いつの頃から、毎日毎日が元気モリモリで明るく楽しく生きてゆけなくなったのでしょうか。子どもの頃の無邪気さは、人間だけが神から与えられた贈り物かもしれません。悩み苦しみジタバタして一生を終えるのは、人間だけでなく、総ての生き物の宿命なのでしょうか。一日の仕事を終えて、風呂に入り、夕食を頂きホッとして、就寝までのわずかなひとときが、私にとって自分の時間です。その貴重な時間を、夫婦の会話で過ごしたり、テーマを決めて読書に励んだり、DVDで映画を見たりして過ごしています。
悩みや苦しみなどから開放されたいときに、私は田中修さんの書籍を読むようにしています。田中さんを知ったのは、夏休みの期間限定で、NHKの朝のラジオ番組『こども科学の相談』がきっかけです。子どもからのさまざまな植物関係の質問に、わかりやすく親しみやすく、そして興味を持たせる解説に魅了されました。
子どもの頃は数学や物理に興味をもっていましたが、植物にほとんど関心がありませんでした。結婚して家庭を持ち、こどもが小学校で朝顔の観察の授業がありました。採取した種を翌夏プランターに植えてことがきっかけで、もう20年近く、毎年朝顔を咲かせるようになりました。立派な花が咲けば嬉しい。ただそれだけのことですが、水の遣り方、肥料の与え方、土の管理方法など、私なりに毎年工夫をするようになりました。それが植物に興味を持つきっかけです。
生き馬の目を抜くような現在の日本社会において、朝、プランターに朝顔の花を見るだけで、ホッとします。本当に心が和みます。人間は素晴らしい動物ですが、酷い動物の一面を持っています。私達の生活の悩みのいくつかは、人間関係によるものです。疲れた心にホッとさせる花。植物の生き様に、私は憩いを求めるような気持ちに成ったとき、田中さんの本を広げます。
植物の視点から、人間を見ると、人間って、とっても滑稽(こっけい)な生き物にちがいないと思えてくることを、田中さんの著作『植物はすごい』(中公新書2174 2012/7/25)から知ったような気がします。
植物は、その地に根をつけたときから死ぬまで、動くことも話すことも出来ず一生を終えることに、私はちょっと同情を感じていました。しかし、植物の身になって考えてみると、生命を維持し成長してゆくために必要なエネルギーを得るために、食べ物を捜し求めて、動物はウロウロと動き回らなければなりません。植物は根から吸った水と空気中の二酸化炭素を材料にして、太陽の光を利用して、葉っぱでブドウ糖やデンプンを自分で作って(光合成)、生きているのです。排泄物は酸素で、究極のクリーン生活、エコ生活を植物は実践しています。
エネルギーを得るために、無駄なエネルギーをウロウロしなければいけない動物を、効率の悪い生き物だと、植物は笑っているのかもしれません。いや、ウロウロして迷惑を撒き散らす厄介な生き物だと、顔をしかめているのかもしれません。生命を維持し、成長し、子孫を残すために、植物はただボーッと光合成をしているのではなく、凄い戦略と努力を実践していることを、本書(植物はすごい)は、解りやすく丁寧に書かれています。
例えば、日焼け(紫外線による傷害)は、人間や動物だけの問題ではなく、植物にとっても、紫外線はとても有害なものです。紫外線は動物であろうと植物であろうと体に当たると「活性酸素」という有毒な物質を発生させます。活性酸素は老化を急速に進め、癌の引き金になり、病気全体の90%の原因物質です。活性酸素の代表は「スーパーオキシド」と「過酸化水素」です。活性酸素の害を消すものを「抗酸化物質」と呼ばれているもので、その代表がビタミンCとビタミンEです。植物は自分の身を守るために、紫外線の害を消すために、ビタミンCとビタミンEを自分で作り出しているのです。
植物の戦略の一旦として、少しぐらいは食べられても良いことを前提としています。しかし、食べつくされては困ります。子孫繁栄のために、受粉と種の拡散を、風(香り)や雨だけでなく、昆虫や動物に担ってもらうために、種が完成するまでは、実に渋みや辛味、苦味や酸味で守り、それ以降は甘味で昆虫や動物を誘う。病気にならないために、ネバネバ液やかさぶた作り、暑さ、寒さ、乾燥など逆境にも朽ちない戦略を講じています。
植物たちは実にさまざまな戦略を、一つひとつ詳しく解りやすく説明されたいます。そして、最後に田中修さんは、次のように本書を締めくくっておられます。
私たちは、植物たちを五感で感じます。視覚で芽を「かわいい」と感じたり、咲いた花々を「美しい」と眺めたりします。嗅覚では、花の香りを「いい匂い」と感じ、ハープなどの香りを楽しみます。触覚では、茎や幹、葉っぱや花に触れて、「やわらかい」「硬い」「なめらか」などと感じます。味覚では、野菜や果物を「おいしい」「甘い」「酸味がある」などと味わいます。聴覚では、葉が擦れ合う「葉ずれ」の音やカサカサと音を立てる風で転がる枯れ葉を感じます。(中略)
心で味わえば、葉っぱや花の色からやさしい気持ちがうまれ、芽がすくすく伸びる姿からイキイキとした元気をもらいます。花が咲き、実がなる姿に喜びを覚えます。
秋に枯れてゆく葉っぱにさびしい思いをしても、多くの植物たちは、暖かい春になれば、また芽吹き、花を咲かせてくれます。毎年繰り返される、そんな植物たちの穏やかな暮らしや営みに、心は癒されます。心で味わう植物たちの存在は、私たちの心の栄養になっているのです。
五感で感じ、心で味わったあと、もう一歩踏み込んで「植物たちの生き方に思い」をめぐらせて欲しいと思います。そうすると、植物たちのかしこさ、生きるためのしくみの巧みさ、逆境に耐えるための努力など、植物たちのほんとうの“すごさ”に出会うことが出来ます。
植物たちが、私たちと同じしくみで生き、同じ悩みを抱え、その悩みを解くために懸命に努力をしている姿を知ることができます。草花や樹木。おコメや野菜や果物、切り花や生け花、林や森、山がかたりかけてくるように感じられるようになるでしょう。植物たちが私たちと同じ生き物であり、いっしょに生きていると実感できます。
この思いは、「植物との共存・共生の時代」といわれる21世紀を、私たちが豊かに生きるための強い糧になるはずです。本書が「植物たちの生き方に思いをめぐらせる」まで、踏み込むための「きっかけ」になることを願っています。
植物の生き様を、私たちはほとんど知りません。本書を読んで、植物の凄さを知るだけでなく、原発事故の例を挙げるまでもなく、地球規模で生き物の明日に思いをめぐらせたとき、我々人間は何をしているのだろうかと、恥かしくなります。謙虚にしかし懸命に生きることを、植物から教えられる思いがします。「学ぶ」ということを、植物は何世代も掛けなければいけませんが、人間は短時間で可能です。それは「脳」の能力だと思います。人間は一番大きな脳を備えている生き物です。植物から学ぶ能力を人間は持っているけれど、どうして植物に恥じない生き方が実践できていないのだろうか。そういう視点で、もう一度本書『植物はすごい』を読み返したいと思う。
2013/6/16 脱稿
田中修著『植物は凄い』(中公新書2174 2012/7/25)
脱稿お薦め度 ★★★★
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