「いや〜痛い、痛いとは思ってましたけど・・・
あそこまで来ると、かける言葉もなくしますよね。見て下さいよ。あの副部長の顔」
青学のルーキーが大石の顔を指差す。
するとその上からずっしりと体重をかけて菊丸がのしかかった。
「いいじゃん。幸せそうな顔してるだろ」
その横で海堂が、越前を覗きこむように言う。
「そっそうだぞ!そんな痛いなんて・・それに言葉だってだな・・かけようと思えば・・・」
「ハァ?海堂先輩だってそう思ってんでしょ。げんに言葉につまってんじゃん!」
「バッバカ・・これは・・そっそんなんじゃねぇ!」
海堂が目をそらす。
それが認めている事につながるのに・・
と越前は思いながらため息をついて、顔を後ろに向けた。
「っていうか・・英二先輩。重いんだけど・・降てくんない?」
「嫌だね。大石の事。悪く言った罰。絶対どかないもん」
「ちょっと・・英二先輩っ!」
「はいはい。そこまで。3人とも静かにしないと、覗いてるのがばれるでしょ」
3人の後ろで傍観していた不二が、英二の首元のシャツを掴み後ろに引っ張った。
菊丸は渋々、越前の背中から降りた。
「ほら。次の話が始まるよ」
ここは3年2組の教室の前
本来乙女会議を開いている筈の彼らがここにいるのには理由があった。
それは前回の乙女会議の時である。
何気ない越前の一言が原因だった。
「桃先輩っていつも自転車置き場で待ってるんスよね。
それってちょっと気が引けるっていうか・・みんはどうしてるんスか?」
越前の問いに菊丸がすぐに答える。
「ほいほーい!大石のやつは教室で部誌を書いてるか・・委員会の仕事を手伝ってるか・・
ん〜どこで待ってるとか・・・いつも忙しくしてるからそんな気にならなかったな〜」
菊丸が頭の後ろで手を組み、天井を見上げる。
その横で不二がクスッと笑った。
「手塚は図書室にいるよ。いつも同じ席で洋書を読んでいるかな」
越前はふーんと相槌を打ちながら、海堂の顔を見た。
海堂の目が泳ぐ。
「い・・乾先輩は校内をうろついている・・と思う」
海堂が歯切れ悪く言うのも無理はない。
乾だけは乙女会議が終わる頃を計算して、いつも部室の前で待っているのだ。
ドアを出た正面のコートフェンス前が彼の定位置なのである。
なので実際どこで時間を潰しているのか、海堂自身も把握してはいなかった。
だがそれはここにいるみんなが知っている事で、もちろん越前も知っている事なのだが
あえて越前は挑発するような目で海堂を見た。
「とかいって、ホントはずっと部室の前で待ってたりするんじゃないッスか?」
「なっ!そんな訳ねぇだろ!」
「いや。わかんないよ〜乾の事だから、何処か行くふりして実は・・って事も・・
ほら。その壁の向こうで、こっそりデータ取ってたりしてね。キャハハ」
実際ありえる話である。乾貞治という男はテニス以外の事でもデータをとっている。
こんなおいしい会議はデータの宝庫であり、彼にとってはどんな手段を取ってでも覗き見したい筈・・・
それを心のどこかで、みんな危惧していた。
「ちょっと菊丸先輩まで・・!!」
そう否定する海堂も、あの人ならやりかねない。と何処かで思っている一人だ。
「まぁまぁ。海堂。そんなに焦らなくても大丈夫だよ。
少なくとも会議が終わるまでは、乾は部室に近付けないから」
「そっ・・そうっすよね・・・近づけないっす・・・よね?」
・・・ん?
海堂は相槌を打ちながら、何かに気付いた。
近づけないって・・どういう事だ?
何か理由があるのか?
