feel my love


                              (side不二)


緩やかな風が二人の間を流れた。

佐伯は真っ直ぐ僕を見つめている。

その目が微かに揺れた。



「周助・・」



懐かしい響きだった。

昔はお互いに名前で呼び合っていた。

だけど・・いつ頃からか使わなくなって・・・

きっかけは何だったんだろう?


ぼんやりと佐伯と視線を絡めていると、佐伯がスクっと立ちあがった。

そのまま僕の横に来ると、静かにベンチに座る。



「周助。泣きたい時は、泣いてもいいんだよ」



僕の左側に腰かけた佐伯は僕をみないまま語りかけるように言うと、右手で僕の頭を引き寄せた。

僕の頭は佐伯の胸に抱きこまれる形になった。



「こ・・次郎?」



突然の出来事に戸惑いを言葉に乗せたけど、佐伯は変わらない口調で呟いた。



「泣いてもいいんだ」



佐伯の声が僕の心の中にスッと落ちた。

胸から佐伯の温もりが伝わる。

僕は目がしらが熱くなるのを感じた。


・・・虎次郎・・



「うん。ありがとう」



そう伝えるのが精一杯で、僕はそのまま目を瞑った。






公園のベンチに男二人が寄り添って座る姿はみんなにどう映るだろう?

頭の片隅でそう思いながらも、周りの静けさと佐伯の優しさに甘えて僕は手塚の事を考えた。


手塚の姿、手塚の表情、手塚の声・・・・『大石は特別だ』

約1時間前の出来事

好きと特別・・・僕と大石・・・

手塚にとって僕の存在ってどれぐらいの意味があるんだろう?

僕は必要とされているのかな?

僕は大石を越える事は出来ないのだろうか・・・?

手塚・・僕は・・・・



瞑った目から涙がこぼれる。

食い縛った歯は、微かに震えた。


考えても・・考えても・・答えは同じ・・・・わからない。

君の気持ちがわからない。



「・・周助」



ずっと黙っていた佐伯が、僕の心の嘆きに反応するように名前を呼んだ。

僕の頭を撫でていた手に力を入れて、胸に押しつけるように抱く。

そして一呼吸おいて言った。



「俺の家に来ないか?」



えっ?家・・?


言葉が出ずに、肩で反応すると佐伯はそのまま言葉を続けた。



「遠慮する事はないよ。うちの家族は知っての通り共働きで帰って来るのが遅いし

 姉さんも最近よく友達の家に遊びに行っているから、この時間はたいてい俺1人なんだ」

「でも・・」



手の甲で目をこすると、ゆっくりと佐伯の胸から頭を上げた。

佐伯と目が合う。

佐伯は人差し指で僕のおでこをつついた。



「それにそんな顔で家に帰れないだろ?」



からかう様に微笑んで僕を見る。

僕は首を小さく横に振った。



「だけどそこまで甘えられないよ」



今、十分甘えているという自覚がある。

それなのにこれ以上僕の問題で佐伯を巻き込む事を今更ながら躊躇した。

だけど佐伯はそんな僕に不敵な笑みを浮かべた。



「One Chance One Shoot One Kill」

「えっ何?」

「俺の座右の銘」

「座右の銘って・・急にどうしたのさ・・?」

「兎に角・・周助は俺の家に来る事」



そう言うと佐伯は僕の腕をとって立ちあがった。



「虎次郎?」



佐伯のいつにない強引な行動に驚いていると、佐伯は僕の腕を掴んだまま歩き出した。



「それに確かめたい事もあるんだ」



佐伯の目は遠くの何かを睨む様な眼差しで、僕はそれ以上何も反論も出来ず佐伯に牽かれるまま歩いた。
















「あがって」



笑顔で通された玄関をくぐると、佐伯が言っていた通り家には誰もいないようだった。



「俺は飲み物入れて上がるから、周助は先に部屋に行っててくれよ」

「そんな。僕も手伝うよ」



玄関を上がってそのままキッチンへと向かう佐伯の後ろについて行こうとすると、佐伯が振り返って僕を手で制した。



「いいよ。周助はお客さんだからね。上がって待っててくれ」



声はいつもの優しいトーンだけど、目が僕の行動を許さない。

僕は小さくため息をついて微笑んだ。



「わかった。上で待ってる」



佐伯は頷くと、そのまま背を向けてキッチンへと向かった。











部屋へ入ると僕は鞄を置き、ゆっくりと腰を下ろした。


いつ以来だろう・・・?

