
夢の再生医療
病気を分類すると機能性疾患と器質性疾患に大別されます。
機能性疾患とは、身体や臓器などの機能が不調となる病気で、風邪・胃腸炎や高血圧症などの多くの疾患が該当します。
薬が活躍するのはこの領域で、機能低下であれば回復、機能亢進であれば抑制することで治療します。
器質性疾患とは、本来あるべき質が変化してしまう病気で、肝臓細胞が繊維化する肝硬変や、骨の変形をもたらす関節リウマチなどが該当します。
変化してしまった質は修復が不能で、現代医学でも進行を止めておくことしかできません。
器質性疾患にも関わらず多くの薬が処方されるのは、治療ではなく進行防止が目的なのです。
再生医療が大きな話題になるのは、今まで治療不能とされていた器質性疾患を治せる可能性があるからです。
更に想像を膨らませれば、SF映画に登場するような有名人のコピー(クローン)が可能となる日がくるかもしれません。
細胞の分化
我々の体は、元をたどれば受精卵という1個の細胞が出発点で、そこから何百回もの細胞分裂を経て形造られました。
単純に細胞分裂をするだけであれば、丸い細胞の塊になるだけですが、途中段階で分化という分岐点を通過します。
分化によって、脳になるもの・心臓になるものというように分かれていきます。
一旦分化が起こると、元の何にでもなれる細胞(幹細胞と言います)へ戻ることはできません。
分化に至っていない段階で受精卵を分割して育てれば、各々が成体になることが動物で確認されています。
胚分割と呼ばれる手法で、倫理上の問題を無視すれば、人間でも受精卵からのコピーを作ることは技術的に可能とされています。
ただ、出発点が受精卵ですので、特定の人のコピーを作れるわけではありません。
再生医療の記事を読んでいると、ES細胞というものが所々で出てきます。
ES細胞とは、不妊治療で使わなくなった人間の受精卵から取り出した幹細胞で、様々な基礎実験で使われています。
使う予定がなくなったとは言いましても、元は人間の受精卵ですので、医学的に使用するには倫理上の問題があります。
世界の研究者が探し求めたのは、受精卵からではなく、誰の細胞からでも作成できる幹細胞でした。
「誰の細胞からでも」という条件は、他人の細胞を元にしたものであれば拒絶反応を起こす可能性があり、自分の細胞からであればその心配がないからです。
画期的なiPS細胞
受精卵および分化前の胚以外に、健常な幹細胞は存在しません。
であるならば、「普通の細胞に遺伝子操作を加えて、再び分化できる能力を付与すれば幹細胞になる」という発想で作られたのがiPS細胞です。
正式には、人工多能性幹細胞と言い、皮膚から採取した細胞に分化を再開する遺伝情報を組み込んだ細胞です。
再分化ができるということは、元が皮膚細胞であっても、どのような組織にも分化する可能性があるということです。
分化のプロセスには特定の蛋白質が関与していますので、増殖過程の適時に適切な処置を加えることで、目的とする組織や臓器に育てることができます。
現在、いくつかの分化した細胞の作成に成功しています。
ただ、膜状の組織が作れる段階で、心臓や腎臓のような立体的な形にすることはまだ無理なようです。
3Dプリンターの技術を応用して、立体を作ることが研究されており、遠くない未来には成功するでしょう。
スタップ細胞
数年前、ある・ないで話題となった幹細胞です。
こちらも受精卵ではない細胞を元とし、遺伝子操作ではなく物理的・化学的な刺激を加えることで、分化能力を獲得させたと発表されました。
本当であればiPS細胞よりも簡単で安全に作ることができる幹細胞なので、世界中が注目しました。
残念ながら、追試験で存在が確認されず、まさに夢となった幹細胞です。
残された課題
我々の体内でも、細胞分裂時に遺伝子複製の失敗によって脱分化した細胞が誕生することがたまにあります。
これが癌細胞です。
分化能力や増殖能力から見れば、幹細胞は一般細胞よりも癌細胞に近い特徴を持っています。
再生医療において、分化に至っていない細胞が残った組織を人体に入れることは、癌の種を植え付けることになるのではないかと研究当初から心配されていました。
特に、iPS細胞は遺伝子操作を受けているので、一般細胞よりも癌化しやすい素因を持っています。
研究によって癌化を防ぐ改良が進んでいますが、癌の自然発生率よりはまだ高いようです。
もう1点、自分の細胞からiPS細胞を作れれば拒絶反応は起きませんが、再生医療が突然に必要になった時には作成が間に合いません。
短時間かつ安全に細胞増殖や分化を促す手法が見つからなければ自分の細胞は使えず、やはり拒絶反応との闘いが必要になります。