ShitamatiKARASU  私の歴史覚書帖   No.20



日本のお坊さんは仏教徒ですか(1)-私の仏教覚書帖- 
2017/06/19



日本のお坊さんは仏教徒ですか(1)

――私の仏教覚書帖――

  2017/3/12〜2017/6/19 



 序章                  1
 第一章 釈迦牟尼さん          4
 第二章 阿育王・龍樹・鳩摩羅什     10
 第三章 日本伝来            17
 第四章 鎌倉仏教            31
 第五章 富永仲基            42
 第六章 結言              49
 後書                  58


 ◆序章

 私はほぼ毎朝、祖父母の位牌を祀っている仏壇に手を合わせ玄奘三蔵・漢訳の『摩訶般若波羅蜜多心経』(以後『般若心経』と記します)を唱え、昨日一日家族が事故怪我なく暮らせたことの感謝と、今日一日の家内安全と商売繁盛を願っています。数年前に、祖父母の33回忌の法要を父が行い、私を始め家族や多くの親戚が菩提寺に集まって行いました。

 一年に数回、京都・鷹峯近郊にある菩提寺に、お墓参りをしています。祖父母と先祖代々の墓を20分ほど掛けて墓の清掃をおこない、線香と花をあげ、般若心経を唱え、感謝と祈願をすると、何故か不思議ですが、清々しい気持ちになります。正面に比叡山、眼下に京都の町並みが広がる眺めも素晴らしく、来て良かったと、毎回感じます。

 本当は頻繁に墓参りをしたいのです。苦しい言い訳になりますが、私は大阪で暮らしており、また菩提寺へ公共交通機関の便が良くないので、墓参りだけでなく、菩提寺が催すイベントにも、つい足が遠のくことを心苦しく感じています。菩提寺が遠いと云うことで、祖父母の月参りも、遠慮しています。

 私はほぼ毎日、健康のために40〜50分の早朝ウォーキングをしています。そのとき必ず鎮守の神(氏神さん)に参拝し、仏壇に手を合わせているのと同じように、感謝と祈願をします。正月には初詣に行き、神式で結婚式を挙げ、子どもが誕生してからは、健やかな成長を願って、お宮参り、七五三、十三参りをしました。

 文化庁の「宗教統計調査(平成26年12月31日現在)」によると、日本には、お寺は77,254寺院あり、お坊さんは34万人以上おられるようです。ちなみに神社は81,342社あり、神職者が常駐している神社は2万社ほどのようで、神職が複数の神社を兼務されているようです。神社の方がお寺より多いことが、ちょっと意外に感じました。

 日本は約7万7千社の寺院があり、仏教国と云われているにもかかわらず、仏教を意識して暮らしている認識が、私にはありません。これは、私の個人的感覚なのかもしれませんが、日常生活のなかで、お坊さんと接することがほとんどないことと、吾が家の宗派のお経(経典)の名前も内容もまったく知らないことが大きな原因だと思います。

 世界三大宗教は、キリスト教(信者数・約20億人)、イスラム教(同・約16億人)、仏教(同・約4億人)です。信者数で考えるとヒンドゥー教は信者数が約9億人で、仏教信者数の倍以上になります。キリスト教もイスラム教も日常生活に慣習的に宗教行為が組み込まれているように感じます。休日の朝に教会に行き、神父(牧師)の話を聞くような習慣が、仏教には何故ないのでしょうか?

 お坊さんと接する機会は、極端に言えば、私にはお通夜・お葬式のときだけです

 もう40年近く以前になりますが、祖母は自宅で亡くなり、翌年祖母を追うように祖父が病院で亡くなりました。ともに自宅でお通夜とお葬式を行いました。地域地区の慣習に則(のっと)って、近所の人々に受付や食事などの多くの協力を得ました。参列者も多く、お坊さんのお経や法話が長くて、不謹慎なことですが、正座で足の痺れを我慢するのが大変だったことを思い出します。人は生まれてくるとき以上に、亡くなったときの方が、多くの人々にお世話になり、一人の人生の終わりに立ち会うことで、何かを学ぶ大きな機会を得たように感じたものです。

 そのお葬式も変わりました。
 日本の仏教はちょっと昔から、葬式仏教と揶揄されていますが、最近は家族葬や直葬(通夜・告別式などの儀式は行わず病院から直接火葬場に遺体を運び火葬にする)が多くなりました。冷暖房完備で明るく立派はホールを持った葬儀社に、葬式の全体を仕切られ、お坊さんの出番はお経を梵唱称するだけで、まるで流れ作業のように、執り行われるようになりました。葬儀の主導権を葬儀社に握られ、日本のお坊さんは、このようなことで良いのでしょうか。

