本と映画の森 (書籍編) No.12

更新日:2015/2/15 

元木由紀雄著『もっと強く、もっと愚直に』 
2005/06/11



本書は日本ラグビーリーグのトップリーグで活躍している元木由紀雄の自伝である。ラグビーを始めたきっかけの中学生時代から、高校、大学そして神戸製鋼、日本代表、そしてパニック障害克服まで、ピッチやテレビ画面のプレーからは知りえない人間元木由記雄と、ラガーマン元木選手のラグビー競技についての信条などを、平易な文章でまとめ、いっきに読める作品に仕上がっている。元木ファンにとって待望の書籍だと思う。

 

 ラグビーシーズンになると花園に行き、行けないときはテレビ観戦するラグビーファンの私にとって、本著でラグビー一筋の元木選手の半生を知り、彼のいぶし銀のようなプレーに親しみを覚える。


 一人の超一流の選手が誕生するには、凡人には想像を絶する本人の努力と才能、そして多くの人々の協力と環境が必要なことが理解できる。人との出合い、特に子どもの時期に出逢う教育者の存在が、大きなポイントになることを強く感じた。英田中学校時代に深田一明先生との出合いと指導が無ければ、今日の元木選手は誕生しなかったでしょう。人と人との出合いは、本当に運命かもしれない。どのように素質豊かな少年と素晴らしい指導者でも、出逢う時期や互いの相性にずれがあれば、実を結ばないこともあるだろう。運命の女神を引き寄せた幸運と、その運命を育てた元木さんの努力は、人並みはずれたものがあったことがよく分かる。


 このような出合いは、もしかすれば日本中、世界中、日常茶飯事に繰り返されているのかもしれないが、それが実を結び花開くのは、本当にわずかなことだ。吾が子が通う学校でも、スポーツに限らず、人間のいろんな可能性において、きっと多くの出合いがあるに違いない。一つでも多く実を結び花開く子ども達が現れるような教育環境を望みたい。


 深田一明先生も大工大高の荒川博司先生も、大きな目標を掲げ、厳しい指導の中に、一つひとつステップを踏ませて自信を持たせ、可能性の扉を開けて、伸び伸びさせられたような印象を持った。二人の先生に共通していることは、延び盛りの子どもにたいして、こじんまり(小さく)まとめないことが、指導者としての基本姿勢だと感じた。そして何よりも師弟の強い信頼関係があればこそ、子どもが指導に応えられることを感じた。そのような意味においても、大学までのクラブ活動は、教育の一環であることを、あらためて感じた。


 明治大学時代の元木選手は、特に最終学年時のキャプテンシーについて、当時最高級の評価を受けた。本著で、中学高校時代の指導者と自分の成長を克明に書き綴っているだけに、元木選手にとって輝かしい4年間の明治大学時代のチームや指導者のことについて、あまり詳しく触れていないことがとても残念だ。北島忠治監督(明治大学ラグビー部にとっては精神的な重鎮であったが、指導面においては一線を退いておられた)の当時の様子と古い逸話には触れているが、当時の実質の指導者であった寺西コーチについては、名前すら出てこないことに違和感を覚えた。


 学生時代までの教育の一環としてのラグビーから、就職後、社会人としてのラグビーについて、プロ野球のようなプロでもなく、スポーツを楽しむレベルのアマチュアでもない、プロかされた日本の社会人ラグビーとはどのような位置にあるのか、どのような社会的存在であるのか。選手としてどうあるべきなのか、そのあたりの考え方やプレーをするにあったての元木選手の考え方を、まったく触れていないのは、とてもは残念だった。私は、その点に強い関心があるだけに、物足りない印象をもった。


 選手としての寿命は有限なのだから、それ以降の人生設計を含めて、就職時の決断や仕事に対する姿勢と、どのようにして仕事とラグビーを両立させているのか。家族の協力や、阪神大震災など、ひとりの社会人としての経験や体験などにも、許せる限りの範囲でよいから触れて欲しかったように思う。


 トップリーグが始まり、拮抗した見応えのある試合が増え、日本ラグビーの選手層が厚くなり、実力が向上している希望を感じるが、世界とのレベル差が縮まったのか、世界の進化の速さに遅れをとっているのか。そのあたりの現状をプレーヤーとしての手応えを通して、勇気をもって記述して欲しかった。

 緻密で泥臭いプレーを積み重ね、自分の仕事をまっとうしてチームに貢献することが、勝利をつかむ一歩であることは納得できるが、ワクワクして感動するようなゲームを私は望みたい。日本ラグビーを支え牽引してゆく立場から、個人のプレーだけでなく、どのようなゲームを作ってゆきたいのかについて言及して欲しかった。私は個人的には、興奮するような面白いゲームが多くなれば、ラグビー人口も自然に増え、裾野が広げることが日本ラグビーの発展につながるように思うからだ。


 現役選手であることで、自分の弱点や悩みなどを見せられないという意識が働いているからだと思うが、本著を読んで残念に感じたことは、生真面目にまとめ過ぎた点だ。昔の修身の教科書が好んで書くような、努力、辛抱、根性が根底にあるような錯覚を覚えた。努力、辛抱、根性は大切な要因だが、スポーツを楽しむことによる刺激や余裕は、強くなるための効用にはどうように作用するのだろうかと、凡人の私は思う。


 引退後の執筆発行ならば、愚直な面や強さだけでなく、ずるさも弱さもさらけだし、もう少し気兼ねなく自由に本音を述べ、生身の元木由記雄が表現できて、もっと親しみ深い書籍に仕上がったように思う。自分自身と日本ラグビーについて、総てを出し切るには、元木氏は執筆出版時期を誤ったように思う。今の時期に出版するならば、例えばパニック障害克服にテーマを絞って、怪我や病気に悩むスポーツ選手に向けた内容にすべきだったと思う。


 本書を書かれたのだから、日本代表歴代最多のキャップ数を更新している元木選手には、引退後に『明日の日本ラグビー』をテーマに、もう一冊執筆する義務があるように思う。それが、元木選手を育てた多くの人々と日本ラグビー協会への恩返しだと思うからだ。その日が来るまで、元木選手にはプレーを通して、多くの勇気と感動を私達に投げ続けて欲しいものだ。


元木由紀雄著『もっと強く、もっと愚直に』(2004/10/22発売 講談社1500円)


平成17年6月11日脱稿

平成18年5月18日改稿


お薦め度 ★

 


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