賑やかに写す鏡の意地悪さ
二センチで総てを変えた白い雪
ありえない二つを繋ぐやじろべい
経済の毛細血管個人店
血液は戻ってくるから活性する
知らぬ間に地球を壊すお手伝い
不自然を潰してゆけば丸くなる
人間の進化歪ますコンピュータ
寄生虫時間と人を喰うスマホ
行き止まり 遊び心を忘れてる
§§§§§§
動き出す地球の目覚め朝の音
深呼吸草木静かな冬の朝
子ども等が雲ひとつない冬の朝
ゆったりと流れる川に諭される
たおやかな景色望んだ分水嶺
静寂を冷気が包む糺の森
夕焼けに蝙蝠が舞う帰り道
陽が落ちて灯りがともる帰り路
鎮守杜哀しみ連れて陽が沈む
葉を落とし冬晒されて時期模索
§§§§§§
あの時の優しさが今苦しめる
老若期なぜ自問する生きる価値
逆転を許した月日崖の松
持つまでは意地は通して痩せ我慢
背水のあの日のトライ二度目ない
パスワード忘れて消えた宝物
プレートと同じく人も日々歪む
バランスを少し崩して活性化
神様も仏もココロは藪の中
切り捨てた呪いの神の花粉飛ぶ
入口の手前の花壇思い出す
歴代の撰者のレベル時代(とき)刻む
人生の設計出来るか安楽死
§§§§§§
筋肉を少し鍛えて邪気払う
こんな世に言葉の力衰えぬ
研ぎ澄ませ神経で聞く風の向き
引き上げにこぼれた愛をすくいあげ
若手こそ目先の向こうに視点置け
§§§§§§
失敗の挑戦二度とせぬ野生
文化無くきちんと進化するゴリラ
弱いけど単純なもの生き残る
次世代の進化生物何処からか
脈からは寿命の二倍生きている
生き物は理屈じゃなく生きている
次々に消えてゆくから華やかだ
葉が落ち痛くないかと耳当てる
数式の自然則なぜ美しい
睡眠で原点復帰繰り返す
§§§§§§
俯瞰する自分を意識させる君
棄てきれず守りもできず揺れる枝
良いものにこだわり過ぎて見失う
ときによりメトロロームを少し変え
憧れに情熱そそぎ見失う
君のこと好きになれずに過ぎた日々
二つ目の網目の道で転んでた
今もなお総てを捧げること出来ず
夢に投じた時間芽はまだ静か
守るべき自分は何かまだ見えず
伸び代を超えられぬ日々バスは行く
見失う己の果てに君が去る
遅すぎた夢の怖さを知った今
§§§§§§
計算機 時代の動き引き上げる
熱くなる話題が減った平和ボケ
ノコノコと出かけて足掬(すく)われる
隙を見せ視線を集め裏をかく
安倍政治世間よしよりGAFA化
恥忘れ責任取らず和の甘え
決め込んで真意に耳を傾けず
安倍政治あおり運転キャッシュレス
いつの世も入り口広場カーニバル
不況ごと競う安価でクビ締める
感謝せず不満つのらせすぐキレる
§§§§§§
賑やかな星空想う奈良時代
維新展印象変えた文字ひとつ
文字文化写本重ねて熟成する
今昔を練った写本芥川
道徳を実践する経済活動 ≪渋沢栄一≫
限り知り命を削り芽を遺す ≪映画『生きる』≫
§§§§§§
賑やかなワイングラスに響く影
細い月賑やかな過去眠らせる
賑やかな魔術の外は雨が降る
網の目の繋がり切れた僕は誰
平凡に逆行透かしハッとする
賑やかを詰めた時間の狼煙上げ
端正に一つ欠けているアクセント
重量に屈する弾力 味にじむ
君くれたあの時の石 二つない
§§§§§§
文学に影響受けた青春期
金成らぬ夢 追い掛けた帰らぬ日
五七五言葉で遊ぶ恋の華
雪椿妄想浸る温泉地
設定を娘に頼りラインする
約束を破らぬために無理重ね
この病何が悪かったか情ない
花ひとつ今度逢うまで咲かせたい
心技体バランス崩し迷い路
イライラが思考を奪い苦しめる
枯れすすき笑いに包む余裕なく
階段を上るようには進めない
