虹の向こう側





英二先輩が好き・・・英二先輩の笑顔が好き・・・


ハンバーガーを奢って貰ったあの日から、英二先輩と一緒に帰る事が増えた。

増えたと言っても、大石先輩に用事があって、不二先輩も駄目で、そんな時に俺に声がかかる。只の穴埋めに過ぎない。

そんな事はわかってるけど、やっぱり嬉しい。

英二先輩はアレで結構人を選んでる。自分が好きな人。気の合う人しか誘わない。

誘われてる俺は、気の合う人に入ってる証拠だ。

だから嬉しい。

だけど本音は英二先輩の1番になりたい。英二先輩の好きな人になりたい。

俺の気持ちは日を増すごとに大きくなっていた。














その日の午後練は始まった時から、今にも雨が降り出しそうな感じで生暖かい風が吹いていた。



「やっぱ・・・降って来やがったか・・・」



練習も、もうすぐ終わりという時間帯に、パラパラと振り出した雨が急に激しさをます。



「今日の練習は中止じゃ〜〜!!さっさと部室にもどんな!!」



バアさんの声がコートに響いた。

みんな急いで片付けながら、各々の荷物を抱えて、部室に走る。 俺も急いで部室に戻った。

部室に着くと、たくさんの人で溢れかえり、着替えるのも順番待ちだ。

俺は取り敢えずタオルだけ取り、部室の軒下で待つことにした。

こういう時は、暗黙の了解なのか・・・やはり3年生から着替えていて、気が付くと軒下は2年と1年で溢れている。

その中に英二先輩を見つけた。



「英二。しっかり拭かなきゃ風邪引くぞ」

「ほいほーい!わかってるって!」

「わかってないだろ?ホラ!もっと頭ふかなくちゃ!こんなに濡れてるじゃないか!」

「わっ!大石やめてよ!痛いって!」

「これくらい我慢しろ!」

「う〜〜。わかったよ」



何いちゃついてんだか・・・髪ぐらい自分で、拭かせろよな。

俺はすぐ近くで繰り広げられている光景を、なるべく見ないように俯いた。



「手塚!!!」



しかし急に発せられた大石先輩の大きな声にすぐに顔を上げる。

顔を上げた先に見えたのは、土砂降りの中を歩く手塚先輩だった。

そして次の瞬間、さっきまで英二先輩の頭を拭いていた大石先輩が、凄い勢いで手塚先輩の下に向かって走っていくのが見えた。

土砂降りの中で、自分にかかる雨を全く気にする事無く、自分の着ていたジャージを手塚先輩の肩にかけている。



「大丈夫か手塚?!」

「ああっすまない・・・」



二人は寄り添うように部室に向かって歩いて来た。

その姿に英二先輩は?と思って探してみると、頭にタオルをのせたまま呆然としている。



「みんな悪いけど、俺達を先に通してくれないか?」



大石先輩はそう言って、手塚先輩を支えるようにしながら、1,2年の間を通り部室へと入って行った。

みんな口々に手塚先輩を心配する言葉を発していたが、俺はそんな事より、英二先輩の方が気になって仕方がない。

英二先輩は唇を噛み締めたまま、ボーと雨を見ていた。



「英二?」



近くにいた不二先輩が、心配そうに英二先輩に話かけている。だけど英二先輩はその声に全く反応しない。

ただひたすら、雨だけを見つめていた。


〈ガチャ〉


部室の開く音が聞こえて、目を移すとそこには制服に着替えた手塚先輩と大石先輩が立っていた。

もう寄り添うような感じではなかったが、どうやらこのまま大石先輩は手塚先輩と帰るみたいで、大石先輩が英二先輩に近づいて話しかける。



「英二・・・悪い。今日は手塚と帰るから」

「・・・・・うん」



英二先輩は俯いたまま、大石先輩を全く見なかった。そんな姿に大石先輩も一瞬辛そうな顔をしたが、意を決したように目線をはずす。



「手塚。行こうか」

「ああっ・・・」



そして2人は雨の中、帰っていった。



何でだよ・・・何で英二先輩を置いて帰るんだ!?

あんな顔した英二先輩を、何でほっとけるんだよ!!

チクショー!!許さねぇ!絶対あんたを許さねぇからな!!

