虹の向こう側





青学に入学して一番楽しみにしていたのは、あの有名なテニス部に入部する事だった。


だから入部届けを受け付けし始めたら、一番に行くって決めていた。

そして必ず、レギュラーになって、あのジャージを着てやるんだ!

そんな事を思いながら入部した初日に、俺はアイツとあの人に出会った。



「俺。桃城武ッス。桃って呼んで下さい」

「海堂薫ッス」



隣で自己紹介をした奴は、生意気にもバンダナをして、無愛想に挨拶している。

普段ならこんな奴はシカトなんだけどよ・・・そのふてぶてしさが凄く鼻についた。

なんだコイツ・・・目つきは悪いは・・・愛想はないは・・・

コイツだけには、絶対に負けらんね〜なぁ。負けらんね〜よ。

それになんだ、向こうもこっち睨んでやがる。やるつもりか?



「コラコラ何そんなに睨んでんの?もっと仲良くしなきゃ駄目っしょ!」

「えっ・・・あっ・・・すんません・・・」

「別に謝んなくてもいいよ。桃っ」

「へっ?」



いきなり桃って呼ばれて戸惑いながら、俺はそこで初めて気軽に話しかけてきた先輩の顔をまじまじと見た。

燃えるような赤い髪に、大きな目、頬っぺたに貼られた絆創膏にニシシって笑う人懐っこい笑顔。


せっ先輩だよな?


あまりにも先輩ぽくないというか・・・すごく気軽っていうか・・・ちょっと可愛いな・・・



「どうした?桃?」



ボ〜と思わず見とれてると、また桃って呼んでくる。

まぁ俺がそう呼んでくれって今言ったばかりなんだけどよ。

普通こんなにもスグに使うか?

しかもなんだか前からそう呼んでたように見えるし・・・

まぁ別にいいんだけどよ・・・



「お〜い!桃!しっかりしろ!拗ねてんのか?」

「あっいや・・・拗ねてなんかいないっスよ!」

「そう?なんか急にボーとするから、ビックリしちった」

「ハハハハ・・・すんません」

「だ・か・ら・・・謝んなくていいっつうの!」



そういいながら、その先輩は俺の頭をチョップして来た。



「痛っ!!」



俺が頭を抑えると、またニシシっと笑っている。

一体何だってんだよ〜〜



「俺。菊丸英二!俺の事は英二先輩って呼ぶように!それから俺が暫く桃の担当になったからよろしくな!」



担当・・・?

あっそういえば、最初の挨拶の時に部長がそんな事言ってたな・・・

2年生が新入生の基礎を見たりするって・・・

この人が俺の担当?



「あっよろしくお願いします。えっと・・・菊丸先輩でしたっけ?」

「英二先輩!だろ?しっかり覚えろよ桃!」

「あっすい・・・」



すいませんって言おうとしたが、英二先輩の腕が上がるのを見て咄嗟に口を噤んだ。

英二先輩はそんな俺の姿を見て、ニャハハと笑っている。

ホントによく笑う先輩だ。



「まぁ俺が担当だからな。しっかり教えてやるよ。だから他の奴らに負けんなよ。桃!」

「ハイ!もちろんッス!」



アレ?さっきは仲良くしろって言ってなかったっけ?

咄嗟に返事したものの、さっきとは逆の事言ってね〜か?

