12月に入ると街はすっかりクリスマスムード一色で、ウインドウを飾る飾りも一層華やかになり、何処からともなく聞こえるクリスマスソングは
否応なしにクリスマスを盛り上げている。
いつもなら俺もこのクリスマスというイベントは嫌いじゃないんだけど・・・・
華やいだ感じや、たくさんのご馳走や、サンタがプレゼントを運んできてくれるっていうワクワク感は、このイベントならではのものだったし・・・
さすがに今はサンタがプレゼントを運んできてくれるなんて事は信じてはいないけど・・・・
それでも華やいだ感じや、何処か厳かな感じが好きっていうのは、変わらない。
だけど今年は・・・
「ハァ〜〜」
「珍しいな・・・大石が練習中にそんな大きなため息をつくなんて」
俺は驚いて、後ろを振り向いた。
そこには乾が立っていて、相変わらず手にはデータノートを持っている。
「俺。今ため息ついていたか?」
「あぁ。かなり大きなため息だったな」
「そうか・・・」
「何か悩み事か?」
悩み事・・・確かに悩んでいるのは事実だけど・・・この話は乾には言えないな。
俺は少し節目がちに否定した。
「イヤ・・・別に・・・」
「そうか・・・」
そう言いながら、乾は眼鏡をクィっと直してデータノートに目を落とす。
「大石が大きなため息をつく理由には、100%菊丸が絡んでいる。と俺のデータには出ているがな・・・」
えぇ!!・・・そんな事もデータに取っているのか?
俺は驚いて、思わず言葉に詰まってしまった。
「イッイヤ・・・だから・・・別に英二は・・・」
「大石。俺は別に詮索するつもりはない。ただあまり悩みすぎるのはどうか?と思っているだけだ」
「イヤ・・・だから・・・」
乾はあくまで、英二の事で悩んでいる事を前提にしている・・・
まぁ・・・当たってるんだけど・・・
それをどうにか誤魔化そうとした時に、英二の声が聞こえてきた。
「大石っ〜〜!!」
英二はブンブン手を振って、俺めがけて走ってくる。
乾はその姿を見て、俺の肩をポンッと叩いた。
「まぁ・・・そういう事だ」
「イヤ・・・だから・・・」
もう一度乾に反論しようとした時、英二が俺の背中に飛びついた。
「大石。めっけ!!」
「うわっ! 英二!!」
俺はなんとかバランスをとって、英二をおぶさりながら、後ろを振り向く。
英二はニシシッと笑っていた。
「英二。いきなり飛びつくなよ」
「別にいいじゃんか」
「よくない。危ないだろ?」
「大石なら大丈夫!」
「大丈夫って・・・」
英二の勢いに押されて、結局いつも英二のペースになるんだよな・・・
それにこんな笑顔を見せられたら、怒る気にもなれない。
「それよりさぁ。こんな隅っこで乾と何話てたの?」
英二にそう言われて、思い出した。
そうだ・・・そういえば、乾は? まだ反論してないのに・・・
英二を背中から下ろして、前を向いた時には既に乾の姿はなかった。
どうも英二と話をしている間に、練習に戻ったみたいだ。
「ねぇねぇ。だから何話てたんだよ」
乾の事に気を取られていて、ボーとしていたら英二が膨れながら、同じ事を聞いてくる。
「あぁ。ごめん。ごめん。その・・・練習メニューの事をちょっとな・・・」
「ふ〜〜〜ん」
英二は少し疑いの目で俺を見たけど、『まっいっか』と結局納得したみたいだ。
「それより英二こそ、どうしたんだ?」
俺はこれ以上この話を長引かせない為に、話を切り替えた。
「どうした?じゃないよ! 大石を探してたんじゃないか!」
「俺を?」
「そう!そう!今からダブルスの練習時間だろ?不二とタカさんが向こうのコートで待ってるぞ!」
そうか・・・もうそんな時間になっていたのか・・・
俺もしっかりしなきゃいけないな・・・
仮にも副部長になったんだしな・・・