佐伯が引っ越して以来、休みの日に何度か足を運んだ事がある。

それでも前に来たのはいつだったのか容易には思いだせないぐらいに久しぶりだった。


でも・・・・変わらない。


思わず笑みがこぼれてしまうほど、全ての物が決まった場所に収められている。

それは昔から変わらない、佐伯の性格を表した様な綺麗な片づけられた部屋だった。



「周助。悪い。ドアを開けてくれるか?」



ぼんやりと部屋を眺めながら待っていると、佐伯は数分もしないうちに上がってきた。



「ああ。うん」



僕は急いで立つと、部屋のドアを開けた。

佐伯はトレーに紅茶セットをのせて入ってきた。



「これしかなかったんだけど。いいよな?」



言われてトレーの上を見ると、ティーポットの蓋から糸が垂れて黄色いラベルが出ている。



「うん。大丈夫。僕には観月のようなこだわりはないから」

「観月?ああ。ルドルフの・・そういえば彼は紅茶好きだったな」



佐伯は一瞬考える素振りをみせて笑った。

僕も一緒になって笑う。



「それよりも・・このティーセットいいよね?」



紅茶は兎も角、佐伯が運んできたアンティークのティーセットに目を奪われ僕は手に取った。



「ああこれは父さんが旅行に行った時にみつけたとかで、俺には価値とかはよくわからないんだけど・・」

「いいんじゃない。僕はこういうの好きだよ」

「そうか。じゃあこのティーセットを使って正解だったな」



佐伯が白い歯を見せて笑う。



「えっ・・正解って・・・?」



佐伯の言い方が少し気になって、その事を聞こうと思った時に佐伯の携帯がなった。



「おっと・・ごめん周助」



佐伯はポケットから携帯をだすと、僕に断りを入れてから携帯に出た。



「もしもし。剣太郎。ああ。うん。」



どうやら相手は六角の一年部長らしい

佐伯は僕を見ると、指でティーポットを指した。


ん?あぁ・・カップに注げって事だね。


僕はカップをトレーに戻すと、その中に紅茶を注いだ。

佐伯はその姿を見て頷きまた話に戻る。



「そうか。うん。助かるよ」



僕は耳だけ佐伯の方に向け、2人分の紅茶を用意した。



「それはまた話すから。うん。それじゃあ。よろしく」



佐伯は携帯を切ると、カップに手を伸ばした。



「ありがとう周助」

「いえいえ。それより剣太郎くんの方は良かったの?」



僕も同じようにカップに手を伸ばした。



「あぁーそれが・・今からまた電話をかけないといけない」

「剣太郎くんに?」

「いや。別の奴なんだけどね」

「何かあったの?」

「いや・・たいした事ではないんだけど・・でもちょっとここではかけずらいから下で話してくるよ」

「僕なら気にしなくて構わないよ」

「そういう訳にはいかないよ。六角の未来がかかる話だからね」

「六角の・・・そうか僕達は引退したとはいえ敵同士」

「そう。だから企業秘密もあるって訳さ」



佐伯は紅茶を一気に飲み干すとトレーに置いた。



「じゃあ悪いけど・・周助はゆっくりしてくれてていいから」

「ありがとう。適当に寛いでいるよ」



頬笑みを交わすと、佐伯は左手に携帯を握ってドアを出て行った。

僕はドアが閉まる寸前まで、佐伯が握っていた携帯をじっと見つめていた。


・・・携帯・・・・・・


僕は思い出したように制服の上から自分の携帯を触った。

校門を出た時に電源を落としてから一度も開いていない。

手塚は・・・あれから僕に連絡をしてきたのだろうか・・・・?


職員室で別れた時の手塚の顔を思い浮かべる。

僕に叩かれた左頬を抑えて、職員室から飛び出してきた竜崎先生を呆然と見ていた。

あの後、手塚はどうしたのだろう?

きっと竜崎先生に僕との事を聞かれたよね。

でもその後は・・・

少なくとも校門を出るまで君が僕に追いつく事も・・・

携帯が鳴る事も無かった。

僕はポケットから携帯を出した。

二つ折りになった携帯を開く、画面は真っ暗なままだ。


もし今、電源を入れれば・・・

君から何か連絡が来るのだろうか?

それとも僕から連絡が入るのを待っているの?


・・・わからない。

やっぱりわからないよ。

僕は本当にどうすればいいの?

君とどう向き合えばいい?



『そうかドイツ行き。決めたんじゃな!』

『はい』



・・・・・・・・・・・・・そう・・・だったね。

君はドイツへ行く。

僕達の時間はどちらにせよ・・もう残り少ない。

答えが見つからないままでも、僕達の関係は時期に終わりを告げる。

それなら・・・もう君と向き合う事を考えても仕方がないよね。

このまま何事も無かったように、君を忘れてしまうのが一番いいのかも知れない。



「電源入れないのか?」

「えっ?」



真っ暗な画面をジッと見つめる僕の頭上から、覗きこむように佐伯が顔を近づける。

僕達は至近距離で目が合った。



「虎次郎・・・」



いつ戻って来たのだろう?

