(side英二)
竹本に促される様に歩き出した俺の腕を大石が掴んだ。
俺の体は急ブレーキをかけられたようにその場に立ち止まって、驚いた俺は大石の方へ振り向いた。
「大石・・・」
大石が思い詰めたような苦しそうな顔で俺を見ている。
どうしよう・・この場合俺はどうすればいい?
俺の腕を大石はしっかり握っている。
その力は俺の知っている大石とは思えないほど力強いもので、その眼は俺に何か言いたげで・・・
俺は大石から目が離せなくなった。
竹本の昨日の話によれば、今の俺は大石とダブルスを組んでいて、黄金ペアなんて呼ばれているらしい。
今の俺には、到底想像のつかない事だけど・・だけど・・
『テニス部に入部しなよ』
入学式の日に言われた言葉、その言葉が気になって結局ぐるぐる考えた俺はテニス部に入る事を決めた。
そしてあの日・・コートの片隅で大石に会ったんだ。
入部届けを出すのに部長を探していて、でもどの人かわからなくて・・・
段々面倒くさくなってきた時に、大石に声をかけられた・・・
「テニス部に入部しなよ」
入学式に言われた言葉と同じ事を大石が言ったんだ。
それがとても気になって、大石をもっと知りたいと思って・・入部を決めた・・・
だけど大石の傍にはいつも手塚がいて、それが気に食わなくて・・俺・・凄くイライラして
俺・・それで・・・それで・・・大石に・・・
「痛っ・・」
「英二っ!」
「英二っ!大丈夫か!」
「うん・・ちょっと頭がさ・・」
イタタタ・・・くそっなんだよ。急に頭が痛みだした。
でも・・そうだよ。思い出した。俺、大石と試合したんだ。
竹本達と盛り上がって、大石を成敗しちゃる!何て言って・・・
「大石っ!お前がいきなり英二の腕掴むから英二の体が揺れて痛がってるだろ!
気をつけろよ!英二は病み上がりなんだぞ!」
「俺・・そんなつもりは・・大丈夫か英二っ?」
「離せよ!英二の腕を・・・」
竹本が強引に大石の腕を俺の手首から引き離した。
俺は頭を押さえながら、2人に顔を向けた。
「だ・大丈夫だから・・」
それより・・試合は・・どうなったんだっけ?
俺が勝ったのか?大石が勝ったのか?
それでどこでどうやって俺は大石とダブルスを組む事になったんだ?
「帰ろう英二」
「えっ?」
竹本が俺の腰に腕を回した。
「今日は帰ってゆっくり休んだ方がいい。
ここにいると大石がまた何を言いだすかわからないからな」
竹本が大石を睨んだ。
「俺は本当にそんなつもりは・・・」
大石は目線を外して唇を噛んでいる。
ちょっ・ちょっと待ってよ・・俺はまだ・・・今何か思い出しそうなのに・・・
「俺はまだいても・・」
「英二。俺のいう事が聞けないのか?」
「た・・竹本・・」
「俺はお前の体を心配してんだよ。もっと自分の体を大切にしろ」
「そ・・そんなのわかってるよ・・でも・・」
大石に聞きたい事もあるし・・・
それに本当は大石が言った様に、ラケットを持ってコートに入りたいって・・
体を動かしたくてウズウズしてたんだ。
でもそれが出来なかったのは、横にいる竹本に止められたのもあるけど
ここに来ても何も思い出せない事実と、知らない顔ばかりでどうしても1歩が踏み出せなかったからだ。
俺、怖かったんだ。
みんなの視線が・・俺に対する態度が、何か腫れ物を触るような感じで
気を使ってるのがわかって傍に来てもぎこちなくて・・・
どうにかしたいって思う間に、竹本に追い返されちゃうし・・
でも今は・・・今なら何か掴めるかも・・・だから・・
「俺・・」
「竹本・・俺が悪かった。今日はもう英二を連れて帰ってくれ・・・」
「えっ・・・?おっ大石・・・?」
そんなっ俺は・・・
「だから最初から言ってるだろ!英二は俺に任せてくれって・・・・行くぞ英二」
「あっ・・でも・・」
竹本は俺の腰に置いていた手に力を入れた。
俺は押し出される様に1歩を踏み出してしまった。
「大石・・」
振り向いた先の大石がどんどん遠くになって行く。
大石は俯いたまま顔を上げなかった。
「なぁ竹本。俺もう少し体動かしても大丈夫だと思うんだけど?」
部室に戻って、ジャージから制服に着替えた俺は振り向きざまに竹本に言った。
やっぱりコートに出て、殆ど何もしないというのは俺の性にあわない。
少しぐらい無理をしてでも、ぱーっと派手にアクロバティックを決めてスカッとする方がいい。
それに・・・やっぱりあの大石の顔が忘れられない。
大石とはダブルスの相方だもんな。
ただの友達と言っても、昔よりはずっと仲良くなってる筈だし
副部長としての責任感も強いんだろうし
いつまでも俺がこんな状態じゃ迷惑かけちゃうよな。
「英二・・俺、昨日も今日もちゃんとお前に説明したよな?
