『英二、明日は冬服で来るんだぞ』
『う・・ん・・・けどまだ暑いのにさぁもっと衣替え遅くてもいいと思わない?』
『だけどこれも規則だから』
『規則って言ってもなぁ』
『英二』
『わかった。明日はちゃんと着ていくからさ』
『絶対だぞ』
『しつこいぞ大石。着ていくって言ってんじゃん。だいたい何でそこまで冬服に拘んだよ。
期間内に替えりゃいいのにさ・・・』
『約束・・・したからな』
『・・・・わかったよ・・・』
渋々返事をした英二に別れをつげて俺はようやく携帯を切った。
ちょっと強引過ぎたかな・・・・
そう思いつつも、やはりこれは譲れない事で・・・多少強引でも仕方が無い。
今まで遠回しに言ってきたが駄目だったんだから・・・
そう自分に言い聞かせ、枕元に携帯を置いた。
衣替えの期間に入ってはや4日、全校生徒の半分以上はもう冬服に衣替えをして登校して来ているというのに、英二はまだ夏服で登校していた。
確かにまだあと3日猶予があるし、出来ればもう少し夏服のままでいたい英二の気持ちもわかる。
俺だって暑い。
だけど・・・英二には一日でも早く冬服に衣替えしてもらいたい。
規則だから早く冬服にという訳じゃなく・・・
俺は早く英二に冬服に衣替えして貰いたい理由があるんだ。
「うわぁ・・・冷てぇ!」
「ホント最悪だぜ」
部室からの帰り道何処からともなく聞こえてきた声に聞き覚えがあった俺は、自然と声の聞こえた方へと視線を向けた。
英二・・・?
階段を上る足を止めて、後ろを振り向く。
英二がこんな所にいる筈が・・・今日は掃除当番だって言ってたよな・・・
今日の昼間に交わした話を思い出しながら、耳を傾ける。
しかし声は確実に近づいていた。
「急に降るんだもんな。絶対ゴミ捨てが終わるまでは大丈夫だと思ったのに」
「そう思ったのは菊丸だけだろ?」
そうか・・・焼却炉にゴミを捨てに行ってたんだな・・・
校舎の片隅にある焼却炉を思い出して納得した。
確かに焼却炉の帰りならここを通って帰る方が教室に近い。
それなら・・・
俺は英二に声をかけようと、その場で立ち止って待つ事にした。
「何だよ。お前だって大丈夫って言ったじゃん」
「言ったけどさ・・・・」
だがすぐに上ってくると思った二人は上って来ずに、話し声は階段の下で立ち往生している。
あれ?立ち止ったのか?
俺は全神経を耳に集中させた。
「何だよ。どうしたんだよ?」
「菊丸さぁ・・お前シャツ透け透け」
えっ・・・何が・・・透け透けだって・・・?
「へ?」
「何かちょっと色っぽいよな?」
いっ・・色っぽい・・・・・?
それって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハッ!!!!
俺は急いで階段を下りた。
「なっ!何言ってんだよ!こっち見んなよ馬鹿」
「別にいいじゃねぇか。男同士なんだし」
「はぁ?んじゃ変な事言うなよな!だいたいお前も透けてるじゃん」
「いや・・俺は透けててもあれだけどさ・・・お前は・・・」
二人の会話が目の先に入る。
「英二っ!」
俺は急いで声をかけて割り込んだ。
「おっ大石・・・どうしたの?なんでこんなとこに・・・?」
「どうしたじゃないよ。探してたんだ」
「へっ?そうなの?」
不思議がる英二をよそに俺は英二のクラスメイトに声をかけた。
「悪いけど。ゴミ箱は一人でもって帰ってもらっていいかな?