「すまなかったな英二。じゃあ急いで不二とタカさんの所へ行こう」
「OK!んじゃいちょやりますか?」
「ハハッ・・英二はやる気満々だな」
「そんなの当たり前だろ!大石とのダブルス練習なんだぞ!」
英二はプ〜と頬っぺたを膨らませて、拗ねたフリをした後、ニカッと笑った。
「ハハッ・・・そうだな」
ホントこんな英二の笑顔を見ると、嬉しいというか、心が満たされる。
英二が好き・・・
英二の笑顔が好き・・・・
だけど・・・だけど俺は英二の笑顔以外の顔も知ってしまった。
英二のトロッとした潤んだ眼・・・
英二の艶を含んだ声・・・
それが頭から離れない・・・
あの日から・・・英二の誕生日から・・・・ずっと悩んでいた。
俺達は英二の誕生日に、俺の家でささやかな誕生日会を開いた。
英二が二人で祝いたいって言った時は、少し戸惑ったけど、何処かで二人きりで祝える事を喜んでいる俺がいた。
恋人として初めて過す誕生日
去年は皆でお祝いして、友達としてプレゼントを渡したけど、今年は恋人として堂々とプレゼントを渡せる。
それだけで、すごく嬉しかった。
相変わらず、自分の選んだ誕生日プレゼントには自信がなかったけど・・・
それでも英二が、喜んでくれる物をって一生懸命選んだ。
〈リストバンドと救急セット〉
いつもアクロバティックな動きで生傷が絶えない英二を守るための救急セットと汗が出てもいつでも拭ける様にリストバンドを・・・
本音は普段殆んど使わないリストバンドを贈るのはどうかな?って思ったけど、チラッとリストバンドならお揃いのをしてても
俺達の関係がバレるって事はないかな?って思って・・・
せっかく恋人同士になれたんだし、たまにはお揃いの物をつけるのもいいかな?と思ってリストバンドにした。
まぁ恋人と言っても名ばかりで、英二に告白されて付き合うことになってからも、俺達の関係は殆んど変わっていないんだけど・・・
それというのも俺自身、恋人になったのはいいけど英二に対してどう接していいかわからなかったから
いつも通り接していて、英二もいつもの英二だったから、そのままいつもの調子で付き合ってきた。
実際キスだって告白された時だけで、それ以降はしていないし。
それでも、英二が俺の事を好きだって気持ちがわかっていて、俺が英二の事が好きだってわかって貰えてるって事が大事だって思っていたから、俺は十分満足していた。
これでいいと思っていた・・・なのに・・・・
「大石好きだよ」
「えい・・・」
お揃いで買ったリストバンドに英二が名前を刺繍してくれて、それがすごく嬉しくて愛おしくて、そのリストバンドに眼を落としていたら、英二に呼ばれて不意に唇を奪われた。
「ッンンンンンン・・・・」
いきなりの事に驚いて、どうしていいかわからなかったけど、何度も英二に唇を吸われているうちに、どんどん息が上がって、頭の中が真っ白になっていった。
「英二・・・」
何度目かのキスをして、唇が離れた時に英二を呼ぶと、英二の目は今までに見た事のないぐらい潤んでいて、俺を呼ぶ声は甘く艶を含んでいた。
「おおいしっ・・・」
俺はその声に反応して自分の体の熱が上がるのを感じた。
英二・・・
俺は無意識に英二の腕をグッと掴んで、そのまま組み敷いた。
上から英二を眺める形になって、俺は固唾を呑んだ。
英二・・・綺麗だ・・・
大きな目が今はトロッとして潤んでる・・・
頬っぺたは、少し赤くそまって・・・
少しだけ開いた唇からは、英二の上がった息遣いが聴こえてくる・・・
そして赤茶の髪が少し乱れていて、それがまた俺の心を刺激した。
そう思った時に、また目が合ってドキッと心臓が跳ねる。
「英二・・・」
堪らずもう一度英二の名前を呼んで、英二の目を見つめ直す。
その時に、部屋を誰かがノックした。
〈コンコン!!〉
えっ?!