記憶を取り戻す手助けは俺がするから、今は無理するなって」
「でも俺、出来る事は自分でも・・」
「全国。行きたくないのか?」
「そ・それは・・・」
嫌だ。
何故だか今、それはだけは絶対に成し遂げなきゃいけない事だって思った。
全国・・・俺の中でこの言葉は凄く重くて、大切に感じるんだ。
「わかった・・竹本のいう通りにする・・」
まだちょっと腑に落ちないけど・・・大石の事も凄く気になるけど・・・今日は我慢しよう。
俯いて足先を見てると、竹本が俺を引き寄せた。
「えっ?」
「英二には俺がいるだろ」
「ちょっ・・ちょっと・・」
俺はその勢いのまま竹本に抱きしめられてしまった。
「や・・やめてよ・・」
「嫌か?」
「嫌っていうか・・」
「俺達は付き合ってるんだぜ?」
「・・・・・」
付き合ってる。
俺と竹本が・・・
それは昨日聞かされた話の中で1番驚かされた事だけど
どういう訳か俺はすんなりその話を受け入れてしまった。
その理由は・・・
「こうされると安心するんだろ?」
竹本が俺を抱きしめたまま、背中をポンポンと叩く。
俺は目を瞑って、竹本の肩におでこをのせた。
そうなんだ。何故だかわからないけど、こうされるとひどく安心する。
絶対に大丈夫。なんとかなるって・・そんな気分になる。
なんていうか・・体が覚えてるんだ。昨日もそうだった。
病室の中で竹本だけ残ってもらって、中一から今までの俺の出来事をわかる範囲でいいから教えてくれって頼んだ時
「ん〜〜・・・」
「どうだ?」
「意外と勉強って覚えてんだな。俺さ、今自分では中1だと思ってんじゃん。
だから中3の教科書なんて見ても、全然わかんないと思ったけどさ・・」
「わかるのか?」
「うん。だいたいわかる。きっとここの問題とかこれは中3の俺もできなくて・・・
これとこれなんかは完璧パーぺキ」
俺はベッドに上に並べた教科書を手に取りながら答えた。
「あっでもさ・・・英語はやっぱ難しいな。
きっと中1の時からずっと苦手のまんまなんだろうな〜」
ハァ〜と溜息をつきながら、俺は教科書を竹本に返した。
最初に勉強の事を聞いたのは、明日学校に行って授業中何もわかんないじゃ途方にくれるから
もともと勉強なんて好きじゃないのに、また1からとか嫌だもんな。
でも・・これなら勉強は何とかなりそうだ。
記憶喪失っていっても、こんな事はちゃんと覚えてんだな。良かった。
てことは・・やはり問題は人間関係。
何より部活だよ。
さっきの大石といい・・
俺、このまま部活出ても名前しかわかんなくて傷つけてしまうかもしれない。
いや・・3年という事は後輩もいるって事か、みんなに会う前にある程度把握してなくっちゃ
きっとこの胸のモヤモヤもこの辺りにあるんだ。
「あのさ竹本・・部活なんだけど、今の俺はテニス部でどうしてる?
