漢会議 4





「あの眼鏡ヤロー!何がマリアナ海溝だっ!ぶっ殺してやる!!!」


海堂は叫んだが・・その声は後ろから回された菊丸の手に封じられ、その勢いは前から押さえる越前に塞がれている。

なので実際にはフガフガ言いながらバタバタする海堂がそこにいた。

「落ちついて下さいよ。海堂先輩!

今入っていったら俺達が覗いてるのバレるじゃないっすか!」

暴れる海堂の胸を押さえながら越前が言う。

「そうだよ!みんな言いたい事は山ほどあるけど我慢してるだろ?」

菊丸も海堂の口を塞ぎながら言った。

しかしそれでも海堂の怒りは収まらず

「あの変態ヤローをぶん殴らなきゃ収まらねぇ!!!」

と、菊丸に口を塞がれているのでやはりフガフガしながらバタバタするだけなのだが

勢いだけは凄まじく徐々に菊丸を圧倒し始めている。

菊丸は腕の痺れに堪えながら言った。

「あ〜もうっ!恋人に変態って言われる乾ってどうなの?」

「そりゃあ変態だから仕方がないんじゃないっスか?」

同じ様に海堂の勢いに、痛いんスけど。と愚痴る越前が答えた。

その時海堂の動きがピタリと止まった。

菊丸の腕を払い、目は越前を見下ろしている。

「今何て言った?」

その様子の変化に反応して、越前も真っ直ぐ海堂を見上げた。

「変態だから仕方がないんじゃないっスか?って言いましたけど?」

それが何?と強気の姿勢だ。

「俺があの人の事を変態呼ばわりしても、お前がそれを真似るのはどうなんだ?」

海堂の声は静かだか怒りを含んでいる。

「どうなんだって・・?別にいいんじゃないっスか?本当の事だから」

だがその声に怯まないのが、越前が越前である証拠だ。

「それが本当の事だとしても、お前は後輩であの人はお前の2つも先輩なんだぞ?」

「それをいうなら海堂先輩も後輩になりますよね?」

「まっ・・それはそうだが・・俺達は付き合っているから・・だからその特権というか・・」

海堂が目をそらす。

「何そこで赤くなってんの?」

「ばっ・・誰が赤くなってるだ!」

「赤くなってるじゃん・・海堂先輩まだまだだね!」

「なっ何を〜〜?」

睨みあう2人。その横で菊丸が静かに2人の肩を叩いた。

「はい。2人ともそこまで。それよりもこっち見てみて?」

菊丸が指を差す。

その先には開眼した不二が口元に笑みを浮かべて立っていた。

「次手塚の番だと思うんだよね?」

首を少し傾けて、サラサラの髪が揺れる。

いつもならそこにいる不二は綺麗で見惚れてしまう程なのだが、今の不二はそれを上回る黒いオーラで包まれていた。

「終わった人は少し黙って待っててくれないかな?」

2人は直立不動で、頭だけを縦に動かすしかなかった。

「うぃっス」

「はい」

そして視線を教室の中に向ける。

中ではようやく最後の1人に脚光が浴びるところだった。

マリアナ海溝・・・なるほどそれはいい事を聞いたな。

・・・・・・だがしかし・・・・

手塚は心の中で頷くと、改めて自分の置かれている状況を考えた。

なぜなら大石の発言から始まり桃城、乾、と話を聞きき、それは実に興味深く充実した内容で満足のいくものだったが、

ここにきてようやく危機感を覚えたからだ。

それというのも手塚自身一度も発言はしていないが、全くみんなの話に無反応だった訳じゃなかったからだ。

最初に桃城が「じぁあ誰から話しますー?」と言った時も、大石が「次はどっちが話す?」と言った時も

乾が「では次は俺の番だな」と言った時も・・・

手塚は腕を組んだままだったが、その少しでた指を上にあげて心の中では「俺が・・・」とアピールしていたのだ。

それなのに誰も反応してくれない・・・

最後は左眉も少し上げて「俺が・・・」とアピールしたがこれでも駄目だった。

3人はまるで手塚の存在を忘れた様に話を進めて盛り上がって行く。

もちろん話が始まれば、心の中で「うんうん」と頷き・・・

菊丸の話を聞いている時は

そうか菊丸はビデオ予約が出来ないのか・・・

俺達の場合は・・・・

「このサボテンの名前は何でしょう?」

「玉翁・・・だったか?」

「はずれ月影丸。じゃあこれは?」

「海王丸」

「ぶー!花盛丸。手塚・・・そろそろ覚えてくれてもいいんじゃないの?」

「そういわれてもな。何度説明を受けても同じように見えてなかなか・・・」

「なかなか何?まさか覚えられないって言うんじゃないよね?」

「いや・・それは・・」

「手塚はバカなの?サボテンの名前1つ覚えられないぐらいバカなの?」

「いや覚えられない訳じゃない・・ただ区別が・・・」

「区別が・・何?」