 最近参列したお通夜では、お坊さんは、戒名(宗派によっては法名・法号という)を授け、参列者のお焼香が終わるまで、お経を梵唱され、法話もなく、喪主や参列者と事務的な連絡事項以外の会話をされることは、ほとんどなく帰られました。もちろん、通夜や葬儀一連の儀式を、きちんと誠意を込めて行われているお坊さんが、多くおられることと思います。

 亡くなった人を供養する祈りは、大切な仕事に違いありません。しかし、お坊さんの本来の責務は、生きている人々の心の救済に軸足を置くべきだと私は思います。最近のお寺では、音楽会や落語会などを企画し催しているところもあると聞きます。檀家の人々との交流親睦は、良いことだと思います。致し方ないことですが、檀家でない人が参加するのは、ちょっと敷居が高く感じてしまう雰囲気がちょっと残念です。

 教え導くのが教師(教育者)の仕事であるならば、お坊さん(宗教家)の仕事は、悩み苦しむ人々に寄り添い、心を支え、救済することではないでしょうか。奈良の東大寺や興福寺、法隆寺、唐招提寺、薬師寺、京都の清水寺などは、葬式をしていません。昔のお坊さんの仕事は、亡くなった人を弔う葬儀だけでは無かったと思います。

 役小角(役行者634〜701)、行基(668〜749)、鑑真(688〜763)、最澄(767〜822)、空海(774〜835)、空也(903〜972)、法然(1133〜1212)、栄西(1141〜1214)、明恵(1173〜1232)、親鸞(1173〜1262)、道元(1200〜1253)、叡尊(1201〜1290)、忍性(1217〜1302)、日蓮(1222〜1282)、一遍(1239〜1289)、夢想疎石(1275〜1351)、一休(1394〜1481)、蓮如(1415〜1499)、崇伝(1569〜1633)、天海(1536〜1643)、沢庵(1573〜1645)、隠元(1592〜1673)、良寛(1758〜1831)など、多くの僧侶は人々の救済に尽力しました。いつの頃から、どのような経過をたどって、どうして日本のお坊さんは葬儀屋になってしまったのでしょうか。

 もともと仏教って、どのような宗教なのでしょうか。私が知っているつもりの仏教は、間違って理解しているのかもしれません。正確に理解するために、もう一度、お釈迦牟尼さんのことから仏教を調べ直すため、仏教関係や歴史関係の書籍などを読みました。若いときに好きな歌を集めて自分だけのカセットテープを作ったように、今回読んだ本からたくさんの言葉を頂き、私なりの考察?を加えて私の個人的な覚書帖として、そして家内への手記として、以下記述してゆきたいと思います。

  * * * * *

 司馬遼太郎氏が『この国のかたち』で、キリスト教やイスラム教は、預言者がコトバを持って説いた啓示宗教だから教義が存在するが、仏教には一体系としての教義がない。本来の仏教には、神仏による救済の思想さえない。解脱(げだつ)こそ究極の理想なのである。解脱とは煩悩から解き放たれて自主的自由を得ることである。釈迦牟尼さんの説いた仏教は、あくまでも解脱の“方法”を示したものであって、“方法”である以上、戒律とか行(ぎょう)とか法はあっても、教義は存在しないと、述べています。

 さらに、仏教においては世間でいう“霊魂”という思想もなく、その”霊魂“を祀る廟(びょう)も持たず(釈迦廟などはない)、まして“霊魂”祟(たた)りをおそれたり、“霊魂”の力を利用したりするなどいった思想もない。幽霊というものも、本来の仏教には存在しない。

 人が死ねば空(くう)に帰する。教祖であるお釈迦さんには墓がない。むろん十大弟子にも墓がなく、おしなべて墓という思想すらなく、墓そのものが非仏教的なのであると、司馬氏は記しています。つまり、釈迦牟尼さんは、死後について何も語っていないことになり、浄土(天国)も地獄も存在しないということです。そして、葬式は仏教とは関係のない儀式ということになります。

 私が理解していた日本の仏教は、釈迦牟尼さんの説く本来の仏教とは、まったく違った宗教に思えてきます。では何故、このような違った印象を持ってしまったのか。釈迦牟尼さんの生い立ちから辿ってみたいと思います。

 


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