feel my love

                                  (side不二)





「て・・づか・・?」


・・んんんん・・・・・

何度も何度も重ねられる唇に、言葉を紡ぎだす事ができない。

息が上がって頭の中が白くなりかけた時、手塚が圧し掛かる様に、僕をベッドの上に押し倒した。


えっ・・・!?


僕は手塚に組み敷かれる形になり、下から手塚を見上げる。

手塚は右手で僕の腕を押さえながら、左手で眼鏡を外していた。


ちょっと・・・まさか・・



「て・・手塚・・腕を離してくれないかな?」

「何故だ?」

「何故って・・それは・・」

「俺は嫌か?」

「なっ・・、嫌とかそういう問題じゃなくて・・」

「佐伯ならいいのか?」

「そんな事は言っていないじゃないか」

「じゃあさっきのアレは何なんだ?」

「さっきの?あっ・・あれは・・」



僕は手塚から目線を外した。


あれは・・



「いや・・言わなくていい・・」



えっ?



「手塚・・?」

「お前は俺のものだ。他の者に譲る気などない」

「・・・手塚・・」

「愛している」

「ちょっ・・ちょっとまっ・・・・んん・・」
















虎次郎の家のインターフォンが鳴る数分前だった。

それまで距離を置いて、世間話をしていた虎次郎が時計を見た。



「もう・・そろそろだな?」



僕も自然と時計を見た。


手塚が虎次郎の家に向かってるとすればそろそろ着く頃だ。

もし・・向かっていればの話だけど・・・



「周助そんな顔をするなよ」

「虎次郎・・」

「手塚が来る方に賭けているんだろ?」

「その言い方・・意地悪だよ」

「ハハハハハ」



虎次郎が声を出して笑う。



「じゃあ意地悪ついでに、もう少し意地悪しようかな」



そう言って立ち上がると、俺の横に座り直した。



「どういう意味?」



虎次郎の目を見る。

虎次郎は僕の目を見据えると、僕の肩に手を置いて虎次郎の方へと体の向きを変えさせた。



「なっ何?」

「手塚が周助をどれだけ大切に思っているか知りたくないか?」

「手塚が・・僕を・・?」

「不安なんだろ?」

「不安も何も・・ここに来るかどうかも・・・」

「そう。じゃあ決定だな。もし手塚が時間内にここに着けば周助は俺の指示に従う事」

「何それ?また賭け?」

「賭けじゃないよ。意地悪」

「意地悪って・・だから何なの?」



聞き返した時、虎次郎の家のインターフォンが鳴った。



「意外に早かったな」



虎次郎は時計を見ると、僕のシャツに手をかける。



「ちょっと虎次郎。何するんだよ?」

「3つほどボタン外させてくれないか?」



虎次郎は言いながら、1つ目のボタンを外した。

僕はそれを手で押さえる。



「意味がわからないんだけど?」

「さっき言ったじゃないか・・意地悪」

「それじゃあ答えになってない」



またインターフォンが鳴った。



「出ないの?」

「出ないよ。玄関のドアの鍵はかけてないから」

「それでも普通は入って来ないよね?」

「普通ならね。さっ・・手をどけて周助。ボタンが外せないじゃないか?

 それとも自分で外すのか?」

「だからそれの意味がわからないんだけど?」

「手塚がどれだけ周助を大切に思っているのか知りたいんだろ?」

「手塚が僕を・・?」



不意をつく虎次郎の真剣な声に、シャツを押さえる僕の手が緩んだ。

その隙を見逃さず虎次郎が僕のシャツのボタンを外す。

またインターフォンが鳴った。



「もう時間はないな・・・」



虎次郎は呟くように言うと、僕をゆっくりと押し倒した。



「ちょっと・・虎次郎?」



驚いて虎次郎の肩を押すと、虎次郎は僕の手首を掴んだ。



「知りたいんだろ?手塚の気持ち?」

「だからってこんなの・・・」

「佐伯っ!いるか!?」



手塚の叫ぶような声が聞こえた。



「て・・づか・・・」



本当に来たんだ・・・



「ほら早くしなきゃ手塚がここに来てしまう」

「虎次郎・・」

「俺も確かめたいんだ。手塚が周助をどれだけ大切にしているか・・だから・・」



虎次郎の目が揺れている。

幼馴染でずっと一緒で・・僕が困った時にはいつも手を差し伸べてくれた。

今回だってきっとこんな事が無ければ、僕に想いを告げるなんて事はしなかっただろう。

陰で見守り支えてくれていたに違いない。

それをこんな損な役回りで・・悪役みたいな事をしてまで僕の背中を押してくれている。

僕はそんな虎次郎にどう償えばいいんだろう?