「いや・・あぁそうだ!このサボテンは春星だったよな?」

「・・・・・・」

「不二?」

「正解!やればできるじゃないか。手塚」

バシン!と背中を叩かれ、危うくサボテンに倒れこみそうになった。

寸でのところで回避したが、あのまま倒れていたら・・・まぁそれは考えないでおこう。

それよりも未だにサボテンの区別がつかない俺をバカなの?って、言った時の不二の顔・・・可愛かったな・・・

と、バカ呼ばわりされる事にまったく抵抗感が無くなっている事にも気付かず、頬を緩めて思い出に浸ったり・・・

桃城の話を聞いている時には・・・

桃城の越前のモノマネは似ていないな・・

もっとモノマネというのは、相手の特徴を掴んでだな・・こう・・・・・そうだ。

不二を見ろ。何もモノマネをしなくても、あの醸し出す雰囲気はまるで・・・

新撰組の沖田総司みたいじゃないか!美少年にして薄幸の天才剣士。

そして俺は沖田に慕われる近藤勇で決定だな。

いやまてよ・・それとも俺は土方歳三の方が似合うかな・・・?

と、モノマネとはまったく関係のないどうでもいい話を頭の中で繰り広げ

乾の話を聞いている時は・・・・

そういえば俺も不二と外でよく会うな。

これはやはり愛のなせる業ではないだろうか?

不二と俺は運命という絆で結ばれ、出会うべくして出会った。

そう・・・ここで僕らは出会ってしまった。

君の声が聞こえたそんな気がした♪

振り返ればそこに青い空♪

やり残した事がまだここにあるなら♪

これもそのひとつかもしれない♪

まだ幼さを残していた あの日の二人が今も♪

今からでも遅くない♪

始めようか♪

あの日♪

ここで僕らは出会ってしまった♪

そして僕らは気付いてしまった♪

新しい世界の扉が開いた♪

そしてまたここで僕らは出会った♪

・・・手塚は頭の中で歌っていた。気持ちよく不二パートも歌っていた。

そしてそのまま2番へ行こうとした時、乾の言葉が耳に入ったのだ。

「恋人を想う気持ちはマリアナ海溝より深いだろう」

・・深いだろう・・・深いだろう・・・深い・・・

そうか!

俺達の愛はそんなに深いのか・・・

マリアナ海溝・・・なるほどそれはいい事を聞いたな。

と、冒頭の感想になり、それと同時に危機感を覚えたのである。

手塚は大石、乾、桃城と順番に顔を見た。

3人は手を取り合い。頷き合い。

満足したのか会議は終わったとばかりに、麦茶を呑みだした。

手塚は焦った。

俺の番が、まだじゃないかっ!

焦って最終手段にでた。

組んでいた手をほどき、左手に拳を作ると口の前にもっていった。

「ゴホンッ!!」

絵にかいたような、咳をする。それを2度繰り返した。

「ゴホンッ!!ゴホンッ!!」

手塚はゆっくりと3人を見まわした。

3人は手塚の方に顔を向けて、それぞれ固まっている。

手塚は小さくため息をついた。

「俺の発言がまだなのだが・・・」

一瞬の沈黙が4人を包んだ。

そして次の瞬間弾かれた様に大石が口を開いた。

「もっ・・もちろんわかっていたよ手塚!

最後を飾るのは手塚しかいないって思ってたんだ!なぁみんな!」

「も・・もちろんっスよ!最後は部長がビシッとしめてくれなきゃ終われねぇなぁ・

終われねぇよ!」

「手塚がとりを飾る確率100%」

3人は身を乗り出し、詰め寄るように手塚を見下ろした。

「そ・・そうか・・・」

手塚は3人に圧倒されながら、改めて腕を組み直した。

「では、最近の不二の可愛いと思ったところだが・・・・」

「「「思ったところは???」」」

「思ったところだが・・・」

「「「思ったところは???」」」

「近くないか?」

手塚が俯きながら言う。

大石と乾と桃城の3人はお互いの顔を見合わせた。

確かに・・・

3人はすっかり手塚の存在を忘れていた後ろめたさから、手塚に詰め寄りすぎて手塚を取り囲む様な態勢になっていた。

「こ・これじゃあ確かに話しにくいよな?すまない手塚。みんなもいったん座ろう」

大石が乾と桃城に目配せをする。

桃城が頷いた。

「そうっスね!」

乾もそれに続く様に頷いた。

「すまなかったな手塚。では、改めて始めてくれ」

イスに座ると、乾はいつものようにノートを広げた。

3人の視線が静かに、手塚へと注がれる。

議題:恋人の最近改めて可愛いな・・と思ったところ

ケース4.不二

「えーでは、改めて話すが・・・・」

なんなんだ。このプレッシャーは!?

「不二の最近改めて可愛いな・・と思ったところだが・・・」

静まりかえり過ぎではないだろうか?

さっきまでもこんな雰囲気だったか?

