feel my love

                                (side手塚)




不二の後ろ姿がどんどん遠ざかって行く。


俺はそれをなすすべもなく見ていた。



「手塚。不二と何かあったのか?」



如何わしく思ったのか、竜崎先生は腕を組み鋭く俺を見た。



「いえ。なんでもありません。失礼します」



だが俺はそのまま頭を下げて先生のもとを離れた。











不二を追いかけるべきだろうか?


廊下をゆっくり歩き外を眺める。

外では運動部が騒がしく走り回っていた。

チリチリと焼けたように痛む頬


人から殴られる・・叩かれるというのは、いつ以来だろう?


ぼんやりとした頭で考えた。


・・・1年のあの時以来か。

苦い思い出と言っていい出来事に、左腕に眼を落としてため息が漏れた。


不二・・・

そういえばその後、腕の事を隠しておまえと試合をしたんだったな。

そして・・・あの時、初めてお前を本気で怒らせた。

悲痛な叫び、悲しみを含んだ瞳。

今でもあの時のお前を忘れた事はない。

それなのに・・・

俺は何度お前を傷つけ、怒らせてきたのだろう?

大石の時も今も・・また・・・

そんな俺がどんな顔でお前と向き合えばいいというのだ。

ドイツ行きをこんな形で知られて、この後どう説明をすればいい?

今更どう説明をしても言い訳にしかならないのではないか?


不二にドイツ行きを言わなかった理由。

言わなかったのではなく、言えなかったのだ。

不二。俺はお前と離れたくないと思っている。

お前にいつも傍にいて欲しいと思っている。

だがお前はきっと俺のそんな気持ちを受け入れる事は出来ないだろう。

俺の想いはお前を苦しめる事になる。

それがわかっていて告げる事など出来なかった。


不二。俺は弱い人間だ。

お前と離れるという事実も、お前と一緒にいたいと願う思いも、どちらも怖くて伝える事が出来なかった。

その結果がこれだ。

こんな俺がお前を追いかける資格なんて・・・



「手塚っ!」



階段を下りて1階の廊下に出たところで名前を呼ばれた。

呼ばれた方を見ると、玄関ホールから菊丸が手を振って走って来る。

その後ろには大石もいた。

菊丸は俺の前まで来ると、軽く呼吸を整えて俺の周りを覗く様に見ている。



「あれ?」

「どうした?」



菊丸が俺を見つけて走ってくるなんて事は珍しい。

部活を休む時か、大石に何かあった時か、最近は・・・



「不二は?」



やはり・・そうか・・・不二を探しているんだな。



「一緒ではない」

「えっ?でも手塚を追って・・・」



菊丸が大石の方を見た。

それに気付いた大石が話を続ける。



「手塚が職員室に向かった後、不二も手塚を追いかけて職員室に向かった筈なんだけど・・」



そうか、この二人は不二が俺の所に来た事を知っているんだな。

では隠したところで、後で知る事になるだろう。

聞かれれば・・答えるしかないか・・・


目線を下げ、大石をもう一度見直すと大石が俺の顔を心配そうに見ていた。



「手塚。その頬・・・」

「ん?」

「不二なのか?いや、そんな事より早く冷やした方が・・」



言うが早いか、大石は俺の腕を引き始めた。



「まずは保健室に行こう。話はそれからだ」



大石の行動に俺が何も言えないでいると、大石の前を菊丸が両手を広げて塞いだ。



「ちょっ!ちょっと待ってよ大石!どういう事なんだよ!」

「英二。その話は保健室で、まずは手塚の頬を冷やさなきゃ」



俺の目の前で、二人が睨みあう。

どういう事なのか?いきなりの出来事に戸惑ったが、二人のやり取りで俺はようやく自分の頬が腫れている事に気付いた。


そうか・・腫れているのか・・・


実感すると、またチリチリ痛みだす。

左手で頬を触り目線を戻すと、二人のやり取りは、激しさを増していた。



「嫌だ!だっておかしいじゃん!何で不二が手塚の頬を叩くんだよ!