なんて疑問を持ったが、良し良しと笑顔で頷いてる先輩を見ると、そんな事どうでもいいかって気になる。不思議な先輩だ。



「じゃあ始めっか桃!」

「ハイ!英二先輩!」



元気に返事を返した後、さっきの無愛想な奴は?と少し気になって、辺りを見回したら、隅の方で眼鏡をかけた、ツンツン頭の先輩と一緒に何か話込んでいた。


絶対にアイツだけには負けらんね〜なぁ。負けらんねぇ〜よ。


心でもう一度誓って、英二先輩を見ると、ブンブン腕を回しながら、楽しそうに笑っていた。


・・・やっぱこの先輩・・・ちょっと可愛いな・・・


気になる奴と気になる人・・・

初日はこうして過ぎていった。











桜の木もすっかり青くなって青学名物のランキング戦が終わった頃には、俺達一年もだいぶ部に慣れてきてよくお互いの話をするようになっていた。



「ホント桃はいいよな〜!マンツーマンの担当が英二先輩でよ〜!」



急に話を振って来たのは、荒井だ。



「何だよ。お前担当が手塚先輩だって、喜んでたじゃね〜か」

「そりゃあ最初はな。あんなに巧い人に教えてもらえるって喜んだけどよ。あの人なんだか、気難しくてよ〜。すごく気を使うんだよな」

「そっか・・・まぁその気持ちはわかる気がするな・・・。おっそうだ!石田はどうなんだ?お前は不二先輩だよな」

「俺か?俺も最初は不二先輩に教えて貰えるって浮かれてたけど・・・あの人笑いながら結構キツイ事言うんだよな〜。当たってるだけに反論できね〜しよ。

見た目と結構ギャップあるよ。あの人」

「へ〜知らなかったな・・・。英二先輩とつるんでる時はそうは見えね〜けど・・・要注意って事だな・・・。林はどうなんだ?お前は大石先輩だから問題ないだろ?」

「そうだな。俺は特にないな〜。大石先輩は教え方も巧いし、優しいしな。しいてあげれば、すごく真面目なんだよな〜。だからあんま冗談は通用しないな」

「へ〜確かにあの人真面目そうだもんな・・・。結構みんな苦労してんだな」



フ〜ン・・・そっか・・・俺はやっぱり恵まれてんだな・・・

俺は英二先輩の事を思い出していた。


あの人は気分屋の名の通り教え方にもムラがあるけど、それでも一生懸命教えてくれてるし何よりすごく楽しかった。

じゃれあって、ふざけすぎて、他の先輩に怒られる事もあったけど、確実に俺の腕も上がっていると思う。


英二先輩・・・か・・・・



「桃どうしたんだよ?」



荒井の言葉にフッと我に返って、自分がぼんやりとしていたのに気付く。



「いや・・・何でもね〜よ。それより海堂お前んとこはど〜なんだ?」



初めから近くにいた事は知っていたが、コイツはいつも話しに入ってこようとしねぇ。

だからあえて、最後に話をふった。



「ハァ?別にどうって事ねぇよ」



そう答えた海堂に間髪入れずに、荒井がツッコンだ。



「何言ってんだよ。お前この前なんかわけわかんないジュース飲まされて、顔色悪くしてたじゃね〜か」

「うるせぇ黙れ!!」



なんだ・・・海堂の奴も苦労してんだな・・・


俺は海堂と荒井のやり取りを見ながら、また英二先輩を思い出していた。

そんな時に休憩終了の声がかかった。

この後は今まで散々話をしていた、マンツーマンでの指導練習だ。

俺達は『じゃあな。お互いがんばろーぜ』と互いを讃えながら別れて、俺は英二先輩の所に駆け寄った。



「よっ桃!今日も頑張りますか!」

「ハイ!よろしくお願いします!」



俺は大袈裟に答えて、英二先輩の笑顔を誘う。

いつもと変らない笑顔。フワフワと揺れる赤い髪。クルクル変る大きな目。

男のわりに線が細くって華奢な体・・・

俺より背は高いけど、何だかあまり気にならない・・・

俺は一体いつからこんな目でこの人を見るようになったのか・・・?

