会いたい夜は


 (side 英二)





『一緒のクラスになれるといいな』


2年に進級する時にもそんな話をして、結局一緒にはなれなかったけど

何処かで3年では・・・なんて淡い期待を持っていた。

まぁ現実なんてそんな甘いもんじゃないって事ぐらい俺にもわかってたんだけどさ

それでも期待なんてものは、勝手に湧いてくるもので



『僕が一緒なんだから、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?』



不二にそう言われても・・・


進級して3年6組の教室の前に立った時は、それなりに落ち込んだんだ。






「あっ!」

「どうした英二?」

「教室に数学の教科書忘れた!取りに戻らなきゃ!」

「今から?部活終わってから後で一緒に取りに戻ればいいじゃないか

そうじゃなくても今日は英二のクラスのHRが遅れてギリギリなのに・・・」

「でもっ!それだと忘れちゃいそうだし・・・今から取ってくるっ!」

「あっおい!英二っ!今からだとホントに部活に遅れるぞ!」

「大丈夫っ!かっ飛ばして行くからさ!大石は先に行ってて!」



だけどさ・・

大石はクラスが違っても、委員会が無ければこうやって俺を迎えに来てくれるし・・・

俺だって暇さえあれば大石のクラスに行くし・・・

結局のところは今までとそんなに変わりなくて、1カ月も経てばあの日落ち込んだのも忘れるぐらいになっていた。

横を向けば大石・・・それだけで幸せな気持ちになれるんだよな。

ニシシと含み笑いをすると、俺は猛ダッシュで教室へと向かった。















「数学の教科書・・机の中だったよな」



階段を駆け上がって、教室が近づくと俺は走る速度を緩めた。

ゆっくりと教室のドアの前に立つと、ドアは開いていて中から女子の声が聞こえてくる。



「へぇ〜誰か、残ってんだ?」



いつもは部活ですぐに教室を出てしまうから、誰かが教室に残っているなんて思ってもいなかった。

予想外の出来事に、まっいっか!と入ろうとして俺は足を止めた。


いやいや待てよ・・・もしかして・・・


放課後の教室

誰もいないのを利用して、誰かが誰かに告白?なんて事もあるかも知れない・・・

そんなところに入ってしまったら、バツが悪いってもんじゃない。

ここはちょっと様子を伺って・・・


俺はドアから、ひょこっと顔だけ覗かせた。


えっと・・中にいるのは・・・


気付かれないようにそっと見渡すと、窓際の席に固まる様にイス寄せて女子2人がコソコソ何かを見ている。


ハァ〜良かった。告白じゃないみたいだな。


俺は胸を撫で下ろすと、改めて窓際の女子達を見つめた。

キャーキャー騒ぐわけでもなく・・・時折何かを話しては、何かに目を落としている。


何してんだろ?


そんな姿に俺の好奇心が刺激された。


よ〜し・・こっそり近づいて、何やってるか覗いてみよう。


幸い女子達はその物事に集中しているのか、まったく俺の気配に気付いていない。

俺はそろりそろりと近づいた。



「何やってんの?」



女子の隙間に立つと、覗き込むように背後から話しかける。



「キャ!!」



女子達は、小さな悲鳴を上げると一斉に俺の方を見た。



「あっごめん。ごめん。脅かすつもりはなかったんだけどさ」



片手を頭の後ろにおいて、へへへと笑ったものの女子達の視線がいたい。


ヤバッ!見ちゃいけなかったのかな・・・?

でも、もう見えてしまったんだよな。

咄嗟に一人の女子が本を閉じたけど・・・こういう時に動体視力がいいと仇になる。


<好きな人からメールが来るおまじない>


そこにはそんな事が書かれていた。

好きな奴がいるんだな・・・そいつと連絡取りたいのか・・?

女子ってホントこういうの好きだよな・・



「だ、大丈夫だって!メールの事なんて、俺、誰にも言わないからさ!」



ニャハハって笑って、更にシマッタ・・と思った。

女子達は疑心の目を向けていただけで何も言っていない。

これでは見ましたと自分からバラしたようなものだ。

う〜〜〜どうしよう?


動揺がカラ笑いへと続く。


どうにかしてこの場を離れなきゃな。



「おっ俺さ。数学の教科書取りに来たんだよね!」



そう言いながら、1歩後ずさりをしてみた。

こうやって少しずつ距離を・・・と思ったん瞬間、深く溜息をついた女子に手首をつかまれた。



「わかった菊ちゃん。ちゃんと話をするから」

「へっ?いや・・俺は別に・・・」

「だから内緒にしておいてね」

「う・・うん。」

「共犯・・だからね」

「わ・・わかった」



不自然なまでの笑顔を見せる女子に、結局俺は逆らえなくて丸め込まれるように恋愛相談を持ちかけられてしまった。
















「わぁ〜ヤバイ・・・大遅刻だな」



青学ジャージに袖を通して部室を出ると、コートではみんなの声が響いている。

俺は急いで大石の姿を探した。


えっと〜大石・・大石っと・・・・おっ!いた!


