭の中を支配して思考も定まらない。
そんな僕の横に、手塚が現れた。
「失礼致します」
律義にドアから出ると、職員室の竜崎先生に向かって頭をさげている。
そして僕に気付いた。
「・・不二」
手塚の眼が僅かだけど、大きくひらく。
「やあ手塚」
僕は何とか応える事は出来た。
でもあんなに考えていた第一声がこれだなんて・・・
「どうしたんだ、こんな所で?」
こんな形で話しかけるなんて・・・
「君こそ何をしているの?」
「俺は・・・」
思ってもいなかったよ。
だって僕は・・・
夏休みが終わって・・・今日から新しい生活が始まると思っていたんだ。
それだけの事があの日に起きたと思っていた。
それなのに目の前の君は、僕から目を逸らして言葉を詰まらせている。
・・・・君って人は・・・
「ドイツに行くんだね」
「聞いて・・いたのか?」
手塚がゆっくり僕を見た。
その眼が揺れている。
聞かれた事を動揺しているの?
でも手塚・・・僕には聞く権利あるよね?
聞いてもいいよね?
「どうして僕には、話してくれなかったの?」
「それは・・・」
それは・・何?
どうしてまた言葉を詰まらせるの?
ズルイよ君は・・・
「大石には話して・・・どうして僕には話してくれなかったの?」
「・・・不二」
「説明・・出来ない事なの?」
僕は真っ直ぐ手塚を見上げた。
手塚は困惑の色を濃くした。
眉間に深いしわを寄せ、言葉を探している。
僕は黙って手塚の言葉を待った。
言ってくれなきゃわからないじゃないか。
「大石は・・・」
手塚が僕を見下ろして、ゆっくり口を開く。
・・・何?
「特別だ」
手塚がそう言い終わったと同時に、廊下中にパーンと乾いた音が響いた。
反射的だった。
自分でも驚くほど大きな音だった。
右手がジンジンと痛んだ。
その音で竜崎先生が職員室から飛び出して来た。
「何やってるんじゃ?」
「竜崎先生・・」
手塚は僕に叩かれた左頬を抑えて、呆然と竜崎先生を見ている。
僕は無言で竜崎先生に頭を下げると、そのまま走ってその場から逃げた。
酷いよ手塚。
今更・・・特別だなんて、そんな言葉を使うなんて・・・
僕はどうすればいいの?
好きと特別の違いって何?
僕と大石の違いって何?
特別って・・・何て重い響きなんだろう。
学校を出て、僕は当てもなく歩いた。
ひたすら歩いて、目に入った公園へと吸い込まれる様に入った。
小さなベンチを見つけ、重くなった体を投げ出すように座った。
「まだ手が痛いや」
右手を見て自嘲ぎみに笑った。
想いが通じ合ったと思った後のこの仕打ち・・・
幸せを知ってしまった後だから、絶望も深い。
「不二っ!不二じゃないか!」
そんな時、急に聞きなれた声に呼ばれた。
こんな時に、こんな所で・・・
僕は仕方なく顔を上げた。
誰にも会いたくなかったのにな・・・
そう思ったけど、声の主を無視する事も出来なかった。
「やあ・・・久しぶり佐伯・・」
駆けよる彼に、精一杯応えた。
「久しぶりって・・・どうしたんだ・・その顔?」
だけど佐伯は僕の前まで来ると、あからさまに顔色を変えた。
いつもの爽やかな笑顔は消え、鋭い目を光らす。
「何かあったのか?」
眼がもう何かを探っている。
ホントに間が悪い。
よりにもよってこんなに弱っている時に佐伯に会うなんて・・・笑えない冗談だ。
「・・何でも・・ないよ・・」
「嘘をついても無駄だぞ。俺にはお前の嘘は通用しない」
ほらね。流石の僕も彼相手じゃ取り繕えないじゃないか・・・
佐伯は僕の前に跪き、下から僕を見上げる。
「不二」
その眼差しが、僕の心の鎧を隙間をついた。
何だか懐かしいや・・・
昔は裕太の事でよく佐伯に心配をかけた。
佐伯・・・・
君はいつまでも変わらないんだね。
なら・・少しだけ甘えてもいい?
弱音を吐いてもいい?
「虎次郎・・・僕。もう駄目かも知れない」
最後まで読んで下さって有難うございますvv
久々の不二はどうでしたか?
手塚のドイツ話はずっといつか書こうと思っていた話なんですよね。
なので取り敢えず・・塚不二には、この試練を乗り越えて頂こうと思います☆
しかし・・・タイトルがなかなか決まらなくて、最初は『瞳を閉じて 心のまま 僕は君を想う』
にしようかと思ったのですが・・・これだと、不二視点のみっぽくなるかと・・・
まだ手塚視点どうするか悩んでいるので、視点交互にした場合も考えて今回のタイトルにしました☆
2010.6.20
PS.15日遅れたけど・・・・近藤くんお誕生日おめでとうvvvv