ところどころ記憶が曖昧だが、もっとこう自然な感じで話が流れていたと思ったのだが・・

みんなはこのプレッシャーに勝って、発言していたというのか?

「・・・・・・・・」

「手塚。大丈夫か?」

話出さない手塚を、大石が心配そうに見つめる。

「ああ。大丈夫だ・・・不二の可愛いところだな・・・」

くそー!何てことだ!

先程まではあれほど色々思いついていた事が、今は言葉になって出てこない。

「・・・・」

「手塚。恥ずかしいのか?」

乾がノートから顔を上げて、手塚を見つめる。

「いや。そういう訳じゃあ・・・」

「無理しなくてもいいっスよ!部長こういうの慣れてないでしょ?」

「まぁ・・確かにそうだが・・・」

その通りなんだが・・・・

不二の可愛さをみんなに話せるというこの機会を、逃すわけにはいかない!

だから・・

「そうか・・そうだよな。俺達はともかく、手塚にこういう話をさせるのは・・・」

「いや大石・・・」

ちょっと待ってくれ!

「なるほど。データに収められないというのは悔しいが仕方のない事か」

「乾・・・」

だからそれは・・・

「向こうもそろそろ終わる頃っスしね。今日はこの辺にします?」

「桃城・・・」

だから違うんだ!

俺は不二の話を・・・

3人が机の上のコップを片づけ始めた。

手塚は出来る限りの声をだした。

「いや・・まて!あるんだ・・・」

3人の視線が一斉に手塚に向く。

「手塚大丈夫か?無理しなくても・・?」

「無理ではない」

「手塚がそういうならいいじゃないか。取り敢えず大石も桃城も座ろう」

「本当に大丈夫っスか?」

大石、乾、桃城がそれぞれに様子を窺いながらイスに腰を下ろした。

よし。まずはみんなを繋ぎとめる事には成功した。

あとは話だ。落ちついて油断せずに行こう。

「あぁでは・・不二がサボテンを育てている事はみんな知っている事だと思うが・・」

まずはサボテンの話だ。サボテンを見つめる時の不二の顔。まずそこから話していこう。

「確か去年書いた論文が話題になったんだったな」

「え?あぁ。そうだ」

さ・流石乾。不二を調べる事にも余念がないな。

「そうそう!大学の研究者達も舌を巻いたとか。英二が興奮して話していたの覚えてるよ」

「そんな事もあったな」

菊丸も不二の事には詳しいからな・・・

「あーそれ俺も覚えてるっス!俺達の学年でも女子が騒いでたっスよ!

 不二先輩って素敵!なんて騒いで、大変だったんっスよ!

やっぱ不二先輩は見た目の綺麗さや可愛さだけじゃないっスよね!」

「うむ」

手塚は腕を組んで大きく頷いた。

そうか下級生にまで不二の話は広まるんだな。

なるほど・・・・

そして左手に拳を作りぐっと握りしめると、手塚は微かに笑みを作った。

「その通りだ。桃城!不二は綺麗さや可愛さだけじゃない。

一見同じ様に見えてしまうサボテンを見極め・・・

サボテンの為なら、俺をも突き飛ばす男だ。どうだ!ワイルドだろ?」

だが・・・

「「「・・・・・・・」」」

手塚とは裏腹に、その場はシンと静まりかえった。

大石が気まずそうに、手塚に視線を送る。

「て・・手塚・・・ワイルドはちょっと・・」

「ん?なぜだ?」

乾はノートを広げ記帳し始めた。

「手塚はサボテンの事で不二に突き飛ばされた事がある。なるほど・・・」

「あっ・いやそれは・・・」

桃城は腕を組むと、大きく横に首を振る。

「部長。今は恋人の最近改めて可愛いな・・と思ったところを発言するんッスよ!

 それなのにワイルドはいけねぇ〜なぁ。いけね〜よぉ」

不穏な空気に手塚が反論をする。

「いやだから・・それはだな・・・」

桃城の話の流れから・・・・

そう言いかけた時に、教室のドアがスパーン!と音を立てて勢いよく開かれた。

そこには仁王立ちをした不二。

後ろには菊丸も海堂も越前もいる。

が、みんなの視線は黒いオーラをまとった不二に注がれていた。

「帰ろうか?手塚」

妖艶な笑顔が、その場にいるものすべてを凍らせる。

手塚は鞄を握ると、無言で立ちあがった。

そして視線を未だ座っている3人に向けた。

「後は頼む」

手塚の顔からは、生気がなくなっていた。

和やかに進んでいたはずの漢会議

なぜタイミングよく不二が登場したのか?

このあと手塚はどうなってしまうのか・・・?

「手塚ぁ!戸締りは必ず俺達が責任を持ってしておくからな!」

大石の声を最後に謎だけを残して、第一回目の幕をとじた。


END


やっと最後まで来ました!

長らくお待たせした方、初めての方、web拍手押して下さってありがとうございます!

これからものんびりですが、頑張りますのでよろしくお願いします!

                  2012.11.1