「めちゃくちゃ美味かったっス。ごちそう様でした!」
「桃〜どうでもいいけど・・・ちょっとは遠慮しろよな〜お前食いすぎ!」
「へへへへ・・・なんせ育ち盛りなもんっスから」
「ちぇっ!まぁいいや。ところで少しは元気でたか?」
「もちろんっス!」
「そっか」
英二先輩が満足そうに笑っている。
俺もつられて、『へへっ』と笑う。
やっぱ・・・落ち込んでるって言った事、気にかけてくれてたんだな・・・
部活の後、英二先輩は言葉の通り大石先輩より俺を優先して、ハンバーガーをおごる為にココに一緒に来てくれていた。
食べてる間はテニスの話をしたり、ゲームの話をしたり、とにかく案外俺達馬が合んじゃないかってぐらい2人で盛り上がって、
だけど俺の落ち込んでる理由なんかは全く聞かず・・・・
英二先輩の意外な心遣いを知ってしまった。
ホントはココに連れて来られた時は、『何落ち込んでんだ?落ち込んでる理由はけ!』とか英二先輩に言われるんじゃないかって、そう思ってどうやって誤魔化そうか?とか考えてたのによ〜。 そんな事はまったく聞かない・・・
やべ〜なぁ・・・やべ〜よぉ・・・・
ますます惚れちまうじゃね〜か
「英二先輩。おごって貰ったお礼に送りますよ」
「桃が?そっだな〜・・・」
店を出て、俺は愛車にまたがり、英二先輩を誘った。
お礼・・・ホントはお礼じゃなくて、ただもう少し英二先輩と一緒にいたいだけ・・・
こんな俺を気にかけてくれる、優しい先輩と一緒にいたいだけ・・・
ん〜?と少し首をかしげて、考えていた英二先輩の答えが出たようだ。
「うん。今日は桃に送って貰うか」
よっしゃ!!
俺はシャーと軽快に愛車を走らせ、英二先輩の家へと向かった。
初めて向かう英二先輩の家、俺は英二先輩の指示に従うように、ハンドルを操る。
「桃!次の角曲がって!」
「了解!」
勢いの乗った俺の愛車は、難なく角を曲がる。
その爽快感が堪らなく気持ちいい。英二先輩も同じ気持ちなのか、鼻歌なんて歌いだした。
俺はその歌を聴きながら、どんどん加速する。
送るって言ったの正解だったな。
俺の愛車の後ろには、俺の好きな人。
俺の肩に手を置いて、鼻歌なんか歌ったりして、これは上機嫌の証。
このまま俺の事、見てくんね〜かなぁ・・・
そんな時、流れる景色の中に見知った顔が見えた。
「あっ!大石・・・」
英二先輩の声に俺は思いっきりブレーキをかける。 その勢いで、英二先輩が俺の背中にぶつかった。
「すっすんません。大丈夫っスか?先輩」
「イッタ〜!このバカ桃!急に止まんなよな!」
英二先輩は頭を押さえながら、『ったく・・』って怒っている。
まぁ・・・かなり強引に止めたからな、仕方がない・・・
でもそれは英二先輩が大石先輩の名前を呼んだからじゃねぇか・・・
「それより声かけなくていいんスか?」
俺は声のトーンを少し落として聞いた。
大通りを挟んで反対側の道を、大石先輩と手塚先輩がこっちに向かって歩いて来ている。
少し距離はあるが、大声で呼べば気付くだろう・・・
「えっ・・・? うん・・・」
英二先輩からはなんだか、頼りない返事が返ってくる。
声をかけんのか?かけないのか?どっちなんだよ・・・?
返事を待つ間に、どんどん2人が近づいて来て、ちょうど道を挟んで平行線になった。
向こうは全然こっちに気付く事無く話込んでいる。
もちろん何を話しているかは、全くわからないが、何か盛り上がってる様に見えた。
手塚先輩って、大石先輩とだったら、結構話すんだな・・・
「手塚先輩って笑う事もあるんスね?」
俺にしたら、それは何気ない感想だった。別に意地悪で言ったつもりも無い。
ただ、いつも練習の時に見せる、あの眉間にシワのよったような難しい顔ばかりしている手塚先輩が笑っていたから、だからふと・・・言葉にだしてしまっただけで・・・
だけどこれは言ってはいけない言葉だった。そう気付いたのは、何も返事を返さない英二先輩を見た時だった。
少しずつ遠ざかる大石先輩と手塚先輩の姿を見ながら、顔を青くして唇を微かに震わしている。
手の平は何かを我慢するかのようにグッと握られて、大きく見開いた目からは今にも涙がこぼれ落ちるんじゃないかって気がした。
「英二先輩・・・?」
「桃・・・帰ろ・・・」
やっと出てきた、英二先輩の声は、聞き取るのがやっとのような声だった。
俺はすぐに愛車にまたがって、英二先輩を後ろに乗せた。
軽快に走り出す俺の愛車・・・だけどそこには、さっきの様な爽快感は全くなく・・・
もちろん、鼻歌なんて聞こえてくる筈もない・・・ 2人を乗せて、黙々と走るだけだった。
「今日はごちそう様でした!」
「また明日な。桃」
英二先輩の家に着いて別れる時も、俺の好きな笑顔を見る事は出来なかった。
最後まで大きな目から涙がこぼれ落ちる事はなかったが、沈んだ顔のまま別れの言葉を告げて、英二先輩は後ろを振り返る事なく、家の中へと消えていく。
ちぇっ・・・なんだよ・・・全然駄目じゃね〜か・・・
あの人があんな顔してるのに、俺は何もしてやれねー。
あの人の笑顔が好きなのに、俺じゃあの人を笑顔にする事は出来ないのか?