気が付けば、特別な存在になっていた。

出会ってまだ1ヶ月ちょっと・・・それなのに、こんなにこの人の事が気になる。

英二先輩・・・

今思えば、初めて見た時から可愛いと思った。

それは男とか女とか関係なく、ただ素直に可愛いと思ったんだ。



「桃。今日はボレー教えてやるよ」

「え〜俺英二先輩みたいな、アクロバティックは無理っスよ〜〜!」

「何言ってんの。そんなのは気合でなんとかしろ!」

「そんな無茶な〜」



俺がそう言うと、英二先輩は俺の首に腕を回してヘッドロックして来た。



「後輩は先輩の言う事を聞くもんだぞ!」

「わっわかりましたよ!だから腕離して下さいよ!」

「ホントにわかったのか桃?」

「だから・・・わかりましたって!」



『よし!』そう言って腕を離した英二先輩を見ると、満足そうに笑っている。



心臓がドキンと鳴った。



やっぱ俺この人が好きだ。

じゃれあって、ふざけあって、笑って・・・俺この人の笑顔が好きだ。

堪らなく・・・好きだ。



俺は思わず熱い視線で英二先輩を見てしまった。

だけど英二先輩は俺の視線には気付かない・・・・

いつも通り少しふざけながら、でも一生懸命にボレーの説明をしてくれている。

そんな時、何処からか視線を感じて、俺は英二先輩から視線を外し周りを見た。

大石先輩だった。

一瞬だけ目が合ったような気がしたが、大石先輩はスッと何事も無かった様に目線を外し 林の指導をしている。

気のせいか・・・?

俺はもう一度意識を英二先輩に戻して、今度は少し真面目にボレーの話を聞いた。

















都大会を勝ち進んで、次は関東大会だ!って部全体が活気付き出した頃

俺は英二先輩の特別に気付いた。

いつもなら誰でも構わず、抱きついたりしてスキンシップをとる先輩が、あの人にだけ 凄く緊張して抱きついてる事に。

俺が英二先輩に気付かれないように熱い視線を送るように、英二先輩はあの人に気付かれない様にそっと熱い視線を送っている。

これはたぶん俺が英二先輩を特別な目で見てるから気付いた事だ。

大石先輩・・・

英二先輩のダブルスのパートナー

いつもあたり前のように英二先輩の隣にいる。初めは何とも思わなかった。

だけど今は・・・ちょっと悔しい。



「桃・・・最近何か落ち込んでない?」

「えっ?すんません・・・聞いてなかったっス・・・」



英二先輩は大きく溜息をついた。



そうだった・・・今は試合の流れの掴み方とか・・・なんかそんな話の最中だったな。



「だ・か・ら・・・落ち込んでないかって、聞いてるの?」

「えっ?」



英二先輩は頬っぺたをプ〜と膨らませて、少し怒ったフリをしながら俺を見ている。

そりゃ・・・好きな人に好きな人がいる事がわかれば、誰だって落ち込むよ・・・

と言いたいがそれは・・・言えねぇ〜なぁ・・・言えねぇ〜よ・・・・



「まぁちょっとだけ・・・」



少し間をおいて答えると『そっか・・・』と英二先輩が何か考え事をし始めた。



「桃。今日一緒に帰ろ。ハンバーガーおごっちゃる!お前確かエビカツバーガーが好きって言ってたろ?」

「ハァ・・・まぁそうっスけど・・・」

「なんだ〜その返事行きたくないの?」

「いや・・・行きたいのはやまやまっスけど・・・大石先輩はいいんスか?」



英二先輩はいつも大石先輩と一緒に帰ってる。

たまに大石先輩が忙しくしている時は、必ずといっていいほど不二先輩だ。

その英二先輩が俺を誘ってくれている。

やっぱコレって俺が落ち込んでるって言ったからなのか・・・?

英二先輩は遠くで、3年の先輩とダブルスの練習をしている大石先輩をチラッとだけ見て 答えた。



「いいよ!今日は桃優先だ!!」



そして二カッと笑った。



チクショーやっぱ好きだ!!!






桃が英二に一目ぼれ☆英二は可愛いからなぁ(笑) 


取り敢えず・・・まだまだ続きます。

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