
序論
日本人は世界でも有数の排便量が多い民族だそうです。
穀物を主食とし、栄養吸収のために欧米人よりも腸が長い身体的特徴があり、必然的に便秘で悩む人が多くなります。
大腸に糞便が滞留して順調に排泄されない状態を便秘と総称していますが、その原因には様々なものがあります。
便を出すだけであれば難しいことではありませんが、治すためには原因に合った対応をしなければなりません。
便は体の不要物なので、滞留すると様々な問題を引き起こす元になります。
腸には腸肝循環と呼ばれる再吸収システムがあり、不要物が再び吸収される場合もあります。
また、多くの善玉菌から構成されている腸内細菌叢が、体の免疫機能と深く関係していることが判明しています。
便秘によって善玉菌が減少すると、免疫系の不調によって、アレルギー疾患を誘発したり病原菌などに対する抵抗力が低下してしまいます。
たかが便秘・されど便秘で、便秘によって益することは何もありません。
排便の仕組み
排便は食物の残渣が自然に押し出されるような単純な仕組みではありません。
残渣は小腸内では液状で、大腸に入って水分が吸収されて固形になります。
これらは、主に腸の蠕動運動と腹部筋肉の共同作業によって運ばれます。
腸は長く曲がりくねっていますので、運搬は近くの腹部臓器によっても影響を受けます。
また、胆汁は潤滑剤のように運搬を滑らかにしますし、胃に食物が入ってくると結腸が動く胃結腸反射も重要な役割を果たしています。
大腸は他の臓器とは異なり、関与する副交感神経が2種あります。
ほぼ臍を境として、右は迷走神経・左は仙骨神経が動きを調整しています。
直腸に送られた残渣によって、内圧が40~50Hpを越えると、直腸壁の骨盤神経を介して脳に刺激が伝わって便意を感じます。
直腸の刺激は排便反射の誘因にもなり、直腸蠕動の亢進や肛門括約筋の弛緩によって排便となります。
自分の意志で排便がある程度調整できるのは、肛門括約筋が運動神経の支配も受けているためですが、他は自律神経が調整しているために自分の意志とは無関係に動いています。
排便は多くの神経が調整し合うことで機能していますので、神経の部分的な不調でも便秘という結果になることも少なくありません。
便秘の原因と分類
最も多い便秘は、結腸性便秘と呼ばれるもので、結腸に運ばれてくるまでの過程に問題がある便秘です。
具体的には、胃結腸反射の減弱、低繊維質の食事、老化やカルシウム不足による腹部筋力の低下、胆汁の分泌不足、腹部臓器の鬱血などです。
外仕事などで便意を頻繁に我慢していると、便意を感じ難くなり、排便反射も鈍くなってきます。
これは直腸の神経が鈍麻して起こる便秘なので、直腸性便秘と言います。
ストレスによって副交感神経の働きが乱れたり、カルシウム不足から神経が過敏状態になると、結腸が痙攣に似た状態となります。
小刻みに動いてはいるのですが、この状態では便を順調に送ることができません。
この型の便秘を痙攣性便秘と言います。
排便の機能に異常はなくても、痔やポリープなどがあると便の流れが悪くなります。
他の疾患によって腸管が狭くなり、便秘を引き起こしている場合を症候性便秘と言います。
薬による便秘(薬剤性便秘)
体内の原因ではなく、服用している薬が便秘を誘発する場合も少なくありません。
特に起こしやすい薬は、オピオイド受容体作動薬・抗コリン薬・抗ヒスタミン薬・筋弛緩薬・αグルコシダーゼ阻害薬です。
オピオイド受容体作用薬とは、俗に言う麻薬で、微量でも便秘を起こす可能性が高い薬です。
最近では穏やかな種類が登場し、歯科や整形でも痛み止めとして使用されるケースがあります。
また、強い鎮咳作用も有するため、多くの咳止め薬や総合感冒薬に配合されています。
抗コリン薬は、自律神経(特に副交感神経)の働きを抑える薬で、胃薬や下痢止め薬に配合されており、頻尿やパーキンソン病の治療などにも使用される薬です。
分類は違いますが、睡眠導入薬・精神安定剤・抗うつ薬などにも同様の作用があり、同じく便秘を誘発する場合があります。
抗ヒスタミン薬は、主にかぶれや花粉症などのアレルギー疾患の症状緩和に使われる薬で、乗り物酔い止めとしても使用します。
筋弛緩薬は内臓の筋肉にはあまり作用しませんが、排便を補助する腹筋や背筋の力を弱める可能性があります。
αグルコシダーゼ阻害薬は糖の吸収を抑える薬で、糖尿病の治療に使用します。
糖の吸収を抑えると謳っている健康食品にも、同じ作用を持つものがありますので注意が必要です。
自分での鑑別法
薬剤性便秘の場合は、服用している薬を受け取っている病院や薬局で尋ねたり、インターネットの検索で比較的簡単に調べることができます。