その音に反応して、俺達はバッと起き上がり、ベットを降りて何事も無かったように距離をとって座る。
「秀一郎。英二くんの布団取りに来てくれる?」
母さんだった。
「あっはい。今行くよ」
なんとか平静を装って母親に答え、英二にも『英二ごめん。すぐ戻るから』と声をかけて部屋を出た。
部屋を出るとすぐ母さんが、お客様用布団の場所を教えてくれたけど、俺は一度キッチンまで下りる事にした。
そこでコップ一杯の水を飲んで、先ほどの自分を振り返る。
俺は何をやっているんだ・・・・
あのまま母さんが部屋をノックしなければ・・・・
俺は英二を・・・
英二に手を出していたかもしれない・・・
自分の理性の無さに驚いて、英二をそういう対象に見ている自分に更に驚いた。
英二・・・俺・・・どうしよう・・・・
英二今の・・・どう思ったかな?
変に思ったかな?
襲われる・・・・とか・・・思ってたら・・・・ホントにどうしよう・・・
色々な思いが頭の中で駆け巡って、英二を一人部屋に残してきているのに、戻る事が出来ない。
早く戻らないと・・・
頭ではわかっているけど、まだ心臓はドキドキしていて・・・・
それに改めてどんな顔をして英二に接したらいいのか・・・・
俺はもう一度コップに水を入れて、飲み干した。
それでもやっぱり・・・英二をずっと一人にはしておけない・・・
どうにか気持ちを落ち着けて、俺は部屋に戻る事にした。
お客様用布団を抱えて、かなり時間が経ってしまった事を、英二になんて説明しようか?
とか考えながら部屋を開ける。
なるべく何事も無かったように、いつもの自分を装いながら、英二を呼んだ。
「英二。ごめん。遅くなって」
「・・・・・・」
「英二?」
「・・・・・・」
アレ?
部屋の中は明るく、テーブルの上にはお菓子やジュースがそのまま置かれているのに英二がいない?
何処へ行ったんだ?
俺は部屋の中をもう一度見回した。
あっ!!
ベットの布団が盛り上がってる・・・
さては・・・
俺はそっと近づいて、布団をめくった。
そこには、頭まで布団をかぶって寝ている英二の姿があった。
英二・・・・?
・・・なんだ・・・本当に寝ているのか・・・
英二の事だから、俺を驚かそうと布団の中に隠れているのかと思ったけど・・・・
スースーと寝息をたてて、眠っている。
英二・・・
俺は幸せそうに眠っている英二の顔を見ながら、頭をそっとなぜた。
待たせ・・・過ぎたかな・・・
でも、少し安心した・・・
もし英二が起きていたら・・・俺、どんな顔したらいいかわからなかったから。
俺はベットの横にお客様用布団を引いて、その上に座りベットにもたれた。
部屋の中はとても静かで、英二の寝息と水槽のモーター音だけが聴こえてくる。
英二・・・英二・・・英二・・・
何度も何度も心の中で英二の名前を呼んで・・・
そして小さくため息をついた。
俺はこれからどうしたらいい?
今まで通り付き合っていくのか・・・・
それとも、一歩前へ進むのか・・・
英二の事は、大好きだし、ずっと一緒にいたい・・・
だけど、もし・・・俺が英二に、するなんて事になったら・・・
英二を傷つける事にならないか?
俺達は男で、リスクだって高いし・・・
それに一度そんな事になったら・・・
もう普通の生活には戻れないかもしれない。
英二はその辺、どう考えているのかな?
覚悟は出来ているのかな?
それとも英二の事だから・・・そこまで考えていないのかな・・・?
だけどまた、今日みたいになったら、俺は自分の理性を抑えられるかどうかわからない。
英二・・・
タンスの上にあるアクアリウムを見上げた。
ひょっとして英二は『俺が大石を抱く』・・・なんて思ってたりして・・・
英二だって男だし・・・ありえるよな・・・・
だけどそれは・・・
阻止だな・・・絶対阻止だ。
その時は俺が英二を・・・・・って何考えてんだ俺は!!
だから、そうすると英二の体に傷がついて・・・・
ハァ〜〜〜〜
今度は大きくため息をついて、うな垂れる。
今更ながら、男同士で付き合う事の重大さを思い知らされた気がした。
次の朝起きた英二は『なんで起こさないんだよ!!』って膨れていたけど、
寝不足の俺は苦笑する事しか出来なくて・・・一日笑って誤魔化した。
そうあの日から・・・本当に悩んでるんだよ。
こんな事を考えてるから大石は、英二にムッツリスケベと言われるんですよね〜。
でも本人は切実なんです。(残り2ページ)