本と映画の森 (書籍編) No.36

更新日:2015/6/9 

田原総一郎著 『日本人と天皇-昭和天皇までの二千年を追う』
2015/07/26



  私が若かったころ、高坂正堯(こうさかまさたか・京都大学教授)が出演していた政治討論のテレビ番組『サンデープロジェクト』が楽しみだった。その司会進行が田原総一郎氏だった。番組の主役はあくまでも政治家であり、その政治家から本音を引き出すように、進行してゆく田原氏の手腕と、高坂氏の現実主義的な考察発言が、私にはとても魅力的だった。

 同じ田原氏の司会進行による、月末の金曜日深夜(土曜日の夜中)の『朝までテレビ』も楽しみの番組だった。政治が動く現場に私の興味があった。しかし、最近は為政者に魅力的な人物が存在しなくなった。日本を背負っているという自覚が乏しく、視野が狭く、発言が軽く、人としてのパワーが無い。だから、政治家よりも田原氏の発言の方に説得力を感じるようになったので、このような政治討論番組を見なくなった。国民が持てない大きな権力を行使できる政治家が、田原氏の前で責任が及ぶような踏み込んだことは何も言えず、オロオロしている図柄は、滑稽であるにとどまらず、この国で生きる日本人の一人として情けなく、哀れでさえある。

 田原氏の『日本の戦争-なぜ戦いに踏み切ったのか?』小学館2000年11月20日発売を読んで以来、作家として興味を持つようになった。本書『日本人と天皇-昭和天皇までの二千年を追う』は、歴史家や宗教家、哲学者ではなく、ジャ-ナリストの目から見た天皇の誕生から現在まで存在続けてきた経緯と、日本人にとって天皇とは何かという意味を問う作品である。

 歴史上実在していたことが確認できる最初の天皇は、第二十一代・雄略天皇(四五六〜)だという。天皇家の先祖として天照大神(あまてらすおおみかみ)が歴史上に初めて登場したのは七世紀末のことで、雄略天皇の時代には、天照大神は存在しなかったことになる。『天皇』という称号がもちいられるようになったのは、第四十代・天武天皇(在位六七三〜六八六)の時代であり、『日本』という国号が定められたのは七世紀末というのが、現在の定説になっているそうだ。天武天皇が『古事記』『日本書紀』を編纂した意味の重大性を感じる。

 藤原道長、平清盛、源頼朝、北条泰時、足利尊氏、織田信長、徳川家康、大久保利光、マッカーサー(トルーマン第33代米大統領)等の権力者たちは、天皇をなきものとすることが容易であったはずなのに、なぜ天皇を権威として掲げたのか、天皇を担ぎあげたのか。二千年近く、兵力も財政力も持たない天皇が途切れることなく君臨し続けている日本。本書は、その謎に挑んだ意欲作に違いない。

 その時々の権力者と天皇のせめぎ合いの経過を、田原氏は一つひとつ丁寧に提示し検証してゆく。当たり前のことだが、歴史とは人間と人間のドラマであることを、あらためて認識させられた。その時々の人間によって、大きく歴史が動くことを感じる。当事者が違っていたならば、違った歴史に展開したと考えられることが、いくつもあるように感じた。

 敗戦時、GHQに対する昭和天皇のしたたかな言動に象徴されるように、時の権力者に対する各天皇は、その時々の権力者同様に、もしくはそれ以上に、国体維持に苦心し、命を張って対応してきた人物のように思う。それでなければ、万世一系の天皇が脈々と現代まで続くこと不可能であろう。

 天皇に権力も権威もあった時代、権力はなったけれど権威があった時代、権力も権威もなかった時代、その時々の国民は、積極的であるか、消極的であるかは別にして、天皇を必要としてきた。日本の有史以来、少なくとも、不必要とはしなかった。その存在を認めてきたのは事実である。そのような『天皇』を、合理的に、どのように理解すべきなのか。先の戦争において、敗戦決定から終結までの経過を、ドイツと比較して、大きな混乱せずに実現できたのは、天皇の存在抜きに説明できない。

 663年白村江の戦いから668年新羅が朝鮮半島統一までの期間、1274年文永の役から1281年弘安の役後までの元寇、幕末維新期の黒船来航、そして大東亜戦争の4度、海外からの強い影響に、時の政府は対応してきた。特に明治以降、天皇と政府・軍部の関係は、とても興味深いものがある。田原氏もこの点に関して、多くのページを割いて記しており、とても読み応えがある。

 そして、今、あらためて思うことは、先の戦争に対して、日本国として検証を怠っていることである。先の戦争経験者は、年々亡くなって行く。昭和天皇もその一人である。あいまいにしておくべきことと、そうでないことがある。日本国は、国際的にはポツダム宣言を受け入れ、東京裁判を経て、サンフランスシスコ平和条約に調印した。しかし、日本国は、国内的には国民に対して、何ら反省も説明もしていない。昭和天皇が国民に対して、自らの身の処し方についての説明を、私は聞きたかった。

 天皇について、さまざま解釈や評価や意見がある。田原氏の解釈もそのひとつである。特に歴史家にとっては、異議を申し立てたい点があるように、私でさえ思う。しかし、私は本書を読んで、ますます明治以降の日本と天皇について、興味が深まった。今まで考えもしなかった視点から光が当てられた部分がいくつかあった。これからも、ひとりの日本人として、天皇について考えてゆきたいと思った。ぜひ読んで欲しい一冊である。

 お勧め度:★★★★
 2014/11/10 中央公論社

  

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