本と映画の森 (書籍編) No.30

更新日:2015/2/15 

童門冬二著『日本史にみる経済改革』
2005/07/17




 私が歴史物、時代劇に興味を持ち始めたのは、良きにつけ悪しきにつけ、小学校低学年の頃から、NHKの大河ドラマを見ていたことが、影響していると思う。特に思春期に読んだ歴史小説や時代小説は、戦国時代の武将の立身出世物語が多く、血湧き肉踊る興奮を覚え、「俺も天下執るような人間になりたい」と考えたものだ。特に時代小説や映画やドラマからは、そのような勇気や度胸を得て、元気にしてくれた部分があったのは事実である。


 華やかな戦闘場面や個々の登場人物の武勇伝から、戦略的、戦術的な地味な駆け引きに関心ごとが変わり、やがて人間の生き様や時代の流れ(つまり政治的な動き)に関心が移り、如何に生きるべきかを歴史から考えるようになった。


 右肩上がりの活気溢れた社会に翳りが起こり、政治の腐敗が一気に噴出し、経済活動の難しさ、社会の厳しさが、現実問題として私達の生活に迫ってきた。今までの社会と生活を見直す姿勢が生まれ、経済の視点から歴史を再検討する気運もでてきた。本著、童門冬二著『日本史に見る経済改革--歴史教科書には載らない日本人の知恵--』は、まさしく現代社会が求めていた書籍だと思う。


 政治から経済に視点を替えて、歴史上の人物にスポットを当てると、今まで抱いていた印象が変わり、歴史は知恵の宝庫であることを再認識させられた。


 現在という時代を意識して執筆されたのだろう、タイトルにも表記されているように、経済改革に主眼が置かれ、財政の立て直しに活躍した人物や、現代人が忘れている(もしくは軽んじている)経済の根本的な意味や役割に、熱い筆運びを感じた。


 愛情深く領国の民に施政を行い、商人を育てた北条早雲。近江商人と伊勢松阪商人を育てた蒲生氏郷。発想転換の施策を次々実施し幕府の財政を立て直した八代将軍吉宗。藩際交流を積極的に進め江戸時代の経営コンサルタントともいうべき海保青陵(かいほせいりょう)の経済政策。江戸町奉行の石谷十蔵貞清の浪人問題解決は、現代風に言えば失業対策に通じる。250年余り続いた江戸時代は、地方分権の時代であり、幕府をはじめ各藩にもさまざまな知恵者を輩出し、さまざまな政策を行って、乱暴に言えば、現在の地方自治体よりも自立し、苦慮しながらも立派に運営していたのではないかと思われる。その日本人の知恵の数々が、枚挙に遑(いとま)無く紹介されている。


 特に私が興味深く読んだのは、大田蜀山人というペンネームを持っていた江戸時代後期の狂歌師である宿屋飯盛(やどやめしもり)の書き残した『番頭の意見書』という一文である。彼は浮世絵師・石川豊信の息子で宿屋業を営んでいた。商人としては、糠屋七兵衛と名乗っており、国学者でもあった。


 番頭が主人に宛てて認(したた)めた『番頭の意見書』には、《旦那という考えを捨て、天によって命じられた丁稚小僧であるとお考えなさい》と述べ、士農工商に対しても《それぞれ天から命じられた役人と考えて、武士は政治や行政を行うように命じられた役人。農民は食糧を生産確保するように命じられた役人。工は生活用品を作るように命じられた役人。商は欲しくても生産できない地域に住む人々に、その欲しい品物を届けにゆく役人》という分類であるという考え方を示した。《士農工商は身分制度ではなく、職業の区分に過ぎない》という発想は、私には驚かされた。


 《あなた(旦那)の主人はお客様であり、我々の給与はお客様が下さっている。天すなわちお客様を主人とする商人は、その利益を可能な限り地域に還元すべきです。世間あっての我々の商売なのですから、しみったれ(ケチ)は笑われます》そして《あなた(旦那)自身の贅沢な暮らしをもう少し慎み、従業員(下請け・仕入れ商店)にもっと温かく気を使って下さい》最後に《ご自身の実力に応じたお付き合いをして下さい。外に対しても内に対しても、少し大きな顔をし過ぎています》と、糠屋七兵衛はズバリ言い切っている。


 大田蜀山人こと糠屋七兵衛が生きた江戸後期は、庶民に貨幣経済が浸透して、士農工商の身分制度の特権階級だった武士の権威が揺らぎ、商人が力を持ち始めていた。その商人の心得真髄を、250年経過した現在、もう一度私達は問い直す時期に来ているように思う。


 歴史を学ぶということは、現在を見つめ、未来を考察することである。過去の人々の足跡を辿(たど)ることで、多くのヒントを得て、現代に如何に活かしてゆくか、模索することである。現在における商売の役割、商業という職種の社会貢献を、世界規模の中で原点に戻って考察するヒントを、私は本著からたくさん頂いたように思う。


童門冬二著『日本史に見る経済改革--歴史教科書には載らない日本人の知恵--』(2002/9/10角川書店 667円


2005.7.17 祇園祭・山鉾巡行の日に


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