これから大切な打ち合わせがあるんだ」
そして有無を言わせず英二と二人で持っていたゴミ箱を押し付けた。
「えっ・・あぁそうなのか?わかった」
英二のクラスメイトはいきなりの出来事に呆気に取られたようだったが、俺はお構いナシに言葉を続ける。
「悪いな。じゃあ英二は連れて行くから」
そう告げると、俺は英二の腕を取ってそのまま歩き始めた。
「あっあぁ・・・じゃあな菊丸」
「おっおう!悪いな」
顔だけ振り向いて返事をする英二を俺は更に引っ張ってどんどん歩いて行った。
「ねぇ大石。俺を探してたって何かあったの?打ち合わせって何?」
「打ち合わせなんてないよ」
「へ?んじゃあ・・・どうして?」
呑気に質問する英二の顔を見る事無く俺はズボンのポケットから部室の鍵を取り出した。
色っぽいだって・・・英二をそんな目で見るなんて・・・
どんな状況だったにせよ・・・許せない・・・
それに英二も英二だ・・・・もう少し自分の事を考えて行動してもよさそうなものなのに・・
いつも・・・いつも・・・・自覚が足りなさ過ぎる。
俺は鍵の開いたドアを力任せに開けると、自分のロッカーへと向かった。
「なぁ・・・大石・・・ひょっとして何か怒ってんの?」
流石に英二も何かがおかしいと気付いたのか、俺の後ろに立って様子を伺っている。
俺は一瞬タオルを探す手を止めた。
確かに英二からすればたいした事じゃないのかも知れない。
それにあのクラスメイトだって悪気があって言った事じゃないのかもしれない・・・
だが恋人の立場から言わせて貰えば大切な人をあんな目で見られて、こんなに腹立たしい事は無い。
腸が煮えたぎる思いというのは、今のこんな気持ちを言うんじゃないかと思うぐらいだ。
俺は立ち上がって英二を睨みつけた。
「英二は無防備すぎるんだよ」
「は?何がだよ」
「透け透け・・・」
「へ?」
「だから透け透け・・・・」
「はぁ?何が透け・・・あっ!・・・ちょっ見んなよ」
俺の目線に気付いた英二が照れて、体をよじる。
「大石のスケベ!」
「スケベじゃないだろ?英二が見せてるんじゃないか」
「見せてねーよ!」
「見せてる」
「見せてねー!」
「さっきのクラスメイトに見せたじゃないか」
「クラスメイト・・・ってまさか・・・大石聞いてたの?」
「・・・聞こえたんだよ」
そう言うと英二は目を泳がせた。
「聞こえたって・・・わざと見せたんじゃないかんな」
「そんな事はわかってるよ。だから無防備だって言ってるんじゃないか」
英二は俺の言葉に唇を噛締めると、そのまま俯いてしまった。
「兎に角・・・早く着替えろよ」
「・・・・何だよ・・・そんな言い方しなくてもいいじゃん・・・」
俺は英二の姿に心の中で小さく溜息をついて、また自分のロッカーへと向くとそこからタオルを取り出し、今度は勝手に英二のロッカーを開けた。
「Tシャツとジャージは入ってるよな」
「入ってるけど・・・大石・・・まだ怒ってんの?」
「いい気はしてない」
俺は素直に気持ちを伝えた。
そんなにすぐにこの気持ちが治まる訳ないじゃないか・・・
何なら今すぐにでもさっきのクラスメイトの頭を殴って英二の記憶を消したいぐらいなのに・・・
「何だよ・・どうしたら許してくれんだよ」
英二は俺の背中に語りかけるように話す。
その落ち込んだ暗い声に、俺の良心が少し揺らいだ。
許すか・・・この気持ちは許すといえば、治まるのだろうか?
イライラしてモヤモヤして無性に叫びたくなるような衝動を・・・
許すと言えば・・・・
俺は見つけたタオルを強く握りしめた。
いや違う・・・許すなんてホントは俺が決める事じゃないよな・・・
英二は何も悪い事をした訳じゃない・・・ただ雨に濡れただけで・・・
その姿を俺が他の誰にも見せたくないだけの事で・・
だから許すも何も・・・・俺が英二に対してこんなに怒る理由は元々無いんじゃないのか・・?
俺の独占欲を英二に押し付けているだけじゃないのか・・・?