その疑問は隣に座っていた越前のお陰ですぐにわかった。
「不二先輩それどういう事なんスか?」
みんなの疑問をすんなり口にした越前に不二が笑顔で答える。
「ああ。それはね。
乙女会議を開くって決めた時に僕から乾にお願いをしておいたからだよ。
もし乙女会議中に僕達のデータを取ろうなんて事をとしたら・・・
海堂がどうなるかわからないよ。・・ってね。」
「えっ?」
海堂の顔が蒼くなる。
「終わるころならいいけど。僕は部室の半径50mぐらいまでならわかるからね。
って伝えたら。乾は1つ返事でわかった。って言ってくれたよ。
だからみんな安心して話して大丈夫だからね」
フフフと笑う不二。色素の薄い髪が揺れる。
その姿は何処から見ても、爽やかな王子様のようなのだが・・・
菊丸は大きな声を上げた。
「こえぇぇぇぇーーーーーー!!」
反射的に出てしまった言葉を両手でしまったと。塞ぐ。
「・・英二」
「いや・・その・・つい・・」
てへっと笑って誤魔化す菊丸に不二が心外だな。と肩をすくめる。
その姿を海堂は呆然と見続け、越前はこの人だけは敵に回してはいけないな。
と再確認させた。
そこで不二が改めてみんなを見る。
「それでね。少し話はそれてしまったけど・・
越前は桃を自転車置き場で1人待たせるのが心苦しいんだよね?」
「はぁ。まぁ・・そうっスね」
越前も不二を見返す。
「じゃあこういうのは。どうかな?僕達が会議をしている間。
向こうも会議をしてもらうっていうのは?」
「向こうって大石達も含むって事なの?」
菊丸が乗り出す。
「もちろん。待っているみんなだよ」
「そんなのきっと無理だよ。大石のやつ。俺を待ってる間を利用して用事してるもん。
きっと意味のない会議なんてしないって言うよ。あいつ忙しいから・・」
「それは英二がいうからだよ。だからね。ここは越前にひとはだ脱いでもらって桃を使ってみんなを集めよう」
「そんなに上手くいんスかね?」
「もちろん。と、言いたいとこだけど、ここはすべて越前の挑発にかかってくるからね。
それが上手く行かなければ、この話は終わり。
いつもと同じように桃はまた1人自転車置き場で待つ訳になるんだけど・・」
「それは・・・責任重大ッスよね」
「できる?」
「当たり前じゃないッスか・・桃先輩なんて簡単ですよ」
この時点で越前もまた挑発され乗せられているのだが・・
この場の雰囲気に流されてそんな事にはまったく気付いていない。
菊丸に至っては、高揚を隠しきれないでいた。
「うぉーなんか面白くなってきたな!一体あいつらどんな会議開くんだろ?」
「気になる?」
「そりゃー気になるだろ!会議っていえば、俺達だって散々大石達の話してんのにさ。
きっとあいつらだって俺達の事、話すよ!」
「じゃあこうしない?今度の乙女会議は、特別編で彼氏の観察っていうのは・・」
不二が今思いつきましたと言わんばかりの顔で提案する。
菊丸は椅子から立ち上がった。
「おっ!いいねー!その提案乗った!」
「面白そうっスね」
越前も口の端をあげ賛同した。
だが・・海堂だけは違った。
「それはやめた方がいいんじゃないっスか・・プライバシーの問題と言うか・・
みんなが集まるのはいいと思うんスけど・・聞かれたくない話もあるだろうし・・
だいたい俺達だって・・」
彼の理性が不二の提案を
なんとか止めようと働いたのだ。
しかし・・その理性は不二には届かなかった。
海堂がどうにか言葉を紡ぐ前で、にこやかに髪をかきあげた。
「じゃあ。みんな賛成という事で、決まりだね。越前頼んだよ」
「うぃーっス」
「え?あの・・不二先輩・・?」
どこをどう聞けば、みんな賛成になるんだ?
戸惑う海堂をよそに、当日までの過程を想像する菊丸。
「あ〜俺、大石に黙ってられるかな〜〜にゃははははは」
ここに次回乙女会議特別編、彼氏観察が決ったのである。
そしてそんな事とはつゆ知らず・・・
まんまと乗せられた彼達は次の話を始めようとしていた。
「次はどっちが話す?」
大石が桃城と乾の顔を見る。
すると桃城が元気よく手をあげた。
「あっ俺行きます!」
大石が乾の顔を見る。
「そうか。うん。じゃあ次は桃でいいよな乾?」
「ああ。もちろん異論はない」
乾が頷くと、桃城がガッツポーズをとった。
「よっしゃー!越前の最近可愛いと思ったとこっスよね!」
議題:恋人の最近改めて可愛いな・・と思ったところ
ケース2.越前
桃城のやる気に、大石と乾が聞く態勢に入る。
が・・・元気に手を上げた割には、色々あるんスよね〜と桃城は腕を組み天井を仰いだ。
「あいつ生意気そうで、実はめちゃくちゃ可愛いじゃないっすか・・」
どちらに言うでもなく、ひとり言のようにいい・・まだ天井を見ている。
大石と乾は顔を見合わせた。
確かに・・越前は可愛いと思う。
何を仕出かすかわからない危うさは胃が痛くなるけどほっとけないし・・でも・・
「桃。思い浮かばないなら・・乾に先に言ってもらうけど・・・」
大石はいつまでも考えている桃に言った。
「あっ!待って下さい!大丈夫ッス。今発言しますから!」
桃が慌てて大石を見る。
「こういうのってあり過ぎて、意外と難しいッスね!」
そう言いながら頭をかき、そしてゆっくり話出す。
「じゃあえ〜と・・・夏の六角との合宿覚えてます?」
今年の夏の六角との合宿と言えば・・・・
竜崎先生とおじいの最強コンビ・・敗退すれば・・・鰯水・・・
大石と乾は悪夢のようなビーチバレーを思い出し顔を歪めた。
「あれは・・酷かったな・・・」
「うむ。我ながら・・鰯水は改良の余地があると言わざるおえんな」
頷き合う2人、それを制するように桃が手を出した。
「ちょっと先輩方、ビーチバレーじゃないッスよ!