この恩をどう返せばいいんだろう?

今は全てを虎次郎に任せるのが、僕が出来る精一杯の出来る事・・



「わかった。どうすればいい?」



虎次郎を見上げると、虎次郎は僕にかぶさる様に顔を近づけた。



「周助・・手塚とキスした事ある?」

「えっ?」

「あるんだな・・じゃあ。心おきなく意地悪が出来るよ」



そう言って虎次郎が僕にキスをするのと、手塚が部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。


えっ・・嘘・・・?



「佐伯。不二を迎えに来た」



手塚の声が虎次郎の部屋に広がる。

僕はその声に反応するように体を揺らした。

しかし唇はしっかり塞がれ、体も固定されている。


虎次郎・・これは・・どういう事?


僕は目だけを手塚に向けた。

手塚は部屋に入ると、確認するように辺りを見て最後に僕を見つけた。

手塚の顔色がみるみる変わる。

普段から難しい顔をしているけど・・その比にもならない。

目はつり上がり、体全体で怒りを表している。

そんな手塚を見るのは初めてだった。



「貴様っ!!」



手塚は叫ぶと、佐伯のシャツを掴んで強引に持ち上げた。

その一瞬虎次郎と目が合った。

虎次郎は手塚には聞こえない小さな声で『良かったな』と微笑んだ。

その虎次郎が手塚の方へ振り向くと、明るく手塚に言った。



「意外と早かったじゃないか。手塚」



手塚を挑発する様な態度。手塚が左拳に力を入れたのがわかった。


駄目だっ!



「許さんっ!!」



気付いたのに声には出なくて、次の瞬間虎次郎は顔面を殴られベッドの方へ吹っ飛んで行った。



「手塚っ!やり過ぎだよっ!!」



手塚が僕を見下ろす。



「不二・・・」



手塚は無表情のまま僕の腕を掴むと、上へと引き上げ無理やり立たせた。

向かい合うように立った後、僕のシャツを両手でしめた。



「ボタンを留めろ」

「あっ・・」



僕はそこで初めて、シャツのボタンを開けていた事を思い出した。

慌ててボタンを留める。

そして虎次郎の行動の意味を理解した。



意地悪・・手塚を挑発して・・煽って・・



「帰るぞ」

「えっ?でも・・・」


『手塚がどれだけ周助を大切に思っているのか知りたいんだろ?』



手塚を試したのか・・

どれだけ僕の事で、手塚が必死になるか・・それを見極める為に・・・

虎次郎は顔を押さえながら『イタタタ・・』とベッドの上で起き上がろうとしているところだった。

こんな僕の為に・・・虎次郎・・君は・・・

それなのに知らないとはいえ、手塚は冷たい口調で虎次郎を切り捨てる。



「何か問題でもあるのか?」

「問題って・・・・・」



僕のせいで、虎次郎がこん目にあっているというのに・・



「帰るぞ。不二」



複雑な思いでいると、手塚が僕を睨むように見下ろした。

そのまま部屋の隅にあった僕のラケットバッグを肩にかけると強引に僕の腕を引っ張った。

僕は慌てて虎次郎の方へ振り向いた。

虎次郎はベッドにあぐらをかくように座り、僕に手を振った。



『ば・い・ば・い・ふ・じ・・』



虎次郎の口がゆっくり動いた。


・・・不二・・・


胸の中が熱くなった。

虎次郎の優しさに泣きそうになった。

僕は黙って前を向いた。


佐伯・・ありがとう。


僕は手塚の後を、歩き始めた。











どれぐらい歩いただろう。

いつの間にか電車に乗り、僕達は青春台へと向かっていた。

窓の外の流れる風景を見る。


佐伯はあれからどうしただろう・・?


そう心の中で考えながら、僕は思い出していた。

いつから僕は虎次郎を佐伯と呼ぶようになったのか・・・

佐伯も自然に僕の事を不二と呼んでいたが、きっかけは僕が作っていたんだ。

1年のあの日・・僕を心配して来てくれた虎次郎に対して僕が佐伯と呼んだ。

手塚に虎次郎との関係を特別に思われたくなかったから・・だから僕は・・・

結局、手塚を諦めるなんて事出来ないんだな。

ドイツ行きの事を聞いて、傷ついて悲しくて、もう駄目だって何度も思っても

優しい佐伯を傷つけても、僕はやはり手塚を選んでしまう。


ねぇ手塚・・君は今、何を考えている?


