本と映画の森(映像編) No.5

更新日:2015/2/15 

映画『乱』 黒澤明監督作品
2008/05/11




 私が物心ついて、始めて印象に残った黒澤明監督の作品は、『赤ひげ』 だった。正義感溢れた医者が若い医者を、人として医者
として成長するまで見届けるヒューマニティーストーリーと、当時は理解し感動した。それ以降、黒澤作品に興味を持ち、『酔いどれ
天使』『野良犬』『生きる』『天国と地獄』『わが青春に悔いなし』『蜘蛛の巣城』『デウス・ウザ ーラ』『用心棒』『椿三十郎』そして『七人
の侍』と、鑑賞してきた。

 数多い黒澤監督作品の中で『乱』が、どのような位置かは、意見の分かれることだろうが、製作された時代(日本はバブル景気
の絶頂期だった)の可能な限りの文化と芸術と技術の集大成を試みた挑戦として、日本の映画史上ひとつの最高峰であることは、
間違い無いと私は思う。数々の時代劇を成功させた黒澤だからこそ、製作が実現した贅沢極まりない映画だと思う。可能な限りの
条件が揃ったからといって、必ずしも最高作品に仕上がるとは限らないのが、人の世である。黒澤明と言えでも、残念ながら黒澤
作品ナンバーワンでは無いと、私は思う。

 シェイクスピアの『リア王』と戦国武将毛利の『三本の矢』の伝承を重ねた発想からイメージを膨らませたアイデアを、黒澤本人、
小国英雄、井手雅人の三名の脚本家の手によって、骨格のしっかりした物語となって、見事に映像化されている。個々の点をチェ
ックすれば、総て満点なんだが、もうひとつ脱皮出来ていない何かを、私は感じた。それは、『映画は娯楽である』が、その範囲を越
えようとした匙加減の難しさと、黒澤への期待が大き過ぎたギャップだろうか。

 物語は....戦国を生き抜いた猛将一文字秀虎が、近隣の領主綾部氏と藤巻氏を招いて巻狩りの宴席で、突然三人の息子に家督
を譲ると公言したことから、骨肉の争いが起こり、無為と知りつつも相争い復讐に燃え殺戮の悲劇を繰り返し、勝者の存在しない無
力感に満ちた人間の愚かさを描くストーリーへと展開して行く。

 ピーター演じる秀虎家臣の狂阿弥(狂言師)を媒介者として、終始神仏の目で人間界を見下ろす客観的な視線で、一貫して描か
れる映像は、確かに凄い。また、長男孝虎は黄色、次男正虎は赤色、三男直虎は青色と基本的色彩も分かりやすく、映像、音楽、
役者の演技力、考えさせられる台詞など、それぞれが主体となって活かす場面が用意され、贅沢なオペラを味わっているような錯
覚に襲われる。井川比佐志、原田美枝子、ピーターの演技、ワダ・エミの衣装演出には、目を見張るものがあるが、何かが足らな
いのか、何かが多すぎるのか、そんなもやもやが最後まで残った作だ。  


★『乱』/監督 黒澤明/脚本/黒澤明、小國英雄、井手雅人/音楽 武満徹/衣裳デザイナー ワダ・エミ/撮影 斎藤孝雄、
上田正治/出演 仲代達矢、寺尾聰、根津甚八、隆大介、原田美枝子、井川比佐志、ピーター/1985年


お薦め度 ★★

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