デジタル邪馬台国

1.神獣鏡の図像学 (6)方格規矩鏡

前期古墳時代の副葬鏡は画文帯神獣鏡や三角縁神獣鏡でしたが、それ以前の弥生時代には、内行花紋鏡や方格規矩鏡でした。

闘鶏山古墳では被葬者の頭部近くに方格規矩鏡が副葬されていた
(2002年6月22日現地説明会)

これらの鏡の印象は三角縁神獣鏡とまったく違っています。

神獣鏡はマジカルな図像を描いていますが、内行花紋鏡や方格規矩鏡はずっと幾何学的で、呪術的な印象はありません。方格規矩鏡には銘文で神仙を表現しているものがありますが、図像で表されていないので、その意味を理解できた者は文字を読むことができた者に限られており、マジカルな印象はあまりなかったものと考えられます。

方格規矩鏡にはTLVの形をした定規やコンパスなどの測量用具が描かれ、その主題は、現実世界の「方位」の認識にあるように思えます。この鏡には四神が描かれた、方格規矩四神鏡と呼ばれるジャンルのものがあり、四神の図像に非現実的な要素をみることができますが、これらも「方位」を修飾するものであり、四神が描かれていない鏡があることを考えると、方格規矩鏡の本質的な属性ではないように思えます。幾何学的なデザインと測量用具と四神と、あくまで方格規矩鏡の主題は、呪術性よりも現実世界の「方位」の認識にあると考えるべきでしょう。(*1)

日本の副葬鏡の弥生時代から古墳時代へのデザインの変遷を眺めると、方格規矩鏡に含まれるこれらの要素「方位」「神仙」のうち、神獣鏡では「神仙」の要素だけが継承され、ビジュアライズされたことになります。幾何学的な、現実世界の認識にかかわる「方位」は排除されました。この点に注目すべきだと考えます。

中国本土では、道教を基盤にした黄巾の乱によって、後漢王朝はその基礎を揺さぶられ、やがて滅亡しました。後漢の継承者を名乗った魏の創立者曹操(155~220年)は黄巾の乱と戦った経験から、呉の孫権が道教を優遇したのとは対照的に、マジカルなものを否定する政策をとりました。(*2)

魏建国前に、乱鎮圧で功績をあげて、済南の相を拝命した曹操は、この地方に600あまりあった、前漢の皇族劉章を祀る「邪教」の淫祠をすべて取り壊したといいます。(*3)曹操のこのような政策から考えると、魏は基本的にマジカルなものに対する警戒心と合理性を尊重する政権だったはずです。

曹操の子曹植の「弁道論」は曹一族の合理的な思考傾向を書き残しています。「房中の術だの、穀断ちだの、種々の術をよくすると称する方士たちが招致されていたが、それは民衆が迷信に惑わされるのを防ぐためであって、仙界の探索が目的ではなかった。父曹操・兄曹丕以下、我々兄弟たちもみなそれをお笑い草としか受けとめず、信じ込むことはなかった。」(*4)

魏の基本政策がそのような方針であるのに、国交をひらく国にわざわざマジカルな神獣鏡を下賜したとは考えにくいことです。(*5)仮にそのようなことをしたら、黄巾の乱のような反乱を呼び起こす因子にさえなってしまうのではないでしょうか。けっして政権の維持にプラスになるものではありません。

これらのことを根拠に、三角縁神獣鏡を魏製ではなく日本製だと考えると、この「方格規矩鏡」から「神獣鏡」へむかう図像の変化には日本人の意図が反映されていると考えられます。

しかしこの図像の変化の方向は、自然を理解する人間の精神の表現としては、逆に退化の方向を向いているように思えます。むしろマジカルな「神獣鏡」から論理的、抽象的な「方格規矩鏡」というのが、自然と対峙する、人間の精神の成長の方向からはあるべき方向だと思えます。にもかかわらず、あえてマジカルなイメージを選択し、やがて鏡作神社鏡の主神像を生み出すようになるまでの、日本の副葬鏡の図像の変化の方向には、何らかの理由があったように思えます。

黒塚古墳では被葬者の頭部近くに画文帯神獣鏡が副葬されていた
(1998年1月17日現地説明会)

巨大な古墳を造成できる測量の技術力を持ちながら、神仙をビジュアライズし、現実世界の認識に関するデザインを排除した-ここに政権の意図があらわれているのではないかと思います。


(*1)福岡教育大学の波田野珠美さんによれば、W.P.イエッツは方格規矩鏡を日時計と考え、「LV」は時間を示し、「L」は夏至、秋分、冬至、春分を表し、「V」は四季の始めを表し、「T」は空間の意味を持っているとしています。(W.P.Yetts:"Thr Cull Chinese Bronzes" 1939)
(*2)藤田友治 編著 『古代日本と神仙思想』 p155 五月書房 2002年
(*3)川合康三 『中国の英傑4曹操 矛を横たえて詩を賦す』 集英社 1986年 P62
(*4)川合康三 前掲書 P233
(*5)小山田宏一 「女王卑弥呼の鏡は何か-魏王朝の宗教政策から考証」 毎日新聞 1999年4月16日号>

1.神獣鏡の図像学 (6)方格規矩鏡

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