(side手塚)
「それはどういう意味だ?」
俺の問いに佐伯はいつもの口調で答えた。
『そのままの意味だよ。
手塚が1時間以内に俺の家に不二を迎えに来る事が出来れば君の勝ち。
無理なら負け。不二は俺のものになる。体も心もね』
「それを・・・それを不二は承知しているのか?」
『いいや。言ってない。何も言わずにここに連れて来た』
「では、承知していないんだな」
『そうだね。でもこの際不二の気持ちなんてどうでもいいんだ。
俺はもう限界なんだよ。あんな辛そうな顔の不二を見るのも・・・
自分の気持ちを隠し通すのもね』
「佐伯・・?」
『手塚・・はっきり言うよ。俺はずっと前から不二が好きだった』
「!!!!!」
大石と別れて学校を出た後、俺は不二と一緒に立ち寄った事のある場所を探して歩いた。
公園、河原、図書館
だがどの場所にも不二の姿はなく、図書館を覗いたところで俺は途方にくれていた。
家にはまだ戻っていないらしい。
では、他に立ち寄る場所は・・・裕太くんの所か?
いや不二に限って、こんな時に裕太くんの所へはいかないだろう・・
では何処へ・・?
やはり一緒に訪れた場所を探した方がいいのか?
しかし他には・・・・・・・・・・海・・・?
あの日訪れた場所・・・まさか不二はそこへ?
俺の足は自然に駅へと向かった。
一か八かの賭け・・・・そんな時に携帯が鳴った。
知らない番号だったが、不二からの連絡かもしれないと思って出た。
俺の予感は当たった。
不二の居場所を知る人物からの連絡だった。
しかし・・・
『手塚。俺にも譲れないものがある。君にももちろんあるだろう』
「佐伯」
『だから連絡したんだよ。何も言わないのはフェアーじゃないからね』
「だが不二はこの事を知らないんだろう?それならば・・・」
こんな話を聞かされるとは・・・
こんな・・・
『力ずくでものにするよ。気持ちなんてあとからどうにでもなる』
「そんな馬鹿な真似はっ!」
『止めたいなら急ぐ事だね』
「佐伯っ!」
『でも1つだけ忠告しておくよ。
中途半端な気持ちで迎えに来るぐらいなら。来なくていい。
不二が不幸になる』
「くっ・・・」
『手塚。良く考えてから行動してよ。俺なら不二を幸せに出来る。
君ならどうなのかな?1時間後楽しみにしているよ。じゃあ・・』
「あっ!おいっ!ちょっと待て!まだ話は・・・」
佐伯は言いたい事を一方的に言って携帯を切った。
俺は暫く呆然と携帯を眺めた。
もしこのまま迎えに行かなければ、不二は佐伯のものになる。
佐伯は本気なのだろうか?
不二を力ずくで・・・・?
そんな事を不二が許す筈が・・・・
俺は自分の左頬を触った。
あの時の不二の顔
今の不二なら容易く佐伯に落ちてしまうかも知れない・・・不二・・・・
そんな事はさせない。
俺は携帯を睨むと、大石へかけた。
「もしもし大石か・・不二の居場所がわかった。ああ。今から行ってくる。
いや。俺1人でいい。それでだ・・・六角の佐伯の住所はわかるか?」
電車に乗った俺は、ドア付近に腕を組んで立った。
ゆっくりと景色が流れ出す。
こんまま行けば、ギリギリ間に合うか・・・・?
大石に連絡をした数分後に、乾から佐伯の住所と共に地図が送られて来た。
そこにはありがたい事に、最短で着く詳しい道順まで書かれてある。
どう大石が乾に説明したかはわからないが、乾のデータがこれ程有りがたいと思った事はない。
ただ気になるのは、その道順でも時間的にはとても厳しいという事だ。
俺は窓の外を睨んだ。
もし間に合わなければ不二は・・・
窓ガラスに映る自分と目が合った。
眉間に深い皺が刻まれている。
俺は小さくため息をついた。
焦ったところで電車の速度があがる訳でもない。
今は無事に着く事だけを祈ろう。
佐伯の家から不二を連れ出して、その後は不二に俺の想いを伝えよう。
俺の想いを・・・
『中途半端な気持ちで迎えに来るぐらいなら。来なくていい。
不二が不幸になる』
佐伯・・・
痛いところをついてくる。
この先、俺の行動で不二のこれからが決まる。
そんな事はわかっている。
俺自身、不二を迎えに行く事にもう何も躊躇いはない。
結果が怖くても、伝えなければ始まらないという事に気付いた。
足らなかった言葉は、言葉で埋めなければいけない事にも気付いた。
だが・・・
『良く考えてから行動してよ』
佐伯の言葉は、そんな俺の心に影を差す。
中途半端な気持ちで迎えに行くのではない。
それは誓って言える。
しかし・・・その結果、不二との関係が上手く行くかはどうかはわからない。
俺の言動が、不二を迷わせ不幸にするかもしれない。
『俺はずっと前から不二が好きだった』
佐伯・・あの言葉はきっと本当だろう。
今思い出せば、心当たりがいくつもある。
不二から聞く話、試合会場で会った時の行動・・・
そういえば青学に不二を迎えに来た時もあったな。
あれは1年の・・・そうかあの時にはもう佐伯は不二の事を・・・
俺は腕を組んだまま俯き目を瞑った。
『俺なら不二を幸せに出来る』
力強い言葉だった。
佐伯ならきっと言葉通り不二を幸せにするだろう。
傍で不二を支え、喜びを分かち合い一緒にテニスの高みを目指せるだろう。
俺は・・・俺はどうなんだ?