あの時にジャンプしてたら今は無い
咲いた花総ての種は吾蒔いた
睡眠を削る値打ちに出会いたい
あの時代子どもだったこと幸運だ
人生の短さに何故気がつかぬ
振り向いて幸せだったことを知る
§§§§§§
熱気怖くいつも遠くで眺めてた
あの頃の若人自殺忘れられ
反発と迎合に揺れ変化した
マドンナの古き心に刺さるトゲ
遠い日の嘘が泣いてる冬垣根
若き罪茨(いばら)のバラがときに咲く
追憶の二枚の葉っぱが見つめてる
言えぬまま残された時間(とき)シャボン玉
通されて本箱眺め君を知る
誰が為に美貌維持して令和なり
マドンナを何処で捨てたか細い指
気持までよみがえる卒業写真
柔らかな女の肌を夢想する
君のこと思い出せずに月昇る
守るべき自分失い友の声
打上げの皆いい顔目に力
初恋の電話番号思い出す
§§§§§§
限り見え己の価値が試される
考えず流れるままにボケもせず
降りれない お山の大将(ヌシ)と勘違い
枯れてなおエロ雑誌立ち読む生臭さ
対面で挨拶出来る老いの幸
§§§§§§
常識に湧きいずる問い探る旅
少しずつ重なり続け嘘になる
真実に嘘が混じればゴミになる
真似るから否定を超えて基礎戻る
§§§§§§
朝、五時半頃に起床し、排尿排便洗顔をして、六時前から小一時間朝のウォーキングに行くこと
が、もう20年余りの日課になっています。近郊の楠根川緑地公園を歩き、鎮守の杜・稲田八幡宮を
経て帰宅し、玄関などの掃除をすませ、仏壇の前に座り、般若心経を唱えて、私の一日が始まりま
す。
元旦も例外ではありませんが、生駒山から昇るご来光を『新金五郎橋』から見ることが加わります。
ここ数年、天候に恵まれていましたが、今年は山頂に雲が掛り、少し残念なご来光となりました。
今年の正月は、身が引き締まるような寒気がなく、穏やかで暖かく、『正月気分』に乏しい元旦の
印象でした。地球温暖化が少なからず影響しているに違いありません。昨年(2019年)9月NYで
の「国連気候アクションサミット」に於いて、わずか16歳の少女・グレタさんの温暖化警告発言が、2
015年の気候変動枠組条約COP21パリ会議より、遥かに多くの話題になったことを思い出さずに
はいられません。
年末には、元日産のカルロス・ゴーン氏が、保釈中にもかかわらず、国外逃亡する事件が起こり、
今年に入って1月3日、イランのソレイマニ司令官がバクダット空港で、アメリカ軍の攻撃で殺害され
た。その5日後、1月8日イランがイラク国内の米軍基地を10発以上の弾道ミサイルで攻撃するな
ど、暴力の応酬が両国間の全面戦争へと発展するのではないかとの不安が世界に広がりました。
中国武漢からコロナウイルスの肺炎感染者・死亡者が、中国にとどまらず、世界中に爆発的に拡
散し、さまざまなフェイクニュースが駆け巡り、ワクチンが出来ていない2月初旬現在、増加の一途を
たどり治まる気配はまったくありません。身を守るために、簡易マスクが商店からなくなり、オイルショ
ックのときのトイレットペーパー以上の過剰な騒ぎです。正確な情報と知識を持つ切さを感じます。
月末、1月31日には、イギリスがEUから離脱しました。世界経済が不安定な現在、コロナウイルス
の影響も加わって、不透明感は深まるばかりです。令和二年(2020年)の船出は、天候不順、波
高く、大きな決断を迫られる一年になる予感がします。
関西に住む人間にとって、一月は1995年1月17日、阪神淡路大震災は決して忘れることが出来
ない大事件でした。吾が家の家族、親戚、友人等に、被災した人々はいましたが、幸い命を落とし