ドア付近に並んで立っている手塚を窓越しに盗み見た。

手塚はずっと窓の外を見ている。

僕を迎えに来てくれて、僕の姿を見て怒った君に佐伯は『良かったな』と言った。

僕も君の我を忘れて怒ってくれている姿に嬉しいと思った。

僕の事で感情をむき出しにしてくれるという事は・・迎えに来てくれたという事は・・

少なくともまだ僕に気持が、残っていると感じたから。

でも・・君は佐伯の家を出てから、ずっと険しい表情を崩さない。

無言でただひたすら僕の少し前を歩く。

僕はどう君に話を切り出していいのかわからない。

ドイツ行きの事、さっきの佐伯とのやり取り・・・

根本的な事は何も解決していない。

僕の事を大切に想っていてくれたとしても、僕達はこれからどう向き合っていくの?

わからない・・・

手塚、教えてよ今、君が何を考えているのか?

僕達のこれからの事?

それとも・・・怒って、呆れているの?

あんな姿を見て、いい気はしないよね。

僕の軽率な行動を君は許せないでいるのかな?

手塚・・・


電車がゆっくりとホームへ入って行く。

重い沈黙はまだ続いていた。

目も合うことなく、ただ一緒に歩いている。

そんな状態で改札を出た。

僕はこの状況に堪えかねて、手塚に話しかけた。

今日はもう・・このまま帰った方がいいのかもしれない。



「手塚」

「なんだ?」

「僕の家はこっちだから・・じゃあ」



また・・とも言えず、僕は立ち去ろうとした。

だけどそれは許されなかった。



「帰るな。話がある」

「・・僕は・・」

「ついて来い」



顔を上げれなかった。

話って・・何?どんな話?

怖くて僕は、いつまでも路面を見つめた。



「大切な話なんだ」

「・・・・」

「頼む」



手塚が僕の腕を握る手に力を入れたのがわかった。

その後の懇願するような声に、僕は顔を上げずにはいられなかった。



『頼む』



そこまで手塚に言わせて・・僕も逃げるわけにはいかない。

いつかは話をしなきゃいけない事だ。



「わかった。ついて行くよ」



だから僕はずっと考えていた。

君の気持ち

僕の気持ち

これからの事・・・どう話を切り出すか、どう話を進めるか・・・

優先すべき事は何なのか?

佐伯の事も説明しなきゃいけないかな?

