「あのーそこ、僕の席なんやけど・・」言いかけてやめた。

 僕は、お笑い芸人のT。
 結構、トップクラスやと思う。
 海外での仕事から帰ったばかりで、新幹線への乗り換えの為にこの特急に乗った。

 その人は席を間違えていたが、マネージャーに替わる様に言った。
 窓に映ってる顔はどう見ても泣いてる。

 「こんな夜中に、電車で泣いてたら襲われまっせ。隣が僕で良かったでんな」

 聞きなれた関西弁にその人は顔を上げ
 「え?嘘?Tさん?」とあわてて涙を拭いた。
 僕は人の話を聞き出すのは得意。
 まして素人さんなんか朝飯前。

 「何かありましたんか?」
 
 「今、空港で彼を見送ってきたんやけど、見送るんがこんなに辛いなんて思わなかった。今まで見送られてばっかりで、見送られるんは辛くて、見送る方がいいと思ってたけど、見送るのも辛くて・・今まで彼がずっとこんな思いをしてたんかと思うと、何か涙が出てきて・・」
 携帯が鳴って、その人は席を立とうとしたが
 「彼でっか?ここでしなはれ。よろしいで」
 「ごめんなさい」と言いながら小声で話し始めた。

 どうやら彼の方も見送るのは嫌だと思っていたが、見送られるのも辛かったらしく、隠れて電話してきたらしい。

 どう見ても若くないし、中年カップルで何やってんだ?って感じなんやけど、なんとなく憎めなかった。

 一時間余りだったが、笑わせたり、笑わせてもらったり、あっという間に着いてしまった。

 「ありがとう、さよなら」
 「帰りに泣いたらあきませんで。僕みたいなええ男ばっかりと違いまっせ」
<Tの場合>
 不思議な人やったな。
 経済的にも精神的にも自立した大人って感じやないし、楚々としたおしとやかな京美人って感じでもないし、若い子みたいにキャピキャピしてる感じでもない。
 かと言って普通のおばさんでもない。
 年上にも見えへんしなぁ。
 けど何か、落ち着くって感じやったなぁ。
 若い子とばっかり恋してるからやろか?
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