俺は思いっきりペダルを踏み込んだ。
チクショー!!
どんどんスピードを上げて、愛車を漕ぐ。生暖かい風が頬を伝っていく。
いったい俺はどうすりゃいいんだ?俺の気持ちはどうすりゃいいんだ?
英二先輩の沈んだ顔が頭から離れない。
俺の愛車のスピードが今度はどんどんおちて来る。ペダルを漕ぐ足に力が入らなくなってきた。
ノロノロと堤防沿いを走っていたら、河川敷で誰かが素振りしているのが見えた。
ラケット・・・?
アレ・・・ラケットだよな?どんな奴がこんなトコで練習してやがんだ?
俺は自転車を止めて、目を凝らした・・・
かっ・・・海堂じゃねぇか!!アイツこんなトコで練習してやがったのか?
クソ〜!!負けてらんね〜なぁ!負けてらんね〜よ!俺も今から素振りだ!!
俺はまた力いっぱいにペダルを漕いだ、今度は目的の場所までペダルの力を緩めたりはしねぇ。
俺はアイツにだけは、絶対に負けたくないんだ・・・・
俺はそのまま家の近くの公園に行き、素振りを始めた。
素振りをしている間は、英二先輩の沈んだ顔も忘れる事ができた。
次の朝、朝練に向かう途中、英二先輩の沈んだ顔を思い出して、俺の足取りは重かった。
英二先輩に会ったら、やっぱ元気よく挨拶した方がいいよな〜
もしまだ沈んでても・・・俺まで暗くなったら、英二先輩気にするだろうしな・・・
こうなったら、今日はトコトンふざけて英二先輩を笑わしてやるか。
ウシッ!!
俺は気合を入れなおして、部室に向かった。
「桃〜〜!!」
「へ?」
部室に入ろうと、ノブに手をかけた時に、聞きなれた元気な声が聞こえてきた。
英二先輩?
振り向くと、ブンブン手を振って、こっちに走ってくる。
「おっはよー桃っ!昨日は・・・その・・・帰り際・・・ごめん!俺ちょっと暗かったよな。 でも、ホント楽しかったし、また一緒にハンバーガー食いに行こうぜ!!」
「えっ・・・あっハイ・・・こっちこそ、お願いします」
「うん。それじゃ、大石待ってっから行くな。お前も早く着替えろよ!じゃあな!」
俺は呆気にとられていた。
だって・・・なんなんだ?今日のこの凄い笑顔は・・昨日の沈んだ顔は何処へ行ったんだ?
俺は今日ココに来るまで、ずっと心配してたんだぜ!
それなのに・・・
俺は英二先輩の走って行った先を見た。
「英二!!」
大石先輩が、手を上げて英二先輩を呼んでいる。
英二先輩も『大石っ!』とそのまま駆け寄って行ってしまった。
やっぱり・・・あの人なのか・・・
大石先輩が英二先輩の笑顔を取り戻したんだな・・・
何だかやり切れない思いがした。
あんなに沈んでいたのに・・・
昨日、ちょっといい感じに思えて、俺の事このまま見てくんね〜かな?って思った自分が嫌になる・・・ちぇっ・・・
「おい!入んのか?入んね〜のか?どっちなんだ?」
「はっ?」
「邪魔なんだよ。入んね〜なら、どけろ」
部室の戸の前で、ボ〜と英二先輩の後ろ姿を目で追っていて、目の前に海堂がいるのに全く気付かなかった。
海堂は俺が邪魔で部室に入れないみたいだが・・・ 相変わらず、無愛想で口調も喧嘩ごしだ。
ったくコイツだけは・・・
「入るに決まってんだろ!」
「じゃあ。さっさと入りやがれ!目障りなんだよ」
「何だと?コラァ!」
「やんのか?コラァ!」
俺達はお互いギロッっと睨み合ったが、俺はいつもの調子が出ない・・・。
なんせ今、打ちのめされたばかりだもんな・・・ハァ〜〜〜
「ちぇっ!やめだ!やめだ!お前に構ってる暇なんて、俺にはね〜んだよ」
俺はそう言って、海堂を睨むのを止めて、先に部室に入る事にした。
ったく・・・俺は何をやってんだか・・・・
あともう少しお付き合いを・・・
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