症候性便秘の確定診断は、肛門鏡検査を受けねばなりませんが、便秘程度の症状で受けるには少々抵抗を感じる検査です。
それに、詳しく調べれば、誰にでもポリープの1個や2個はありますが、それが便秘の原因となっているとは限りません。
確定ではありませんが、過去にセンナやコーラックのような刺激性の便秘薬を服用して、腹痛を起こしたけれども便がほとんど出なかった場合は、症候性便秘または痙攣性便秘の可能性があります。
痙攣性便秘では、便秘と下痢を繰り返すことが多いので、この点も重要な鑑別ポイントになります。
通常の食事をしていれば、1日に1~2回は便意を感じるものです。
数日間にわたって便意を感じない場合は、ほぼ確実に直腸性便秘です。
上記のどれにも該当しない場合は、結腸性便秘を疑います。
ただし、慢性化した便秘になると、複数の原因が関係している場合も少なくありません。
また、便は大腸に長く留まると、水分が失われて次第に固くなります。
最初は軽症だった便秘が、時間とともに重症化していくこともあります。
対処方法
原因が除去できれば便秘は解消するはずです。
薬剤性便秘の場合は、原因となっている薬が変更できないかを検討します。(医師や薬剤師に相談しましょう)
代替薬がなかったり、その薬で治療している疾患との関連から、変更できない場合もあるかもしれません。
症候性便秘の場合は、原因となっている疾患の治療が便秘の治療にもなります。
原因疾患を放置したまま、便秘薬で場当たり的な対応をすることは厳に慎まねばなりません。
痙攣性便秘は腸が過剰に動き過ぎているわけですから、浣腸や刺激性の便秘薬を使用すると悪化する可能性があります。
カルシウム不足が想定される場合は、カルシウムの補充をしましょう。
ストレスが関係している場合は、症状は便秘ですが一種の精神疾患ですので、桂枝加芍薬湯や半夏瀉心湯で治していきます。
直腸性便秘の場合は、排便のリズムをつけることです。
少し強めの刺激がある便秘薬を使用し、毎日決まった時間にトイレに入ります。
体がリズムを覚えるまで続け、次第に薬を減らしていきます。
結腸性便秘は原因が多岐に及びますので、原因別に対処法を紹介します。
結腸性便秘への対処
胃に食べ物が入ってくると結腸が動く胃結腸反射は、朝に最も機能やすいとされています。
朝食をいつも抜く人は、この反射の恩恵を放棄しているようなものですので、朝食をしっかりと摂りましょう。
また、胃が弱い人は、この反射がうまく伝わらない場合があります。
このタイプの人は、便秘薬で刺激するよりも、胃の機能を回復させる六君子湯のような胃薬で治すことができます。
大便の半分ほどは腸内細菌の死骸ですので、全く食事をしなくても便は出ます。
それでも、残渣の少ない食事ばかりだと便の量も少なくなり、スッキリとした排便感は得られなくなります。
非吸収性の食物繊維が多い食事を心掛けましょう。
心臓・腎臓が弱い人や極度の冷え症の人には適しませんが、青汁やスムージーで補助することも効果的です。
排便の仕組みでも紹介しましたが、大便は腹筋や背筋などの筋肉の手助けで運ばれています。
加齢などによって筋力が低下すると、便の動きが悪くなって便秘傾向となります。
筋力を回復させればよいのですが、言うほど簡単なことではありません。
何もしなければ筋力は低下する一方ですので、寝る前に腹筋運動を10回でもよいので続けましょう。
また、冷え性の人の便秘も、多くは筋肉の減少が関係しています。
便秘薬は基本的にお腹を冷やす傾向がありますので、刺激の強い種類は好ましくありません。
お腹を温めて腸の動きを良くする大建中湯や人参湯が適します。
ビタミンB1の一種であるフルスルチアミンという成分は、腸の動きに関係するアウエルバッハ神経叢を刺激しますし、カルシウムは筋肉の収縮に不可欠のミネラルです。
軽い段階であれば、ビタミンB剤やカルシウム剤でも効果があります。
油物がもたれる人や、お腹が張ってガスが多い人は、潤滑の役割をする胆汁が少ない可能性があります。
ウルソデオキシコール酸という成分を配合している胃薬を使用するか、整腸成分+ガス消去成分+排便促進成分のビオフェルミンぽっこり整腸を試しましょう。
女性が生理に合わせて便秘になる場合は、子宮に血液が滞留する鬱血という状態が関係しています。
桂枝茯苓丸やキュウ帰調血飲第一加減などの駆鬱血剤を使えば、生理痛も便秘も解消されます。
膀胱や前立腺に炎症がある場合でも、腸に影響して便秘を起こすことがあります。
腸管が狭くなる症候性便秘ではありませんが、この場合も、原因となる疾患の治療で便秘は解消します。