ドイツへ行くと決めた俺よりも、佐伯の方が不二に相応しいのではないか?
このまま迎えに行かなければ・・・不二は幸せになれる・・・
不二は・・・
『力ずくでものにするよ』
俺は首を振って、顔を上げた。
窓の外を見ると、遠くに海が見える。
駄目だ。やはり今不二を手放すなんて事は出来ない。
我がままだと言われてもいい。
俺の想いを伝えて、不二が迷ったとしても・・
それでも俺は不二を手放す事など出来ないんだ。
愛している。
佐伯に言わせれば、俺の想いなど最近芽生えたように思うだろう。
佐伯が不二を想っていた年数に比べれば、ずっと短い。
それはかえがたい事実だろう。
しかし・・・この想いを譲ることなど、到底出来ないのだ。
不二を想う気持ちは誰にも負けない。
迷わせても・・拒まれても・・不二に伝える。
ドイツへ一緒に来て欲しいと・・・
電車がゆっくりホームに入って行く。
俺はドアの前に立った。
佐伯・・悪いな。
不二は必ず返してもらう。
電車を降りて乾の指示通りの道で行くと、約束の時間5分前に佐伯の家についた。
俺は佐伯の家を見上げると、深呼吸をしてインターフォンを押した。
間に合ったな・・・
時計を確認して、応答を待つ。
だが中からは何も反応がない。
俺はもう一度インターフォンを鳴らした。
しかし・・やはり中から誰かが出てくるという気配がなかった。
まさか・・・
俺は表札を確認して、もう一度インターフォンを鳴らした。
佐伯・・・
俺は意を決して、敷地内に足を入れた。
そのまま玄関へと進み、ドアに手をかけ勢いよくあける。
玄関先には、不二の靴と佐伯のものと思われる靴が並んでいた。
俺はそれを確認すると、一歩中へ入りドアを閉めた。
「佐伯っ!いるか!?」
室内はシンと静まりかえっていた。
俺の呼びかけに、誰も反応しない。
家族は留守の様だな。
しかし・・・
玄関先に並ぶ靴を見る限り、佐伯と不二が家の中にいるのは確かだ。
俺は躊躇うことなく、靴を脱ぎ玄関先に上がった。
2階へと続く階段を見る。
上か・・・
俺は脇目もふらず階段を上った。
上がった先には、3つ部屋があった。
手前二つの部屋のドアは開いており、奥の部屋だけが閉められている。
あそこか・・?
俺は迷わず部屋まで進み、ドアノブに手をかけた。
「佐伯。不二を迎えに来た」
ドアを開け、部屋に入る。
ベッド、机、テーブル・・・
部屋には一瞬誰もいないように見えたが、目線を下げるとテーブルの陰に隠れるように、佐伯の背中が見えた。
佐伯・・・・・と・・ふ・・じ!?
次の瞬間俺の何かがはじけ飛んだ。
目の前に広がる光景
佐伯の下に敷かれる不二。
唇はしっかりと佐伯に塞がれ、目だけが大きく見開かれて俺を見ている。
「貴様っ!!」
俺はそのまま歩み寄り、佐伯の背中のシャツを掴むと強引に持ち上げた。
佐伯がゆっくり俺の方を見る。
「意外と早かったじゃないか。手塚」
フッと笑う佐伯に、俺は左拳に力を入れた。
「許さんっ!!」
俺はそのまま力まかせに佐伯の顔面を殴った。
佐伯はベッドの方へ吹っ飛んで行った。
「手塚っ!やり過ぎだよっ!!」
俺の足に縋る不二を見下ろす。
不二のシャツの胸元が開いているのに気付いた。
「不二・・・」
俺は不二の腕を掴むと、上へと引き上げ無理やり立たせた。
向かい合うように立った不二のシャツを両手でしめる。
「ボタンを留めろ」
「あっ・・」
不二は頬をほんのり染めて、慌ててボタンを留めている。
俺はその姿にいいようのない怒りを覚えた。
何故不二は佐伯を庇う?
こんな目に遭ったというのに・・・
「帰るぞ」
「えっ?でも・・・」
不二が佐伯の方を見た。
佐伯は顔を押さえながら『イタタタ・・』とベッドの上で起き上がろうとしているところだった。
だが・・だから何なんだ?
「何か問題でもあるのか?」
「問題って・・・・・」
不二の目が戸惑いを浮かべている。
明らかにその態度は佐伯を心配していた。
何故だ?何故佐伯を心配する?