シングルス1でレギュラーになってるとか?」
1年の俺はずっと青学ジャージに憧れていた。
いつか俺もレギュラーになって、あのジャージを着るんだって。
あの頃の夢は叶っているんだろうか?
「英二〜。お前大きくでたな」
竹本は白い歯を見せて苦笑した。
「今のシングルス1は手塚。覚えてるか?」
「あ〜あの眼鏡の・・うん。覚えてる」
そうだ。手塚だ。手塚は入部した時から別格で、そのせいでよく先輩にいじめられてたよな。
そうか・・やっぱアイツがシングルス1か・・
「じゃあ・・今のレギュラーって誰なの?俺は?俺はシングルスで選ばれてない?」
そういえば不二とかいう奴も上手かったよな。大石も先輩に交じって練習試合してた。
それに・・データおたくもいたよな。めちゃくちゃパワーがある奴も・・
「今のシングルスは、2が不二、3が乾かな・・いや・・桃城・・海堂か・・いや確か新しく入った1年が・・・」
「えっ?桃城と海堂って?」
「生意気な2年だよ」
「そ〜なんだ」
そーだよな。下に上手い奴がいれば、3年だけがレギュラーって訳じゃない・・
じゃあ俺は・・
「俺は・・?今名前でなかったんだけど?」
「あ〜そうそう。お前はダブルス」
「えっ?俺、ダブルスなの?嘘っ!」
そんな・・俺、絶対シングルスだと思ってた。
「ホント。今のお前は大石と組んで青学のダブルス1だ」
「俺が大石とダブルス1?」
「青学の黄金ペアなんて呼ばれてんだぜ」
「青学の・・黄金ペア・・・?」
俺が大石とペア・・だから大石・・あんな顔してたのか?
ダブルス組んでる相手に忘れられるなんて、そりゃあ傷つくよな。
ダブルス組むって事は、それだけ仲がいいって事だろうし・・
一緒にいっぱい練習して・・一緒に苦労して・・笑って・・
・・・大石・・・
何だろう?大石の事を考えると、モヤモヤが広がる気がする。
大切な何かを忘れている様な・・・ダブルスを組んでる相手だから?
俺は大石が去って行ったドアの方を見つめたあと、竹本へ視線を戻した。
「ねぇ竹本」
「ん?」
「俺と大石って・・ひょっとして特別仲良かったのかな?」
竹本は俺が大石という名前を出すと、それまでの笑顔を消した。
「なんでだ?」
「ほら・・さっきも来てくれてたし・・
ダブルスの相手って事はさ。一緒にいる時間も長い訳だよな?」
竹本・・怒ってんのかな?なんとなく空気が変わった気がする。
俺は窺う様に竹本を見た。
竹本は顎に手をやると、暫く何かを考えて改めて俺を見た。
「大石とは部活仲間として、普通に仲がいいよ。今はな・・・
でもダブルスだからと言って、別に特別という訳じゃない。今日来たのも副部長だからだろ」
「そ・・そうなんだ。大石・・副部長なんだ・・」
ふ〜ん。そっか・・そうだよな。
俺達・・大石の事、手塚の金魚のフンとか言って陰口たたいてたもんな。
よっぽどの事がばければ、特別な友達になんてなれないよな。
それなのに俺・・・今少し期待してしまった。
ダブルスを組むようになって、俺と大石は特別な友達にになってるのかなって・・
何だろ・・・?この気持ち・・・期待したのに裏切られたような・・・残念・・・?
俺、大石と特別仲がいいって言って欲しかったのかな・・・?
「なぁ英二。それよりも大切な話があるんだ」
「ん?何・・・?」
大石の事を考えていると、竹本に意識を戻された。
顔を上げるといつのまにか竹本が至近距離まで近づいている。
「わっ!どうしたんだよ?」
「あまり大きな声では言えない事なんだ」
「な・・何?」
「引かないで・・聞いて欲しいんだけど・・」
「う・・うん・・」
なんだろ?
