<えりかの場合>
 どうしてここに来たのかあまり覚えていない。
 ふらっと立ち寄った街に湯治場のような宿があり、なんとなく泊っている。

 これで良かったんだ。
 仁希さんのファンだけど、それだけ。
 考えた事もなかった。
 仁希さんの気持ちを聞いたからって、私の心が動く訳でもないけど、社長はきっと苦しむでしょう?
 弟みたいに可愛がっている仁希さんの事だもの。

 そんな社長を見るのは辛い。
 きっと社長なら大丈夫。
 強い人だもの。
 立ち直って幸せになってくれる、そう信じよう。

 私も大丈夫。
 今までと同じ生活になるだけだもの。
 そう思っていた。

 まさか自分がこんなに弱かったなんて・・。

 社長がそばにいてくれないと何も出来ないなんて、思いもしなかった。
 ご飯も喉を通らない、眠れない、話をする気力も無い。

 そんな私を湯治に来ているおばさん達が心配して“これを食べろ、これを飲め”と世話を焼いてくれた。
 お陰で何とか生きているという状態になっていた。
 「一度、無理にでも病院に連れて行こう。このままじゃ倒れちゃうよ」とおばさん達が話している頃、娘から電話が入った。

 社長とは連絡を絶っていたが、娘は心配するのでメールや電話のやり取りをしていた。
 もちろん何も本当の事は言っていなかったけれど。
 「どこをウロウロしてるの?連絡付かないって電話かかってきたわよ。彼氏が倒れて入院したって言うのに。病院は○○すぐ行きなさいよ!」

 “倒れた?”すぐに荷物をまとめ「その身体でどこへ行くの?」と言うおばさん達の制止も振り切り、電車に飛び乗った。
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