俺は心の中で叫んでいた。



部室の前で着替え待ちしていた1.2年も気付いたら、俺と英二先輩、不二先輩、河村先輩、乾先輩、海堂だけになっていた。



「英二・・・もう俺達だけみたいだから、部室に入ろう?」

「うん・・・」



英二先輩は不二先輩に促されて、ようやく部室に入る。

その姿を確認するように、みんなゾロゾロ部室に入り着替え始めたが、英二先輩だけは、着替える様子も無く、部室に置かれたベンチに腰をかけていた。



「英二着替えないの?」



手早く着替え終えた、不二先輩が声をかける。



「うん。少し疲れたみたい・・・みんな悪いけど先に帰ってて・・・」

「英二・・・」



側で2人のやり取りを見ていた河村先輩も見かねて声をかける。



「英二一緒に帰ろうよ」

「・・・ごめん。タカさん・・・」



英二先輩は謝ったまま黙ってしまった。

部室に重い空気が張り詰めた時、今度は乾先輩が話始めた。



「菊丸が一人になりたいなら、そうしてやった方がいいんじゃないのか?」



俺はビックリして、思わず話かけてしまった。



「そんな!!このまま英二先輩ほっとくんスか?そんなの駄目っスよ!!」



みんなの視線が一斉に俺に集まる。



「いっいや・・・だから・・・いつも元気な英二先輩がこんなに落ち込んでるのに、置いて帰るなんて・・・かわいそうっスよ」



俺の言葉に乾先輩が眼鏡を直しながら答える。



「そうかもしれないが、それは菊丸の望んでる事だ」

「そうだね。確かに乾の言う通りだ。英二が一人になりたいなら、そうしてあげる事が英二の為かな」



乾先輩に続いて、不二先輩も英二先輩を置いて帰る話に賛成したようだ。



「そっそんな・・・」



そして、俺の気持ちと裏腹に河村先輩まで、帰り支度をし始めて、英二先輩に話しかける。



「英二。この机の上にさっき先輩に預かった部室の鍵を置いておくから、ちゃんと帰る時、鍵を閉めなきゃいけないよ」

「うん・・・。みんなホントにごめんね。ちゃんと鍵閉めとくから」

「英二先輩・・・・」

「ごめん桃。ありがとう」



英二先輩は少しだけ笑って、また俯いてしまった。

俺はどうしていいかわからず、ただボー然と、その姿を見ていた。



「お先っス・・・」



後ろで黙って帰り支度をしていた海堂が、気まずい雰囲気を破るように、部室を出て行った。

そして俺も河村先輩に肩を叩かれ、不二先輩と乾先輩と河村先輩と一緒に部室を出る。



何でだよ・・・何でみんなこんなにあっさり英二先輩を置いて行くんだ?

俺にはわからねぇ・・・わからねぇよ・・・

こうなったら・・・俺一人でも絶対に何とかしてやる・・・



俺は自転車を取りに行くからと言って、先輩達と別れ、少し時間をおいて部室に戻る事にした。


まだ絶対に部室にいるよな・・・


部室の前で深呼吸を1つして、ゆっくり部室のドアノブを回す。


〈ガチャ〉


ドアを開けて中を覗くと、まだベンチの上に座っていた、英二先輩と目が合った。

大きな目が一瞬喜びに満ちた光を放ったかと思うと、スグに影を落とす。

その顔を見てわかった・・・この人は待ってるんだ・・・



「なんだ・・・桃か・・・忘れ物でもしたの?」

「なんだはないんじゃないっスか?ホントにも〜!!」



俺は明るく話しにのったが、英二先輩はまた俯いた。


ホントにこの人はなんてわかりやすいんだ・・・

でも俺は、そんなあんたが・・・・

俺は腹をくくって、真面目な声で話しかけた。



「忘れ物・・・取りに来たんっスよ。」

「・・そう。じゃあ早く取って帰んなよ・・・」

「そうしたいんっスけど・・・俺の忘れ物ってのは、英二先輩・・・あんたなんっスよね」

「えっ?」



英二先輩はよほど驚いたのか、目を丸くして、顔を上げた。



「英二先輩。俺と帰りましょうよ。あんな奴待ってても、絶対に戻ってこないっスよ」

「なっ・・・何言ってんだよ桃。あんな奴って誰だよ?俺・・・別に誰も待ってなんかないよ」



英二先輩はあからさまに動揺していた。

だけどここまで来たら、俺も引き下がれね〜なぁ。引き下がれね〜よ。



「嘘つかなくても、いいっスよ。俺知ってますから。英二先輩、大石先輩の事待ってんでしょ?」

「なんで・・・なんで大石が出てくんだよ?俺はただちょっと疲れただけで・・・」

「だから!・・・知ってるって言ってるじゃないっスか!あんた大石先輩が好きなんだろ?」

とうとう言ってしまった。英二先輩がひた隠しにしていた想いを・・・

そして俺の想い・・・



「桃・・・?」

「俺じゃ駄目っスか?俺だったら一番に英二先輩を大事にします!俺だったら絶対に他の奴を優先したりしない!