「なぁ大石・・・次からは気をつけるからさぁ・・・」
そうだよな・・・不可抗力の結果だと思って先ずは落ち着こう。
何よりも優先させるべきは、英二を早く着替えさせる事で、このままだとホントに風邪を引いてしまう。
この際俺の独占欲は心の奥にしまっておこう。
「大石・・・ホントに悪かったって・・・だからこっち向いてよ」
英二の声に俺は、小さく深呼吸した。
そうと決まれば、いつまでもこんな態度をとってちゃいけない・・・
「・・・英二。もう怒ってないからさ、兎に角これで・・・・」
俺は振り向いて、英二の頭を拭こうと立ち上がった。
が・・・改めて見た英二の姿に釘付けになった。
雨で濡れた赤茶の髪は自慢の外ハネが垂れ下がるほど濡れていて・・・
シャツはぴったりと肌に貼り付き英二の体のラインを薄ピンクに浮き上がらせている。
その艶かしい姿に、俺は息を呑んだ。
「大石・・・」
英二が潤んだ目で俺を見つめる。
俺は慌てて英二の頭にタオルを被せて、背中を向けた。
「早くそれで頭を拭いて」
「何だよ・・・やっぱまだ怒ってんじゃん・・・」
拗ねる英二の声が背中越しに聞こえたが、俺はそれどころじゃなかった。
やっぱり駄目だ!
あんな姿を他の誰かに見せるなんて・・・絶対に許せない!
英二にはもっと自覚を持って貰わなきゃ・・・
英二は他の男とは違うんだ・・・可愛いし・・・綺麗だし・・・
だからその・・普通でもヤバイのに、そのうえ雨に濡れて艶かしい姿を見せたとなったら
相手の男がムラムラっとして、襲うかもしれないじゃないか・・・
そんな事になったらどうするんだ!!
手遅れだったじゃ・・・済まないんだぞ!!
俺は怒りにまかせ、勢いよく振り向いた。
「英二!」
「何だよ・・」
拗ねた英二が唇を尖らせる。
「兎に角ムラムラするから、その姿を何とかしてくれ!」
英二の肩に手を置いて真剣な顔で言いきったものの、何だか色んな言葉を省略してしまった。
英二が目を丸くする。
「はっ?何?大石ムラムラしてんの?」
「えっ?あっ違っ!俺じゃなくて・・・だからそんな姿を他の男に見せないようにだな・・・」
あぁぁぁぁぁ・・・俺は何を言ってるんだ・・・・
言いたいのはそれじゃなくて・・・
英二に自覚を持ってもらいたい・・って事なのに・・・
「何?」
「だから自覚を持って・・・気をつけて欲しいっていうか・・・・」
それなのに俺は一度意識してしまった英二の姿に、どうしても視線がシャツの方へと向いてしまう。
英二はそれを知ってか知らずか微妙な距離を保って俺を見上げた。
「わかったよ・・・ホントのホントに気をつけるからさ・・・だから大石も許してよね」
「絶対だぞ」
「うん。絶対に気をつける」
「他の奴に見られないようにしてくれよ」
ホントはもっと強く言いたいのに、英二の姿にどうも上手く言えない・・・
それどころか意識がどうしてもシャツの方に・・・・
ってシャツにばかり気をとられてどうするんだ!
俺は咳払いをして、英二を見つめた。
「大丈夫。大石だけだって」
「英二・・・」
嬉しい言葉に顔が緩む。
そっ・・そうだな・・・
兎に角・・・ちょっと不安だが、英二もわかってくれたみたいだし・・・
目のやり場に困るこの姿をどうにかしなきゃ・・・
じゃなかった・・早く着替えさせなきゃ風邪を引いてしまう。
俺はようやく本来の思考を取り戻した。
「それでね大石・・・シャツ脱がしてくれる?」
「はっ?」
「俺はさ、頭拭くから・・・大石は俺のシャツのボタン外してよ」
それなのに英二がとんでもない事を言い出した。
「えっ?じ・・自分で外せよ」
「早く着替えないと・・・風邪引いちゃう」
風邪引いちゃうって・・・確かにそうだけど・・・
でもそれだと英二が自分でボタンを外して、俺が頭を拭いて・・・・
「早く大石」
考える間も無く英二が俺を急かす。
「あっあぁ・・・」
仕方ない・・・迷っている間にも英二の体は冷たくなっているんだ。
早く着替えさせる事に専念しよう。
そう気持ちを抑えてボタンを外すと少しずつ英二の素肌が見えてきた。
しかし・・・これは拷問に近いな・・・
普段見慣れている筈の体なのに、ドキドキが止まらない。
「ところでさぁ大石」
「うん?」
「ムラムラしてる?」
「・・・・・英二・・・お前・・・」
わざと俺に脱がせるように仕向けたな・・・
ジロッと英二を見ると、英二はニャハハと笑っている。
「いい加減にしろよ・・・」
「ウソウソ・・・早く脱がせてね」
ったく・・・ホントに反省しているのか・・・?