色んな事を考えていた。

だから行き先が君の家だとも気付かず、君の心の葛藤にも気付かず・・・

僕は君の家にあがり・・・そして・・・
















「・・・すまない」



手塚の落ち込んで消え入りそうな声に、僕はゆっくり目をあけた。

まだ周りがぼんやりとかすんで見える。

僕は重く気だるい体を動かせず顔だけ手塚の方へ向けた。

手塚はベッドサイドに座っていた。

俯き頭を抱えている。



「俺は何てことを・・・」



手塚の大きな背中が小刻みに揺れている。

僕は手を伸ばして、その背中に触れた。



「後悔・・しているの・・?」

「まさかっ!」



手塚は勢いよく振り向き・・・そしてすぐさま首を振った。



「いや・・後悔というか・・・お前の事を考えると、やはり・・・」



僕は手塚に微笑んだ。



「馬鹿だな・・手塚は・・」

「不二・・それは・・・」

「そのままだよ」



そのまま・・・


僕は右手の甲を顔の上に置いた。


君が後悔する事なんてない。


手塚が僕の顔を覗きこむ。



「・・・泣いているのか?」



僕の目から涙があふれていた。

もちろん悲しくて泣いているんじゃない。



「不二・・痛むのか?辛いのか?」



手塚が心配そうな声を出す。



「違うよ・・嬉しいんだ」

「・・・不二・・」



体は確かに痛いし・・辛いし・・鉛の様に重いけど・・・

それ以上に僕は今満たされている。

熱にうなされた様に、何度も囁く君の声


『愛している不二』


僕は嫌というほど、君の想いを知らされたよ。

そして僕の甘さにも気付いた。

君という人間をもっと理解しなきゃいけなかった。

もっと自信を持たなきゃいけなかった。

僕はこんなにも君に愛されている。


手塚・・今なら君が何故僕にドイツ行きを言わなかったのかがわかるよ。


僕は右手で涙をぬぐうと、天井を見つめた。



「手塚・・大切な話って何・・?」



だけど聞かなきゃいけないよね。

わかったとしても・・これを乗り越えなきゃ僕達は前に進めない。

手塚は「ああ」というと、僕の顔を上から覗き込んだ。



「俺と一緒にドイツへ行かないか?」

「・・・・・」



ドイツへ・・・やっぱり・・そうだったんだね。

君は僕を切り捨てる事なんて考えていなかった。

その逆だったんだ。

僕と一緒に歩んで行く道を選んでくれていた。

そしてそれが・・・僕を苦しめる事を知っていたんだね。

僕の答えがわかっていたから・・・手塚・・



「・・ごめん・・・今は一緒に行けない・・」



切り捨てるのは僕の方だったんだ。

手塚をどんなに愛していても、どんなに傍にいたくても今は日本を離れる訳にはいかない。

だって僕には・・・


僕の目からまた涙が溢れた。

今度は嬉し泣きじゃない・・本当に辛くて悲しくて心が引き裂かれそうだった。

そんな僕の涙を手塚は優しくぬぐってくれた。



「謝る必要などない。答えはわかっていた。俺は1人でドイツへ行く。

お前は裕太くんの傍にいてやってくれ」

「手塚・・」



やはり・・・君はわかっていたんだね。

裕太の事。

僕という存在がどれだけ裕太を苦しめ、追い込んでいたか・・・

自分ではどうしようもなかった。

守ろうとすればするほど逆効果になって、最後は大事な弟を青学に居られなくなるまでにしてしまった。

僕は裕太を守るどころか、傷つけるだけの存在になってしまった。

あれから1年・・

長い間あったわだかまりがようやく解けて、裕太は今新しく変わろうとしている。

才能を開花させ、僕を目標にすると言ってくれた。

僕はそれに応えなくてはいけない。

裕太の前を強い兄として、歩いて導かなきゃいけない。

それが僕に出来る、裕太への償い。

いや・・それだけじゃない・・本当は僕はまだ純粋に兄として弟の傍にいてやりたいんだ。



「そんな顔をするな不二。離れても気持ちが離れる事はない。

 俺はいつでもお前を想っている」

「手塚・・・ありがとう・・」



手塚の眼差しが優しい。

あんなにもう駄目だと思っていた、不安や絶望がそれだけで溶けて無くなる気がするよ。


大切なものは目にはみえない。


本当に・・そうだね。

そこにある幸せを、僕達は普段こんなにも見逃している。



「手塚。今日泊っていってもいい?」

「俺はかまわないが・・・家の方は大丈夫なのか?」

「うん。手塚の家に泊まるって言えば、反対なんてされないよ」

「そ・・そうか・・」

「手塚がこんなに手が早いって、家の人は知らないからね」

「ふ・不二っ!」

「フフッ・・」



楽しい・・幸せだ。

僕はもうこの幸せを絶対に手放したくない。

だから・・



「待っててね。手塚・・僕がいつかドイツへ行くまで」

「・・・不二」

「必ず追いかけるから、君と一緒に高みを目指すから」

「ああ。いつまでも待っている。俺の隣を歩くのはお前しかいない不二」

「愛してるよ。手塚」

「愛している。不二」



僕は手塚の首に腕を回した。


長く深い誓いのキスが交わされる・・・




手塚。

大切なものは目には見えない・・・


だけど見えてしまったからには、僕はこれからはもう大切なものを見失ったりしない。

必ず行くよ。ドイツへ。

君の許へ



僕はもう・・・揺らいだりしない。





                                 END






最後まで読んで下さってありがとうございます!


やっと塚不二連載最後まで来ました。

今回はドイツ行きと座右の銘をからめてみたのですが、どうでしたか?

二人の絆がより強くなっていくのがみえてくれると嬉しいのですが・・

って・・手塚暴走したけど・・大丈夫かな?

みなさんついてきて下さいました?

手塚を後先考えないタイプにしてしまったけど・・・彼そんなタイプですよね?

部活やめるーって言ってみたり、ひじ壊すまで試合したり・・(言い訳タイム中☆)

と、まぁそんな感じで・・・・・兎に角2人は愛し合ってるのだ!というまとめな訳ですよ!

楽しんで下さってると嬉しいですvvv

2011.10.6

PS.サエさんは・・・自分の意地悪がここまで手塚を暴走させるとは思っていな

かったのでバレた時点で手塚はサエさんにいじめられると思います☆

ちなみに不二の座右の銘は、大切なものは目にはみえない。

手塚は、敵は己の内にあり。

なんですよ。