俺だったら絶対にあんたにそんな顔はさせねぇ!!」

大きな声で叫んでいた。ずっとずっと心の中に閉まっていた想い。

英二先輩への想い・・・

英二先輩は、大きな目を見開いて驚いた後、俯いて少し考えて目を瞑り、覚悟を決めたように俺を見据えた。



「桃・・・ごめん。ありがとう。でも駄目・・・俺は大石じゃなきゃ駄目なんだ」

「どうしてっスか?あの人、英二先輩が辛そうな顔してるの知ってて、手塚先輩と帰って行ったじゃないっスか?」

「それでも・・・それでも大石じゃなきゃ駄目。俺。大石が好きなんだ」



そう言い放った英二先輩の顔はとても綺麗で、俺はもう何て言葉をかけたらいいのか、わからなくなった。



「けど・・・だけど・・・英二先輩・・・」

「桃・・。本当にごめん。桃が言いたい事はなんとなくわかる。大石は誰にでも優しいし、俺の事一番に見てくれてるかどうかも、わかんない。

けど俺は・・・俺は大石の事が好きで堪らない。俺が勝手に大石が来るの待っていたいんだ。こんなの可笑しいかもしれないけど・・

俺達付き合ってる訳でもないし・・・それに男同士だしな」



そう言って英二先輩は少し寂しそうに笑った。

そんな顔すんなよ。英二先輩。そんな顔をするぐらいなら・・・



「言わないんっスか?」

「えっ?」

「だから大石先輩に自分の気持ち伝えないんっスか?」



もう言ってしまえばいいじゃないっスか・・・



「大石に?そんなの駄目。俺ずっとアイツの側にいたいもん・・・」

「告白してからだって、ずっと一緒にいられるじゃないっスか」



そう・・・好き同士なら・・・愛し合ってたら・・・一緒にいられる・・・



「そんなの。アイツが俺を受け入れたらの話だろ?もし断られたらどーすんだよ!」

「絶対に断ったりしないっス!!!」

「なんでそんな事いーきれんだよ!!そんなのわかんないだろ?」

「俺にはわかるっス!!」



俺ならわかる。伊達にあんたを見続けていたわけじゃない・・・俺には断言出来るだけの自信があるんだ。

俺のキッパリした断言に、英二先輩は目をパチパチしながら驚いていたけど、どうやら気持ちが少し落ち着いてきたようだ。



「何処からくんだよ。その自信・・・だけど・・・あんがと。嬉しいよ」



英二先輩がクスクス笑っている。



「じゃあ告白するんすね?」

「えっ?いや・・・それは・・・でも・・・」



英二先輩の顔が少し赤くなった・・・まんざらでもないって事だよな?

俺は英二先輩の背中を押すように、話を続ける。



「大石先輩からの告白待ってたら、英二先輩ジジィになりますよ」

「プッ・・ハハハハハハ・・・何だよソレ?だけど・・・そっだな、もし今日大石が戻って来てくれたら・・・そしたら考えてみよっかな?」

「そうそう。その意気ですよ英二先輩。じゃないと振られた俺の立場ないっスから」

「あっ・・・桃・・・ごめん」



また謝る・・・。英二先輩そんなに謝んないで下さいよ。



「いいんスよ。こうなる事は大体わかってましたから・・最初に知ってるって言いましたよね?」



俺はわかってて告白したんスから・・・



「あっ・・・そういえば言ってたよな・・・桃いつから知ってたの?」

「もーずっと前からっス」



そう・・・もうずっと前から・・・



「そっそうか・・・なんか恥ずかしいな・・・」



英二先輩が言葉通り、顔を真っ赤にさせている。



「英二先輩はすぐに顔に出ますからね。バレバレっスよ」



ホントスグに顔に出んだから・・・



「なっなんだと〜!!馬鹿にすんなよな!」

「馬鹿になんかしてないっスよ。そんな可愛いところが好きだったって事っスから・・」

「あっ・・・桃。ごめん」

「英二先輩。謝りすぎっスよ」



なんだか、このやり取りって、俺が入部した時と似てんな・・・

フッとそんな事を思い出して、座ってる英二先輩の頭にチョップした。

英二先輩は『痛てー』と頭を押さえている。その姿を見て俺はニシシと笑った。



「じゃあ俺帰ります。大石先輩来るといいっスね」

「えっ?あっ・・うん。あんがと桃」

「お先っス!」

「あっ桃!!」



ドアノブに手をかけた時に急に呼び止められて、振り向く。



「何すか?」

「俺がこんな事言うの変かも知れないけど、桃にも絶対、桃だけを見てくれる人がいるよ!」



英二先輩は少し真面目な顔で、俺を見ていた。

それって・・・やっぱ俺へのフォローのつもりなのか?

