本と映画の森 (書籍編) No.13

更新日:2015/2/15 

星野周子著『いのちに限りが見えたとき・夫と「癌」を生きて』 
2008/05/11



著名人や医者の闘病記録は多く世に出ていますし、一般人には考えられないような、その時々の最善の治療を受診出来る幸せに、彼等彼女等は恵まれています。そして、その書き手が本人自身の場合が大半のように思います。それが医師の場合は、専門用語が多く、問題意識も医師としての立場からの視点で貫かれています。治療を行う医師の立場から、治療を受ける患者の立場になって初めて見えてきたものに触れた作品見かけます。

 本著は、脳腫瘍の世界的権威の医師が、胃癌から全身癌に侵されて亡くなるまでの六年間の闘病生活の現実を、看病を続けた妻の目から、飾りの無い文章で過不足無く書かれている夫婦の絆の物語です。

 病状、治療について、何日目に何処がどんな効果と副作用がどのような形で出てくるのか、どのような体調の変化が起こり、どのように肉体と精神が崩れてゆくのか、手術や放射線治療後に、何故下痢をするのか、何故頭髪が抜けるのか、リンパの移転とはどのような意味なのかなどを、具体的かつ克明に描かれています。それらを理解し、納得できれば、要らぬ不安を払拭し、安心につながる癌治療の手引書としても、充分読むことが可能です。

 病状の進行に従って、クオリティ・オブ・ライフ(充実した人生)選択遂行と、安楽死、尊厳死、鎮痛剤モルヒネの使用、延命治療の意味と是非、終末治療の問題について、看護する側の家族のあり方と関わり方に視点を置いて、医師の言葉ではなく、長年連れ添った伴侶の立場から、平易な言葉で綴られています。

 人は誰しも『良い人生だった。ありがとう』と、最愛の伴侶に言って、最後を締めくくりたいものです。そうなるまでには、夫婦互いに、いくつもの葛藤と苦悩があります。本著は、最後まで諦めずに、建設的に意欲的に生きて来た男と、その妻の二人三脚の愛情物語と、私は思えてなりませんでした。


1996/11/10出版 サイマル出版会 1600円


お薦め度 ★★★★ 


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