俺のイライラは更に増した。
「帰るぞ。不二」
俺は不二を睨むように見下ろすと、部屋の隅にあった不二の鞄を肩にかけ強引に不二の腕を引っ張った。
そのまま振り返らずに、佐伯の部屋を出る。
不二は一瞬躊躇ったようだが、おとなしくついてきた。
何故だ?
俺は時間に間に合った筈だ。
それなのに何故佐伯は不二を襲う?
『力ずくでものにするよ』
あれは俺が時間内に着かなければ・・という話だったんじゃないのか?
それよりも・・・何故不二は抵抗しなかった?
俺が迎えに来た事はわかっていた筈だ。
それなのに・・・
抵抗出来なかったという事か?
いや・・・それよりも何故殴られた佐伯を庇う?
佐伯は殴られても当然の事をしたじゃないか。
不二が受け入れた・・という事なのか?
佐伯の家を出た後、俺達は無言で駅へと向かった。
電車に乗りドア付近に並んで立った。
不二は電車に乗ってから、ずっと窓の外を見ている。
俺も同じように外を見た。
わからない・・・
不二は今、何を考えている?
佐伯の事を心配しているのか?
それとも・・・怒っているのか?
不甲斐ない俺を・・
ドイツ行きを告げず傷つけ、佐伯からお前を守れなかった俺を・・
不二・・・
電車がゆっくりとホームへ入って行く。
重い沈黙はまだ続いていた。
目も合うことなく、ただ一緒に歩いている。
そんな状態で改札を出た。
そこで不二が沈黙を破った。
「手塚」
「なんだ?」
「僕の家はこっちだから・・じゃあ」
俯いたまま立ち去ろうとする不二。
俺は素早く腕を掴んだ。
「帰るな。話がある」
「・・僕は・・」
「ついて来い」
不二は顔を上げない。
いつまでも路面を見つめている。
俺は不二の腕を握る手に力を入れた。
「大切な話なんだ」
「・・・・」
「頼む」
不二がようやく顔を上げた。
驚いた顔をしてまた目線を逸らす。
「わかった。ついて行くよ」
不二は言葉の通りついて来た。
俺の後ろを俯いたままついて来る。
頼む・・と言ったから渋々ついて来ているのだろう。
気持ちは・・佐伯に向いているのか・・?
俺は不二を盗み見て、前を向いた。
これでは俺が何処に向かっているのか気付いていないだろうな。
「着いたぞ」
「えっ?」
目的地について声をかけると、不二は顔を上げて目を見開いている。
「ここ・・・」
「入ってくれ」
俺は門を開けると、不二を誘い入れた。
「でもここって手塚の家・・?」
「そうだが・・何か問題があるのか?」
「問題も何も、僕は家に上がるつもりは・・」
「佐伯の家には上がれて、俺の家には上がれないというのか?」
「それはっ・・・・」
「ゆっくり話がしたいんだ。茶も出す。上がってくれ」
「・・・わかったよ」
不二は髪をかきあげて、目線を逸らすと門をくぐった。
そのまま玄関を上がり、俺の部屋まで誘導する。
俺は道中ずっと考えていた。
不二に俺の想いを伝える。
それは不二が今どんな状態でも、伝えなければいけない事だと気付いたからだ。
そもそもの原因は俺にあり、答えを出すのは不二だ。
どんな答えが返ってきたとして、伝えなければ始まらない。
だが・・・その前にどうしても確かめたい事が出来た。
不二は佐伯を受け入れたのか?
今、不二の想いを占めるのは佐伯なのか?
だからずっと俯いて・・黙っているのか?
佐伯を心配しているのか?
俺は気付いたんだ。
不二の姿を見ていると、俺の事を怒っているというより・・戸惑っているようにしか見えない。
俺は自分の部屋へつくと、ドアを開け不二を先に入れた。
その横顔をしっかり確認して、俺も続いて入りドアの鍵を閉める。
それに不二が気付いた。
「手塚・・?」
俺は鞄を肩からおろすと、そのまま不二の前に歩み出た。
「どうして鍵なんて・・・」
不二の髪・・不二の目・・不二の唇
先程の光景が蘇る。
・・・・・・許せない。
俺の想い・・不二の佐伯へ対しての想い・・色んな事を考えたが
最終的に今の俺を占めるのは、息苦しくなるほどの嫉妬だ。
俺の不二に触れた佐伯が許せない。
佐伯を拒まなかった不二を許せない。
そこまで不二を追い込んだ自分が許せない。
俺は不二を抱きしめると、強引に不二の顔を上に向かせた。
不二の目が大きく見開かれる。
「て・・づか・・?」
もう理性では押さえられない・・・
俺はそのまま不二の唇に自分の唇を重ねた。
不二は・・俺のものなんだ。
手塚・・足らなかった言葉は、言葉で埋めるんじゃなかったの?
という訳で、グルグル考えていた手塚・・・暴走しました☆
やっぱりね。器用貧乏なサエさんにもおいしいとこあげたいし・・・
不二が苦労した分、手塚も痛い目見た方がいいのかな?なんて思ったんですけど・・・
楽しんで頂ければ嬉しいです。
そして次は、不二です。これが最後の話になると思います。
なのでもう暫くお付き合い下さいね。
2011.6.30