叩かれる理由があるのか?」

「だから英二。その話は保健室についてから・・・」



大石が菊丸を諭す様に話す。

俺はそれを手で遮り、大石の前に出た。



「いやいい大石・・」

「手塚・・」



菊丸の前に出ると、唇を噛みしめた菊丸が俺を上目遣いに睨む。



「菊丸」

「何で不二はここにいないの?」



菊丸が体全体で俺を警戒している。

その姿はまるで、毛を逆立てたネコのようだ。

俺は小さく息を吐いた。



「竜崎先生にドイツ行きの話をしていたところを不二に聞かれた」

「えっ?ドイツ・・?手塚が・・ドイツに行くの?」

「ああ」

「それってどういう意味だよ?まさか手塚・・」

「留学するという事だ」

「留学・・・」



菊丸の大きな眼が見開かれる。

驚きで警戒が一瞬解かれたようだったが、それは本当に一瞬の事だった。

菊丸の目はすぐに驚きから警戒へと戻った。



「不二には言ってなかったの?」

「ああ。まだ伝えていなかった」

「何で?何でだよ!そんな大切な事っ!」

「英二っ!!」



止めたのは大石だった。

俺の後ろにいた筈の大石が、俺と菊丸の間を割って入った。



「言えない事だってあるだろう。時期とかタイミングとか手塚にだって色々あるんだよ」

「何だよそれ・・・そんなの・・・」



菊丸は言いながら何かに気付いたのか、ハッと顔を上げると、大石を睨んだ。



「大石・・まさかお前は知ってたの・・?」



大石が唇を噛む。

そして低い声で答えた。



「ああ」



菊丸は喰らいつくように、大石の胸倉を掴んだ。



「何だよそれっ!何で大石が知ってんだよ!」



大石は黙って、菊丸を見つめている。

菊丸は舌打ちをつくと、そのまま俺へと顔を向けた。



「手塚っ!何で大石は知ってて、不二は知らないんだよ!?」



菊丸の鋭い眼差しが、先程の不二の目と重なる。

不二・・・

俺はためらいを隠す様に、一呼吸おいて答えた。



「大石は・・・・・特別だ」



廊下がシンと静まりかえったようだった。

菊丸の目が揺れる。

不二に告げた時の様に、平手は飛んで来なかった。

代わりに震えた声が戻ってきた。



「それ・・不二にも言ったのか?」

「・・言った」



そう答えた瞬間、菊丸の右腕が飛んできた。



「そんなの叩かれて当たり前だっ!!」



それを大石が咄嗟に受け止めると、暴れだした菊丸を体で押さえた。



「英二っ!落ちつけよ!」

「落ちつける訳ないじゃんか!どけよ大石!俺も一発殴ってやる!」



目の前まで菊丸の腕が俺を掴もうと伸びてくる。

その必死さに菊丸と不二の繋がりを見るようだった。



「菊丸・・」

「何でそんな事言うんだよ・・」



菊丸の声が涙声になっている。

大石に止められた体は、勢いをなくしていた。



「不二を傷つけんなよ・・」



だが目だけはしっかり俺を捉えていた。

眉を寄せ悔しいのか、悲しいのか・・・複雑な顔をしている。



「すまない菊丸」



俺は素直に頭を下げた。

不二の時は謝る事も、理由を話す事も出来なかった。

この先も話す事が出来るのか・・・

菊丸は顔を逸らした。



「俺に謝んないでよ。謝るなら不二にちゃんと謝ってよね。」



不二に・・・

当然と言えば当然の話だ。

しかし俺はすぐに答える事が出来なかった。

自信がなかった。

菊丸はそんな俺に敏感に反応し、キッと俺を睨んだ。



「まさか追いかけないつもりだったんじゃないよね?そんなの絶対許さないかんな!」



揺るがない大きな目を、俺は見返す事しか出来なかった。



「大石」



そんな俺に業を煮やしたのか、菊丸は大石に目を向けた。



「俺、先に不二の家に行くから。必ず手塚連れてきてよ」

「・・英二」

「頼んだよ」

「わかった」



大石が返事をすると、菊丸は大石を離して一目散に玄関ホールへと走っていった。

大石が俺の方へ振り向く。



「手塚。取り敢えず保健室に行こう」
















保健室に入ると、大石に勧められるまま俺は丸イスに腰掛けた。

幸いな事に保健室には誰もおらず、俺達二人だけがいる。

俺は大石が手際よく動く姿を見ていた。


1年の頃はこうやってよく大石と保健室に来ていたな。


その姿に昔の自分を思い出し、窓の方へと眼を向けた。

外はまだ明るい。

1か月前なら、俺もみんなとコートの上にいるんだろうな。

数日前まではテニス部の部長だった。

しかし今は、何もかもが遠い思い出のように感じる。

俺は微かに聞こえる運動部の声に耳を傾けた。



「手塚。はいこれ」

「ん?あぁ・・ありがとう。手間をかけさせたな」

「手間だなんてそんな事は思ってないよ。それより・・・」



大石が言葉を選ぶようにして俺を見た。



「落ちついたら、すぐにここを出よう」

「・・・ああ」



大石が言わんとする事はわかる。

だが俺は左頬を冷やしながら、目線を床へと落とした。


ここを出て不二の許へ向かったとして、不二は俺に会ってくれるだろうか?

俺の話を聞いてくれるだろうか?

俺はまた不二を傷つけるのではないだろうか?

今の俺に・・・不二を追いかける資格はあるのだろうか?


