新選組副長・土方歳三を主人公にした司馬遼太郎さんの小説『燃えよ剣』を、中学三年生の頃に読み、多感だった私は凄く心が動
かされた。繰り返し読み込み、一気に新選組のファンになり、土方歳三の生き方に感銘した。歴史とともに生きる美学のようなもの
を知った思いがした。続いて司馬さんの短編集『新選組血風録』を読んだが、『燃えよ剣』の余韻にかすみ、あまり印象に残らなか
った。『新選組血風録』は各隊員の生き様の短編ドラマであり、当時の私は小説にドラマ性よりも歴史を求めていた。
新選組は、小説だけでなくテレビや映画で採り上げられることが多く、熱心な固定ファンが多い。それは局長の近藤勇を始め、
芹沢鴨、土方歳三、山南敬介、沖田総司、永倉新八、斎藤一、原田左之助、藤堂平助、伊東甲子太郎など個性的なキャラクター
の隊員が多いこと。そしてさまざまな作家達によって、時代の転換期を背景に、さまざまなドラマが創作されることが大きな要因だと
思う。最近では2004年NHKの大河ドラマで三谷幸喜による脚本で放映され、新選組ファンがいっそう増えた。新選組の人気は、
史実性よりも豊富なドラマによるものだと思う。
私は司馬さんの『燃えよ剣』以降、子母澤寛氏の『新選組始末記』、永倉新八を主人公にしていた池波正太郎氏の『幕末新撰
組』、秋山香乃氏の『新選組藤堂平助』、島田魁を主人公を主人公にした中村彰彦氏の『いつの日にか還る』、童門冬二著『全一
冊小説 新撰組』、そして吉村貫一郎を主人公にした浅田次郎氏の『壬生義士伝』を熱心に読んだ。京都のおける新選組の史跡を
訪ね、創作ドラマから史実の方に関心が向くようになり、図書館で新選組に関する書籍を読むようになった。
五十歳を超えた私の年齢が大きく影響していると思うが、上記の小説の中で、史実的な視点からは、中村彰彦氏の『いつの日に
か還る』がとても興味深かった。ドラマとしては、浅田次郎氏の『壬生義士伝』が群を抜いて面白かった。『いつの日にか還る』と『壬
生義士伝』を読み比べて、小説という形による表現について考えさせられた。今回私にとって新選組の原点である司馬さんの『燃え
よ剣』を読み返し、歴史としてではなく男のロマンとして楽しめた。司馬さんの小説は、歴史を舞台にして、愛すべき日本人の生き様
のかたちを、紹介されたことに気付いたのも一つの収穫だった。
利害関係、人間関係などが縦横複雑に絡み合うのが社会であり、それが時間とともに発展衰退の変化を起こす過程が歴史であ
る。時間の経過によって、事実が歪められたり、誇張されたり、すりかえられたり、消されたり、加えられたりして、さまざまな断片と
して伝えられ、残されてゆく。それを総括して再構成したものを正確に表現することは、小説ではとても困難であると思う。ひとりの
人物の伝記を小説化することは可能であり、その人物の背景としての歴史記述も可能であろうが、その人物を通して歴史を小説化
することは、至難の業のように思う。というよりもおそらく不可能ではないだろうか。
小説は作者のテーマを過不足無く読者に伝えるものであるならば、複雑怪奇な現実(歴史)を単純化しなければ、テーマがぼや
けてしまう宿命を背負っている。そして何よりも、小説は読者を感動させる商品でなければならない。『壬生義士伝』は、ほとんど無
名(失礼ですが)の新選組の隊員である吉村貫一郎(実在の人物)を主人公に、歴史を背景にしているが歴史としてではなく、ひとり
の人間の生き様を、複眼視で克明に浮かび上げた、浅田次郎さんの想像力を駆使した良質の感動ドラマである。ちょっと暗いのが
残念だが、庶民感覚から市井の視点で幕末当時の雰囲気を過不足なく描かれており、大変感心した。
滝田洋二郎監督の映画『壬生義士伝』は、浅田さんの長編の同名小説を、歴史的な説明をさらに単純化して二時間あまりにまと
めた一級の娯楽映画である。中島丈博氏の脚本の素晴らしさと、主人公・吉村貫一郎(中井貴一)と斉藤一(:佐藤浩市)の人間関
係の妙は、特筆すべきものを感じた。この二人を演じた中井貴一さんが優秀主演男優賞、佐藤浩一さんが最優秀助演男優賞を受
賞したのは、強くうなづける。
さて、小説や映画やドラマで描かれた姿が、新選組の実態にどれほど近いのだろうか。現実の新選組とはどのようなものだった
のか、伊東成郎著『新選組は京都で何をしていたか』(2003/10/4KTC中央出版1800円)等によると、意外な素顔に私は驚いた。
新選組の仕事は、京都に潜伏する過激派尊王攘夷論者や不逞浪士の取り締まりであり、それは斬殺ではなく捕縛することであ
る。京都における5年間で、新撰組が池田屋の変などの取締りにおいて殺害したと確認できる人数は、17名のようだ。ドラマ等で
描かれるような煩雑に人を斬りまくる暗殺集団のようなイメージとは、明らかに異なる。
新選組が刃を向けていたのは、過激派尊王攘夷論者や不逞浪士ではなく、むしろ組織維持のために同志たちだった。とても残
念で悲しいことだ。組織維持や内部抗争の過程で粛清された隊士は、初代局長芹沢鴨や新見錦らを含めて41名である。取り締ま
りにおいて殺害した17名の2倍以上である。京都の治安部隊として、京都守護職の支配下にあった初期の隊員数が約60名(最
終的には200名を超す集団に成長するが)であったことを考えると、41名という粛清された隊員数は、あまりにも多い。この事実
から推測される新選組の姿は、大いなる矛盾を抱えた組織であると思える。
このような点にスポットを当て、そのテーマに相応しい人物を主人公(架空の人物でも、無名の隊員でもいい)にして、真実に近い
新選組の実態を描いた小説をご存知ならば、ぜひ教えて欲しい。もしそのような小説が無ければ、誰か執筆さしないだろうかと期
待している。
浅田次郎著『壬生義士伝(上下)』(文芸春秋:2000/04/30)
滝田洋二郎監督『壬生義士伝』2003年 脚本中島丈博 主演中井貴一・佐藤浩市
2004年日本アカデミー賞の作品賞・最優秀主演男優賞(吉村貫一郎:中井貴一)・最優秀助演男優賞(斉藤一:佐藤浩市)を受賞し
た。
参考文献:、伊東成郎著『新選組は京都で何をしていたか』(2003/10/4KTC中央出版1800円)
2009/3/6 脱稿
お薦め度 ★★★★
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