竹本の雰囲気に俺は固唾を呑んだ。
「あのさ英二・・・俺達・・・付き合ってるんだ」
「えっ・・・・・・・・?えーーーーーーーっ!!!」
「しっーー!!英二。声がでかいよ」
「なななな何?それ?」
「だから・・引くなって言っただろ。そーいう事だよ」
「そーいう事って・・おっ俺達男じゃん!」
「けど、そーなったんだよ」
「そんな嘘、信じれる訳ないじゃん!」
俺と竹本が・・付き合ってる?いやいやいや・・だって俺達男同士だし・・
どこでどうなれば、そんな事になるんだよ!
だいたい俺、女の子とも付き合った事ないんだよ?それなのに飛び越えて男って・・・どう考えてもおかしいじゃんっ!
つうか・・そんなの全然考えられないっ!!
・・・・って・・・あ・・・いや・・・・でも・・だから今、一緒にいるのか?
そういえば・・ここに来るまでも凄く親密だなって思ったんだ・・・それって・・まさか・・本当・・・?
「それなら。証拠みせてやるよ」
「えっ?」
俺がグルグル考えていると、竹本はベッドの上に座り俺を抱き寄せた。
俺はされるまま抱きしめられる形になった。
「こういうの嫌か?気持ち悪いと思う?」
竹本が耳元で話す。
俺は竹本の肩越しにカーテンを見つめた。
「こんな事、男同士で普通しないだろ?」
確かに・・・こんな事・・普通はしないよな。
それにホントなら、嫌だとか気持ち悪いとか・・竹本のいう通り思いそうだ。
でも・・俺・・・それなのに・・・
「英二?どう?今どんな気分?」
「い・・嫌じゃない・・・」
それどころか、温かい体温が服ごしに伝わってきて・・・
「なんていうか・・ひどく安心する」
俺は竹本の肩に顎を乗せた。
それにわかるんだ。こうやって肩越しに景色を見るの初めてじゃない。
俺・・何度も抱きしめられた覚えがある。
「俺のいう事、信じてくれた?」
「う・・ん・・」
そうだよな。こんな事・・冗談で言えるはず無いもんな。
そっか・・そうなんだ・・だから竹本俺に優しくて・・・親密だと思う筈だ。
でも・・じゃあこのモヤモヤは・・・モヤモヤは何だろう?
大石の事を考えると、広がると思ったんだけど・・・
「良かった。英二が信じてくれて・・」
竹本は言いながら、俺の両肩を掴んでゆっくり体を離した。
俺達は真正面で見つめ合う形になった。
「竹本・・・」
「だけど1つだけ、英二には覚えておいて貰わなきゃいけない事がある」
「何?」
「この事は俺達以外誰も知らない。当然だけど・・こんな事人に言えないからな・・」
「そ・・うなんだ。そうだよな。こんな事言えないよな」
そうだよ。今俺はすんなり受け入れてしまったけど、普通に考えれば凄くおかしい。
こんな事誰にも受け入れて貰えない・・・言えないよな。
男同士で付き合うなんて・・・
「その事を英二はかなり気にしていたけどな。みんなを騙してるみたいだって・・
ああ。そうだ。特にダブルスのパートナー大石には嘘をつく事が多くて悪いって言ってたな」
「俺が?」
「ああ。今だってそうだ。テニス部じゃない俺が一緒にいるのは変だろ?」
「えっ?竹本テニス部やめたの?」
「あーまあな。お前と付き合う様になって・・色々都合が悪くなったんだよ。
それに俺も限界感じてたしな・・・」
「そーなんだ・・・・」
この3年間で色々あったんだ。
俺と竹本は付き合う様になって・・竹本はテニス部辞めて・・俺は残って大石と組んでる・・・
「だからこれからもこの事は2人の秘密だけど・・・
英二の記憶の事は俺がなんとかするから。英二はゆっくり思い出せばいいよ」
「うん。ありがとう・・・」
大きな秘密・・抱えてんだな俺・・
ひょっとして・・・だからこんなにモヤモヤしてたのかな?
ダブルスのパートナーに付き合っている事を秘密にしているから。
大石に・・・
「英二?」
返事をしない俺に竹本が名前を呼んだ。
俺は顔を上げた。
「わかった。わかったから。でもちょっと離れてよ」
竹本の言いたい事はわかる。
俺達はこんな関係で・・・記憶喪失の前まではコレが普通だったんだろうけど・・
俺は二人の間に手を入れて竹本の胸を押した。
「ここ部室だろ」
誰に見られるかわからない。
いや・・違うのかな・・・安心するんだけど何かが・・引っかかる。何か・・・
考えてる間に竹本は右手で俺の顎を上に向かせた。
「英二・・・」
竹本が目を瞑る。
えっ・・・?ん?何?これって・・・・えっ・・・ちょっと・・まさか・・キス?
