現状の章立てでは、記紀ともにこの「天石屋戸」と「天孫降臨」の間には、スサノヲのヤマタノオロチ退治やオオクニヌシの国造り・国譲りという、いわゆる「出雲神話」のエピソードが存在するのですが、共通する神々が多く登場することから、本来は「天石屋戸」と「天孫降臨」は直結していたと考えられています。(*1)
三品彰英氏は「出雲神話」を取り除いて直結してみると、この2段の共通点が明瞭になってくるとされます。
まず第一に『古事記』では岩戸の前の神事に集まった神々は、天孫降臨に随伴する神々にすべて含まれています。三品氏は、「天石門別神」とか「天手力男神」とかが、天孫降臨にはまったく用の無い神々なのに随伴しているのは、この「天石屋戸」段と「天孫降臨」段がひと続きの物語だったためだと言っておられます。
神名ヨミ | 神名 | 岩戸前 | 天孫降臨 | 祖先関係 |
アメノコヤネノミコト | 天兒屋命 | ○ | ○ | 中臣連等の祖 |
フトタマノミコト | 布刀玉命 | ○ | ○ | 忌部首等の祖 |
アメノウズメノミコト | 天宇受賣命 | ○ | ○ | 猿女君等の祖 |
イシコリドメノミコト | 伊斯許理度賣命 | ○ | ○ | 作鏡連等の祖 |
タマノヤノミコト | 玉祖命 | ○ | ○ | 玉祖連等の祖 |
オモヒカネノミコト | 常世思金神 | ○ | ○ | |
アメノタヂカラオノミコト | 天手力男神 | ○ | ○ | |
アメノイワトワケノミコト(クシイハマド・トヨイワマド) | 天石門別神 | ○ | ||
トユウケノカミ | 登由宇気神 | ○ | ||
サルタヒコノカミ | 猿田毘古神 | ○ | ||
アメノオシヒノミコト | 天忍日命 | ○ | 大伴祖 | |
アマツクメノミコト | 天津久米命 | ○ | 久米祖 |
第二に、三種の神器が物語の重要な要素としてあらわれるのがこの2段においてです。
これらの特徴は、際立ってこれらの2段を特徴づけるものです。この共通点は、これらの2段が同時に構想された可能性を示します。前節で、出雲神話が政治的な配慮から挿入された可能性を指摘しました。そうだとすると、この2段は、この出雲神話が挿入される前に、三種の神器を王権のシンボルとして構想された神話の、もっとも中核の部分だと考えられます。
ここで三品氏の推定から、もう少し踏み込んで考えてみましょう。「天石門別神」とか「天手力男神」とかは、天孫降臨にはまったく用の無い神々なのに随伴しています。現在のように、「天石屋戸」段→「天孫降臨」段の順の物語なら、随伴する必要はないのです。彼らはもうその役目を終えていますから。もし、この形で構想されたとしたら、冗長なシナリオだといわざるをえません。国の起源を書こうというシナリオライターの作品としては少々甘いといわざるをえません。
情報が文書化される過程を考えてみると、古いものほど異伝が多くなるはずです。『日本書紀』は複数の異伝をそのまま収載していますので、この異伝の量を検討することによって、ある程度伝承の古さを知ることができると考えられます。意外にも上記の推定は、異伝の数からも裏づけられます。
『日本書紀』の異伝の数を下表にまとめてみました。
神代紀段数 | 一書(異伝)の数 | 章名 | 概要 |
第1段 | 6 | 神代7代章 | |
第2段 | 2 | 神代7代章 | |
第3段 | 1 | 神代7代章 | |
第4段 | 10 | 大八洲生成章 | |
第5段 | 11 | 四神出生章 | |
第6段 | 3 | 瑞珠盟約章 | スサノヲが天に昇りアマテラスと対立、誓約(うけひ)をおこない、神々を生む。 |
第7段 | 3 | 宝鏡開始章 | アマテラスが天岩戸に籠り、天下は暗黒になる。神々は歌舞をおこないアマテラスを天岩戸から連れ出す。 |
第8段 | 6 | 宝剣出現章 | スサノヲのヤマタノオロチ退治。草薙剣の登場。 |
