本と映画の森 (書籍編) No.5

更新日:2015/2/15 

河合信和著『ネアンデルタールと現代人』
2004/06/27



お猿さんはチンパンジーや日本猿など数種類が存在しているのに、どうしてヒトは唯一私たち人間の一種類のみが存在しているのだろうか?という疑問が、私にはあった。たくさんの種類のヒト科(ホミニド)が、昔は存在していたはずだし、何故私たち人間(ホモ・サピエンス)だけが生き残ったのだろうか、生き残れたのだろうか。疑問は膨らむばかりだった。


書店で本書を見つけたとき、長年の疑問に答えてくれるのではないかと、迷わず購入し、一気に読み終えた。素人の私にも読み易い配慮がなされ、人類の祖先を探す今までの発掘と研究と検証の歴史をたどりながら、ネアンデルタール人について多くのページを割き、私たちホモ・サピエンスが誕生して世界中へ版図を広げるまでの過程を、本書が執筆された1999年現在の有力な説まで駆使して、隈なく紹介されている。執筆中にも、次々に新しい説や発見が相次いだようで、この分野の目覚しい研究の一端を知る良質の一般書に違いない。


 素人の私には、本書で紹介されている情報は、大袈裟ではなく驚き連続であった。例えば、ヒトに最も近い動物のチンパンジー(チンプ)はアフリカだけに分布しているが、そのチンプの西の個体群と東の個体群とのDNAの差の方が、アフリカ人とアジア人との差よりも遥かに大きいそうである。私にはちょっと信じ難い事実である。このような容易に納得し難い記述が次々に紹介されている。

例えば、次の記述も私にとっては同様な事実であった。私たち人間は、ミトコンドリアDNAの研究から、すべてアフリカの一女性から派生したことが証明できるようで、現生人類の肌は皆黒かったということになるらしい。


 科学器具や分析技術の発達によって、次々に新しく正確な事実が明るみになってゆく。しかし、分かることと分からないことのハザマは、少しずつ狭まれてゆくだろうが、事実と事実をつなぐ掛け橋や、その事実をどのように理解してゆくかは、人間の想像力によって埋められてゆくものである。その想像力は、個々の人間が実際に現場で見て手に触れることによって、育まれ鍛えられてゆくものに違いない。本著者は科学ジャーナリストであり新聞編集者である。全体を把握して一つにまとめるジャーナリストの手腕によって、どのデータを採用するか厳しくチェック吟味した上で、本書は完成したに違いない。


 ヒトの先祖がチンパンジーとの共通先祖から、500万年前頃に分岐したと推定され、人類つまりヒト科(ホミニド)はかつて十七種類も存在していた。ヒト属(ホモ属)はホミニドの一部で、華奢型猿人のある種から派生し、私たちホモ・サピエンスはヒト属の唯一の生き残り種である。

250万年前頃、新たなホミニドのヒト科が登場し、肉食を採り入れた雑食化で環境変化に適応した。150万年前頃アフリカを出て(第一次出アフリカ)ユーラシアに植民し、アジアに腰を落ち着け、ジャワ原人、北京原人になる。ホモ・エレガテルは初めて火を利用したらしい。氷河期のヨーロッパに定住した一部が、ネアンデルタール人へと進化する。

 

 現生人類(現代人)は10万年前頃、アフリカを出て(第二次出アフリカ)中東やアジア、ヨーロッパに進出し、そのハイデルベルゲンシスの中から、ホモ・サピエンスが進化し、世界中に版図を広げた。

ネアンデルタール人は私たち(ホモ・サピエンス)といわば従兄弟の関係である。クロマニヨン人は、ヨーロッパでネアンデルタール人と同時代者であり、その同じ時代に同じ地域に、私たちホモ・サピエンスも居た可能性がある。


 ネアンデルタール人は、ずんぐりして身長はそれほど高くないが、四肢の骨幹は太く頑丈な体格で、脳容量は1500cc(現代人は1350cc)を越え、27000年前頃まで、約20万年間ヨーロッパで君臨していた。全盛期のネアンデルタール人の人口は5万人程度と試算される。言葉はしゃべれなかったようで、石器文化で見る限りたいした進歩は遂げなかったようである。


 ネアンデルタール人が絶滅して、ホモ・サピエンス以外のすべての人類種が、地上から消えていったのである。何故、ネアンデルタール人が滅び、ホモ・サピエンスだけが残ったのかについての記述は、私には物足りないように感じた。ネアンデルタール人とクロマニヨン人が、その同じ時代に同じ地域に居たとき、両者にどのようなことが起こったのかを、出来る限り発掘等の化石を元にして、可能な想像を示して欲しかった。動物とヒト科の行動学の視点をはじめ、もっと多角的な視点からアプローチした考察が欲しかった。私の期待が大きいだけに、ちょっと残念だった。


文春新書055 1999年 平成11年8月20日発行


お薦め度 ★★★

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