
肺炎を防げる?
「肺炎は予防できます」「肺炎は死亡原因の第3位です」と謳っているコマーシャルを目にされた人もおられると思います。
これは高齢者用肺炎球菌ワクチンのコマーシャルです。
ワクチンとは予防接種に使用する薬のことで、肺炎球菌という細菌の一部を注射し、自身が持つ免疫の働きによって、その菌に対する抵抗力を獲得させるものです。
原理はインフルエンザワクチンと同じですが、一度の接種で効力が5年間持続しますので、毎年注射する必要はありません。
市町村の助成対象年齢が5歳刻みになっているのは、このためです。
65歳が最初の助成対象年齢で、これはアメリカ疾病対策センター勧告の接種推奨年齢をそのまま適応したためです。
自費で接種を受ける場合は、この年齢である必要はありません。
コマーシャルで言っている内容に間違いはありませんが、説明不足で誤解する人が多い表現をしています。
肺炎球菌は肺炎を起こす細菌の一つではありますが、他にも肺炎桿菌・マイコプラズマ・インフルエンザウイルスなど、肺炎を起こす病原体は多数あります。
報告文献によって若干の違いはありますが、日本呼吸器学会で報告された大規模集計では、原因病原体が特定された率は61.5%、その中で肺炎球菌が原因となっていた率は26.2%です。
さらに、肺炎球菌は93種に細分され、肺炎球菌ワクチンが対応できるのは23種です。(この23種で、肺炎球菌感染の7割を予防できると報告されています)
これらの数字から単純計算しますと、肺炎の11.3%で発症を防ぐ効果が期待できることになります。
コマーシャルでは全ての肺炎を予防できるような印象を受けますが、実際には1/9程度しか予防できないわけです。
もちろん、これだけでも予防できるのは良いことなのですが、少し期待外れの感じがします。
なお、テレビ宣伝しているのはワクチンの製造メーカーであって、国や厚生労働省が宣伝しているわけではありません。
肺炎が死亡原因上位のわけ
昔は、風邪をこじらせて肺炎になることが多くありました。
しかし、抗生物質の進歩によって、自宅療養中に細菌感染して肺炎になる人は大幅に減りました。
インフルエンザウイルスによる肺炎は、新型が流行した年に一時的に多くなると考えられますが、それ以外では毎年ほぼ一定の数です。
肺炎で増えているのは、入院中の人が院内で細菌に感染して起こる肺炎と、年をとって飲み込む機能が低下して起こる誤嚥性の肺炎です。
肺炎の死亡原因順位を上げているのは、この院内肺炎と誤嚥性肺炎です。
病院は様々な病原菌が持ち込まれる場所であり、抗生物質に抵抗性を持つ菌も多数います。
加えて、疾患を持った人、すなわち免疫の力が低下している人が多数入院しています。
入院中の死亡原因の多くが肺炎なので、順位が上がるわけです。
ワクチンは院内肺炎・誤嚥性肺炎にも有効?
上で紹介しました26.2%という肺炎球菌が原因となっている率は、市中肺炎と呼ばれる自宅療養中での感染の場合です。
院内感染では、耐性黄色ブドウ球菌や緑膿菌などの、抗生物質が効きにくい菌の割合が高くなり、肺炎球菌は相対的に少なくなります。
しかし、抗生物質に耐性となった肺炎球菌も増えつつありますので、全肺炎の1/10程度は肺炎球菌が関係していると推測されます。
誤嚥性肺炎の場合は、口腔内の雑菌が肺の中に持ち込まれて増殖することで発症します。
口腔内の雑菌は大部分が嫌気性菌に分類される細菌で、肺炎球菌とは違う種類です。
つまり、誤嚥性肺炎に関しては、ワクチンを接種しても予防できない可能性が高いと思われます。
接種すべきか?
肺炎の予防効果は、アメリカでは15~20%と報告されていますが、日本の状況ではもう少し低いと思われます。
これはインフルエンザワクチンと比べると、かなり低い率です。
肺炎という疾患はありふれた病気ではありませんが、極めて特殊な病気でもありません。
全てを予防できないにしても、運悪く罹患する可能性を考えると、1回の接種で5年間効力があるという点は魅力です。
持病がある人、特に免疫力を弱める薬を使用している人は、接種しておいた方が良いかもしれません。
あまりリスクの高くない人は、生命保険と同様に、自分のメリットとデメリットを勘案して決めましょう。
亀岡市では、助成対象年齢の人は4000円の負担で接種できます。(自己負担の人は8000円程度と言われています)
年にすると800円で、この額を高いと感じる人は、5年後に再検討しても良いかもしれません。
接種の判断材料に
肺炎に限らず、肺炎球菌が関係する全ての疾患に対しても有効です。
接種すれば肺炎球菌の感染を100%防げるというものではありません。しかし、感染した場合の症状を軽くする効果はあります。
ワクチンですから、接種後に発赤・発熱・倦怠感などの副反応が出る可能性があります。
5年以内に再接種すると、副反応が強く出る場合があります。
生ワクチンではないので、接種によって感染を起こす危険はありません。
免疫能が極度に低下した人は効果が出ません。また、免疫抑制剤を使用中の人は接種できない場合があります。
肺炎球菌はそれほど毒性の強い菌ではなく、この菌の感染だけで死亡するケースは多くありません。
細菌感染症の治療によく使われるニューキノロン系抗菌薬は、肺炎球菌を苦手としています。ペニシリン系やセフェム系抗生物質では、比較的効きやすい菌ですが、耐性菌が増えつつあります。