俺がどんな思いでシャツを脱がせているのか・・・
ドッと疲れた体で最後のボタンを外して、俺は英二のシャツを見開くように広げた。
「早く脱いで・・・」
そんな時にタイミングよく部室のドアが開いた。
「「あっ・・・」」
「かっ・・・海堂・・・」
海堂はドアノブを握ったまま固まっていたが、目だけはしっかりと英二のシャツを広げる俺の手を見ていた。
「いっいや・・・これはだな・・・」
「し・・・・失礼しました!!」
そして頭を下げると、すぐに部室を出て行った。
「ちっ・・違うんだ海堂!!」
俺の呼び止める声が虚しく部室に響く。
「あ〜ぁ・・・行っちゃった・・・・・」
「・・・・・・・・」
どうするんだこの状況?
海堂はきっと部室で・・・なんて思ったに違いない。
それは非常に不味い・・・副部長としての俺の立場が・・・
それに英二だって・・先輩としての示しがつかなくなるじゃないか?
兎に角・・・誤解は解いておかなきゃ・・・
俺達は別にやましい事をしていた訳じゃないんだ。
ほら英二もこんなに落ち込んで・・・
俺は俯く英二を見た。
「チッ!」
チッ? し・・・舌打ち?
戸惑いながら英二を見下ろすと、不満顔の英二の目とぶつかった。
「つうかさぁ・・・海堂の奴タイミング悪すぎ・・・もう少しだったのに・・・
仕方ない・・続きは大石の家でする?」
「え・・・・英二?」
それって・・・まさか・・・お前・・・・部室でやるつもりだったのか・・・?
そうなんだ・・・
あの時も何処からあの流れになったのか、俺には全くわからないが・・・
後半英二はどうもやる気満々だったみたいで・・・
元々は英二に今後は雨の日に濡れないように気をつけてくれって話だった筈なのに・・・
今や・・・『あの日は惜しかったね』って違う話になっている。
だから当然『気をつける』って言った事も無かった事みたいに、相変わらず天気が怪しい日でも傘は持たないし・・・雨の中も平気で歩く。
英二は全く反省していなかった。
俺はそんな英二に気が気じゃなくて、折り畳みの傘を持ち歩いたり出来る限りの事はしたんだが・・・
一緒じゃない時の事を考えると胃が痛くなった。
ったく・・・・英二の奴・・・
結局何の解決策もないまま数ヶ月が過ぎ
そんな時に配られたのが衣替え期間が載ったプリントだったんだ。
制服か・・・もうそんな時期なんだな・・・
俺はプリントを手に時間の経過の速さをしみじみと感じていた。
今時ブレザーが多いのに、うちの学校は学ランなんだよな・・・
ん?学ランか・・・
あれなら透けないよな・・・
そうだよ・・少し濡れただけで、あんなに透けてしまうシャツっていうのが悪かったんだ。
学ランならどんなに濡れても透けるなんて事はないじゃないか・・・よし・・・
それからというもの俺は遠回しに英二に衣替えの事を言ってきたんだが・・・
遠回しじゃ駄目だったみたいで・・・今日に至る。
しかし・・・明日は本当に衣替えして来てくれるんだろうか・・・?
俺はベッドの上でごろっと寝転がり、枕元に置いた携帯を見つめた。
英二はきっと俺のこのもどかしい気持ちに気付いていないんだろうな・・・
いっその事、年中学ランを着せておきたい・・・そんな風に思う気持ち
ハァ・・・・
やっぱり明日は・・・英二を家まで迎えに行くとしよう
2周年記念第一弾novelだった訳ですが・・・どうでしたか?
大石は英二が可愛くて・・綺麗で・・可愛くて・・綺麗で・・・(エンドレス(笑))
なので心配で仕方が無い・・・と思っているお話です☆
楽しんで頂けていたら嬉しいですvv
2008.11.13