改めて考えても情けない事に、不安ばかりが込み上げてくる。



「手塚・・痛むのか?」



俯いたままの俺を心配したのか、大石が俺の肩に手を置いた。



「いや、大丈夫だ」



顔を上げると、やはりまた心配顔の大石と目が合った。

その仕草が眼差しが本当に1年の頃のままで、保健室という場所が思い出に更に拍車をかけるのか、俺は思った事をそのまま口にしていた。



「大石は変わらないな」

「え?」



俺の言葉に意表をつかれたのか、大石が少し目を大きくした。



「昔から心配性だ」



大石はふっと目元を緩めた。



「それは性格だからな。仕方がない」

「そうだな」



いかにもの返答に俺もつられて、口元が緩む。


他人の事を自分の事の様に心配していた姿を、何度目にしてきたであろう。

俺の事もいつも気遣ってくれていた。

そんな大石に惹かれた事もあった。

全国へ

大石との約束を守る為に全てを賭けた事もあった。

しかし・・・



「大石」

「ん?どうした手塚?」

「特別という言葉は、使ってはいけなかったのだろうか?」



今一番大切な人は、不二だ。

その気持ちは、嘘じゃない。

だが大石が特別だという気持ちも本当なのだ。

部長と副部長、二本柱として青学を引っ張ってきた。

その信頼関係は、この先どんな立場になっても変わらないと思う。

ドイツへ行くと決めた今、青学の行く末を見守ってもらうとしたらそれはやはり大石に頼みたいのだ。

大石は少し考えた後、俺を見た。



「特別という言葉が悪い訳じゃないけど、この場合は言葉が足りなかったのかも知れないな」

「言葉が足りない・・?」

「ああ。俺にとっても、手塚は特別だよ。だけど、特別の中には更に特別なものがある。

 それを先に伝えるべきだったんじゃないのかな?」

「・・・そうか・・」



特別の中の特別。

大石にとっての菊丸

俺にとっての・・・



「手塚。今の気持ちを不二にちゃんと伝えた方がいい。

どうしたいのか?どうして欲しいのか?

答えを決めるのは不二だけど、そこから始めなきゃ何も始まらないよ」

「・・大石」

「青学は大丈夫だよ。桃も海堂も頑張っている。俺もちゃんと覗きに行くし・・

 乾に限っては、引退したような。してないような感じだしな」



大石が笑う。

話の中に不二の名前を出さなかったのは、俺の気持ちを配慮しての事だろう。

俺の気持ち・・・伝えたところで、きっと不二の答えは決まっている。

その理由がわかりすぎるぐらいわかるから・・・伝えるのをためらったが・・

伝えなければ始まらない。

その通りだな。

俺は少し恐れすぎていたのかもしれない。

手に入れた幸せを、壊してしまうのではないかと・・・

それでは駄目なのだ。

本当の自分をぶつけなければ、不二は離れてしまう。

その結果。不二を苦しめるとしても・・・

やはり話さなければいけなかったのだ。



「大石。菊丸は、不二を掴まえる事ができただろうか・・・?」

「ん?そうだな。一度英二の携帯を鳴らしてみようか?」



大石の顔を見上げると、大石は微笑みながら制服のズボンのポケットを探った。



「よし。じゃあ聞いてみるよ」



取りだすと、そのまま携帯に目を落とす。



「ああ。頼む」



俺は携帯が繋がるのをじっと待った。


もう迷うのはよそう。

今はただ、お前を掴まえる事だけを考えよう。



「もしもし。英二。俺だけど、今どの辺りにいる?

うん。うん。えっ?そうなのか・・うん。わかった。俺も後で合流する。

あっでも先に何かわかった事があったら連絡してくれ。ああ。じゃあ後で・・」



断片的に聞こえる会話。

それだけで、菊丸が不二を掴まえる事が出来なかった事はわかった。



「手塚。不二はまだ家に帰ってないらしい」

「・・そのようだな」

「携帯にかけたら繋がらなくて家に直接電話をかけて確認をとったそうだよ。

英二は取り敢えず、家まで行くって言ってる。俺もそれに合流するつもりだ。

 手塚はどうする?他に心当たりがあるなら・・・」



俺は大石が話終わる前に立ち上がった。



不二。戸惑って悪かった。



「行こうか」

「手塚?」

「大石は菊丸と合流してくれ、俺は俺で不二を探そう」

「そうか。わかった」




不二・・・

今から行くから・・・待っていてくれ。





                            不二視点へ続く







最後まで読んで下さってありがとうございます。

結局今回のお話視点交互にしました。

どうだったでしょうか?

手塚が大石にドイツ行きを告げた理由・・・私の中では青学二本柱だからじゃないかな?

と・・・考えて書いてみました☆

楽しんで貰えてると嬉しいですvv

そして、この場を借りて・・・今日で4周年です!

みなさんに支えられながらここまで来る事が出来ました。

本当にありがとうございますvvv

これからも私のペースで出来る限り頑張りますで、宜しくお願い致します!

2010.11.17