全く気付かなかった・・・



「そんな顔して考え込むぐらいなら、ハッキリさせればいいのに」



佐伯は僕の目を見据えて言う。僕は佐伯から目線を外した。



「な・・何を・・?」

「今悩んでいる事じゃないか。それとも考える事自体を諦めるのか?」

「・・・・」



驚いた。言葉も出なかった。

僕が今携帯画面を見て悩んでいた事が全て見透かされていたような言い方じゃないか。



「まぁ・・それが周助の出した答えならそれもいいけどな」



それだけ僕がわかりやすく失望の色を出していたというのか・・・

情けない・・・僕は何処まで甘えているんだ。



「虎次郎・・僕は・・」



僕は恥ずかしくて咄嗟に言葉を紡ごうとした。

だけど佐伯は僕の言葉を遮る様に話しを続ける。



「いや・・そうだな。うん。考えるのをやめるのは正解だよ」



明るい声で言いきると、佐伯は僕の右横に腰を下ろした。

僕達は改めて同じ目線で目が合った。



「周助は手塚なんかやめて、俺にした方がいい」

「・・・えっ?」



何・・?今・・・手塚なんてやめて・・・・・・って言ったの・・・?


思考が一瞬停止した。

佐伯の言葉が理解出来なかった。

僕は佐伯に手塚の事を伝えていない。

それなのに手塚の名前が佐伯の口から出てくるなんて・・

いやそれもだけど・・・俺にした方がいいって・・・・それって・・・


佐伯は真っ直ぐ僕を見ている。

その顔からは笑顔は消え、眼差しは真剣そのものだ。


虎次郎・・・本気なの?


嘘を言ってるようには見えないその眼差しに僕は息を呑んだ。



「好きだよ周助」



・・・うそ・・・ホントなの・・・!?


僕の動揺の隙をつくように、佐伯が顔を近づける。


はっ!!駄目だ!!!