俺が言いたいのは、夜のババぬきの方ッスよ」
「え?ばばぬき・・あーそういえばそんな事したなぁ」
大石が思い出したように言うと、乾がノートを広げた。
「みんな不二と佐伯にいいようにやられていたな。確かあの時桃は・・・」
「い・乾先輩!勝敗じゃないっスよ!
俺が言いたいのは、越前がババぬきを知らなかったって話で・・」
「あぁ。そういえば、六角の部長に随分と驚かれていたな」
「それ!それっス!その話っスよ」
もうちゃんと聞いて下さいよ。という桃に大石が話を促した。
「それで、その時に越前を可愛いと思ったのかい?」
「え?あぁ。もちろんそん時も可愛いと思いましたけど・・・
最近またアイツん家でトランプする事があって。
そん時にババ抜きしたいって言うから、俺2人じゃつまんねーから
それならジジ抜きにしようぜって言ったんっスよね・・・」
桃が腕を組み、右手で顎を触る。
「じゃああいつ・・・ジジ抜きって何なんスか?
って、こう屈託のない顔で俺を見上げるんスよーーーー!
クーーーーー可愛いぜっ!!!」
興奮した桃城が叫ぶ。
大石と乾はお互い少し身を乗り出し、こそこそ内緒話をした。
「普通ババ抜きを知らないなら、ジジ抜きも知らなくて当たり前じゃないか?」
「そこが問題じゃないんだろう。
きっとその時の越前の顔が可愛かったと桃城は言いたいに違いない」
「なるほど・・しかしジジ抜きって言っても2人だろ?面白いのかな?」
「そうだな。トランプの枚数はかなり少なくなるが、まったく成り立たない訳ではない。
本人達が楽しければそれでいいんじゃないか?」
「確かに・・乾の言う通りだな」
大石が頷くと、こそこそする2人に桃城が身を乗り出した。
「ちょっと2人とも何してるんスか!?俺の話聞いてます?
越前がこんな顔するんスよ!」
桃城が大きく目を開き、上目遣いに2人を見る。
そして越前の物まねなのだろう、声色を変えてセリフをいった。
「ジジ抜きって・・何なんスか?」
「「・・・・・」」
「どうっスか?」
固まる2人に桃城が聞く。
大石ははじけた様に椅子に座り直すと、桃城を見て乾を見た。
「か・可愛いよな!凄く可愛いと思う!なっ乾!」
「あ・・ああ。越前もデレる時があるのだな。データに追加しておくよ」
乾はノートにペンを走らせた。
「まじっスか?自分の事じゃないけど、照れるっスね!」
普段なら絶対に取られたくないデータなのだが、桃城はすっかり舞い上がっていた。
頭の中は、越前はほんっとに・・可愛いなぁ。でいっぱいなのである。
そんな桃城を見ながら2人は心の中で思う。
さっきの越前の物まね・・・似てないな。
普段挑発的な目をすることが多い越前だが、全国大会での決勝の日に見せた無垢な姿。
あの大きな目が、儚く怯えた目をしたのを2人は覚えている。
素直な越前
きっと越前が屈託なく見つめてきたらきっと可愛いのだろう。
しかし桃城の再現からは越前の可愛さは伝わらなかった。
そして改めて思うのである。
やっぱり俺の恋人が1番可愛いな。
微笑みあう3人・・お互いの心のうちを知らないまま和やかに進んで行く。
ただ1人・・今回も話の輪に入れず、腕を組んで終わった男がいるのだが・・
それに気付くにはもう少し時間が必要だった。
あけましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致します!
と、言うにはかなり日にちがたってしまいましたが・・・
これからも変わらずお付き合い頂けたら嬉しいですvv
2012.1.30
というのが、入ってました☆
2012.6.5