た人はいませんでした。あの日、二人の吾が子は保育園に通っていました。
あれから25年の歳月が流れ、二人の吾が子は、小中高校から大学、大学院に進学し、就職、結
婚、出産を経験して、それぞれが家庭をもち、立派に成長してくれました。あっという間の25年間で
した。振り返れば、信じられないほどの、時の速さです。このように感じるのは、私が幸せだったから
に違いありません。
更に25年の歳月を遡ると、1970年の大阪万博が開催された年になります。この1970年、私は
高校受験を経て、高校生になりました。
1970年から1995年の25年間は、いわば私の青春時代でした。一年間浪人生活の果てに、大
学生になり、学生時代を京都で過ごしました。就職転職を経て、現在の仕事に落着き、結婚し、二
人の子供が授かり、もっとも充実した25年間だったと、思い出されます。
更に25年遡ると、1945年、昭和20年、終戦の年になります。このように、25年ごとの大きなスパ
ンで、明日を考えることは悪くないと思います。
昭和20年(1945年)には、25年後に日本で万国博覧会が開催され、世界中から多くの人々が
来日することなど、大半の人々は想像できなかったと思います。人間の想像を超える進歩に驚くば
かりです。日本は経済成長まっしぐらでした。原子爆弾が戦争に使用されなかったことは、私には奇
跡のように感じます。人間の良心が信じられるように思います。
昭和45年(1970年)から25年間、公害問題を唱え、地球環境に警告を鳴らす活動が表面化し
てきましたが、日本は絶頂期でした。ジャパンアズナンバーワンとはやされ、バブル経済に浮かれ、
このような時代が永遠に続くとは、誰も思わなかったけれど、残念ながらソフトランディングが出来き
ませんでした。何処で何を間違ったのでしょうか。失われた10年と言われる時代に入り、バブル崩
壊とオオム事件、そして阪神淡路大地震で冷水を浴びせられることを、多くの人々は、予想できな
かったことと思います。
平成7年(1995年)からの25年間。インターネットの登場によって、世界はグローバル化に拍車
が掛り、社会主義や資本主義経済というようなイデオロギーは衰退し、国家的自己中心な実利主義
に向かいました。世界は公平な富の分配の仕組みの歪みが拡がり、偏見と怨みが蔓延し、国家間
の争いに加えて、宗教や民族やグルーブなどによる悪質なテロが横行するようになった。
今年、令和2年(2020年)から、25年後の世界が、どのようになってゆくか、私には想像もできま
せん。物事の変化のスピードが速くなりすぎました。これからの25年間は、私の孫たちの青春時代
になります。私はこの世にはいないかもしれないが、孫たちが幸せに生きて欲しいと願うばかりで
す。
自分の人生を振り返り、私にとって生きる原点は何なのか、そんなことをちょっと考えて、五七五
(娯秘稚語)にしたものが、今回少しあります。残りの時間を考えるようになり、それは、自分のことを
考えることでもあります。生きた証を何かを残したいとは考えていませんが、書き続けたい気持ちは
強いです。それは、五七五(娯秘稚語)にこだわりません。書くことで、自分を見つめ直すきっかけ
になればと思っています。
今回まとめた作品は、令和元年12月1日から12月31日までの一ヶ月間に詠んだ作品から、自選
したものです。何か一句でも、心に触れる作品があれば、これほど嬉しいことはありません。
2020年(令和二年)2月9日
福井正敏 |