第9段 | 8 | 天孫降臨章 | |
第10段 | 4 | 海宮遊幸章 | |
第11段 | 4 | 神皇承運章 |
第6段の「瑞珠盟約章(ウケヒ)」段と第7段の「宝鏡開始章(天石屋戸)」段がとびぬけて異伝が少ないことがわかります。
本来、年代順に配置されているなら、先頭のほうが異伝の数が多くなるはずです。しかし日本書紀の神代巻はそうなっていません。「天孫降臨章」の異伝は8件ですが、「宝鏡開始章(天石屋戸)」は3件です。データの件数からも「天孫降臨章」が「宝鏡開始章(天石屋戸)」よりも古い伝承と考えるのは妥当です。
そこで単純に、異伝の多い物が古い伝承だとして並べ替えると以下のようになります。
出雲神話が挿入される前には、この神話の中核部は以下のような順番で存在していたのではないでしょうか。
第9段 | 8 | 天孫降臨章 | |
第7段 | 3 | 宝鏡開始章 | アマテラスが天岩戸に籠り、天下は暗黒になる。神々は歌舞をおこないアマテラスを天岩戸から連れ出す。 |
「天石屋戸」→「天孫降臨」の順ではなく、「天孫降臨」→「天石屋戸」の順に並んでいたのではないでしょうか?
そうすれば、「天石門別神」とか「天手力男神」とかが「天孫降臨」段に随伴するのは、「天石屋戸」段のための伏線として了解でき、「天孫降臨」段で初めて神々と出会ったサルタヒコが天石屋戸の前にいておかしくないことになります。
『神代正語常磐草』天孫降臨
したがってこの復元では、
天上から天孫降臨してきた神々は、天の八衢でサルタヒコと合流し、
アメノウズメは天石屋戸前でサルタヒコにストリップを披露した。
「天石屋戸」は「天上」ではなく、「地上」にあった。
―――ということになります。
『神代正語常磐草』天石屋戸
高天原神話が最も古く位置づけられていることは、先行の研究でも、いろいろな証拠がすでに積み上げられています。
この高天原神話は大陸系文化の受容によるもので、歴史的には出雲神話・日向神話に比べてより新しいものと推定し得るが、そこに天皇国家の統治理念が構想されたがゆえに、最も権威的な伝承であり、そのために「記紀」の神話体系の上では最も古く位置づけられたのである。(*2)
記紀神話を再構築する際に、アマテラスを神聖化するために、高天原神話ははるか昔に繰り上げたと推測されます。
この小論では、さらに、繰り上げられた高天原神話自体の内部でも、「天孫降臨」と「天石屋戸」が逆に組み替えられていると推定します。
これまでの推論から推測される、神話の原型となった事件は以下のようなものです。
天孫降臨してきた神々は、サルタヒコがいる天石屋戸の前で古墳祭祀をおこない、
アマテラスを復活させた。
もしこの復元が当を得ているとしたら、それはどのような史実の反映なのでしょうか?
(*1) 三品彰英『三品彰英論文集
第1巻』所収「天ノ岩戸がくれの物語」
「これらの出雲の話をとび越えて、天ノ岩戸がくれと天孫降臨との間にこのように神名の一致が見られることは、出雲神話の採り入れられる前には両物語が一連の体系にあったことを予想させるものである。天孫降臨にこれという役割のなさそうなタヂカラヲノ神やアメノイハトワケノ神(その分化神としてのクシイハマドノ神・トヨイハマドノ神)が天孫に従っているのも、両物語の成立的関連の深さを語っている。ところがそのような「記紀」の元の体系の中へ出雲系神話を組み入れることになって、この一連の物語が前後に分断されてしまい、かくて内容的につじつまの合わない節々ができたのである。ゆえに両物語は、その成立過程と神話の意味するところを考察する場合には、相補的に取扱われるべきものである。本来直結した所伝であったからである。
(*2) 三品彰英『三品彰英論文集 第1巻』所収「記紀神話の構成」
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