俺は何て返事を返せばいいのかわからないまま・・・取りあえず曖昧に返事をした。



「そうスか?」



本音を言えば、それが英二先輩だったら?ってずっと思ってたんだけどな。

そんな事、もう言えね〜な・・・言えね〜よ・・・

英二先輩はそんな俺の気持ちを知らないからか・・・満面の笑みで俺を見る。



「もう案外近くにいるかもよ」

「だったら嬉しいっスね。じゃあ俺行きます」

「うん。また明日・・・」



まぁ現実はそんなに甘くはないよな・・・


薄暗くなってきていた部室を出て俺は空を見上げた。空はすかっり晴れていた。


雨上がったな・・・


そしてゆっくり自転車置場に向かって歩き出す。

歩き始めたら、今度はどんどん心の声が溢れ出して来た。



あ〜あ・・・とうとう振られちまった・・・

まぁ告白したら振られるなんて事は始めからわかってた事だけどよ〜

英二先輩・・・全く躊躇しなかったな・・・それだけ大石先輩が好きって事か・・・

まぁそれも、わかってた事だな・・・

後は、大石先輩か・・・ホントに来るかな?

来てあげてほしいな。英二先輩の為にも・・・俺の為にも・・・

2人が上手くいって、英二先輩がいつも笑顔でいられるなら、それが一番いい。

俺も嬉しいし、英二先輩への想いも吹っ切れる・・・



そんな時、見知った影が俺の前を通過した。



「あっ!」



ハハハ・・・参ったな・・・ホントに来たよ。

大石先輩は、周りには全く目もくれず、全速力で部室に向かって走っていく。

良かったな。英二先輩・・・。

ハァ〜

俺は大きなため息を1つついた。

いや・・・これも最初からわかってた事なんだよな・・・

大石先輩が来るか?なんて・・・そんなの来るに決まってる事はわかっていたんだ。



大石先輩が、俺と同じ様に、英二先輩に気付かれないように熱い視線を送ってた事。

俺と英二先輩がじゃれあってる時に、いつも遠くから切なそうに英二先輩を見てた事。

誰にでも優しい大石先輩が、英二先輩にだけは特別に優しい事。

今日手塚先輩を送る時だって、どんなに後ろ髪引かれていたか・・・本当はわかってたんだ。



ったく・・・これで決定的だな・・・

お幸せに・・・お2人さん



俺はもう一度空を見上げて、愛車にまたがり、家へと漕ぎ出す。



「おっ虹が出てんじゃん!」



堤防にさしかかった時に大きな虹が見えた。


なんか虹って、いいよな・・・

しかし・・・俺の運命の人は何処に居るんだろな?

あの虹の向こうにいたりして・・・なんてガラじゃね〜なぁ。ガラじゃね〜よ。


んっ?アレ?また河川敷で誰か素振りしてやがんな?

一体誰だ?俺は目を凝らす。



「ああっ!!また海堂じゃねえか?影でコソコソ素振りなんかしやがって・・・」



よしっ!!俺も素振りだ!!

そして、力いっぱいペダルを踏み込む。

その時に英二先輩の言葉が蘇った・・・


『もう案外近くにいるかもよ』


海堂・・・?まさかな・・・ありえね〜なぁ。ありえね〜よ。

俺のタイプは目の大きい。スポーツ好きな元気な奴なんだ。

あんな、陰気な奴じゃねー!





まぁでも・・・それでもアイツがいるお陰で、テニスだけは頑張れそーだけどな・・。

 



                  


                                                                                     END






無事終わりました☆


長かった・・・英二に「大石じゃなきゃ駄目」って言わせたくて書き始めましたが・・・

またもや桃がかませ犬みたいになってしまい・・・桃ファンの方がいたらスンマセン。

そして桃は乾×海でも振られてるような感じになってます☆

しかし桃に関しては、これは長いプロローグという事で・・・時間ができたら、この二つの話を踏まえた上で、桃×リョへ☆

ああっ・・・しかし大石殆んど出てないのよね・・今回・・・これで大×菊のくくりに入れて良かったのか・・・いい事にして下さい(笑)