そんな・・・・・・・・・・・・やだっ!!
何も抵抗出来なくて、目をぐっと瞑った瞬間に部室のドアがバンッとけたたましく開いた。
俺達の視線はドアに向き、竹本は俺を引き寄せていた腕を一瞬で離した。
竹本と俺の間に少しだけ空間が出来た。
「あんた達・・何してるの?」
入口に立っていたのは、帽子をかぶった生意気そうな1年生だった。
「お・・俺達は今から帰るとこなんだよ・・な!」
竹本との距離を誤魔化す様に俺は竹本に話しかけた。
「ああ。まあな」
竹本はあきらかに不機嫌な顔になっていた。
「ふ〜ん。じゃあ・・さっさと帰れば?そんなとこにいられると迷惑なんだよね」
生意気そうな1年生はそういうと俺達の目の前まで歩いて来た。
ラケットを肩にかけ俺達を見上げる。
「邪魔なんだけど」
「なっコイツ・・・1年生のくせに、先輩になんて口聞くんだ!?」
竹本はその態度に激怒し、1年生に覆いかぶさる様に文句を言っている。
「ちょっちょっと竹本っ!」
俺はそれを止めようと竹本の肩を掴もうとしたが、その瞬間俺達の間を割る様に
1年生のラケットが肩から振り下ろされた。
「ガットが切れて早くラケットを交換したいんだけど、あんたの後ろが俺のロッカーなんだよね」
1年生は竹本に怯むどころか
「部外者は早く出てってくれる?」
大きな目を鋭くさせて竹本を睨んでいる。
竹本は振りあげかけた手を下ろし、怒りを押さえる様に俺を見た。
「行くぞ。英二」
そして足早に部室を出て行く。
俺は唖然と1年生を見た。
「何?」
「お前凄いな。いつもこんな感じなの?」
「別に。ホントの事しか言ってないし」
「へぇ・・面白いなお前。名前はなんていうの?」
「越前リョーマ」
「越前リョーマか・・・えっと・・俺、お前の事知ってるよな?」
「はぁ?当たり前じゃないっスか。早く思い出して下さいよ。英二先輩」
「うん。そうだな。がんばる・・えっと・・越前!」
「それ・・違うっスよ」
「んにゃっ?俺間違ったかな?」
「いや・・間違ってないっスけど・・英二先輩は俺の事・・そんな風に呼んでないっス・・」
「違う呼び方してるの?」
「まぁ・・・・・・・・・・・・・・言いたくないっスけど・・・・おチビって・・」
さっきまで竹本を威嚇するように鋭く開かれていた大きな目を帽子のつばで隠して目の前の1年生が照れている。
俺は思わず大きな声で叫んだ。
「おっおチビ〜!?」
「なっ何すか?大きな声で・・」
「いや・・そのまんまだなって・・・ニャハハハハ!」
思わず笑ってしまった。
俺・・・見たまんま呼んでるんだ。
「うるさいっスよ」
おチビは益々照れて横を向いてしまった。
その時外から大きな声で竹本に呼ばれた。
「英二!何してるんだ!早く行くぞ!」
「あっ!うん!今行く!」
俺は外に聞こえる様に大きな声で返事をしておチビに顔を向けた。
「じゃあな。おチビ。また明日」
鞄を肩にかけておチビに背中を向ける。
そのままドアまで行くとおチビに呼ばれた。
「英二先輩!」
「ん?」
振り向くとおチビは帽子のつばを上げた。
「あんたの本当の場所。早く思い出して下さいよ!」
真っ直ぐ俺の目を見るおチビ。
俺は笑顔で答えた。
「うん。あんがと!じゃあね!」
おチビに手を振って俺は部室を出た。
帰り道を竹本と二人で並んで歩く。
竹本はおチビの事がよっぽど頭にきたのか未だに機嫌が悪い。
だけど俺はそんな竹本を横目に見ながら少しほっとしていた。
おチビがあの時部室に入って来てくれなかったら・・・きっと俺は竹本とキスをしていた。
それは俺達の関係では普通の事なのかもしれないけどそれでもあの時、嫌だと思ったんだ。
何故だかわからないけど・・逃げ出したい気持ちになった。
あれは・・部室だったからかな?