コートの片隅で手塚と乾と何か話し込んでいる。

俺は3人の方へと駆け寄った。



「ごめ〜ん!遅くなっちった」



教科書を取りに行くと言ってこの時間。

なんていい訳をしていいかもわからなくて、俺は笑顔で誤魔化した。



「遅かったじゃないか?英二。教科書見つからなかったのか?」



大石が心配顔で俺を見る。

俺は言葉に詰まった。



「いや・・その・・教科書はあったんだけどさ・・・」



あったんだけど・・・

女子からほぼ強制的に聞かされた、恋愛相談

それがあまりにも真剣で切実で・・・

予定外に聞かされた話だったけど、とても引き込まれたんだ。

だから・・『内緒にしておいてね』あの言葉を裏切れない。

そんな気がして言えなかった。

なのに・・・



「菊丸が教室で女子に捕まった確立・・・」



乾がノートを広げて、いつものように確立を告げようとした。

大石が俺の目を見る。



「女子?」

「えっ?あぁ・・その・・」



ホント乾の奴・・・余計な事を・・・

心の中でチッと舌打ちすると、今まで黙って腕を組んでいた手塚が口を開いた。



「菊丸。グラウンド20周」

「えっ?」

「聞こえなかったのか?グラウンド20周だ」

「あっあぁ・・うん。行ってくる!」



俺は手塚の声に押し出されるように、テニスコートを後にした。
















ちょっと助かったかも・・・

いつもなら『げっ・・』と思う手塚の罰走だけど、今回はホントに救われた。

あのままあの場所にいたら、しどろもどろになりながら遅れた理由を話さなきゃいけなかったかもしれない。

そんな事になったら・・・女子達の想いを裏切るみたいで嫌だったんだ。


俺は走りながらぼんやりとグラウンドを見つめた。

グラウンドではサッカー部が練習をしている。

紅白戦だろうか?

チームに分かれて試合をしていた。

色んな声が飛び交って、激しくぶつかりあっている。



「あっ・・」



そんななか蹴られたボールが俺の方へ転がってきた。

俺は咄嗟にそのボールを拾った。



「菊丸っ!悪ぃ!放り投げてくれ」



そこへボールを追いかけて来た奴が走りこんできた。



「ああ。うんっ!」



俺はそいつにボールを投げた。



「サンキュー!」

「ああ」



ボールを受け取ったそいつは明るく手を上げて礼をいうと、ボールをスローイングしてフィールドの中へと颯爽と戻っていった。



偶然って・・あるのだろうか?


俺は戻って行ったソイツの背中を見つめて思った。

サッカー部3年・・・安宮

レギュラーで、わりとサッカー部でも名の知れた奴だ。

そして・・さっき俺のクラスの女子に聞いた。

想い人でもあった。


俺はゆっくりとグラウンドを走り始めた。

走りながらまたサッカー部を観る。

一度認識した安宮の姿は、易々と見つける事が出来た。


片思い・・か・・・

以前は同じクラスで、今回は別々のクラスになった2人

凄く仲が良かったけど、クラスが離れて自然と距離が出来てしまったらしい。

付き合っていないと、そういう事ってあるよな。

友達だと、新たに出来た友達に今までの場所を取られてしまう。

自分が一番だと思っていたのに・・・いつのまにか一番じゃなくなっている。

気軽に話せた相手が・・・気軽に話せなくなる。

それが想い人なら・・・こんなに切ない話はない。

ダメージは想像以上に大きい。


ハァ・・・ホントにこういう話って、自分や大石が関わっていないと思うと何でこんなにわかりやすいんだろう。

彼女の想いが、手に取るようにわかる。

話したいのに話せない・・・歯痒い気持ち。

メールを打ちたくても・・・打てない気持ち。

向こうから連絡くれないだろうか?って、待ってしまう気持ち。

怖いんだよな。

自分が想うほど、相手は想ってくれていないかも知れない。

そう思うと動けない。

おまじないに頼る訳だ。



ハァ・・・アイツ・・・おまじないが効いて、あの子にメールしてやってくんないかなぁ?

俺だって大石に片思いしてた時は、そりゃあ必死だったんだ。

俺達はクラスが違っても、部活が同じでペアで・・まだ話す機会は多かったけどさ・・・

それでも大石の隣を誰かに取られるんじゃないか?って、毎日怯えてた。

恋人になった今だって・・・不安になる事なんてしょっちゅうだ。


大石の奴は何かにつけて、忙しそうだし・・・

携帯だってようやく持つ事が出来たけど、かけるのはいつも俺からでメールだって・・・

そうじゃんか!

携帯を持って2ヶ月、そういえば大石が用事意外で俺に連絡をしてきた事なんてない。

俺は、声が聞きたいとか会いたいとかさ・・色々思って行動してるのに・・・

大石の奴。

携帯の存在意味・・わかってんのか?

まさか・・連絡用って思ってんじゃないよな?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・いや、大石ならありえるな。


クソッ・・・なんかだんだんムカついてきたぞ。

俺が毎日どんな思いでお前に電話してるのか・・・


恋する切ない気持ち


大石も味わえばいいんだ!!








連絡を取るって簡単のようで難しい・・・って事ありませんか?


どちらが先に連絡するのか・・・する方?待つ方?


その時の状況とか・・・その人のタイプとか・・・


メールの返信ってどこで終わる?とかとか・・・


案外奥が深いのかな・・・なんて思う今日この頃なのでした☆


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