僕は唇が触れる寸でのところで、顔を背けた。



「ちょっちょっと待ってよ」



片手で佐伯の肩を押し、体を捻って佐伯と距離をとる。



「何を待つの?」



佐伯は僕の動揺とは裏腹に涼しい顔で僕との距離を縮めた。



「こんなの急に困る」

「こんなのって何?」



佐伯は僕をからかう様に質問で言葉を返す。

僕は唇を噛みしめた。



「怒るなよ周助。家に来る前に俺の座右の銘を教えてやったろ?」

「座右の銘って・・・」

「One Chance One Shoot One Kill」



佐伯が不敵に笑う。



「一度のチャンスでものにする。俺はこのチャンスに賭ける事にしたんだ」

「賭けるって・・・」

「俺は本気だよ。周助を俺のものにするって決めたんだ」

「そんなの僕の気持ちは・・・」

「それに考える事を止めたんだろ?携帯に電源を入れず・・手塚との連絡手段も絶った・・」

「それは・・・」



言い返せない。

その通りだ。

僕はさっき手塚の事を忘れた方がいいと結論を出した。



「周助。昔からお前を一番に理解しているのは俺だ」



佐伯が僕の髪に触れる。



「俺は周助を悲しませるような事はしないよ」



佐伯の甘い声が、ぼくの脳を麻痺させる。



「俺を見てよ周助」



僕は言われるまま顔を上げた。

佐伯と目が合う。

その眼はいつもの優しい佐伯の目だった。



「好きだよ」



佐伯の想いが僕を包む。

僕はもう抵抗が出来なかった。

手塚への想いは、まだ胸の奥深くで屑ぶっている。

だけど幼馴染の想いは、僕の想いをそのまま包もうとしている。

このまま流されてしまうのも・・いいかな・・


僕が体の力を抜いた時だった。

佐伯の気配はまた僕の目前で止まった。



「賭けをしないか周助?」

「えっ?」



僕が驚いて目を開けると、目の前にいた筈の佐伯は僕から距離をとって座っていた。



「さっきの剣太郎の電話を覚えてる?」

「企業秘密の話・・?」

「そう。それ。実は企業秘密というのは嘘で、手塚の携帯電話の番号を調べて貰ったんだ」

「手塚の!?」

「うん。確か青学と合同合宿をした時に、剣太郎が名簿のようなものを作っていたからね」



佐伯が楽しそうに笑う。


僕の知らない所で手塚の携帯番号を調べるだなんて・・・・手段なんてどうでもいい。



「どうしてそんな事を・・・手塚の携帯番号を調べたりしたの?」



僕は鋭く佐伯を睨んだ。



「俺が話をしたかったからだよ」



佐伯もまた鋭く僕を睨んだ。



「だって許せないじゃないか。

俺の知らない所で周助に手を出しておいて、こんな顔させるなんてさ」

「こっ・・虎次郎っ」

「言い訳なんてするなよ周助。俺はお前がずっと好きだったんだ。

だから言わなくても2人の関係が今までと違う事はわかっていた。気が付いていたんだ。

それでも周助が幸せならと、俺は何も言わなかった」



佐伯の眼が揺れる。



「俺は一度諦めた。だからもう次は退かない」



僕は胸が締め付けらるのを感じた。

虎次郎がこんな風に僕を想っていてくれたなんて・・・

僕はずっと幼馴染でいい友人だと・・何も考えずに甘えていたのに・・・



「だからここで賭けをしよう周助」



佐伯が腕を捲くり腕時計を見る。



「俺はさっき手塚に俺の気持ちを伝えた。

 そのうえで1時間以内に周助を迎えに来なければ俺のものにすると伝えてある」



えっ!手塚に・・!?

それも1時間だなんて、手塚がどこにいてるのかもわからないのに?

いや違う・・そうじゃない・・それ以前の問題だ。

これは賭けにならない。



「虎次郎・・手塚は来ないよ・・だから賭けにはならない」



僕は自分の眼を手で覆った。

あの時手塚は追いかけてこなかった。

それはきっと手塚も僕と同じ考えに行きついた・・

いや元からそう考えていたのかもしれない。

ドイツへ行く事を決めた時点で、僕達の関係は時期に終わりを告げる。

それなら何事も無かったように、僕を忘れてしまうのが一番いい。

そう考えていたんだ。だからきっと手塚は迎えになんて来ない。



「いや賭けになるよ。周助は手塚が迎えに来る方に、俺は迎えに来ない方に賭ける」



えっ!?



「それじゃあ僕の負けは決ったもんじゃないか」



それなら賭けなんてする必要はない。


顔を上げると佐伯は笑顔を見せた。



「そうゆう事になるかな?でも周助は俺の話を聞いて心の何処かで期待してるだろ?」

「期待だなんて・・そんな・・」

「手塚がここに来るかもしれない。来て欲しいってね」



見透かされてる・・・確かに虎次郎の言う通りだ。

僕は虎次郎の話を聞いて、少なくとも僅かな期待をしてしまった。

でも・・・手塚は・・



「・・きっと来ないよ」



冷静に考えればこの流れで手塚が来るなんて思えない。


俯く僕に佐伯は小さくため息をついた。



「それを矛盾っていうんだよ周助。来て欲しい・・だけどきっと来てくれない。

どちらにせよ気持ちは手塚に残ったままだ。なら来る方に賭ければいい。

信じたけど無駄だった。それぐらいしないと周助も踏ん切りがつかないだろ?」

「踏ん切りだなんて・・・僕は・・」



僕は・・・そうだね・・それぐらいした方がいいのかも知れない。

虎次郎は本当に僕の事を良く知っている。



「それに俺にだってプライドがあるんだよ。

手塚を引きずる周助を無理やり自分のものにしても嬉しくともなんともないからね」

「虎次郎・・・」

「だけど俺の誘いに手塚が答えず周助を迎えに来ないとなれば周助も本当に手塚を諦めるしかない」

「・・・うん」

「ここでハッキリさせよう周助。白か黒か・・」

「・・白か黒・・」

「そう。流れに身を任せるんじゃなくて、手塚が黒なら改めて俺に身を任せればいい。

俺もそうなれば心おきなく周助を自分のものできる」



佐伯は白い歯を見せて爽やかに笑う。


そうか・・わかったよ虎次郎。君は僕の為に動いてくれているんだね。



「虎次郎はそれでいいの?」

「もちろん。だから俺の座右の銘を教えてやったろ?」



こんな僕の為に・・・

秘めていた想いを僕に告げてまで・・・

それなら僕も、もう泣き言は言わない。

君の賭けに乗るよ。



「それにもう賭けは始まっている」



佐伯は僕に腕時計を見せた。



「24分32秒・・・残り約35分・・・

手塚が俺の家に着かなければ周助も覚悟を決めろよ」

「うん・・・わかった」




手塚・・僕はこの賭けに乗ったよ。

黒か白か・・・

答えは35分後・・・







最後まで読んで下さってありがとうございます!


今回はサエさんを活躍させようと・・座右の名なんてものを取り入れたのですが

One Chance One Shoot One Kill(一度のチャンスでものにする)

流石サエさんですよねvvv

この時点で不二を家に連れ込もうと決めました☆

という訳で・・次は手塚編です。もう暫くお付き合いください。

2011.3.1