誰かに見られるかもと思ったから?
でも抱きしめられるのは、大丈夫なんだ。
安心する。それも確かで・・・
俺は人差し指でそっと唇を触った。
キス・・が駄目なのかな・・・・
俺はまた横目で竹本を見た。
「ったく・・どうしてテニス部はこう生意気な後輩が入ってくるんだろうな!」
竹本は吐き捨てる様に叫ぶと、俺の方へ顔を向けた。
「なぁ英二もそう思うだろ!?」
「んっ?ああ・・うん。まぁ・・そうだね。
でもそれぐらいじゃなきゃテニス部では勝ち残れないよ」
急に目が合って、慌てて話を合わせると竹本は納得したのか大きく頷いた。
「確かに・・・あのテニス部じゃあ。アレぐらい生意気じゃなきゃやっていけないかもな・・」
「そうそう。だからもう許してやりなよ」
おチビをフォローしながら、俺は周りを見た。
このまま歩いて行けば俺の家に着いてしまう。
竹本は俺を送ってくれる気でいるのだろうけど・・・
そうなってしまえば、竹本を玄関先で帰せなくなる。
必然的に俺の部屋へ上がる事になっちゃう。
でもそんな事になったら・・今はおチビの事でイライラしてる竹本も思い出すかも知れない。
キスをしようとした事
2人きりになれば、また竹本に迫られるかもしれない。
付き合っていて・・それがいつもしてる事だとしても・・・やっぱキスは駄目だ。
何故だかわかんないけど・・そう俺の直感が伝えている。
今日は帰ってもらおう。
何とか理由をつけて・・・
何か・・・何か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あーーーーーーもうっ!!何も思いつかない!!
気持ちだけ焦って、結局上手く切り出せないまま気付けば俺の家の前まで来てしまった。
しかも運悪く玄関先でチイ姉に会うなんて・・・
「あっ英二お帰り!竹本君今日もありがとうね。お礼もしたいし上がって行ってね」
・・・確かに昨日も今日も竹本には世話になったけど・・・
今は2人きりになりたくなかったのに・・・もし変な雰囲気になったらどうしてくれるんだよ!
チイ姉に心の中で悪態をついて、俺は心とは裏腹に玄関を大きく開けた。
「竹本。俺の部屋で待っていてよ。俺何か飲み物持って行くから」
あーこんな事いいたくないのに・・・
そうじゃないのに・・・
「ああ。サンキュー」
竹本はさっきまでのおチビへの怒りはすっかりなくなったのか満面の笑顔で答えた。
それは凄くいい事だと思うんだけど・・・
階段に上がりしなに、竹本が俺の腕を掴んで耳元で囁いた。
「早く来てくれよな」
俺は反射的に振り向いて竹本を見た。
至近距離で目が合った。
その眼がすごく誘っているように感じたのは、俺が意識しすぎてるからなのかな?
竹本はすぐに背を向けて俺の部屋へと階段を上がって行ったけど・・・
俺はこの後どうなるんだろう?
竹本とキス・・なんて事になるのかな?
昨日は竹本を見て、ドキドキした気がするのに・・・
付き合ってると教えられて、部室であんな事があって・・・
今一緒にいるのがちょっとずつ怖くなってる気がする。
俺・・このままでいいのかな?
誰かに・・・相談したい・・誰かに・・・・
・・・・大石・・・・・・
英二お誕生日おめでとうvvvvvv
お祝いnovelにしては・・・全然ラブラブではないですけど・・・
いつかはそうなる筈なので、英二と大石にはもう少しこの試練に耐えて頂きましょう☆
という訳で・・・・今年も無事に祝えましたvvvv
続き物ですけど・・楽しんで頂けていたら嬉しいです!
2011.11.28